バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
本能的な嫌悪感が最初に来た。
精神を電脳世界に送るという異常な手段を使っているからこそのリスク。
電脳世界だろうと現実世界だろうと炎は炎であり、その熱さというものは感じ方としては変わりない。
全方位からの熱にたじろいだ足が、白い布に触れる。
『――以前のあれは、そういうことでしたか』
『……覗き見は嫌われるぞ。この間の仕返しに恨み節を聞かされたくなければ掘り返すんじゃない』
浦川少年のナビは白いマントで体を覆っていた。
本来の気配を隠し、声を加工している。正体を知っている身からすれば最高に気味が悪い。
「あ……エールさん――」
「気にしなくていい。そうしている暇があったら、早く終わらせよう」
光少年はようやく思い至ったとばかりに苦い表情を受かべた。
その頭に手を置き、事件の解決に集中させる。
掘り返されては堪らない。あの件について文句を言う対象は一人で良いのだ。
『君が、まもるくんのナビ?』
『ええ。オーバード、と言います。わけあって身を隠していますが、ナビとして動くのに問題はありません』
面識はないが、話したことのあるロックマンに、偽名を伝えた。
この場ではオーバード。私も間違えないように意識しないと。
『行くぞ』
言葉少なに、メタルマンが先行する。
彼は寡黙で感情を表に出すことがない。その性質は正しく冷たい金属の如し。
白泉氏とは正反対に思われがちだが、意外と冷静な戦略眼を持つ白泉氏と意外と戦いに熱中しやすいメタルマンはかなり相性が良いのだ。
彼が先頭に立ち、ロックマン、私、オーバードの並びで進んでいく。
恐らく下手人がいるだろうパークエリアを進んでいけば、細い通路を炎が塞いでいた。悪戯じゃ済まんぞこれ。
「これ、どうするの?」
「ロックマンに組み込んであるエナジーチェンジってプログラムが使える! 水属性のチップが必要だけど……」
「――なら、チップは私が工面する。ロックマンは消火に集中。ウイルスの相手は二人に任せよう」
「任せな。メタルマン、メットール一体、ロックマンたちに触れさせるんじゃないよ!」
『心得ている』
便利なプログラムを持っているものだ。
試しに『バブルショット』を一枚、ロックマンに渡してやれば、データに組み込まれた水属性の性質を変換し、ロックマンを覆う水へと変化した。
その水を噴射して、目の前の火を消す。
……チップの属性を瞬間的に効果を発揮するエネルギーに変換するプログラムか。
ふむ……チップは使い捨てのようだ。
私が請け負って良かったな。皆が彼らの大暴走に付き合うのみならずチップまで消費する羽目になるなど運営の一端に携わる身としてもあまりよろしくない。
ありったけの水属性チップを用意する。
……これの請求もヒノケン氏でいいか。いいな。こういう時の責任者は年長者なのだ。
『ヌゥ――ッ』
炎を消して回っているという目立つ行動をしている者がいれば、当然そこにウイルスは寄ってくる。
このパークエリアに発生しているウイルスは、あまり日本では確認されていないものが多い。
横ではなく縦の移動を得意として、オペレーターの判断を遅らせるウェザースや、その厚みのある毛皮で一度だけどんな攻撃に対しても高い耐性を獲得するマルモコなどだ。
しかし、メタルマンはそれにメジャーな対処法など必要としない。
彼の攻撃は単純明快。即ち、その鉄槌たる拳を振り下ろし、全てを粉砕する。
マルモコの自慢の毛皮も、中身諸共潰されては意味がない。
その隙に通り抜けようとしたウェザースに、オーバードが立ち塞がる。
ウェザースは属性を持っていないものの、その攻撃に様々な属性を含ませるという性質を持つ。
丸い顔にある口から吹き出される氷の吐息に対して、正体を隠したナビは防ぐも避けるもしない。
『返りなさい』
手を僅かに動かして払えば、氷は“それ”が正しいかのように反転してウェザースに降りかかる。
