バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
桜井嬢と別れ、適当なワゴンでホットドッグを購入して腹を満たした後、私たちは城へと戻った。
大会に協賛しているシェロ・カスティロのスタッフに幾つかアトラクションを楽しんではどうか、と勧められたが丁重に断った。
遊びに来ている訳ではないし、何というか……激しく揺れるような乗り物と聞く。
多分ではあるが苦手なものだ。
仕事などままならなくなるのが目に見えている。
それに、この白衣がテーマパークの客として場違いであるというのは私にも分かる。
あまり楽しみに来た客の妨げになるような真似はしたくないのだ。
そんな訳で作業に没頭していた私とアイリス。
作業をしていれば聞こえてくる喧噪も当たり前のものとなり、気にならなくなる。
そうしてその日もつつがなく終わると思った――もうすぐ日も落ち始めるといった頃合いだった。
『――した。繰り返します、メルヒェン広場内のまさかり姫が暴走を始めました。広場にいるお客様はスタッフの指示に従いすぐに避難を行ってください。また――』
「……は?」
何やら喧噪の空気が変わった気がすると思い、城の外に耳を傾けてみれば、そんな園内放送が聞こえてきた。
まさかり姫が暴走? 一体なんの話だ?
いや、確かに物語の山場におけるまさかり姫の奮闘たるや暴走と比喩しても差し支えないほどの雄姿ではあるが、それでも世界観を大切にするテーマパークである以上、そういう言葉は不適切だと思うが。
困惑していると、作業を行っていた庭園に大会の運営スタッフ殿が息を切らして走ってきた。
「ヴァグリースさん! 園内で緊急事態が発生しました!」
「……つまり、まさかり姫の暴走がどうのというのはパレードか何かの催し物という訳ではなく?」
「正真正銘、ぬいぐるみロボの不具合です!」
「……」
――思わず、天を仰いだ。
ああ、良い天気だ。こうも快晴だとこんな嘆きもちっぽけなものに思えてくる。もうすぐ夕方という時間帯だが、今日は特段暑くもなくクリームランド住みである私としても過ごしやすい陽気だった。
これから日本はどんどん暑くなっていくのだろう。そうなる前に帰らないと。
アメロッパやら日本やらに飛び回った夏。半分日本、半分プロトの中で仇敵と同居という、雪や氷に縁のなかった前代未聞の冬。
それに続く今年の夏は、クリームランドで平穏に過ごしたいものだ。
「それで、シェロ・カスティロのスタッフがヴァグリースさんにも事態の収束に協力を要請していますが……」
「やらない訳にもいかないだろう……戻ってきてくれるかい?」
『……』
――よし。現実逃避は終了だ。切り替えよう。
アイリスに声を掛け、PETに戻ってきてもらう。心なしか、その控えめな視線に同情が含まれている気がした。
契約外ではあるが現場で何らかの異常が発生した場合の追加対応など日常茶飯事だ。
……いや、大体はバグがあったから追加で直してくれというものなのだが。対応中に付近の別のシステムが暴走したなんて体験そうそうないぞ。
「で、具体的に件のぬいぐるみロボはどんな状態に?」
「は、はい。まさかり姫は持っているまさかりを振り回し、子供を襲っているようで……」
「……下手するとスプラッター映画だな」
何も被害が出ていないと確証が取れれば笑い話のネタになるレベルだ。
子供たちに夢を与える物語の世界。そこにいる
立ち塞がる者全てをぶった切るその様は物語で大木に囚われた恋しき
子供から大人まで、世界中で広く親しまれる物語があっという間にB級ホラー映画だ。
冗談ではない。オープン初日から一体何が起きているんだ。悪しき魔女に呪いでも掛けられたのか?
