バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
それから三日後。
ホークトーナメントは幕を開け、予選が始まった。
予選はN1のそれより期間が短く、それでいて大規模だ。
舞台はデンサンシティ。その外から来る予選参加者については、事前に運営がホテルを取って招いている。
現実世界と、デンサンシティ内の電脳世界。その全てを使ったなんとも大胆な予選。
この広い舞台で、予選参加者はバトラーズポイントというデータを集めることになる。
参加者は今日の朝、それぞれ一ポイントを渡される。
そしてデンサンシティ中に隠された同じポイントを集め、五十ポイント獲得した時点で予選通過。
先着八名が本戦に出場できるという形式だ。
――最初に抱いた感想は、後始末が大変そうだなという点。
ポイントは基本的に各地に散らばった運営スタッフやそのナビが持っており、それぞれがネットバトルや知恵比べ等――定められた試験を、自身を見つけた参加者が突破できた場合に渡すようになっている。
しかし、それ以外にもデータを収めたメモリを至るところに隠しているらしい。
それはまるで宝探しの如く。子供の手のひらにも収まるほどのメモリをデンサンシティの何処かから探す。予選の内容を考えるスタッフに混じっていた訳ではないし文句を言う権利もないが、色々危険ではないか。
予選参加者のIDと紐付けることで初めて意味を成すデータだし、外部に流れたところで大事にはならないのだが、それでも無関係の一般人に見つかって持ち出されれば総ポイント数が減る。
よって予選参加者の敵は他の予選参加者だけではない。デンサンシティ全体である。
スタッフが持っているポイントを受け取るには何が出されるか分からない試験を伴うため、この隠されたポイントを見つけ出すのが予選通過への近道だ。
他者より先にデータを見つけんと町のいたるところを掻き分けて探す予選参加者たち。紛うことなき不審者である。
まあ何というか、頑張ってほしい。張り切るあまり他人の家に入り込んで捕まる不法侵入者が出ないことを祈るばかりだ。
さて、そんな私も、大会に関わった身として一応ポイントを持たされている。
渡す基準については個人の判断に任せるとのこと。まあ、私の持つポイントくらいであればそう大きくは予選の結果には響かないということだろう。
まあ、そうはいっても誰かにタダで渡すということはないのだが。
任された以上は責任を持つとも。光少年や桜井嬢にも、何もせず手渡すなどあり得ない。
そんな私は、現在城のロビーで城内ネットワークの点検を行っている。
ロビーまでは一般の入場が許可されているし、入ってくる者は多いがまあ、関係者以外立ち入り禁止の仕切られた場所にいるのでさほど気になる訳でもない。
既に予選参加者にはこの城で大会が行われる旨は通知されている。そのため、シェロ・カスティロこそが予選の中心地であると判断してポイントを集めに来る者も多いだろうし、ここのネットワークを通じてバトルマシンの下見などを目論む者もいるかもしれない。
そう考えた上でセキュリティを高め、そのチェックを行っているところだ。
流石に今日の日中は桜井嬢の特訓も休み。
八名の予選通過者が出ないうちは日を跨いで予選は続くが、初日の動きは重要だろう。
チェックを進めつつも、私はPETにある予選の経過状況を眺める。
予選参加者たちの情報と現在のポイント数。
まだ予選が始まって一時間程度。
ポイントを手に入れている者はそう多くなく、半数以上が一ポイントのままだ。
しかし――ふむ。伊集院少年に荒駒少年の名前が無いのは意外だな。日本有数のネットバトラーといえば彼らは入ってくるだろうに。都合が付かなかったのだろうか。
秋原町の四人組は……光少年と桜井嬢だけか。現在は桜井嬢が一歩リードしている。この手の予選であればロールの速度は有利に働くだろう。
他には……おお、白泉氏も出てるのか。
メタルマンは硬く大きな体躯を持ちながらも決して速度のないナビではない。
電脳世界でのポイント争奪でも劣りはしないだろう。
知らない名前が殆どだからか、知った名前をこうして見るのは嬉しいな。
とはいえ、彼ら全員が本戦に参加できるとは限らないが。
まだまだ予選の通過者は現れまい。
こればかりは桜井嬢の手助けをする訳にもいかないし、何としてでも通過してほしいものだ。
そんなことを思いつつ、再び作業に集中する。
外は快晴で、今日は比較的気温も高いらしいが、城のロビーは適切な温度に保たれている。
強いて言えば来園客が騒がしいくらいだ。これは仕方ない。何せ仕事場所はテーマパークである。騒がしいのが常の場所である以上我慢するしかない。