あっという間に凍り付き、デリートされたウイルスに、王は怒りも哀れみも向けることはない。
その力は慈悲。ウイルスだろうとそれは変わらない。
慈しむ心の下、己の力でもって相手に救いを与えるのである。
――何度見ても奇妙というか、悍ましい能力だ。
敵対するような立場ではないものの、恐ろしく感じるのは仕方あるまい。
ともかく、この二人に守られていればたとえウラだろうと、デリートの心配など一切する必要がなくなる。
私は私で所有するチップを、鞄を引っ繰り返したが如く大量に用意する。
『バブルショット』やら『ワイドショット』でも構わないのが幸いだったな。
この辺りの簡単に手に入るチップであればそれなりの数を持っている。
チップトレーダーはあまり試すことはないし、同じチップをここまで大量に使う日が来るとは思わなかった。
しかしそれにしても流石に消費が激しすぎる。
だんだんと炎の勢いは増しているし、近付いてはいるようだが、果たして数が足りるだろうか。
あまり希少なチップは使い捨てにはしたくないぞ。フォルダに組み込むことは無くとも、何かと使う機会はあったりするのだ。
非常手段として、ロックマンにアクアソウルを使用してもらうという方法が無くもないが、長持ちしない以上連中の居場所が分からなければ無駄に消耗させることになりかねない。
……こういう時、レヴィアがいれば良いのだが。
きっと立ち塞がる炎を全部押し流して、ついでに下手人たる二人のナビを氷像にしてくれるに違いない。手が滑ってその体を貫いてしまう可能性も高いが。
やがて、燃え盛る炎の音に混じって口論が聞こえてくるようになった。
『大体なんだってんだよ、その頭のてっぺんでチロチロ燃えてる情けねえ火はよぉ!』
『お前だって大して変わらねえだろうが! ボーボーボーボー、小せえ癖に無駄に勢いだけありやがる!』
……オペレーターがオペレーターならナビもナビか。
非常にどうでもいい理由で言い争っているのがこの時点で分かる。
というか、こんな下らない争いでインターネットを騒がせているというのが最悪だ。
『やっぱりお前みたいな軽いヤツに炎のナビを扱う資格はねえ!』
『ヒノケン様の言う通りだ!』
『これだからオッサンは嫌だっぺ! オペレーターもナビも古臭くって堪んね!』
『アツキの言う通りだぜ!』
『なんだと小僧!』
『なんだべオッサン!』
消した傍から炎が復活する。
オペレーターも交えた舌戦で熱くなるあまり飛び火しているらしい。
「……デリートしてしまっていいんじゃないか?」
「……一応片方は大会にも出てるし」
ヒノケン氏のナビの方に関しては特に否定しない光少年。
どうにか通路の火を消せば、開けた場所に辿り着く。
そこには桜井嬢の対戦相手であるバーナーマンと、ヒノケン氏のナビらしい――頂点に火の点ったナビがいた。
フレイムマンとは違うな。彼はナビを複数持つタイプのようだ。
『二人とも、ストップ! 二人が喧嘩しているせいであちこちに火がついちゃってるんだよ!』
『そんなこと知るか! この小僧に礼儀を教えてやるまで止まれねえ!』
『いや、止まるのが吉だ。バーナーマン、キミは試合を控えているだろう。このままだと失格沙汰だぞ』
『試合ィ!? コイツとの決着が付かないうちは試合どころじゃねえよ! すっこんでな!』
……聞く耳持たない、とはこのことか。
まさか試合どころではないと来るとは思わなかった。
私に火の対処をさせるというトラウマを思い起こさせることをさせて、水属性チップを大量に消費させ、苦労してやってきたところをこの態度か。
なるほど。つまりキミたちはそんなヤツなんだな。
『……カースオブバグ――』
『いや、貴女は貴女で何を仕出かそうとしているんですか』
いい加減苛立って、ちょっとしたギガチップで仕置きでもしてやろうとしたところを、オーバードに窘められる。
くそ、そうだった。このチップの性質を知っている者がいたんだった。
別に良いだろうに。ただのコピーデータなんだし、別に憂慮しているほどの被害は出ないぞ。
