バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
日曜日――ホークトーナメント本戦の朝。
シェロ・カスティロの城のロビーに私はいた。
観客は別の入口から観客席に向かっており、今ここにいるのは何人かのスタッフと、八名の選手たちのみ。
そんな訳で、ここで光少年は初めて知ることになった。
「……まさかメイルが参加してたなんて思わなかったぜ」
「内緒にしてたもん。言っとくけど、不正したとかじゃないからね」
「いや、そんなこと考えてないけどさ。でも……どうなんだ? ロールだって戦闘タイプのナビじゃないし」
「心配も手加減もいらないよ、熱斗。熱斗と当たってもわたし、勝つ気で戦うからね」
トーナメント表の画面の調整をしつつ、二人のやり取りに耳を傾ける。
まあ、光少年としては意外だろう。
だが、そう思っていること自体が――桜井嬢がこの大会に出場すると決めた理由でもある。
ここまで調整し、鍛えた二人は強い。
侮っていると彼らと言えど、痛い目を見るぞ。
寧ろ、ここまで付き合ってきたからか。私としては、桜井嬢を応援したい気持ちがあった。
きっと二人は、他の選手たちと比べても決して劣らない域までレベルアップすることが出来ている。
「――よし。問題ない。映して構わないよ」
「分かりました。それでは選手の皆さん、トーナメント表の前に集まってください。これよりホークトーナメントの組み合わせを発表します!」
調整を終えたスクリーンの前に、選手たちが集まってくる。
今から映される画面は観客席にも共有される。
ここで発表されたトーナメント表の通りに大会は進み、今日一日で合計七試合が繰り広げられる。
結局誰が相手であっても勝たなければならない戦いであることに変わりはないのだが、やはり組み合わせというものは重要だ。
特に桜井嬢にとっては。彼女にとって、光少年との戦いこそが決定的なポイントになる筈だから。
第一試合
光熱斗&ロックマン VS サロマ&ウッドマン
第二試合
リキ&クラッシャー VS 白泉たま子&メタルマン
第三試合
桜井メイル&ロール VS 山下日出の助&ビデオマン
第四試合
火村アツキ&バーナーマン VS 五十嵐ラン&ウインドマン
――ふむ。分かれたな。
この分であれば、順調に勝ち進むことが出来れば光少年と桜井嬢は決勝戦で当たることになる。
そこまで辿り着くのは相当に難しいだろうが。
光少年とロックマンの相手は、あの巨体を誇るウッドマン。
そして桜井嬢とロールの相手は、ビデオマン……前情報が何もないな。
予選を突破した以上強敵であることには変わりないだろうが。
光少年は対戦相手となった緑髪の少女――サロマ嬢と話している。初対面の気配はない。どうやら以前から交友があるようだ。
……というか、見たことあるぞ彼女。
あれだ。科学省の近くで弁当を売っていた少女だ。
ウイルス研究室で仕事をしていた時期、何度かあそこで弁当を買ったぞ。何やら省内でかなりの人気だったため試してみたが、食材本来の味を決して無駄にせず最大限に活かした料理は美味だった。日本の料理はあまり食べたことがなかったがクリームランドの料理にはない味付けは大いに楽しめた。
彼女がウッドマンのオペレーターだったのか。
二人は第一試合だ。これからおよそ三十分後に試合となる。
しかしそれ以外の試合にはまだ猶予がある。対戦相手との交流をするなり、ナビの調整をするなり色々と出来ることはあるだろう。
「やあ、桜井嬢。調子はどうだい?」
「ベストです。これなら、試合でもいつも通りに出来ると思います」
「それは良かった。緊張で調子が崩れては元も子もないからね。リラックスして臨むことだ」
桜井嬢に近付き調子を問えば、笑って返してくる。
緊張を表に出しているということはないな。たとえそれを隠していたとしても、一戦すれば吹っ切れるだろう。
まずはこの一回戦を乗り切れるかだ。
「相手はビデオマン……どんなナビなんだろう」
「さて。試合に関するアドバイスは出来ないが、どんな相手でもキミは戦えるようにはなっている筈だ。後は事前に相手の情報を集めるかどうかはキミの判断だが――」
「桜井メイルさん!」
――ん?