「――ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおっ!」
「――ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああッ!」
そんな快適度六十点といった空間の喧噪を切り裂いて鼓膜をぶん殴ってくる大声は、城に近付いてくる二人の客のものらしかった。
騒がしくて結構だが、喧噪の中でもあまりに毛色が違うというか空気の読めない雄叫びだ。
作業を進めつつも苛立ちに眉根を寄せていれば、ダン、ダン、と二つ続いた石畳を叩く大きな音で声が収まった。
「どうだ小僧! オレの方が速かったぜ!」
「いンや、オラのが一歩半速がった! 素直に負げも認められねだば情げないオッサンだなや!」
――部屋の温度が三度上がった気がした。
雄叫びが消えたと思えば、わざわざ城のロビーで周囲の迷惑も考えずにああだこうだと間違いなく下らないことを言い合う暑苦しい舌戦。
一体何が楽しくて、それなりに快適な仕事場を取り上げられて地獄に叩き落されなければならないんだ。
他の客も唖然としているのか、無言で迷惑を訴えているのか少し静かになったように感じる。
それゆえ、余計にその二人の騒ぎが鬱陶しい。
「いーや、オレは見逃してねえ。お前は最後の最後で躓いた! 肝心なところで燻ぶっちまうなんてやっぱりお前の心には熱さが致命的に足りてねえ!」
「あーあー! 嫌ンなっつまう! だばお城の監視カメラさ見ではっきりさせっぺ!」
「上等だ! 白黒付けてやらぁ!」
落ち着くために、一つ深呼吸をした。
コンソールを叩く手が心なしか震えていたので、それを止める。苛立ちを自覚した以上、意識して鎮めなければパフォーマンスに支障が出る。
「そごの白衣のおねーさん!」
――その時舌打ちをした私は決して悪くない。
ああ、今声を掛けてきた一人ならば最悪我慢するさ。
だがどうにも胸がざわつくというか、物凄く嫌な確信がある。
というのも――今言い合いをしていた二つの声のうち片方に途轍もなく聞き覚えがあるからだ。
「……」
「――テメェ、バグ医者か!?」
「…………」
そしてその片方である、出来ることなら二度と聞きたくなかった声の方が私に気付く。
ああ、そうだバグ医者様だ。恐れおののいてとっとと何処へでも行ってくれ。私の仕事の邪魔をしないでくれ。
「なんだべオッサン、知り合いが?」
「そんなところだ。クソ、嫌な巡り合わせだぜ。まあいい、おいバグ医者――」
「……こちら城内ネットワーク整備中のヴァグリースだが。収監中の筈の犯罪者が脱獄を」
「――ぅおい! ちょっと待て!」
いつの間にか後ろにいたその男にPETをひったくられる。それも立派な犯罪だぞ。
限りなく本気に近かったがまだ冗談だ。まだ通報などしていない。
焦った様子の暑苦しい男からPETを取り返し、仕方なく応対を開始する。
「キミがお勤め期間をまっとうにこなすと思っていた私が馬鹿だったよ、ヒノケン氏」
「おっと随分なご挨拶だな、バグ医者。これでもしっかり勤めを果たしてきたっつの」
「オフィシャルは頭がどうかしているんじゃないか?」
何を考えているんだ。こんな凶悪な放火魔をたかが数ヶ月で外に出すなど。
あとでオフィシャルの副長殿と伊集院少年に文句を言っておこう。
科学省放火――あれは実際彼が起こした事件として片付けられた筈だ――あれだけでも数年は当たり前に檻の中だろうに。
「ま、そんな事はいい。ちょっと手ェ貸してくれバグ医者。ここの城の監視カメラを確認したいんだ。詳しくは知らんがここで作業しているってことは権利はあるんだろ?」
「一般客に映像を公開できる監視カメラがあってたまるか。一体何をしていたんだ」
もう山ほどある文句を抑え込み、ヒノケン氏に訊ねる。
この二人、私がいなかったら公衆の面前で城のシステムに不正プラグインでもしていた勢いだったぞ。
そもそも何がどうなって言い争っていたんだ。
どっちが速かったとかどうとか言い争っていたのは聞いていたが。
「はっ。この坊やがこんなナリで炎のナビを操りやがるって言うからな。それに足る熱い心があるのか確かめてやっていたのさ」
「だがら言ってるべ! 熱いハートさ言うのは内に秘めでおぐもんだって! オッサンはいちいち古臭ぐってならね!」
「何だとぉ! 大体な、お前さっきからオッサンオッサン連呼するんじゃねえ! 年上に対する最低限の礼儀っつーもんも知らねえのか!」
「難癖さ付げでくるオッサンに対する礼儀だっけ持っていねや!」
「熱い心とやらと火属性のナビの何が繋がるのか理解できないのだが」
別にナビの性格と属性が対応する訳でもあるまいし、フルシンクロにも影響すまい。