『拳で止めるか?』
「どうするかねぇ……そうでもしないと止まらなさそうだけど」
「ううん――オーバード、お願いできる?」
『分かりました。少し手荒になるかもしれませんが――』
『キミがやったら色々台無しになるだろうが。悪いことは言わないからやめておけ』
参ったな。止めようにも上手い止め方が無いぞ。
オーバードに任せたらそれこそ、デリートじゃ済まなくなる。
火村少年の方はどうでもいいがヒノケン氏に浦川少年が目を付けられたら厄介だ。
どうしたものか、と悩んでいれば、しびれを切らしたように光少年が二人に口を挟んだ。
「あーもう! しょうがねーな。おい、バーナーマン!」
『ああ!?』
「このままファイアマンとやり合うより、もっと確実に、大多数の前で、お前たちの方が熱いってことを証明する方法があるぜ!」
『何……?』
光少年の言葉にバーナーマンはヒノケン氏のナビ――ファイアマンとの睨み合いを中断した。
大多数の前での証明という言葉は、彼にとっても甘美に映ったのだろう。
「大会で優勝するんだよ。そうすれば、ファイアマン以上だって確定する!」
『なっ! そもそも大会にはオレが出場してねえだろうが!』
「でもオレとロックマンが出ているんだ! ロックマンははっきり言ってファイアマンよりも強いぜ! 実際にネットバトルでも勝ったことがあるからな! 大会で優勝すれば、ファイアマンを倒したロックマンより強いって証明されるだろ!」
……屁理屈極まりないが、よくこの場でそんな頭が回ったな、光少年。
冷静に考えればそれらがイコールで繋がるとは思えないのだが、今の彼らが冷静さを失っていることは明らかだ。
当たり前のように、勝手にダシに使われた側は激昂した。
『ろ、ろ、ロックマン、貴様ァ!』
『ぼ、ボクは何も言ってないでしょ!』
『ぶっ――ぶぁははははは! マジかねオッサン! こげなおチビなナビにやられたことさあるんけ!? つっとも熱くねえだ!』
音声しか聞こえないが、火村少年が腹を抱えて笑っているのが伝わってくる。
彼にとって、そこにいるロックマンはその程度の相手としか思っていないのだろう。
まあ、だからこそこうして思いきり光少年の策に乗ってしまった訳だが。
『ならバーナーマン、プラグアウトだべ! 大会でオッサン以上ってことを証明するだ!』
『了解だぜ!』
意気揚々とその場を去るバーナーマン。試合までは一時間以上あるぞ。
そして残ったヒノケン氏は、不完全燃焼と馬鹿にされた怒りをこっちにぶつけるしかなくなる。
『光熱斗ぉ! テメエこの野郎!』
『本当のことじゃんかよ。それに、こうでも言わなきゃ喧嘩やめなかったろ』
『ぬ、ぐぐ……チッ……なら絶対負けんじゃねえぞ。それでファイアマンが馬鹿にされるようなことがあればお前を許さねえからな!』
そんな捨て台詞を残して、ファイアマンもプラグアウトする。
火を放った張本人が二人とも去ったことで、急激に熱も消えていく。
……どうやら事態はようやく収束したらしい。疲れた。本当に、無駄に疲れた。
「……そもそも。ロックマンとメタルマンのどちらが決勝に進むにせよバーナーマンが勝ち進むとは限らないのだが」
「だな。アイツら、まだ第二回戦ってこと忘れてないか?」
まあ、それでも上手く下らない喧嘩を止められたことには変わりないのだ。
今はそれで良いとしよう。あとは、あの暑苦しい男を桜井嬢が見事打ち破ってくれることを願うばかりだ。
他ならまだしも、ここまで迷惑を掛けられた彼に負けるというのは……なんかこう、私も堪えるぞ。
そんな風に、理不尽なプレッシャーを桜井嬢とロールに向ける。
目指すは優勝。それ以前に、彼にだけは絶対に負けないでほしい。
Q.パークエリア炎上事件の犯人のナビがいます。どうしますか?
A.
エール『カースオブバグ』(私怨)
メタルマン『拳で止める』(脳筋)
オーバード『少し手荒になるかもしれませんが止めましょうか?』(災害警報)
ロックマン『人選ミスってないかな』(常識人)