バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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ビースト・ペアレント 【本】

 

 

 ネットバトルマシンの整備のため、決勝戦の時間は二回戦から二時間ほど開けてからとなった。

 桜井嬢と火村少年の試合からおよそ一時間。

 ようやく私の作業が終わり、スタッフへの報告を終える。

 

「いや、お手数をお掛けしました。まさかこんなことになるとは……」

「確かに。まあ、私も想定すべき事態だったかもしれないが」

 

 火村少年とバーナーマンの凶行によって荒らされたネットバトルマシン。

 特に城内のネットワークと繋がる箇所が大いに破損していた。

 これは大会の最中は基本的に接続を断っておく想定だが、不具合が起きて外と繋がるようなことがあれば試合に乱入者など現れかねない。

 大会が終了してから、このネットバトルマシンを収納するために接続し直すこととなっているが、それまではこのマシンは孤立していなければならない。

 これで決勝戦、光少年と桜井嬢は申し分なく戦うことが出来るだろう。

 

 スタッフに外に出ている旨を告げ、城を出る。

 試合まではあと一時間弱。

 いま光少年と桜井嬢が何をしているかは知らないが、近くにいるようなら一言応援に行っておくべきだろう。

 

 城を出てすぐに見つけたのは、二人よりだいぶ小さな背丈の知り合いだった。

 彼らの友人の一人だ。来ていたことは知っていたが、まだ顔を見てはいなかったな。

 

「やあ、綾小路嬢」

「ッ――ちょうどいいところに!」

 

 綾小路嬢に声を掛けると、焦った様子で此方に駆けてくる。

 その様子は只事ではないことが一目で分かり――何となく、嫌な予感を覚える。

 

「……何かあったのかい?」

「ろ、ロールちゃんが! ロールちゃん、が……!」

「まずは落ち着きたまえよ……ロールが?」

「ロールちゃんが、変なナビに連れ去られちゃったのよ!」

「……は?」

 

 ――予想以上の事態に、頭痛がした。

 ナビの誘拐事件だと? しかも、ロールが被害者?

 

「さっきまで、パークエリアでグライドと決勝戦のためのウォーミングアップをしていたんだけど……変な様子のナビに言葉巧みに連れていかれちゃって……!」

「……怪しいナビに付いていくなと言うのはインターネット利用の大原則だろうに……」

 

 嘆いている場合ではないな。非常事態だ。私が動かない訳にもいくまい。

 

「桜井嬢は?」

「光くんと一緒にいるわ。今頃ロックマンがロールちゃんを探している頃だと思うけど……」

「分かった。では、彼らと連絡を取ってみよう」

 

 どうするべきかと考えつつも、光少年にオート電話を掛ける。

 状況を聞いてからだが、場合によっては……。

 

『エールさん? 今ちょっと――』

「ロールのことなら聞いている。今はその対応中かい?」

『うん――犯人のナビがパークエリアの奥に向かったみたいで、それを探しているんだけど……』

「了解だ。合流しよう。パークエリアから行ける個人スペースなら幾らか心当たりがある」

『本当!? ――分かった。すぐに来て!』

 

 恐らく現状は桜井嬢のオペレートから外れ、プラグアウトも出来ない状態。

 何処にいるかも分からなければだいぶ厳しいことになっていたが、パークエリア内と決まっているならば話は別だ。

 今回の仕事を請け負った際にパークエリアのマップデータは貰っている。

 奥の方にレンタルの個人スペースがあった筈だ。

 

「しかし、ロールも何故このタイミングで狙われたのか……」

「そのことだけど……最近ロールちゃん、ストーカー被害を受けていたみたいなの。グライドにも注意をさせてはいたんだけど……」

 

 疑問の答えは、綾小路嬢から伝えられた。

 ――なるほど。そのストーカーとやらが、ロールが大会に出ているのを知って動いたという話か。

 であれば、何かロールが必要な危急の事態が存在していたという訳でもない。

 単純な悪意による犯行。情状酌量の余地なしということだ。

 必要と判断した方針を手早く進める。それと並行して、エールハーフを実行した。

 

 

 

