バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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ブリキの自己犠牲 【日】【本】

 

 ■月■日

 

 ダークチップの影響によって発生するバグについて、依頼料を改定した。

 闇医者のそれに迫ってしまう額になってしまったが仕方ない。これで多少なり、ウラの抑止力になると良いが。

 というか、わざわざ書くことではないんだがな。

 約款に記すと、即ちダークチップの使用を黙認し、ダークチップの影響にも関わると明言しているようなものになる。

 オフィシャルなど公の依頼を受ける上で、これを突かれるのだ。

 別に後ろめたいことなど……まあ山ほどあるが、少なくともダークチップについて悪い関わりなど持っていない。

 医者(デバッガー)として正しく関わるための記述だ。早く理解されると良いが。

 

 後は、先日の依頼でわざわざ言及することになったことも追記する。

 ダークチップの使用による、ソウルの汚染に関しての修正は一切受け付けない。

 どうにもならないことを直せと言われても困る。これはバグではない。

 これでオフィシャルからの追及もなくならないだろうか。

 

 

 ■月■日

 

 クリームランドに戻ってから探していた無害ウイルスだが、ようやく一種見つけることが出来た。

 私個人で管理することになる初めての無害ウイルスとなる種族だ。

 ウラで付き合いのあるナビから聞いた情報をもとに探してみたところ、かなり深層まで潜ることになった。

 よくもまあ攻撃性の無いウイルスがこんなところで生き延びられたものだ、と思っていたが……出会ってみれば納得だった。

 広く、歴史は古い闇の世界。

 ウイルスの種類は膨大で、この世界を問題なく歩く技術があれば大抵のウイルスを目にすることが出来るとされる場所。

 そんなウラで最も恐れられているといっても過言ではないウイルスこそ、今回保護したクーモスとその上位種、クモモートにクモゲイツである。

 

 八本の足で歩行する、蜘蛛の姿をしたやや小型のウイルス。

 耐久力は並。その牙も一撃でナビを仕留めるほどのものではなく、単独での危険性はさほどでもないと言える。

 だが、コイツはとにかく素早く、静かだ。音もなく忍び寄って蜘蛛の巣状の罠を張り、動きを封じてから仕留めに掛かる。

 基本種でさえ脅威とされているのはそれが所以。この蜘蛛の巣なり本体なりで動きを止めたところを他のウイルスに攻撃されてデリート、というのはウラでありふれた光景である。

 ……はっきり言って、私にとって一番怖いウイルスかもしれない。

 蜘蛛の巣に引っ掛かっただけでアンダーシャツが発動するのだ。悪名高いサーキラーとの組み合わせなどまともに相手していられない。

 無害ウイルスでもなければ、危なっかしくて使っていられないぞ、こんなの。

 

 さて、そんなクーモスを保護した訳だが、大人しいものであれば可愛らしいな。

 担当のプログラムくんも初めてのウイルスが来たことで張り切っている。

 観察してみれば、動きは早いがあまり活発に動き回っているという訳でもないらしい。

 その速度を発揮するのは獲物を見つけてから、ということか。

 徹底的に嫌がらせに特化し、運用の効率も良いと来た。これを作ったヤツは良い性格をしているな。

 

 

 ……

 

 

 ■月■日

 

 クリームランド内でもダークチップが出回っているらしい。

 一応、プライド様には発見次第此方に預けるように伝えておく。

 集めている訳ではないが……ダークチップは持っているだけで影響を受ける可能性もあると聞くし、プライド様が持っていてナイトマンに何かあってもいけない。

 アイリスには使ってはいけないと言い含めてあるし、レヴィアは前々から己の流儀とは違うと言い切っている。

 とはいえ、間違っても彼女たちの手に触れるような場所に保管してはおけないな。

 

 

 ■月■日

 

 先日の、日本のネットバトル大会の依頼について詳細が来た。

 会場はシェロ・カスティロ。デンサンシティにおける最初のテーマパークである。

 誰もが知っている世界各国の御伽噺や現代で流行する物語が世代や国境を越えて集結する前代未聞の世界をテーマとしているとか何とか。

 オープン後まもなくここを会場とするらしい。このテーマパークの宣伝も兼ねているのか。

 N1に関わっていたことが伝わっていたようでDNNからの推薦があったようだ。

 ……何も無いと良いがな。

 N1の一件でお声が掛かったのは良いがその一件がまともに終わらなかったのは苦い思い出だ。

 まあ、二度も何か起きることはあるまい。今度こそ平穏に終わるだろう。

 

 

 +

 

 

 自分のことは自分が一番分かっている。それは真実だ。だからと言って、それは自分で措置することが出来ない。

 私は医者(デバッガー)だ。自らの調子は誰よりも把握している。

 だが――自らの施術を行えないのは自明の理。

 ゆえに事情を知っている者というのは私だけでは駄目で、まったく別の技術者の手というものはどうしても必要になるのだ。

 

