バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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エール先生の個人授業 【本】

 

 

 ウイルスを用いた訓練プログラムは幾つかのレベルを定めている。

 対象を定め、レベルに応じて実行すると、その対象を狙うように設定されたウイルスが連続で発生する。

 本来はプログラムの負荷への耐性を確認するためのプログラムを改造したもので、対象の隙や動きの癖から対応のしにくいウイルスを自動的に発生させる仕様となっている。

 己のバトルスタイルにおいて苦手な部分を容赦なく攻めてくるため、それを補えない限りはクリア出来ない。

 長所を伸ばすというよりは短所を補うためのこれは、ナビの戦闘のレベルを把握するのにも向いている。

 

『ロール! 後ろ!』

『う、うん!』

 

 ――そろそろ限界っぽいな。

 シェロ・カスティロで事件のあった翌日。

 私は桜井嬢との約束通り、ホークトーナメントに向けた特訓を開始していた。

 まず最初に、この訓練プログラムを用いたバトルスタイルとレベルの把握から。

 低級のウイルスのみが出現する初歩のレベルで降参するようでは流石に厳しかったところだが、ある程度の実力はあるらしい。

 決して完全に戦いが出来ないという訳ではない。

 幾らかレベルを上げ、現在桜井嬢のナビ――ロールは高い耐久力を持ち石化することで盾にもなるハンマーを持ったウイルス、ガイアントを中心としたウイルスの群れに苦戦中だ。

 ロール個人の攻撃も、桜井嬢のチップも含めて、一撃の攻撃力に難あり。

 そのバトルスタイルは、持ち前の速度を活かして低威力でも隙の少ない攻撃を重ねることで徐々に活路を開いていくというもの。

 必然として、防御力の高い相手には対処の選択肢が減ってしまう。

 その巨大なハンマーを床に叩き付けて発生する振動で相手の動きを鈍らせるガイアントは、正に天敵と言えよう。

 

『きゃっ……!』

 

 そのガイアントの出現によって追い込まれ、逃げ場を失い攻撃を受けたところで訓練プログラムは終了。

 このプログラムでは基本的に対象をデリートはさせない。

 追い込まれて勝敗が決したと判断すればそこで終了する。

 ウイルスたちが消滅し、残って膝をついたロールに近付き、リカバリーチップを使用する。

 

『お疲れ様。うん、ある程度キミたちの戦い方は分かった』

 

 オモテ基準で上の下。有体に言えば、“優秀とは言えるが日本の強豪に名を連ねるには難しい”と言った程度。

 N1の最終予選まで辿り着き、その時の脱落から自主鍛錬を重ねてきたのだろう。

 その戦いぶりは、ウラでもある程度残れるものではある。

 だが、光少年や伊集院少年をはじめとした日本の上位に立つ存在と比べると、所々で付け入ることが可能な隙や判断の遅れが目立つ。

 私が普段見ている戦いが規格外の連中のそれである以上、私の目の方がおかしい可能性も無くはないが、彼らとも戦えるように、と考えれば間違ってもいないだろう。

 

『……どうでしたか?』

『見たのはウイルス戦のため、ナビ戦での評価とは繋がらないが……今の状態でも全国でそれなりに戦えるレベルではある。だが経験値が足りない。直せるところも大量にある。まずはこれらを埋めるところからだ。長所を伸ばすより先に目立つ短所を全て潰そう』

 

 具体的には己の俊敏性に頼り過ぎている点。

 何でもかんでも跳び回って避ければ良いという訳ではない。回避のための動きが大きすぎる。

 戦いの最中、回避と適正距離を置き直すことを兼ねるために一度使うとか、そういう使い方なら全然問題ない。

 だがメットールのショックウェーブを避けるのに大きく跳んでも無駄なだけだ。速度型との戦い方を分かっている者ならば簡単に突ける隙になってしまう。

 何よりまずはそこ。長所を暴走させて短所を作っていては先には進めない。

 あとのものは少し癖になっているだけだから修正は難しくない筈だ。それらを一通り直せば、ロールは目立った隙のない、速度型のナビになる。

 そんな説明を最初に行えば、ロールはうんうんと唸り始める。

 

『スピードには自信があるんだけど、頼りすぎるなってこと?』

『まあ、そうだね。棒立ちでいろという訳じゃない。せっかく相手の攻撃を見てから避けられる速度があるのだから、大袈裟に動く必要はないんだ』

 

 とはいえ、話すだけではイメージも掴みにくいだろう。

 こういうのは経験か、意識して他者の動きを見ることで覚えていくものだ。

 一応はそれを課題として考えるだけで良い。自覚するのが最初の一歩だ。

 

『で、次に桜井嬢のオペレートの感想。少々守りに向き過ぎているな。専守防衛と言っても良いくらいに。『キャノン』一撃でデリート圏内に持っていかれるほどロールがヤワな訳でもない。“戦う”つもりなら、ロールの速度を攻めに活かしたオペレートに切り替えていくべきだと思う』

 

 これは結局のところ、オペレーターの方針次第で変わるバトルスタイルの根底部分の話。

 それまで築き上げてきたものだと思うし、あまり口出しをするつもりはなかったが――攻撃が少なすぎる。

 ナビの身を大事にする気概は結構だが、避け続けていれば相手が倒れてくれるほどネットバトルは甘くない。

 辺りを毒で満たして自分だけ安全地帯に避難していればその限りではないが、そんな手段は望んでいまい。そもそもそんな戦法を大観衆の目に触れる大会でやったらドン引きする。そういうのはウラで依頼料の支払いを渋った大馬鹿者などにだけやることだ。