 手近なワゴンからパークエリアに入り、ロックマンの指定した合流地点に向かう。

 その道中、連絡を付けておいた相手と先に合流し、簡潔に状況を説明する。

 そしてロックマンとの合流地点に辿り着いた時――彼の表情は焦りのものから驚愕へと変わった。

 

『び、ビーストマン……!?』

『チッ……まさかこんな場所で会うことになるとはな』

 

 ロールがストーカーに連れ去られた。そう告げれば、ビーストマンは凄まじい速さでこのパークエリアまでやってきた。

 因縁の相手と再会し、不愉快そうに唸る彼だが、その爪に戦意を滾らせることはない。

 

『え、エールさん、そいつ……』

『問題ない。今回はキミらの味方と判断して構わないよ』

『問題大ありだバグ医者! クソ……業腹だが、今は貴様と戦う気はない。とっとと事を済ませるぞ』

『え――う、うん……』

 

 まあ、ロックマンとしてはあまり信じられることでもあるまい。

 彼にとってビーストマンというナビは、かつてWWWの団員として事件を起こし、戦った相手なのだから。

 そして彼らの最後の情報は、禁断のプログラムを奪取するためにウラランキングを手に入れた上でシークレットエリアに訪れ、セレナードに大敗したことをきっかけにオペレーターと袂を分かった、辺りまでか。

 ともかく今の彼はWWWに所属している訳ではない。

 真っ白とは到底言えないが、ダークチップも使っていない、後ろ暗い過去があるだけの至極真っ当なウラの住民である。

 そんな彼を警戒しているロックマンは――まあ、そのままでいいか。

 説明している時間も惜しいのだ。マップデータを辿って個人スペースの場所まで駆けていく。

 ――そこは、多くの通路がセキュリティドアで閉ざされた場所だった。

 手続きをすればここのいずれかを借りることが可能な、ホームページほどの自由度はないもののそれなりに色々なことが出来るスペースである。

 

『ロールちゃんは、ここのどこかに?』

『ああ。まだオープン間もないテーマパークのスペースだからね。契約されたスペースも少ないし、大抵は企業のものだが……』

 

 歩きつつ一つ一つ見ていけば――個人が借りているものが見つかった。

 適当にセキュリティドアを弄り、利用ログを見る。

 最後に開いたのはつい先程。アクセス履歴に――そら、あった。ロールのものだ。

 

『ビーストマン、やってくれ』

 

 開錠も不可能ではないが、これで良いだろう。

 中にいる犯人殿には、一体誰の教え子に手を出したか教えてやらなければならない。

 

『フッ――――!』

 

 短く吐かれた息。横一線に振るわれた爪。

 不法侵入の極みがそこにあった。この程度の強度のドアであれば、ようやくウラランカーとしてそれなりの強さになってきたビーストマンならば造作もなく破壊できる。

 

『行くぞ』

『め、メチャクチャだな……WWWの時より』

 

 不快そうに唸るビーストマンだが、否定をすることはなかった。その自覚はあるらしい。

 破壊しろと言ってもそれを相応しくないと判断すれば、彼は何かしら言うだろう。

 それもなく、一息で破壊してみせた辺り、彼も腹に据えかねているようだ。

 僅かな期間、それも不本意とはいえ、手解きを与えた相手。そして、もしかすると今傍にいる因縁の相手を倒してくれるやもしれないナビなのだ。

 誰かの無茶振りを受け続けている間にそこそこの面倒見の良さは覚えたらしい。

 

 ――そんな満足感は、そのスペースの向こうから聞こえてきた声で完全に消え去った。

 

 

『だ、駄目だよ、ロールちゃん……暴れようとしたら、いくら、ぼ、ボクでも、怒るからね……?』

『ちょ、やだ! 近付かないでよ変態!』

『し、心外だなあ……ボクは、ろ、ロールちゃんを守ろうとしている、な、ナイトなのに……ほら、こうしていれば、大会には出なくて済むよね……あの、ロックマンとかいうヤツに、き、傷つけられることもないよね?』

『誰がこんなこと頼んだのよ! わたしは! わたしの意思で大会に出たの! 出なくて済むんじゃなくて、出たくて出たの!』

『ロールちゃんは、た、戦っちゃ駄目だよ……そんな野蛮なこと、ろ、ロールちゃんには似合わないからね……』

 

 

『……』

『――』

『よし。消すか』

 

