バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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力の代償 【本】

 

 パルスアウトを行えば、シェードマンの音波によって発生したダメージが当然のようにフィードバックする。

 それは普段のものとは違い脳を揺さぶられるような痛み。

 

「ッ……く、ぁ……!」

「エールさん!」

 

 その場に蹲り、頭を押さえつつも、持っていた鞄から鎮痛剤を取り出す。

 リーガルが渡してくれたそれは即効性のあるものだ。市販のものより効果が強いため、多様は禁物だが。

 暴走が止まったからか、照明が復活し通路にも明るさが戻っていくのを見つつ、頭痛を耐える。

 そんな中で――光少年がぽつりと問いを投げてきた。

 

「……エールさん。さっきの、シェードマンを倒したのって……ダークチップ、だよね?」

「――まあ、そうだね」

「使っちゃ駄目なチップなんじゃないの?」

「そこはそれ。私には抜け道があるからね」

「抜け道?」

 

 ……話さない選択肢もあったのだが、それでは光少年は納得すまい。

 持っていても彼は使うことはなかった。それは、彼がその危険性を知っていたから。

 だとすれば、私がああも躊躇いなく使ったことを不審にも思うだろう。

 

「ダークチップが侵すべき心のプログラムは、当然ながら私にはない。あくまでパルストランスミッションでデータ化しているだけで、まったく別物だからね。発生するバグの方は防げないから、使った外装は破棄するほかないのだが」

「……そういう理由で、フォルテとの戦いでも使ったの?」

「……覚えていたか。あっちに関しては、半ば自棄だったがね。何としてでもヤツをデリートしたかったという、ね」

 

 そういう、本当に力が欲しいという理由から使ったのは、あれが初めてだった。それでも及ばなかった訳だが――。

 光少年はあの頃はダークチップという存在を知らなかったのだろう。

 だが、強力なチップを使ったということは覚えていて、それと照らし合わせたようだ。

 ……私が彼に言っても、説得力はないな。影響が出ていないにしても何度も使っているという事実は変わらない。

 ネットワーク法に真っ向から喧嘩を売っている私よりは、伊集院少年辺りの方が遥かに説得力があるだろう。

 

「……まあ。これも、誰に対しても黙っていてくれると助かる。言っていないことなんだ」

「う、うん……とにかく、助かったよ。オレたちだけだったら、どうにもならなかったかも」

「どうだか。さて、外に出ようか」

 

 頭の痛みは引かないが、ここに残っていたくない。

 立ち上がり、通路の先を見る。真っ暗闇という訳ではないものの、薄暗く何が待っているか分からない道が続いていた。

 ……。

 

「……光少年、戻るのと先に進むの、どっちが短いかな」

「……」

 

 切実な質問は、呆れの表情で黙殺された。

 

 

 

 吸血鬼の館から出てくれば、対応に当たっていたスタッフ殿たちが待っていた。

 何をしているんだ彼らは。入ってきて助力してくれても良かっただろうに。

 ……いや、やっぱ待っていた方が良かった。うん、これで良かった。

 

「二人とも、無事かい!? 一分ほど前に何か悲鳴が聞こえてきたが――」

「何もなかった。何も、なかった。一切の問題なく、中のぬいぐるみロボは停止したよ。念のため、再度見ておいてほしいが」

「……」

 

 何か言いたそうにしている光少年を無視して、報告を進める。

 吸血鬼の館内に入っていったぬいぐるみロボの中には、今回の事件を起こしたナビがいた。

 捕縛は無理そうだったため、そのままデリート。結果としてぬいぐるみロボは停止した。

 そういう形で収める。ぬいぐるみロボの中のログも“念のため”削除しておいたためこれで問題ない。そっちの責任についてもシェードマンに引き受けてもらおう。

 

「いや、助かったよ……幸い怪我人も出ていなかった。けど、オープンしたばかりのテーマパークでこんな事件が起きて、客足に影響がないと良いんだけど……」

「それは今後の努力次第だろうさ。そこは門外漢だから私にはどうにも助力できないが」

 

 シェロ・カスティロとしては災難としか言いようがないな。

 オープン初日にネビュラの襲撃を受けるなど、不吉にも程がある。

 これが報道されないということはないだろうし、今日来ていた客には間違いなく悪印象となっただろう。

 暫くの影響は、恐らく逃れられまい。持ち直す方法は多くあるだろうが、それは私よりも専門の者が考えた方が良い。

 

「オフィシャルにはもう連絡をしたんですか?」

 

 光少年と合流した桜井嬢がスタッフ殿に聞く。

 どうやら彼女も客の避難に協力していたらしい。彼女も避難すべき市民だと思うのだが……。

 

「ああ、勿論しておいたよ。そろそろ来ると思うが……ほら、噂をすれば」

 

 スタッフ殿の視線の方向を見れば――今は会いたくなかった、オフィシャルの有名人が歩いてきていた。

 光少年を見てどこか納得の表情をしていた彼は、視線を此方に移すと怪訝な表情へと変わった。まあ、気持ちは分かる。

 

「……事件解決に貢献した小学生というのは予想がついていたが、何故貴女がいる」

「このテーマパークで仕事をしていた。別に遊びに来ていた訳ではないよ」

「……光も大概だが、貴女も随分事件に巻き込まれるな」

「勘弁してほしいな。私は平和主義なんだ」

「えっ」

 

