バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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仄暗い闇の深奥から 【本】

 

 決勝戦を終えた城の外で、私は桜井嬢と話していた。

 既に表彰式は始まっているだろうが、今回の優先は此方だ。

 

「残念だったが、見事なものだったよ、桜井嬢」

「はい。ありがとうございます、先生。先生と、それからビーストマンがいなきゃ決勝戦まで行けなかったと思います」

 

 彼女の表情には、後悔も無念もなかった。

 自分はここまで強くなったのだと、光少年に見せること。それこそが大会の目的だったのだ。

 彼女としては優勝は二の次。それを見せる機会が、決勝戦となっただけなのだから。

 

「そう言ってくれるならやった甲斐もあった。お疲れ様」

「はい。あの、ビーストマンは……」

「彼は私のナビという訳でもないからね。今頃は何処にいるやら」

 

 案外、パークエリアにでもいて速報なり何なりによる映像でも観ているのかもしれない。

 アレで意外と気に掛けていたことを知っている。

 

「じゃあ……彼にも伝えてくれますか? ビーストマンのおかげで強くなれたって」

「了解だよ」

 

 いいぞ。私が第十位を歓迎してやった時以上に苦い顔をするのが目に浮かぶ。

 ヤツ的には間違いなく、あわよくばロックマンを負かすことが出来るとか、そんな打算があったに違いない。

 私からの頼み事という望んでもいない不満九割を、一割のそんな期待で支えていただろう。

 そんな邪な理由で鍛えた教え子に感謝されるなど、ヤツにとってはどれだけ不意打ちか。伝える時が楽しみだ。

 

「明日には、もう帰るんですか?」

「ああ。大会も終わって、これで契約も満了だ。クリームランドの方で急ぎの用件があるので、すぐに帰るよ」

「そうですか……今度、日本に来る予定は?」

「未定だね。何もなければ、次は冬だが」

 

 ウラの定期メンテナンスは浦川少年と話をして、毎年の冬にやることが正式に決定した。

 それまで、日本に来るほどの仕事がなければ再会はそこまでお預けとなるだろう。

 日本の関わる依頼であっても、インターネット経由でどうにかなるものであれば、わざわざ来ることはない。

 既に話が付いている、数日中に対応することになるアジーナの依頼がそれにあたる。

 まあ……日本はこれからどんどん暑くなる。此方に来るのは……正直、あまり気が進まない。

 

「わかりました。次に来る時までに、わたし、もっと強くなります。熱斗にも勝てるくらいに」

「期待しているよ。寧ろ、そんなことがあればすぐに連絡してほしいものだ」

 

 光少年にネットバトルで勝利する。それはこの大会を通して、改めて桜井嬢の目標の一つになったらしい。

 ネットバトルは一度や二度で強弱の決まるようなものでもない。

 チップの巡りや戦法の変化によって、どうとでもなるものだ。

 今回の戦いを見ていれば、桜井嬢の勝ちの目がなかったとは思えない。あと一歩というところまで辿り着いていた。

 もしかすると今からもう一度戦えば――そんな予感さえある。

 光少年に勝利するというのも、まったく、夢物語ではないのだ。

 

「それじゃあ。私は一旦城の中に戻るが。キミは?」

「やいとちゃんと外で待ち合わせているので、もう行きます」

「そうか。ではまた、何かあれば」

 

 少し呆気ないと思うものの、そんなものだ。

 今回の場合は、次に会う時の楽しみというものがある。彼女たちがどれだけ強くなっているか、今から期待がかかった。

 

 

 

 観客席に戻ろうとした時、その連絡はやってきた。

 オート電話の相手はこの一週間で幾度となくやり取りした大会の運営スタッフ殿。

 何となく、嫌な予感を覚えた。特に予定もなく掛けてくる時、何かと想定外のことが起きていたために。

 

『ヴァグリースさん、非常事態です!』

「最後の最後でか。何が起きた?」

『エレベーターにロックが掛かって、試合会場に光選手たちが取り残されてしまいました! ネビュラのナビが開放した城内のネットワークから侵入したようで――』

「……観客の避難は?」

『進めています! そちらは光選手たちをお願いできますか?』

 

 ……城内のネットワークはネットバトルマシンを収納するために、表彰式の際に開放された筈だ。

 よもやそのタイミングで、よりによってネビュラに侵入されたと?

 

「……分かった。エレベーターの方は任せてくれ」

『お願いします!』

 

 N1に続いて、この大会でも何かが起きたと。

 いい加減にしてほしい。日本の大会はどうなっているんだ。

 軽い頭痛を覚えつつも上へと繋がるエレベーターに接続する。

 ウイルスは――仕掛けられていないな。単純なロックが掛かっているだけだ。

 

『エール……これなら』

「ああ、頼めるかい?」

 

 この手のハッキングは私も可能だが、私以上に向いているのがアイリスだ。

 今は速度を重視したい。中にウイルスやナビがいないのであれば、復旧させるのは彼女に任せられる。

 

『ええ……任せて』

 

 アイリスをエレベーターに送り込む。

 数分も掛ければ私でも可能だが――アイリスであればすぐだ。

 ロックの解除までの最短経路を見出し、素早くロックを解除する。そこまで一分と掛からない早業には感嘆する。

 