ナビに属性を与えるか否かはカスタマイズ次第だが火属性を選択する理由が誰しも同じ訳ではないだろう。
例えば木属性のウイルスが多いインターネットが身近なのであれば火属性が推奨されるのは当然だ。
一定の性格でなければ火属性のナビを利用してはいけない決まりなどないと思うが。
私は利用したことがないため詳しく知らないものの、電脳メトロの特定の路線を担当しているナビも火属性だがそのオペレーターは寡黙だというもっぱらの噂だぞ。
そんな理解からの意見は聞こえていないかのようにスルーされ、私の目の前で言い合いは再開される。これ本当に通報して良いだろうか。ヒノケン氏への悪感情を一旦置いても普通に迷惑だ。
「そもそもオラのハートの熱さは、地元のメラメラ祭りが証明してるっぺや!」
「ッ……! め、メラメラ祭りだと……!? お前、まさか……!」
「そのまさがだべ! オラ、三年連続でお神輿さ担いでるだ!」
なんだその妙な名称の祭りは。
一体どんな奇祭かは知れたものではないが、ヒノケン氏が驚愕している辺り日本では有名なものらしい。
「……なんだい、そのメラメラ祭りとやらは」
「……本物の熱い男だけが参加を許されるという、日本東北部に伝わる炎の祭りだ。燃え盛るお神輿を担ぐことが許されるのは、一年にたった一人――祭りに参加している男の中で最も熱いハートを持っていると認められた男だけだという……!」
「日本にはまだ火刑が残っているのか?」
彼らの言っているオミコシなるものが何かは知らないが、燃え盛るものを担ぐという時点で狂気しか感じられないぞ。
国によっては木組みの巨大な人形を燃やしたりなど火を使う祭りは存在することは知っているが、燃える何かを担ぐなんて謎の風習は聞いたこともない。
聞く限りでは妙な訛りがあって聞き取りにくい彼は三年連続でその名誉あるらしい役を任されたという。
つまり火を担いで三回生き延びたということだ。やっぱり日本人がどうかしているというのは間違いないらしい。
「分かっただか? それがこのオラ、火村アツキだべ!」
どうやらヒノケン氏にも分かる名誉であるようで、勝ち誇る少年。
火村……なんか覚えがある、というか、さっき見たな。その名前。
記憶を辿り、ホークトーナメントの予選参加者の名簿を見る。
そこには火村アツキという彼が今名乗った名前と、そのナビ――バーナーマンの名前が確かに記されていた。
まさかの事態に辟易する。
これが桜井嬢の相手となる可能性を考えれば、億劫に感じざるを得なかった。
――その後、仕事の邪魔だと彼らを追い出すまでおよそ十分掛かった。
どうやらこの場へは足の速度を競ってやってきていたようで、その勝敗が不明となったためネットバトル沙汰にまで発展しようとしていたところに我慢の限界を迎えて追い出したのだが、何故最初からネットバトルで決着をつけなかったのだろうと心の底から思った。
全てが終わった後で、ヒノケン氏に白衣についての文句を言うのを忘れたことに気付き、ひどく後悔した。
・BP
バトラーズポイント。4に登場する要素。
ストーリー中盤、イーグル/ホークトーナメントの予選に登場するポイント。
現実世界、電脳世界の様々な場所に配置されており、これを50ポイント集めることで大会への出場権を得られる。
とにかくあちこちにあるため、適当に調べていれば多少のポイントならすぐ集まるが、50となるとそれなりにキツイ。
二周目以降は大きなポイントが手に入るような場所は何となく覚えているプレイヤーも多いと思うが、面倒なことに変わりはなくやっぱり共通シナリオのためあまり好意的には見られていない。
町中は勿論、メイルの家の中とかにもある。勿論許可は取ったと思いたいが、予選参加者たちが自由に入ることが出来ないだろう個人の家に何故置いたのかは定かではない。
・火村アツキ
4に登場するオペレーター。持ちナビはバーナーマン。
東北地方の出身の熱い男であり、地元のメラメラ祭りで三年連続で神輿を担いでいる。一人で。
出身からかその言葉は独特な東北訛り。
イーグル/ホークトーナメントで熱斗たちと当たり、驚きの早さで出所してきたヒノケンとインターネットを大炎上させる。またかよ。
ヒノケンとの因縁がある以上、必然的に出さざるを得なくなった男。それが火村アツキ。
そして出してしまった以上、必然的に東北訛りを勉強せざるを得なくなった作者。それが私。
アツキのそれは実際のものと比べるとだいぶ似非が入っているらしいので多少雑でも良いかなとは思っていますが、あまりに見かねるような部分があれば是非とも誤字報告等で修正していただけるとありがたいです。
ちなみに主に彼のせいで書き溜めが大変減りました。責任を取れヒノケン。