バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
吸血鬼の館。
ここは、期間限定のアトラクションだと聞く。
モデルとなった物語は世界中で親しまれる昔話ではなく、ここ最近日本で人気があるという物語だ。
太陽の力を借りて吸血鬼――ヴァンパイアと戦う、『太陽少年ジャンゴ』。
その人気っぷりはかなりのものらしい。
この物語を基にしたバトルチップまで作成され、一般に流通までしているようで、なんでもPETに太陽光を感知するセンサーを組み込み、チップの使用に際して太陽光を浴びせることで効果が飛躍的に上昇するとか。
外でネットバトルやウイルスバスティングをする機会がそもそも稀ではないかと思わなくもないが……そういえばホークトーナメントは外だな。もしかすると有効なチップなのかもしれない。
そんなジャンゴが戦うヴァンパイア、ドラッキーが住むという館がこのアトラクション。
蔦が生い茂る物々しい館は、入る者を躊躇させる不気味さを醸し出している。
アトラクションのジャンルは――
「……」
『……エール? 入らないの……?』
「……いや」
――
なるほど。ヴァンパイアを恐れず、夜の館へと入っていく太陽少年。その恐怖を体感しながらも彼の戦いを楽しめる施設、か。
何でこんなところに入っていったんだ、暴走するドラッキーは。
中に誰かが残っているならまだしも、中から悲鳴のようなものは聞こえてこない。
メルヒェン広場はこの暫くで避難も進み、閑散としている。
そんな中、暴走しているにも関わらず子供たちに襲い掛かることなく自らの館に引き籠るヴァンパイア。
習性か。習性というやつなのか。
もしくはこの館の何処かの電脳にまた物騒なプログラムでも置いてあったりするのか。
湾岸病院での事件を思い出す。あんな場所の電脳世界に隠されていたテトラコード。あれと同じように。
「……このまま放置しておいても構わないのでは?」
『……』
暴走して子供を襲っているから問題になっているのであって、自分の館に引き籠るヴァンパイアに危険はない。
別に、無理に止めに行く必要もないのではないか。もっと事態が落ち着いてから、大勢で挑んで停止させるとか。
…………。
……アイリスの、控えめながらいつもより温度の低い気のする視線の意図が明白に伝わってくる。
どうやら私もアイリスと意思疎通が出来るようになってきたらしい。
御託は良いからさっさと行けと。アイリスだからもっと言葉を選んだものになるだろうが、多分そんなことが言いたいのだと思う。
「……」
気のせいだと思いたいアイリスの圧に促されるように、館の中に入る。
――真っ暗だった。
平時は微かな照明が点り、通路が辛うじて見えているようであるが、暴走したぬいぐるみロボがコマンドでも送ったのかその照明が落ちている。
装飾の燭台はまばらにあるのみで、それらは所詮装飾でしかなく、齎している光は微々たるもの。
というかその明かりは通路が続いていることを示す以外の役に立っていない。足元など一切見えていないと来たものだ。
入り口の開け放たれた扉から十分な光が入り込んできている最初の通路は別に良かった。
だが一度曲がれば、待っていたのは道標だけがある暗闇。
作られた暗闇は、月明りのない曇りの夜の森の中の方がまだ明るいのではないかとさえ思える。そんなところに迷い込んだ経験などないが。
「……件のぬいぐるみロボはどうしてこんな闇の中を歩けるんだか」
『ぬ、ぬいぐるみロボには……行動が許可されているエリアのマップを読み込ませているからだと思う……』
「是非とも私にもほしい機能だよ、それ」
明かりは奥に続いているとはいえ、何か障害物があれば堪ったものではない。
例えば、このアトラクションで不安を煽る要素として、普段は見えるくらいの段差があったとしたら、こういう事態の中では危険な代物に早変わりする。
それに躓いてしまえば怪我待ったなしだ。
そうでなくとも、この異常事態で下に何があるかもわからない。最悪、既に襲われた人が転がっているなんて可能性も決してゼロではないのだ。