 ともかく、今の桜井嬢のオペレートでは攻撃力が決定的に足りていない。

 ウイルスとの戦いならばそれで良いかもしれないが、大会で戦うのはナビだ。

 当然、相手だってオペレーターに従って戦うし、傷を負えばリカバリーも使う。そんな相手に対して、これではジリ貧になりかねない。

 ゆえに、桜井嬢にはある程度、オペレートを直してもらわねばなるまい。

 少しでも、攻撃的な方向へ。

 

『速度を活かして、攻めに……』

『あまりイメージ出来ないかい? 速度で勝るということは、先手を取れるということだ。有利な状況を作るのにはこれ以上ないほどの武器となる。使わないのは勿体ないよ』

 

 ロールの戦いを見る限り、この速度を利用すればかなり強力になる武器も存在した。

 彼女に向いたオペレートを桜井嬢が身につけることが出来れば、派手さはないが非常に厄介な戦い方を可能とするだろう。

 更にロールの他のナビと違う強みは、癒しの力。

 リカバリーチップにも利用されている修復プログラムがロールそのものに備わっている。これは非常に大きな力となるぞ。

 ナビの回復というのは戦闘中、意識しないと出来ないことだが、ロールは自身に備わった機能を実行することで傷の修復を可能とする。

 大きな傷を修復しようとするなら相応の時間、相応の隙を要するだろう。

 だが、機能の実態を把握し――例えばチップの使用プロセスに小規模の実行を混ぜ込めば、チップを使用しながら体力を回復するような芸当が出来ると思われる。

 特に目立った守りの手段も、高い耐久力も持っていない不安を、速度とこの機能で補えば逃げ腰な戦法を取らずとも十分な継戦能力を獲得することが出来よう。

 ……何だか楽しくなってきたな。ナビの能力を洗い出し有効に使える方法を見出す。

 普段はそういうことをしていないだけに新鮮だ。

 

『それと、もう一つ面白そうな技を使っていたね』

『へ? どれのこと?』

『ウイルスの制御中枢に対する瞬間クラッキング。咄嗟のことだったが、一体止めることが出来ていただろう?』

『そうなの……? 正直、いっぱいいっぱいでよく覚えてないわ……』

 

 ふむ、無意識だったか。

 恐らくはロールの持つリカバリープログラムで敵性ウイルスのプログラムを改竄し、自身への攻撃を停止させたのだろう。

 何にでも作用出来る訳ではない。だが、制御の甘いウイルスであれば纏めて抑えることが出来ると思われる。

 それがナビとの戦いで何の役に立つかという話だが――これは、使えるかもしれないぞ。

 相手ナビをクラッキングするとかそういうことではなく、もっと、準備の段階で。

 

『それは伸ばして、意識的に行えるようにした方がいい。少なくともインターネット上を徘徊する誰の制御も受けていないウイルスなら止められるだろうし、もしかすると――』

 

 思いついた可能性を話してみる。

 あまり正道とは言えないが、ネットバトルにおいてはごくありふれた戦法の一つだ。

 己のバトルスタイルを補強するためにこの方法を取る者は少なくないし、私だって準備があれば自衛手段として割と使う。

 

『……うーん。なんか、もっとイメージしにくくなりましたね』

『まあ、そうだろうね。一般的なウイルスへの印象を考えれば仕方ないことだ。だがウイルスだって上手く付き合えば良き隣人だよ』

『一応は、わたしたちナビと同じプログラムなのよね。メイルちゃん、作戦の一つとして考えておいてもいいかも』

 

 最終的に戦い方を決めるのは彼女たちだ。

 今の私はとりあえず選択肢を与えるのみ。オペレートの方針の変更については変えないとどうにもならないものだが、それ以外についてはどのような選択をするにせよそれに適した戦い方が生まれる。

 速度、リカバリー機能、クラッキング。

 全てを使うでも、一つだけを磨くでも、伸ばす方法はある。

 

『さて。やることは多いが時間はない。予選だってあるんだろう? ここからは大忙しだぞ』

『はい。頑張ります――お願いします、先生!』

『……先生?』

 

 また新鮮というか、奇抜な呼称だな。

 電脳世界の医者(デバッガー)――それゆえそう呼ばれることも考えられなくはない身ではあるが初めて呼ばれたぞ。

 まあ、桜井嬢のそれは戦い方を教える、文字通り教師へのそれだろうが。

 それだけ真剣ということなのだろう。

 であれば私も相応に、真剣に臨まねばなるまい。

 

 あの手段についてはやるつもりはなかったのだが、彼女が本気であるならば仕方ない。

 渋るだろうが適当に報酬を用意してやれば向こうもやる気になるだろう。

 いいぞ。エール先生の個人授業は明日から助教付きだ。

 ここまで私好みというか、私が教えるのに適した性能を持ったナビだったとは。教え甲斐がある。

 

『まあ……呼称はご自由に。さあ、最初は動きの無駄を減らすところからだ』

 

 これが一ヶ月の猶予期間がある訓練であれば、十分なまでに仕上げることが出来るだろう。

 だが、与えられた期間はその四分の一にも満たない。たった数日でどこまでやれるかは、彼女たち次第だ。




★ロールちゃん強化計画実施中★
やる気のある教え子の登場に大変張り切るバグ医者。それにより立つ魔改造フラグ。
前日にダークチップ使ったりお化け屋敷で怯えたりしていた者とは思えないほどわくわくする新任教師の姿です。
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