或いはまさかり姫に立ち塞がる魔女やウィザードッグたちと戦った魔術師やらが手を組んで
終わりと言いつつ現実逃避を繰り返しながら、契約外業務が幕を開ける。
「……ちなみに、一体どのような理由で不具合が起きているか想像はつきますか?」
「ぬいぐるみロボのシステムがどの程度のセキュリティかにもよるが、まあウイルスだろう。誰かが操っているならもう被害が出ていてもおかしくない」
エレベーターで階下に下りつつ、問いに答える。
ウイルスの可能性が高いとは言いつつ、それはそれで考えたくないというのが正直なところ。
こんな一日に数百、数千人という人が訪れるだろうテーマパークを監視もなく闊歩しているぬいぐるみロボを、ウイルスを仕込まれた程度で陥落するシステムで制御するなと言いたい。
せめてそういう時のために、それよりも権限が上の管理システムも用意しておくべきだろうに。
ロビーに下りて、外に出てみれば見事なまでの大混乱だった。
これだけの来場客の避難を初日から行わなければならないスタッフには同情しなくもない。幸先が不安でしかないぞ。
付近に慌てふためいているスタッフを見つけ、呆れつつもそれに手を貸すつもりはない。
私は頼まれた通りに、一時的な関係者となるまで。
「まさかり姫のぬいぐるみロボは何処に?」
「向こうのメルヒェン広場です。一応、広場を離れてはいないようです」
まさかり姫の城という名目なのだからこの近くにいればいいのに、やけに離れた場所にいるらしい。
というか私が行く前に解決できるのではないか、と思っていると、まるでその思考を待ちかねていたかのように近場で悲鳴が上がった。
「……」
「……お代わりのようだね」
そちらの方の人の群れが急に散り散りになっていく。
何事かとその向こうを見てみれば、まさかり姫でないぬいぐるみロボが異常をきたしていた。
――戦争のために作られ、子供たちの夢に身を捧げることを選んだ悲しき人形。
ブリキングはそのブリキの体を震わせ、腕と頭を大いに回転させながら唸りを上げている。
……狂気だ。戦争が作られた目的だったというのも頷ける。
感情を知らず暴走するあのブリキングでは子供たちに夢は与えられまい。現在進行形でその夢をぶち壊している。
「……素人の意見だが、ああいう動きはそもそも出来ないように作るべきだと思う」
「……そうですね。後で向こうの管理者に伝えておきます」
実際に暴走する様子を見て、唖然としていたスタッフ殿と何となく意気投合する。
まさかりをぶん回せるまさかり姫。腕を振り回せるブリキング。何故そんな挙動が出来るようになっているのか。
システムに不具合が発生した時、被害を想定外の規模に広げないための手っ取り早い方法は、前提となる機能を必要以上に広げないことだ。
ああいうロボであれば、例えば腕を一定以上に上げられないように設計しておけば、不具合が起きても振り上げられることだけはなく、こういう事態は防げる。
動きに躍動感がなくなってしまうので、難しいところではあるのだろうが……。
「ともかく。近場である以上あちらを先に止めた方がよさそうだ。それで良いかな?」
「お願いします。私はまさかり姫の方へ様子を見に行きます。気を付けてください」
スタッフ殿の許可を得て、腕と頭を振り回すブリキングに近付く。
大変危なっかしい。ブリキングの外見が赤いブリキのロボットということも相まって、これ以上ないほどに“それらしい”暴走をしている。
流石に近付き過ぎると私も怖いので、少し離れたところで対処用のプログラムくんたちを起動。
腰を落ち着けて作業が出来ない以上彼らを調査として送り、エールハーフを起動するのは必要があると判断した場合のみで良い。
――デバッグ用プログラム・ヴィルレー、戦闘用プログラム・ノヴレット、補助用プログラム・トローペ、実行。
本格的な準備をしてこなかったのは悔やまれるな。或いは自宅での作業であればもっと投入出来たのだが、今回持ってきているプログラムくんはさほど多くない。
さしあたり三体を実行し、ブリキングに送り込む。
アイリスに頼むという選択肢は、最初からない。少なくとも、彼女にこうした事件の対応を手伝わせるつもりは皆無だった。
三体をモニターしつつ、送られてくるデータを読み取っていく。
インストールしていた物語データの一部を破壊し、そこへの参照にエラーを発生させることで介入の余地を作成、ウイルスを仕込んで暴走させたといったところか。
破壊したデータはダミーを含めつつ電脳全体にばら撒いており、復旧までの時間を延ばす魂胆らしい。
お粗末ではあるが手際は良いな。それでいて悪辣だ。この手の小細工に慣れた者の犯行か。
お利口に復旧していては時間の無駄でしかない。とりあえず事態を収束させるだけならもっと手っ取り早い方法がある。