 なんだ、光少年。何か意見があるなら聞くぞ。

 私は振り掛かる火の粉や関わった物事には遠慮をしないというだけだ。

 そのスタンスと平和主義は共存できる。私がそうなのだから間違いない。

 

「……まあいい。話は聞かせてもらうぞ」

「休みたいんだが。下手人はネビュラのナビだ。それ以外に話せるようなことはないぞ」

「ネビュラ……また連中か」

 

 ――最初の一文は無視された。

 当たり前のようになってはいるものの、エールハーフでアンダーシャツが発動するだけでも結構ダメージは大きいんだがな。

 

「なあ、炎山。ネビュラって一体何なんだ?」

「……ダークチップシンジケート・ネビュラ。WWWやゴスペルの陰に隠れていたが、最近になって活動を活発化させた犯罪者集団だ」

 

 その知名度は高くない。

 WWWやゴスペルのように存在を表立って明かしていない、性質の悪い組織だ。

 シェードマンはその重鎮の一人だと考えて良いが……あと何人そういう者がいるかも分からない。

 

「ヤツらは多くの犯罪の中で、ネットワーク法で禁じられているダークチップの取引を行っている。しかし組織の首領の正体は勿論、組織の存在そのものが謎という、未だに掴み切れん組織だ」

「謎の組織、か……」

 

 ワイリーのように首領が存在を明かしていれば、手の打ちようも出てくるのだがな。

 まあ、向こうが手を出してこなければ、今後私も必要以上に関わる気はないが。

 

「それより――光。ダークチップは使っていないだろうな?」

「ッ……」

 

 光少年が思わず、息を呑んだ。

 私としては予想通りだ。

 ここまで出回っている以上オフィシャルもかなり手間取っているだろう。

 彼からそういう質問が来ることは想像に難くない。

 

「ダークチップは使った者の心だけでなく、その体までも蝕んでいく。使用によって体力の最大値が減ったという報告もある。そしてその減少は二度と元に戻ることはないという」

 

 それもまた、ダークチップの代償の一つ。

 勿論これはエールハーフにものしかかっている。まあ、破棄するから関係ないが。

 そもそも元から弱いチップですら一撃で倒される程度の体力が多少減ったところで影響がない。一撃は一撃だ。

 

「貴様たちが闇に手を染めるなど考えにくいが、一応忠告しておく」

「あ、ああ……」

 

 二人の会話を聞き流しつつ、スタッフ殿に声を掛ける。

 どうせ今日はこれ以上の作業は出来まい。今日はホテルに帰る旨を告げ、許可を得る。

 その後、再び光少年たちに向き直る。

 調査への協力はしないぞ。ダメージを受けた日はさっさと休むに限る。

 

「それじゃあ、私はこれで。一週間ほど日本にいる予定だから、また何かあれば連絡してくれ」

「うん……色々と助かったよ、エールさん」

「こちらこそ。桜井嬢も、()()

「は、はい!」

 

 たった一週間。だが、彼女と関わることは多いだろう。

 事件が起きる前の約束は健在だ。帰ったら休む前に、そちらの方の準備は進めておかないと。

 一度引き受けたことなのだから妥協も手抜きもしない。この場にいる光少年は知らないだろうが、本気で私は桜井嬢を強くするぞ。

 まだ何か言いたげな伊集院少年の横を通り抜けて、歩いていく。

 これ以上ここに残っていて、また何か聞かれても困る。そういえば、伊集院少年の前でもダークチップを使っていたのだが、あの時の追及はなかったな。

 ……あの件は見なかったことにしてくれているのだとすれば助かる。

 あれがダークチップだと知らなかったという可能性もあるが、或いは一度くらいなら、と見逃してくれたのかもしれない。

 そうであったとすれば、今日使ったことがバレれば問題だ。流石に他者がいる状態では、有耶無耶にするのも難しいだろう。

 逃げるように足を速める。

 そんな中で――黙っていたアイリスが口を開いた。

 

『……エール。使って、良かったの?』

「私はね。ロックマン――さっきの少年のナビが使うのは問題だったが、私はさっき説明した通り、抜け道を使っている。最小限のリスクに抑えているよ」

『……』

 

 彼女としても、気になるところだったのかもしれない。

 まあ、ダークチップの影響を対応する依頼の手伝いもアイリスにはしてもらっている。

 末期症状で戻れない域にまで達したナビも見ている。

 彼女に使うなと忠告した者として、彼女の前では使うつもりはなかった。……間が悪かったな。あまりに人目に付きすぎた。

 

「……説得力が失われてしまったが。それでも再度言う。アイリス、キミは使うな」

『う、うん……』

 

 汚れ仕事に躊躇いはない、とはいえ……やはり、気まずいな。

 ダークチップのマスターデータを破壊した代償としては、仕方ないものだとは思っている。

 だが、そうだとしても、少しは事件を起こすタイミングを考えてくれと、ネビュラを恨まずにはいられなかった。




ぬいぐるみロボのいた場所から出口まで十分近く掛かり、そこまでの道のりは光少年曰く「十倍くらい長く感じた」とのこと。
色々あり過ぎたシェロ・カスティロ編はこれで終わりとなります。
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