 無防備の中で、縛めの中の己が芯まで冷たくなっていく感覚に浸る。

 それは決して心地よいものではないが、望んでいたものである以上我慢する。

 剥がした箇所が修復され、元の形に戻っていく。

 そしてそれをより固く閉じ込めて、存在を塗り固めていく。

 個を確立させる。目を閉じて、再び目を開ける時が来る。

 “私”と向き合う時間は終わった。これからはまた、“私”として――

 

 

 目が覚めて最初に感じたのは、頭に掛かる重さだった。

 それは頭痛などから来る錯覚ではなく、事実、重たい機械が被せられていたから。

 体の怠さの中でも際立つそれを不快に覚えながら、それを外す。

 傍に置いてあったペットボトルに手を伸ばし、水を喉に流し込む。

 倦怠感に満ちた体に染み込んでいく水の冷たさを感じていれば、“施術”を終えた“お医者様”と目が合った。

 

「いつもに比べ、意図的な破損が目立っていた。何かあったのかね?」

「去年の年末、ちょっとした事情で供したのさ。私の部品で世界の皆に夢を与えるためにね」

「『ブリキング』か。君が此度供したものは“おもちゃの部品”と例えるには些か物騒過ぎると思うが」

 

 何となく、今は何年と漁っていない本棚の隅にある絵本を思い出した例えを出してみれば、男は肩を竦めてそう言った。

 せっかく洒落た例えをしてやったのに、失礼な人だな。まあ、私も他人から此度の出来事をアレに例えられるのは嬉しいとは思わないが。

 贖罪のために自己犠牲を選んだ『ブリキング』とは根本的に考えが違うぞ。……そういえば――あの話はシェロ・カスティロのアトラクションとして採用されているらしいな。

 依頼に際して興味本位で調べた限りでは、宿敵が手を取り合って強敵に立ち向かう『ウィザードッグ』に、愛の下に勇気を振りかざす『まさかり姫』――あれらに並ぶ目玉になる予定だとか。

 

「意外だな、キミがあの物語を知っていたとは」

「最低限の教養はあるさ。私とて人の子だ。それに、生まれた時からあの堅苦しい国にいる訳でもないからね」

 

 彼が今、身を置いている国はそうした娯楽さえ検閲され、制限されるらしい。

 何ともまあ、窮屈な国だ。そんな中でも外に出て、ある程度自由に出来ているということは、彼は余程の立ち位置にいるということ。

 光氏と同世代の人間でありながら、私の彼への接し方は自分と同年代のものに近い。

 当然、目の前の人物に対して敬意を持っていない訳ではないのだが、関わっているうちに自然と此方に変化したのだ。

 

「ともかく。必要な処理はさせてもらった。これでまた暫くは大丈夫だろう。そちら側は、だが」

 

 彼の報告は、万全とはいかなかったことを暗に示している。

 まあ……知っていたさ。自分の事は自分が一番知っている。どうしようもない程“自分”に染み込んでいることに、気付かない筈がない。

 

「――暫く連絡が付かなかったが。プロトを直接対処したというのは正しい情報だったのだな」

「成り行きさ。そうせざるを得なかった」

 

 それ以上を話すことはない。戦いに身を投じた理由は、これ以上は誰かに広めるつもりのないものだ。

 

「……それで? 自分以外からの保証が欲しい。覚悟は出来ているから、容体を伝えてくれ」

「――プロトが君の精神に浸透している。侵食された状態の精神データを変換した影響だろう」

 

 ……バグとして取り除けない部分に“毒”を背負った。そんなところか。

 正直なところ、フォルテを利用してプロトから脱出し、目が覚めて一時間と経たないうちにそれは理解していた。

 精神データを蝕んでいたプロトは既に停止しており、それ以上侵食することはない。

 だが、そのまま変換が掛けられたことで何というか――混ざってしまったのだ。

 私自身の何かが変わるということはない。技術が衰えるということもなければ何かを失うということもなく、まったくの健康体。

 しかしながらこの異物感は、どうにも邪魔だ。パルスインした際、体の一部が自分のものではないような――そんな感覚。

 

「現状、パルスイン時以外の影響は出ていないが、今後何か後遺症が出る可能性は?」

「無い、とは言い切れんな。既に精神と混ざった以上、どういう影響が発生するかは全くの未知だ」

 

 凡例がない状態。ゆえに断言も出来ないか。

 元々私以外に例のないだろう患者が、例のない症状を背負ったのだ。お手上げとしか言えまい。

 そもそも、患っているのは精神という彼の専門ではない場所だ。仕方ないか。

 

「分かった。今後何も起きないことを祈るとするよ」

「力になれなくてすまない」

「その謝罪は受け取れないさ。そもそもそれは依頼の対象外だからね」

 

 頭を適当に動かし、頭痛が無いことを確認する。

 大丈夫――いつも通りは維持できている。

 

「助かった――謝礼はいつもの所に振り込ませてもらう」

「ああ。……そうだ。君の仕事の方で、一つ話があったのだが。これについてだ」

 

