バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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4編は多分3編よりは短いです。


Case File3.『星雲孤児』
ダークサイドの一歩目から 【日】【本】


 

 

 ■月■日

 

 疲れた。

 

 

 ■月■日

 

 昨日はレヴィアの復活ライブを行った。

 これはまあ、私のせいではあるが、約三ヶ月も活動休止どころか行方不明な状態だったのだ。

 ウラ掲示板の彼女のファン共は阿鼻叫喚だった。何人か自己デリートしたらしいが……流石にそれは私のせいじゃないからな。

 で、久しぶりのライブ発表でもやっぱり阿鼻叫喚ときた。また何人か自己デリートしたらしい。何なんだよ。

 ライブ本番は随分な盛り上がりで終わった。

 アイリスも観に来たが、独特の催しにはドン引きしていた。何度か彼女のライブに訪れてはいたが、あれを見るのは初めてだったらしい。

 ……一応、レヴィアなりの修行だと判断して二人の関係が壊れなかったことは幸運としておこう。

 

 ビーストマンのヤツも、しっかり警備を担当してくれた。

 何というか、速度に関してはコイツの方が一枚上手と言えるな。

 ただ、慣れていないのと殺気を消し切ることが出来ていないのはマイナスだ。

 曰く、獲物を見つけて狙いを定めてからじゃないと気配を消せないらしい。ああいう大勢の監視が必要な場面では強みを発揮できないということか。

 護衛はともかく、ライブの監視はもっと鍛錬が必要だな。教習プログラムのレベルを上げておこう。

 

 

 ■月■日

 

 今日から依頼の受付も再開だ。

 クリームランドに戻ってきたんだし、そろそろ本業もしっかりしなければバグのかけらも無くなってしまう。

 一応、バグピーストレーダーの“売上”は中々なものだったし、またしばらく困らないくらいにはなっているが、だからと言って怠けるつもりはないのだ。

 またいつ、今回の件みたく長期間離れることになるかも分からないしな。

 

 ビーストマンが渡した教習プログラムをもうクリアした。またレベルを上げたものを渡さなければ。

 ……アイツ、案外真面目だな。こんなの普通に付き合いきれないレベルだと思うが。

 まあいいや。向こうも折れないし、数段階一気に上げておこう。

 

 

 ……

 

 

 ■月■日

 

 今日は大口の依頼が一つ。

 日本ネットバトル協会からの公式の依頼だ。

 なんでもN1が決勝戦を前にして中止になったことを受けて、WWWの関与していない日本一のネットバトラーを決める大会を開くとのこと。

 選手は日本出身限定で、本戦に出場した八名による純粋なネットバトルだとか。

 依頼内容はそれに使うネットバトルマシンと、周辺のネットワークのデバッグ作業。

 大会の数日前に点検を行って、それから当日まで……一週間程度なら、問題あるまい。

 それ以上は残らんぞ、暫くはクリームランドでの生活を謳歌していたいのだ。

 そんな意思の下、依頼を受けることにした。……会場がテーマパークなのはどういう理由だ?

 

 あと、ようやく例の事項について、彼から返答が来た。

 近日中に向こうから来るらしい。好都合だ。

 私の方から出向くとなると、どうにも手続きが多すぎて困る。

 メールも電話も、実際に赴くにしても、あの国……Z国は手間が掛かり過ぎるのだ。

 同じ軍事国家だってシャーロの方がまだマシだぞ。まああちらはクリームランドと長らく友好な関係を築いているからともいえるが。

 

 

 +

 

 

 ウラインターネットは広大である。

 その全貌はウラの王しか把握している確信はない。毎日のように、より複雑に、より広くなっている。

 全域にオモテとは比べ物にならない強さのウイルスが蔓延っており、その殆どが凶暴な性質のため、何処にいようと油断できない。

 だが、そんなウラの迷宮にも、僅かながら安全地帯はある。

 あまりに入り組んだ路地には必然として、ウイルスが入り込みにくい場所が出来るのである。

 そんな場所はウラの住民なら幾つかは知っておいて当然だ。

 広い危険地帯で中立区域がウラスクエアだけなんていうのは無茶だ、と長い歴史の中でそうした安全地帯は共有されるようになり、物好きなネット商人なんて連中もそうした場所を根城にしている。