 今度こそ使っても問題あるまい、『カースオブバグ』。

 ああ、ファイアマンやバーナーマンに使おうとしたのは拙速だっただろう。あれは省みれば確かに良くはなかった。

 では今回はどうか。ロールが狙われている、アウト。れっきとした犯罪行為、アウト。犯人の言動、アウト。スリーアウトだ。

 それに飽き足らず、己をナイトと呼んだか。

 この、何をどうプログラムしたらこんな劇物になるかも分からないナビは、よりによって自分が騎士だと申すか。

 チェンジだ。騎士というのはもっと誉れ高い存在である。この劇物が名乗るなど心を真っ白にしてから作り直すまで許されない。

 

『ロックマン、ロールを頼んだよ。ビーストマン、キミは下手人の拘束。その後、私が責任をもって廃棄する』

『デリートも壊しもするなよ』

『キミ、まさかアレに情が湧いたとか言うまいね?』

『オレにもやる権利があるっつーことだよ』

『そういうことなら加減はしよう。危険物の処理はいつだって慎重にやるべきだからね』

 

 結構。彼も手を出したいというのなら残念だが『カースオブバグ』はまたの機会にしておこう。

 彼も相当にイラついているのであれば、手を出させない訳にも行くまい。

 私だけでなく彼にとってもロールは教え子なのだ。それをする権利はあるということだ。

 加減はしてやろうと心に決め、スペースの奥に歩いていけば、目立ったカスタマイズの見られないノーマル型のナビと、様々なウイルスに囲まれたロールがいた。

 犯人であるらしいナビはロールをスペースの端に追い詰め、此方には背を向けている。

 傍から見ても問題があり過ぎるだろう光景に嫌悪感を募らせていると、ロールが此方に気付いた。

 

『あっ――』

『へ……? ッ、ろ、ロックマン!?』

『ビーストマン』

 

 犯人の気付きはあまりに遅い。

 たとえオペレーターがいたとしてもプラグアウトすら間に合わないほどの速度で、ビーストマンは犯人を吹き飛ばし首に爪を突き立てその動きを止めた。

 

『ひ、ヒィ……! う、う、ウイルスたち!』

『ロール。止められるね?』

『え? ――あっ、分かったわ!』

 

 その隙にウイルスの退治をしようとしたロックマンたちであったが、それをする必要もない。

 この状態であれば、犯人がウイルスに指示を出す前に、それらの襲撃を止める手段がロールにはある。

 

『ロールチャーム!』

 

 癒しの力による強制的なプログラム改竄。

 周囲のウイルス複数を対象として自身への敵意を喪失させ、疑似的に無害なウイルスを作り出す高速のクラッキング能力。

 ロールを主と認め、自発的に道を開いたウイルスたちにロールは礼を告げて、犯人を警戒しつつ出てくる。

 

『ロールちゃん!』

『ロック!』

 

 ロールに駆け寄ったロックマンは、彼女を背に隠れるよう促すとウイルスたちの対応をしようとバスターを向ける。

 

『よし、ロックマン! 手っ取り早くそのウイルスたちを――』

『待って! もうその子たちはこっちを襲ってこないわ! 倒さなくても大丈夫!』

『え……?』

 

 まあ、混乱は当然だろう。

 状況に追いつけていない二人への説明はロールに任せよう。私は取り調べだ。

 

『で。何を思ってロールを襲ったのか。話す気があるなら多少は恩情を考慮しても良いが』

『ヒィィ……! ご、ごめんなさい! もうしません!』

『もうしないのは当然だが、質問に答えてくれないか。今日の私は気が短い。それから今キミに爪を向けている彼もね』

『もうしません! もうしません! ごめんなさいぃ!』

 

 言語機能が壊れたか? それにはまだ早いのだが。

 もう少し頑張ってくれないと私としても何も分からなくて困る。

 仕方ない。一旦恐怖心を取り去ってやらないと喋ることも出来ないというなら、ビーストマンに爪を一旦下げてもらう。

 その直後――

 

『ッ、隙あ』

 

 反撃でもしようとしたのか、はたまた逃げようとしたのか。それさえ分からなかった。

 動く前にわざわざ喋ろうとしたナビは、何をする前に振るわれた爪で木っ端微塵に砕け散る。

 苛立ちを込めた一撃ではあったが――。

 