 ふむ? 彼が懐から取り出し、見せてきたのは――一枚のチップ。

 全体が黒でコーティングされた、普通のチップとは違うことが一目でわかるそれ。

 

「……あまり持ち歩くものではないと思うが。オフィシャルにでも見つかったら厄介ではないか?」

「言い訳ならいくらでもある。それよりもだ。これの依頼は、君に多く来ているのか?」

「増える前に値上げしたよ。はっきり言って関わりたくない代物なのでね」

「賢明だな」

 

 ダークチップを何でもないように見せてきたことに僅か動揺するも、彼――というかあの国の科学者であれば持っていても不思議ではない。

 普段なんの研究をしているかも定かではないが、これについても何かしら触れていたのかもしれない。

 

「危険性を分かっているようであれば言うまでもないだろうが、君自身が使うことのないように。ナビが使うのと訳が違うぞ」

「寧ろ危険性が少ないと判断しているが。精神がプログラムで構成されている訳でもあるまいし」

 

 ダークチップを使用することのデメリットのうち、最も重大である心への侵食は、私自身に及ぶとは考えていない。

 心を侵せるというのは、それがプログラムで構成されているから。

 パルストランスミッションによって変換される精神はナビに備わっているものとはまったく異なるものだ。

 対応していないものに影響を及ぼせるほど、プログラムというのは万能ではないのだ。

 

「さて、どうだか――一応、警告はしておこう」

 

 ダークチップを仕舞い込んで、彼は立ち上がる。

 

「おや、もう行くのかい?」

「色々と立て込んでいてね。何日もこの国にいる訳にはいかない」

 

 忙しいというなら仕方ない。この国の科学者ではないのだし、束縛する訳にもいくまい。

 年に一度の施術は終わった。彼がこの国に残る理由もなくなったのだ。

 

「ではまた。異変があれば連絡をするがいい」

「ああ。気を付けて帰りたまえ、()()()()

 

 毎年一度だけ、彼はこの国に訪れる。

 基本的には私が依頼する側。私の事情を知る者として、私に起きる綻びを修復してもらうため。

 時に彼が依頼する側。彼が私の技術を求めた場合に限るが。そんな、奇妙な関係。

 悪名高い軍事国家Z国の科学者であり、世間の評判は良くないが、私はある意味、彼に全幅の信頼を置いている。

 彼の技術であれば一切心配する必要はない。あの人の――父の願いを共有してくれる者として、プライド様とも光氏とも違う信頼に値する。

 それこそが――この時点での、リーガルという男に対する評価だった。




・クーモス
ファンフィユアー テーッ テーン テーッ テーン
ゲシィ! ゲシィ! ピコン! ピ…フィユフィユン!
テーン テレテーッテーテーン
4に登場するウイルス。みんなのトラウマ。
木属性の蜘蛛型ウイルスであり、ウラインターネットに出現する。
出現位置で暫く待機した後、自エリアに入り込んできて延々と追いかけてくる。
それだけなら脅威ではないが、他のウイルスと組み合わさることで劇的に対応が難しくなる。
特にサーキラー系との組み合わせは数多くのロックマンをデリートしてきた。
上位種になると自エリアに蜘蛛の巣を配置し、さらに行動を制限してくる。

・シェロ・カスティロ
4に登場する、デンサンシティ初のテーマパーク。
作中ではオープンに際したキャンペーンでフリーパスを手に入れた熱斗とメイルが開園初日にデートにやってくる。
園内のお城はデート当日には入れないが、後にホークトーナメント/イーグルトーナメントの会場となり、入れるようになる。
出来たばかりのテーマパークの筈だがなぜかやたらネビュラに利用される。
インターネットエリアであるパークエリアには開演前からネビュラのナビが入り込み、終盤の事件でも最後にここに訪れる。
また、現実世界でもシェードマンがぬいぐるみロボを暴走させる事件を起こす。
熱斗とロックマンを狙って彼が直々に動いた事件となるが、何故わざわざこのテーマパークを襲ったのかは不明。

・『ウィザードッグ』『まさかり姫』『ブリキング』
シェロ・カスティロにおけるアトラクションのモデルとなっているエグゼ世界における物語。
ゲーム内ではそれぞれのタイトルになっている主人公がぬいぐるみロボとして登場する。
このぬいぐるみロボは某テーマパークで園内を歩くキャラクターのようなものだが、機械制御のため作中で案の定暴走する。
それを止める際、各物語を読むことになるが、王道なウィザードッグ、ツッコミを許さないぶっ飛んだ世界観のまさかり姫、一つだけやけに重く切ないブリキングとそれぞれ違った雰囲気となっている。
電脳世界自体は全力でヘイトを集めているが話は全部面白いんです。注目してあげてください。


4編でも、エールについて色々と踏み込んでいきます。
まずは不穏なフラグと人間関係について。胡散臭いところに所属していますがとても信頼できる年上の科学者さんです。心強い味方ですね。
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