ゆえに一歩一歩を慎重に進めていく。
PETの明かりが非常に助かる。これでごくごく僅か、足元を照らすことは出来ている。
最低限、足元に何かが転がっていないかは確かめられる。
それでも急いで進むことは不可能だが……まあ、この館の中にいる限りはここのぬいぐるみロボの被害者は出ない。
今の私の役目はここの暴走ヴァンパイアを確実に止めることである。
億劫に思いつつ、一歩一歩を確実に踏みしめていく。
一歩を数秒かけてゆっくりと。ここまで慎重になる必要はあるか。あるのだ。
――不意に、傍の壁がパキリと乾いた音を立てた。
「っ――!?」
『……エール?』
……。なるほど。真っ暗な中でも仕掛けは絶好調らしい。
落ち着け。この程度で立ち止まっている場合ではないだろう。
一つ大きく深呼吸をして、さらに一歩進む。暗闇の中から現れた背の低い老人が、手に持ったランタンで先を照らした。
「……………………」
――一瞬、体に何らかの異常が発生したと錯覚した。
どうやら息が詰まったようだ。体に不具合が発生するような状況ではない。呼吸を意識するのだ。
『……あの、エール。ちょっといい?』
「……なんだい?」
老人の人形に、湧き上がる何らかの衝動をぶつけるのを堪えてその横を通り抜けていく。
その途中、アイリスの困惑したように言葉を投げかけられ、そちらに意識を向けることで若干だが余裕が生まれた。
どうかしたのだろうか。異変を感じたのならすぐに伝えてくれるのはありがたい。
『その……もしかして、怖い、の……?』
「…………」
怖い。うん、確かにそうかもしれない。
暗闇かつ狭い通路。もしもこの中で暴走したぬいぐるみロボが襲ってくるようなことがあれば、危機的状況と言って差し支えないだろう。
私の身体能力などたかが知れている。はっきり言って、そんな状況になればまともに動けるとは思えないし、奇跡でも起きなければ走って外に辿り着くなど不可能だ。
ならば何故こんなところに入ることを選んだのか。というかスタッフ殿もこんなところに私を宛がうな。
せめてこう、複数人で明かりを確保した上でやってくるべきではないか。
という訳で万が一が発生した場合、私一人での対処が難しくなるのだ。その事実に抱く危機感は、恐怖心と言い換えても問題ない。今からでもウィザードッグの対処の方に移れないかな。割と真剣に。
スタッフ殿に連絡することも視野に入れつつ、曲がり角を曲がる。
U字の通路のようですぐ目の前の壁にあった鏡が明るく照らされた。
暗闇の中にあるにはあまりに場違いな私の姿。その肩に蝋の如く白い顔が映り込み私の顔を覗き込んでいる以外は特に不思議なところはない。
……。
「――――ぇう!?」
思わずその場から飛び退いて壁に激突しつつ、PETでそこを照らす。
……何もない。恐る恐る背後に手を伸ばしてみるも、それらしい感触は一切なかった。
――馬鹿じゃないのか。言っておくが私は暴走するこの館の主を正常に戻しに来たんだぞ。
そんな後の恩人相手にこんな下らない悪戯を仕掛けるなど恥とは感じないのか。もう一度言う。馬鹿じゃないのか。
『……』
「…………し、仕方ないだろう……私は
『で、でも……ここ、“それ”をモデルにした、アトラクションじゃないの……?』
「……」
ぐうの音も出ないほど正しい指摘だった。
いや――うん。分かってはいるのだ。これが作り物であり、全て偽物であることくらい。
本物のヴァンパイアなど見たことがないし、その館に入ったこともない。
だが、断言しよう。此方の方がよほど恐怖を煽るのに秀でていると。
当然ではないか。本物のヴァンパイアが仮にいたとして、それが自身の館を幽霊屋敷にする訳がないだろう。
家主からすればそこに迷い込んだ者は客人だ。丁重にもてなすというのが礼儀である。
そもそもこんなに不可思議現象が頻発するような屋敷に住んでいたら三日と経たずにノイローゼになる。ヴァンパイアだって自分の屋敷に得体の知れない老人や白い生首が徘徊しているなど望むところではない筈だ。そうであってほしい。