 その狭い空間では敵はウイルスだけであり、少なくともそこにいる間は争わない、というのがウラの暗黙の了解。

 スクエアで扱えないネタはそうした場所で取り扱う。非常識な連中が付けた知恵である。

 そんなウラの一角で、私は動けないようにフリーズしたナビの点検を行っていた。

 

『……』

『――お、おい。そいつは直せるのかよ。おい、バグ医者!』

『ちょっと口を閉じていたまえ』

 

 そのナビを連れてきた依頼者のナビの鬱陶しい怒号を黙らせ、患者のデータを探っていく。

 ……探るまでもないんだがな。まったく、また一人、過ぎたる力の使い方も考えられない輩が出たということだ。

 

『……エール。感覚プログラムの構成がバラバラになってるわ……他のストレージにまで、飛んでいってる……』

『“バルカン”だな。末期まで行くとこうなるか』

 

 心を構成するプログラム群を眺めていた私にバグの内容を報告してくるのはアイリス。

 彼女には――ここ一週間ほど、依頼におけるデバッグ作業の助手をしてもらっている。

 というのも、『ただでパソコンを借りているのも申し訳ない』とのことで。

 一応幾つかの仕事を試しに教えてみて、向いたものがあれば任せてみようかと思ったのだが、一発目でこれである。

 どうやらアイリス、プログラムの解析・把握においてかなり高い能力を持っているらしい。

 解析のクセというか方式が“全域を洗いざらい見渡す”というデバッグ向きの手法よりもハッキングに向いた“奥底まで最短距離で辿り着く”手法なのが気になるが、どちらにせよその速度、精度は違和感を覚える域にある。

 ナビをどれだけ情報処理に特化させようと思っても、この域に達することは出来まい。

 相当の技術、相当の開発環境、相当の目的――それらが揃ってこそ完成しうる……私の見立てでは国家単位の重要ナビとされていてもおかしくない性能。

 念のため各国の情報から、アイリスの特徴に一致する“尋ねナビ”を探してみたがそれらしいものは見つからなかったが――訳アリっぽさがもっと増した。

 そんな訳で、この仕事の手伝いを続けてくれるならばと、外に出る際は変装してもらうようにしている。そして、私から名を呼ぶこともしない。

 即興で作った白い仮面とコート風のアバターだが、アイリスの面影はない。

 エールハーフと並べば、医者をモデルにしたナビだと思えなくもないだろう、多分。

 

 さて、今日の依頼もアイリスと共に請け負っていたのだが……。

 依頼自体は、ナビにバグが起き暴れ回るようになった。現在はフリーズさせているのでどうにかしてほしいとのこと。

 デリートであればオフィシャルの仕事であるのだが、出来ればバグを修正したいという。

 どうも依頼者のナビはこのナビと友人のようで、彼が心配しているのは分かる。

 しかし――これはどうもな。アイリスには刺激が強すぎる話ではないか。

 

『キミ』

『な、なんだ!? そいつに何が起きているか、分かったのか!?』

『簡単な話だ。ダークチップの末期症状だよ。使っているのを知っていたのか?』

『ダー……いや、知らねえ。コイツはそんなもん、使おうとするヤツじゃねえぞ!』

『一度や二度ではこうはならん。だいぶ使い続けた結果だ。……バグの方は直せるが、心の方は直せんぞ』

『そんな!』

 

 ウラでもあれの使用を躊躇う者は多い。

 彼もその一人なのだろう。そして、この止まったナビも。

 それがどうしてここまでになったのかは知らないが……とにかく、無理だな。管轄外だ。

 