各々散っていく参加者たち。
彼らと数名のスタッフしかいないロビーに響く、桜井嬢を呼ぶ声。
彼女と共に首を傾げる。今の声の主らしき者の姿は見当たらない。
というか、選手が一人少なくないか? 先程まで八名確かにいた筈だが……。
「一体どこから――」
「ワタシはここよ!」
その声は――上から。
何だと思った直後、私たちの目の前に背を向けて何者かが落ちてきて、片膝をついて着地した。
「っ――」
「きゃ!?」
……危ない。桜井嬢が声を上げてくれたおかげで、息を呑んだことは周りにはバレなかった筈だ。
何なんだ一体。このテーマパークで一体何度驚かされなければならないんだ。
「完璧……完っ璧に決まったわね。パーフェクトでビューティ、エクセレントでエターナル、ハザードでジーニアスな登場……ああ、自分が憎く、妬ましくなるほどに美しいわ」
「どうでもいいが上の照明は立派な備品だから登ったりするのはやめた方がいいぞ」
満足そうに浸っているところ申し訳ないが、登場を映えさせるならもっと他にあっただろうに。
多分、事前にそれをすると決めていたのだろうが、その演出には多少問題があるだろう。
大会どころかシェロ・カスティロに出禁になっても知らないぞ。
「えっと……誰ですか?」
「気になるのね? 目の前に現れたこのワタシの正体が!」
……オペレーターの顔写真が大会に登録されている訳ではないが。
何となく、この人物の正体を知っている気がする。まったく推測のための材料などないのだが、何故か確信がある。
「ワタシこそ日本の映像芸術を引っ張っていくオトコ……いえ! 性別なんて超越した存在! 新進気鋭の演出家にしてビデオマンのオペレーター、ナルシー・ヒデよ!」
……性別を超越した存在。
私の脳裏に、目の前の人物とはまったく違う雰囲気を持つ、荘厳な存在が思い浮かぶ。
――他者を否定する気はありませんが。彼と一緒にされるのは心外に思います。
そんな声がどこかから聞こえてきた気がした。うん。違うのは分かる。
何というか、凄まじい。奇人変人など山ほど出会ってきたが、またジャンルの違う存在だ。
「……山下――」
「ナルシー・ヒデ! ナ・ル・シ・ィ・ヒ・デ! 良い? これは魂の名前なの。この名前での選手登録が許可されなかったのは何かの間違いなのよ!」
山下氏――もとい、ナルシー氏はどうやら本名で呼ばれることを嫌っているらしい。
芸名のようなものだろうか。
新進気鋭の演出家とは言うが、もしかすると日本のコメディアンなのかもしれない。
「え、あ、はい。えっと、ナルシーさん? が、わたしの対戦相手ですか?」
桜井嬢もだいぶ引いている。
まあ、私ですら会ったことがないのだ。彼女もこの手の変人と関わるのは初めてだろう。
「ええ。よろしくお嬢ちゃん――とは言っても、今回は挨拶じゃなくて、一つ貴女にお願いがあって来たのよ」
此方にチラチラ視線を向けてきたので、気にしないようにと促せば、ナルシー氏はそんなことを話し始めた。
挨拶か、はたまた宣戦布告か。
試合前に相手と話す理由は大体その二つだと思っているが、どうやらそうではないらしい。
彼は人懐こい笑みを消し、急にしんみりとした表情へと変わって、そのお願いとやらを告げる。
「――勝ちを譲ってほしいのよ!」
「さて、桜井嬢。試合まで時間もあるだろう。光少年の試合を見ておくかい? 観客席にはキミの席も取ってあるよ」
「え? ……え?」
選手が互いの別の試合を見て、以降に当たった時に備え対策を練っておくことは許可されている。
ゆえに試合が進めば進むほど互いの手の内は見えてくることになる。
――観客席にはあらかじめ、選手たちが観戦するための席も設けられている。
スタッフなりに聞くまでそれが分からないのが落とし穴だが。情報収集の一環ということなのだろうが、まあ、このくらいなら彼女に伝えても良いだろう。
「ちょっと! 無視しないでちょうだい! 話くらい聞いてくれても良いじゃないの!」
すぐさま引き留めてくるナルシー氏。何だと言うのだ。
桜井嬢も暇な訳ではないぞ。
「……どうする? 桜井嬢」
「あー……えっと、話だけなら」
付き合いが良いな。こういう手合いには無視を決め込むのが一番だと思うが。
試合前に身の上話を語ろうとしてくるのは結構だ。戦う相手を互いに知るというのは大事なことだろう。
だが第一声目に“勝ちを譲れ”とは冗談にしても出来が悪い。本戦までやってきて勝ちを譲る者がいて堪るか。
「ありがとう、優しいお嬢ちゃん。実はね……ワタシのビデオマンは、あと一週間の命なのよ」
崩れ落ちながらもそんなことを語り始めるナルシー氏。
時限式で発破するプログラムが仕組まれているのであれば大会に参加などと悠長なことしていないで解除に奔走するべきではないかと思わずにはいられない。
「だから、最後にとびっきりの思い出を作ってあげたいの。そう、大会の優勝っていう、最高の」