つまり、怖がらせることを本懐としたアトラクションの方が本物より怖いのは当たり前なのだ。怖がらせるように作っているのだから怖がって当然なのだ。
――そんなようなことをアイリスに熱弁すれば、彼女は理解したようなしていないような、それでいてまず間違いなく呆れている表情を返してきた。
自分でも何を言っているのだろうとは思わなくもない。割と混乱していることは自覚している。
というか、ウラでも普通に――普通ではないが、活動している自分がここまでこういうアトラクションに弱いというのは予想外だった。
私の生命線にして十八番と言ってもいい『インビジブル』の素となるゴースラーも幽霊型のウイルスなのだが、あれには忌避感はない。何故って、そういうものとして最初から理解しているからである。
そう、私とて予想外の出来事には弱いのだ。抗う力さえないこの現実世界であれば尚更である。
『それなら……戻っても、いいと思うわ……無理しなくても』
「……いいや。やるとも。ここまで来たんだ。下手人が中にいるなら、戻るより進んだ方が建設的だ」
アイリス以上に、自分に言い聞かせる。
仕事への信頼はこういった非常事態への対応力でも培われる。
信頼とは私たち請負人の商売道具に他ならない。ここを任せたスタッフ殿に言うのを想像してみるんだ。“お化け屋敷が怖いからドラッキーの対応は無理だ”なんて告げれば抱腹絶倒ものである。そんなことは許されない。
どうしてここまで意地になっているのか自分でも良く分からない。もしかするとそういう電波でも流されているのかもしれない。
「しかし……暗すぎるのはどうもな。せめて通路がしっかりわかるくらいの明かりは欲しいんだが」
改めて進む決心をしたが、やはり足元が碌に見えないのは問題だ。
ここに来てから結構経ったような気はするが、歩みは遅い。まだ大して進んでいないと思う。
恐怖云々とは別に、そちらは危ないのだ。
この慎重さは決して恐怖が要因である訳ではない。どうやら止まっている仕掛けもあり、一部はこの暗さで見えなくなっているようだし、寧ろ助けになっている。
であれば、あとは床がほんのり光るとか、そういう援助もしてくれないだろうか。
そうすれば走って切り抜けることも不可能ではない。
館よ。主の暴走を止めようという
そんな嘆願を受け入れたかのように、視界が突然明るくなった。
――翼と腕を大層立派に広げた悪魔像が突如としてその体を発光させながら現れたことで。
興が乗った悪魔の邪悪な悪戯、その唯一の被害者は後に語る――少なくともそれはなんの前触れもなく仕掛けるようなことではない。緊張している状態で暗闇からあんなものが出てきたら誰だって驚く。だからあの時の思い出したくもないほど情けない悲鳴だってある意味仕方ないことだし、腰を抜かしたのだって悪くない。あの一件で失われた私の尊厳を返してほしい。何度でも言う。馬鹿じゃないのか――と。
・太陽少年ジャンゴ
コナミのゲーム『ボクらの太陽』シリーズの主人公。
太陽銃ガン・デル・ソルを持ちヴァンパイアと戦う少年。
エグゼシリーズでは4以降、『ボクらの太陽』とコラボしており、『ガンデルソル』系チップなどのコラボチップが登場するほか、ジャンゴやおてんこさまの登場するシナリオを遊ぶことが出来る。
コラボシナリオでは、あらゆる世界のヴァンパイアを追って時空を超えた旅をしているとのことで電脳世界で登場する。何かがおかしいが突っ込んではいけない。
ちなみにおてんこさまはエグゼのナンバリングタイトル(5DS除く)で唯一ボイス付きで登場する。太陽ぉ!!
なお、作者は世界観の一新されたDS版しかプレイしていないためよく知らない。本編には絡まないので本作では登場もしない。
怖がらせる施設なのだから怖がるのが礼儀。そういう話。
ここにレヴィアもいたらより地獄になったんでしょうが、PETに入らないので断念。
ちなみにアイリスが茶々を入れていなければ途中で多分エールは脱落しています。
あ、ボクタイ系のチップについては、今後においても使う予定はありません。
『パイルドライバー』等のPAも登場しませんので、ご了承を。