『ダーク……チップ……?』

『ああ。ウラを中心に出回っている、よくないチップさ。強力な力を持つが、一度でも使うとナビの悪の心を増幅させてしまんだ』

 

 数年前から見かけるようになったそれの危険性は散々伝えられていた。

 使用すれば圧倒的な力を得られる。たった一枚で何倍もの戦力の相手を消し飛ばすほどの威力を持つが、一度使用した時点でナビに重大なバグが発生し、その心には闇を背負うことになる。

 一年で受ける依頼のうち、ほんの数件、これに関する依頼が来る。

 その殆どは発生したバグをどうにかしてほしいというもの。褒められた話ではないが、闇との付き合い方を分かっている連中だ。

 だが、今回は違う。

 その闇の真髄を知らずにダークチップを使い過ぎてしまった者の末路。

 闇に近付き過ぎている。代償であるバグはどうにか出来ても、悪に染まり切った心はバグではないし、私がどうにかすることも出来ない。

 

『……だがよ。ほら、オレ、聞いたことあるぜ。バグ医者、お前が悪の心から救い上げるプログラムを作ったってよ!』

『…………』

 

 ――さて、どうしたものか。

 それを知っていれば、私に頼ろうともするだろう。

 だが、そうであっても……私にはどうにも出来ない問題なのだ。

 

『……私の名前だけ独り歩きして困るな。悪の方にも、善の方にも、関わっただけだ。私は医者(デバッガー)であってカウンセラーではない。()せるのは、(バグ)だけだ』

 

 プログラミングの心得はある。技術を人並み以上に持っている自負もある。

 だが、それでも心は複雑に過ぎるのだ。それはナビという人工のものであっても変わりない。

 私は神でも何でもない。直せるものにも限度がある。

 

『まあ……なんだ。まだ完全にダークソウルに呑まれ切っている訳ではない。このナビが闇から脱する気概があれば、“それ”が無くとも救える可能性はある』

『ほ、本当か……!?』

『望みは薄いがね。ダークチップの依存性は凶悪だ。闇の衝動に耐えるのは、死ぬより苦しいらしいぞ』

 

 それが余計に性質の悪い点だ。

 強力な代わりに代償がある――それだけならまだ良い。

 ダークチップには依存性がある。一度でも使ってしまうと、刺激された悪の心が度々囁き、再使用を促すようになるのだ。

 強大な力と悪の心に溺れる一時の快楽を求めて、何度も何度もそれに頼るようになり――その度に闇は増幅していく、悍ましい代物だ。

 オペレーターのいるナビなら、オペレーターの強い意志で脱却できる可能性もあるが……彼らは野良だ。はっきり言って、抜け出すことが出来るとは思えないな。

 

『……バグ医者、コイツのチップフォルダからダークチップを取り出すことは出来るか?』

『そりゃあ出来るが。キミが持っているのかい?』

『いや……出来れば、引き取ってほしい。そうすりゃ、使いたくても使えねえだろ?』

『劇物を引き取らせるのはどうなんだ……まあ、そのくらいなら構わないが』

 

 此方の損にはならないし。代わりのチップデータを受け取り、フォルダ内のダークチップと入れ替える。

 こうしたサービスの経験が無い訳でもない。ダークチップの依存症から逃れる前段階として、それを手放す者は多いのだ。

 まあ、そうしたナビの九割方はもう一度ダークチップに手を伸ばすか命を絶つことを選ぶのだが。

 これはそういう代物だ。既にこのナビも光など見えてはいまい。

 一筋たりとも光のない闇の中で藻掻き続け、光を見つけ出すための手がかりを掴めるか――そういう段階にある。

 そこまでは知った話ではないが。アイリスに感覚プログラムのバグの修正方法を教えつつ、他のバグが発現していないかを確認する。

 アイリスはプログラムの把握速度は凄まじいが、その修正技術はさほど知らないらしい。

 これが問題ないほどまで成長すれば、デバッガーとしてもやっていけるな。商売敵にはなってほしくないけど。

 