「……偶然だったな。犯人からしたら不運なことだろうが」
『……? 何の話?』
「キミのおかげで手っ取り早く止められるということさ」
アイリスを連れてきていなかったら、こうすることは出来なかった。
彼女をPETに招くにおいて、同じく色々と持ち込んでおいたものがある。
その一つが、少し前にウィザードッグをモデルにした映画を観た際、話の流れで落としておいた様々な物語の電子媒体である。
ウィザードッグは勿論、まさかり姫やブリキングだって揃えてある。――レヴィアの方が読んでいた節があるが、アイリスも一通りは読んでいた筈だ。
彼女の暇潰しにはなると思い持ってきたものだが、こんな形で役に立つとは。
ブリキングの物語データを送信し、今組み込まれている破損したデータと入れ替える。
データ形式が同じなのはいただけないな。あと入れ替えも簡単に行えるのも問題だ。これじゃあブリキングの中にまさかり姫のデータ入れるのも簡単だぞ。どうなるんだろうそれ。
興味はあったが、今はそれどころではない。
データを正常なものに戻すことでこれ以上の悪化を阻止。それから制御システムを調査し、やはりウイルスのせいだと判明する。
ノヴレットとトローペだけでの攻略は少々厳しいか。戦闘は可能だとはいえ、ナビには遠く及ばないものだ。
彼らを援護するために、私側のウイルスを放つ。
仕込まれていたウイルスの質自体は下の上といったところ。
ウラ由来のウイルス一同ならそれらを退治するなど造作もない。
手っ取り早く片付けて、その隙にヴィルレーが改竄を受けたシステムを正常化させ、停止コマンドを打つ。
糸が切れたように止まり、腕を下ろすブリキング。頭が変な角度で止まっているぞ。
まあ、それはそれ。私がどうにかすることじゃない。
先のスタッフ殿に連絡し、ブリキングを止めた旨を伝えれば、礼もそこそこに悲報が飛んできた。
『こちらは既に来場客だった小学生が鎮静化してくれたのですが、続けてウィザードッグやドラッキーまで暴走を……』
まさか一文の間に二つも悲報が飛び込んでくるとは思わなかった。
来場客だった、暴走するぬいぐるみロボを鎮静化させるような蛮勇を持った小学生。
心当たりは何人かいなくもないが、その中のある意味一番危険な一人が本日ここに来ていることを知っていた。
……彼、呪われているんじゃないか?
『ウィザードッグを現在その子が対処してくれています。お手数ですが、ヴァグリースさんはドラッキーをお願いできますか?』
「……とりあえず場所を教えてほしい」
というかシェロ・カスティロのスタッフは何をしてるんだ。
まさか客の避難指示で手一杯になって、ぬいぐるみロボを対処する要員がいないとか言うまいな。
大会の運営スタッフである彼がこんなに走り回る必要は本来ないぞ。
『メルヒェン広場の吸血鬼の館というアトラクション内に入っていったようです。入って構いませんので、お願いします!』
……向こうも何やらいっぱいいっぱいのようで、此方が何を言う前に通話が切れた。
呆れながらも、慌ただしい人の波とは反対側に歩いていく。
走るなど出来るか、こんな広い場所の、そんな遠いところ。
去年の冬、日本にいた頃に少しずつ体作りをしていたが二ヶ月体と離れ離れになっていた間に成果はゼロどころかマイナスになっていた。
悲しくなった。やはり自分はインドア派なのだと開き直った。
走れなくても歩ければいいじゃないかと自分に言い聞かせつつ、現場へと向かう。
しかし……吸血鬼。
空を仰ぐ。腹立たしいほどに快晴だ。
日暮れが近いとはいえ、まだ空も青い時間に日の光に弱い怪物が暴走するなと、私は思わずにはいられなかった。
・ぬいぐるみロボの電脳
4に登場する電脳世界。シェロ・カスティロに訪れた際、暴走したぬいぐるみロボを止めるためにここに入ることになる。
電脳イカダで進んでいき、途中データが抜けてしまった物語を正常に戻しながら攻略していく。
これまでのシリーズでは存在しなかった、エグゼ世界の物語に触れつつ進むステージであり、それぞれの物語も中々完成度が高い。
ところで4は周回制ゲームである。
一通りの要素を楽しむには、最低三周する必要がある。大会の組み合わせ次第で違ったシナリオを遊べるが、このシェロ・カスティロのイベントは共通シナリオである。
そのため、この電脳世界の攻略は毎回必ず行うことになり、周回を重ねるごとにやけに遅いイカダや電脳自体の長さがヘイトを集め、この直後のBP集めイベントと並んでエグゼプレイヤーの間で語り継がれることとなった。
案の定事件に巻き込まれるエールさん。
ぬいぐるみロボの電脳が何ぼのもんじゃいとばかりのスピード解決中。
とはいえこれだけで終わらないのがこのシナリオですが。見くびっては困るダークロイドさん準備運動中。