なら、尚更正々堂々と戦うべきではないか、とは寸でのところで言わずに済んだ。
つまるところ、この新進気鋭のコメディアンが何を求めているのか、ようやく理解できたからだ。
随分と迂遠ではあったが、それがプロというものなのかもしれない。
私にだって
ナルシー氏はその手の存在なのだろう。であれば、それを否定は出来まい。
「……ええ。分かってるわ。無理なお願いよね」
PETを操作する。アイリスが怪訝そうに首を傾げているが、気にしないでほしい。
彼女も此方の様子は把握しているだろう。
意外と勘の鋭い彼女であれば、私がすることの意味も分かっているかもしれない。
――入っていた音楽の中から適当なものを選んで流す。
桜井嬢がチラチラと此方を見ている。大丈夫だ。選択に間違いはない。
「ああ――こうなったらビデオマンをこの手でデリートしていっそワタシも……」
選んだ音楽は誰でも知っているようなポピュラーなものだ。
楽しげな、跳ねるような曲に合わせるように、ナルシー氏は大仰に手を振りその場に跪いて天を――天井を仰ぐ。
「ビデオマンのお墓は何処に作ろうかしら――楽しく、賑やかな、そう正にパークエリアなんか最高ね。その一番入口のエリアにでも……」
片手を胸に置き、しみじみと語るナルシー氏。
我ながら最高の選曲だったと言えるだろう。
一つ一つが大袈裟なナルシー氏の動きを全て引き立てている――
「――どういうセンスしてるのよ貴女!?」
「あれ?」
急に立ち上がって、ナルシー氏は此方に指を突きつけてきた。なんだ、違ったのか。
「何をどうしたら今の流れでそんなポップでキュートな曲を流そうだなんて思えるのよ!? シリアスな笑いって概念ご存知!? 悲愴の一幕がギャグにしかならなくなるじゃないの!」
「上等な喜劇になっていたと思うんだが」
「悲劇よ! 今の語りで喜劇な訳ないでしょうが! 無神経過ぎて逆にちょっと感心しちゃったじゃない!」
「お褒めに与り光栄だが」
「褒めてないわよ!」
どうやらお望みだったのは楽しげな曲ではなく悲しげな曲だったらしい。
……うむ。今のナルシー氏の演技は明らかに喜劇寄りだったと思うのだが。
プライド様に聞いてみてもそうだと言ってくれる自信があるぞ。
「はぁ……はぁ……なるほど、全国大会のスタッフは強敵じゃないの……貴女がいる内にやることじゃなかったということね」
何やら勝手に戦慄しているナルシー氏。
よくわからないが、今の演技を見せて桜井嬢に何をどうさせたかったのだろうか。
別に桜井嬢はテレビ局の関係者という訳でも、ミュージカルを取り仕切る重役という訳でもない。
自分を売り込む相手としては不相応としか思えないが。
「えっと……つまり、どうすれば?」
ほら、桜井嬢にも何も伝わっていないぞ。
ナルシー氏は頬を引き攣らせつつも、笑みを取り繕う。
「い、いえ。いいのよ。うん、確かに一回戦からやることじゃなかったわ。こんな女の子だもの、使い時じゃないのは分かってるわ。何でもないわ。今の数分のことは忘れてちょうだい」
「はぁ……」
「ともあれ……試合では正々堂々やりましょうってことよ。うん。それじゃあ、ワタシはビデオマンの調整に向かうわね。また後で会いましょうお嬢ちゃん!」
これ以上関わりたくない。そう言わんばかりに早口でそう言って、えらく足早にナルシー氏は去っていった。
嵐のような人物だったな。訳が分からん。
「……何だったんだろう」
「さてね。まあ、変り者だからと言って油断はしないように。勝ち進めば光少年とは決勝で当たることになるだろう。そこまで頑張りたまえよ」
「はい。熱斗にも勝って、優勝するつもりで戦います!」
「その意気だ」
あんなのでも予選を潜り抜けたネットバトラーであることに変わりはない。
変人に見せかけた凄腕という可能性は残っているのだ。その油断に付け込まれて一瞬で決着がついては堪ったものじゃないぞ。
桜井嬢の前途が多難なことに溜息をつく。
時刻は間もなく、光少年の試合が始まろうという頃合いだった。
・ナルシー・ヒデ
4に登場するオペレーター。持ちナビはビデオマン。
本名、
イーグル/ホークトーナメントに出場する新進気鋭の演出家。
性別を超越した存在という前作にいた誰かのような存在。性質は姑息で熱斗に棄権を求めるべく情に訴えかける。なお小学生にも分かる程度の演技だったため力業に出る。
ナビとの仲は悪くないのだが敗戦の責任の互いに押し付け合うところも。
何故彼が予選を突破出来たのかは不明である。どこぞのシャーロ代表よりは不思議ではない筈。
対戦カードはこんな感じに。メイルはナルシーとの試合となります。
ちなみにエールが選曲センスを疑われてますが本人としては大真面目に喜劇だと思ってます。揶揄う意図はまったくありません。
そしてプライド様のセンスはまともなので賛同してはくれません。