『悪いな、手が滑った』

『……せめて私にも一発くらいやらせてほしかったんだがね』

 

 話が違うぞ。どちらかといえば私が主導の筈だったのに。

 むう……この苛立ちは仕舞っておくしかないか。ロールが助かった以上、万々歳の結果ではあるのだ。

 それでも内心複雑に思っていると、ロールが此方に寄ってくる。

 

『エール先生に、ビーストマンも、ありがとね。助かったわ』

『無事ならそれでいいが、一体何があったんだ。キミ、ああなる前に逃げられただろう』

『うーん……本性見せるまでは、心から困っている感じだったのよね。それに、あの環境を作るまでが早かったのよ』

 

 ロールの良心に付け込んで連れ去ったのか。やっぱり残骸データを多少拾えないだろうか。あとで私も報復しておきたい。

 というか、ロールの速度に勝るほど包囲が早いならその性能を活かす有益な仕事など山ほどあるだろうに。

 何を思ってあんな劇物になり果てたのか。理解に苦しむ。

 こうなった原因を聞いて納得したのか、ビーストマンはさっさと歩いていく。

 

『終わったならオレは行くぞ』

『試合は観ていかないのかい?』

『どうでも良いな。ロックマンが無様に負けるようであれば、後でそれを聞かせてくれりゃあ良い』

 

 ……素直じゃないな、ヤツも。とことんアイツに似ていてなんか腹立たしい。訓練プログラムのレベル上げておこう。

 

『そうだ、試合……まだ時間はあるよな?』

 

 そこで光少年は思い出したらしい。

 このままだったら試合もままならない状況だったし、無理もあるまい。

 

『まだそこそこ余裕はあるよ。ゆっくり準備をしたまえ』

『よかったぁ……決勝戦で不戦敗なんてメイルちゃんに顔向け出来ないわ』

『……それなんだけどさ。ロールちゃん……やっぱり、やるよね?』

 

 おや。ロックマンはあまり意欲的ではないらしい。

 言いづらそうに切り出したロックマンに対し、ロールは訝しげに首を傾げる。

 

『……どういうこと?』

『ボク、ロールちゃんと戦うのは気が進まないよ。決勝戦ではあるけど、それでも……』

『――ふーん。ロックはわたしに棄権しろって言っているのね。決勝まで勝ってきたわたしと戦う気が起きないって言うのね』

 

 ……その理由は、少し――うん。どうかと思うぞ。

 桜井嬢がこのトーナメントに参加した理由を知っているからこそ、私は決してロックマンに賛同は出来ない。

 ロールも桜井嬢と同じ気持ちであり、二人の意思が一致したからこそここまでの意欲をもって大会に臨むことが出来たのだ。

 それに対して、よりによって光少年やロックマンに戦意がないというのは、いただけない。

 

『そ、そういう訳じゃ……』

『ふん! いいわ。戦う気が起きるようにしてあげる! ちょっとだけわたしの実力、ここで見せてあげるわ!』

 

 ……まあ、あとは勝手にすればいい。

 何をするかは知らないが、試合が待っている以上ここで無理をするようなことはあるまい。

 だが、ここですることでもあるまい。パークエリアは広いし、一度出直しても一戦交える時間はある。

 

『ロール。先に桜井嬢のもとに帰ってからにしたらどうだ?』

『む……それもそうね。熱斗くん! これはロックと熱斗くんへの挑戦状だからね! 逃げたら許さないわよ!』

『え!?』

 

 試合にどこまでも有利になるためであれば、ここでロールが自分の実力を見せる必要はない。

 だが、それでは桜井嬢もロールも駄目なのだ。光少年とロックマン――全力の彼らと戦わなけば意味がない。

 しかし二人が全力を引き出すには及ばないと、今のロールは侮られていた。

 本気を出させるための前哨戦。そこまで見届ける必要はあるまい。

 彼ら、彼女らの激突は決勝戦で存分に見せてもらおう。




※セキュリティドアを正規の手段以外で開かないでください。
 (やむを得ない状況では認可される場合もあります)
※『カースオブバグ』の使用はそれこそやむを得ない状況のみに限ります。
 (変態への私刑はやむを得ない状況には含まれません)
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