『念のため言っておくが。キミは万が一手に入れても使ってはいけないよ。その場に捨ててでも、離れた方が良い』

『う、うん……』

 

 彼女について、未だ分からないことは多いが、悪の性質に寄っていないことは分かる。

 一度としてダークチップを使っていないことは明らかだし、今後も触れないに越したことはない。

 ウラの住民には、これを当たり前のように使う者も多いし、己の闇と向き合って使いこなす者さえいる。

 だがそうなってほしくはない。歓迎したくない力ではあるのだ。

 

『……そういえば最近、取引されているダークチップの数が増えているんだっけか。キミ、使っていないだろうね?』

 

 各機能のチェックを終え、アイリスを先導するようにバグの修正を行いつつ、ビーストマンに訊ねる。

 彼がウラランキングの十位に納まってからもう三ヶ月以上が経つ。WWWが壊滅してからシークレットエリアの外に出てきた彼もウラの情報は入っているだろう。

 年が変わってからのウラの情勢については彼の方が詳しい。

 聞いてみれば――舌打ちの後、答えてきた。

 

『チッ……使ってねえよ、あんなモン。WWWではダークチップを禁止していたんだ。ワイリーさ……ワイリーの考える悪の美学とは違うものなんだろうさ。で、ダークチップの流通な。増えてるぜ。WWWが消えてネビュラだかって連中も本腰入れたんだろ』

『ネビュラ、ねえ……』

 

 WWWが壊滅して早々にこれか。

 ダークチップシンジケート・ネビュラ。その存在は前々から知っていた。

 ネットワーク法で規制されているダークチップをばら撒く組織で、活動しているかどうかも怪しいレベルで話を聞かなかったため、ひっそり壊滅したものかと思っていたが。

 しかし、邪魔する組織が消えたことで活動を本格化させているらしい。

 連中は何を考えているのか。単なる金儲けであれば可愛いものなのだがな。

 

『エール……終わったわ』

『ご苦労様。これでバグの方は問題ない。あとは、ダークソウルの誘惑に打ち勝てるかどうかはコイツ次第だ』

『そうか……分かった。助かったぜ』

 

 依頼者のナビはフリーズしているそいつを気に掛けつつ、依頼料を渡してくる。

 回収したバグのかけらをPETに転送しつつそれを受け取る。

 ……ダークチップのバグは、直せるものと思ってほしくはないな。その認識は、ダークチップの使用を誘発する要因になりかねない。

 私自身、必要以上には関わりたくないし、ダークチップに関してのバグは依頼料を上げておこう。

 ナビのフォルダから引き抜いたダークチップを手元で転がしつつ、今後のそれの流行を何となく、予感する。

 商売人としてはその流れを汲んで歓迎すべきなのだろうが、バグ以外の悪影響が大きすぎる。

 

『チッ……終わったならとっとと帰るぞ』

『キミ、私と話す時に舌打ちするのはクセか何かか? 不愉快そうだな?』

『無償で望んでもいねえ役割押し付けられて不愉快に思わねえワケねえだろうがよ』

『嫌だと思うなら第十位を捨てれば良いと思うが』

 

 何だかんだ従っている彼に、まだ信用を置いている訳ではない。

 彼が裏切る可能性はゼロではないし、その対策として幾つか奇襲用のプログラムを使っているのを――彼は気付いているだろうか。

 ……アイツの後釜だからといって、厳しく当たり過ぎだとは、自覚している。

 だがまあ、これでいい。アイツとの関係が変わり種だったのだ。

 ウラだけの関係なんだから、互いに刃を突きつけ合っている前提が、ちょうど良いのだ。




助手誕生&ダークチップ説明回。
そして地味に3編ではエールは全編日本にいたため約四十話ぶりにクリームランドにいます。今回ウラの話ですけど。
今回もまた介入は中盤からになるので、熱斗くんには高速で色々解決してもらいましょう。
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