『終わったわ、エール』

「ありがとう。さあ、行こう」

 

 実力は分かっていたが、やはり恐ろしい速度だな。

 それが今はありがたい。エレベーターに乗り込み、上へと向かう。

 テレビの中継も終わり観客も避難が始まっていると聞く。となると、スタッフたちも既に会場から出始めていた筈だ。

 残っているとすると、光少年ほか数名となるか。

 出来れば一度で全員避難出来れば良いのだがと考えている間に、エレベーターが止まる。

 扉が開けば、既に見慣れた屋上庭園の光景。

 その中央にあるネットバトルマシンの付近に、三人の姿があった。

 マミ氏と――確か、日本ネットバトル協会の会長、それから光少年。

 

「あ! え、エレベーター開きました!?」

 

 いち早く気付いたマミ氏が走ってくる。

 その表情には不安がありありと浮かんでおり、司会をしていた際の爛漫さは見られない。

 

「ああ、開いた。すぐに避難してくれ――光少年?」

「え、エールさん……! 中に犯人のナビが――!」

「……分かった。二人は先に避難を。光少年を連れて後から行く」

 

 マミ氏と会長殿に先行させ、ここに残ることを決める。

 光少年はどうやら、このマシンの中に侵入した犯人のナビと交戦中であるらしい。

 見たところ、戦況は芳しくなさそうだ。私が行ってどうなるとも思えないが、ロックマン一人の状況よりはマシだろう。

 エールハーフを実行し、中に送り込む。

 

 電脳世界に降り立てば、すぐに異常が目に飛び込んでくる。

 ロールとの戦いがまだ回復し切っておらず、苦戦している様子のロックマン。

 そして――それに応対するナビ。

 コートのような黒い体に走る青く光るライン。

 背中から上に向かって伸びる、四角い巨大な管。

 顔に横一線に走る孔から零れる白い光は、生物感のない無機質なもので、表情もなくロックマンを見下ろしている。

 

『無理をするな、ロックマン。大会で疲労した今のお前では、私を倒すことなど不可能だ』

『くっ……!』

 

 ――シェードマン。いや、アレを超えるほどの、濃密な闇の気配。

 それは彼が、ヤツが言っていたダークロイドなる存在の一員であることを何より物語っている。

 

『――ロックマン。そいつは?』

『っ、エールさん――!』

『――――』

 

 その首が、此方に向けられる。

 白い光が私を捉え――何か、冷たいものが通り抜けていく。

 あのナビは見たことがない。だというのに、その無感動な光に、妙なものを感じた。

 

『バグ医者エール。初めて相見えたな』

『ああ、初めまして。それで? 私を知るキミは何者だ? 大会後の選手を襲撃するなど趣味が悪いぞ』

『私の名はレーザーマン。世界を闇に導く、偉大なる指導者に従うナビだ』

『……ネビュラの首領のナビか』

 

 そこまでの大物の登場に、表情に出さずとも危機感が高まる。

 どうする――ロックマンをプラグアウトさせても、彼らが避難出来る保障がない。

 どうにかして撃退しなければ、彼をここに残した状態で出て行くのは無防備を晒すことに他ならない。

 

『そのキミが、ロックマンに何の用事があったと?』

『ふ……彼の力は類稀なるものだ。我が組織に敵対し、無碍にその命を散らすのは惜しいのだよ』

 

 ――勧誘か。

 デリートに来た、と言い出さない辺りはまだ希望が見えるが、少々厳しいと言わざるを得ないな。

 私では論外として、今のロックマンではアレの相手は難しい。

 既に戦闘を行っていた様子だが、それでレーザーマンが無傷であるというのがその証左。

 

『そして、それはお前にも言えること。私に従え、バグ医者エール』

『お断りだ。ダークチップをばら撒かれても迷惑なだけなのでね。キミらに加担する理由が私には微塵もない』

 

 当たり前だ。何故わざわざ、碌に商売にならないダークチップを自分からばら撒くような立場に行かなければならないのか。

 

『――無知、或いは無自覚。何とも哀れなものだ』

『何だって?』

『お前の存在は確実に、無辜の民に闇を根付かせるのに貢献しているということだ。ダークチップを否定し切らないその意識が、お前の患者にどれだけ甘く映ると思う?』

『バグであるなら直すというだけだよ。取り締まるのは私の役割ではない』

『正しく、この世界の縮図だな。お前の力は是非とも欲しいところだが――此度の本題はロックマンだ。手を出さないでもらおうか』

 

 もっと追及したいところではあるが、レーザーマンは言葉を切り上げロックマンに向き直る。

 話している間に立ち上がり、『メガキャノン』を射出したロックマン。

 しかしその高威力の砲弾はレーザーマンに溶けて消える。

 まともな攻撃では通用しないのは、シェードマンと同じか。

 

『無駄だ。そのような攻撃、闇を極めた者には通用しない』

『っ、どうすれば……』

『知っている筈だ。忘却したというならば、教えてやろう。全てを凌駕する、この世の根源足る力を』

 

 レーザーマンの手が、ロックマンに伸ばされる。

 攻撃ではない――あれは、強制的な、プログラムの構成分離――?

 

『エンボディ、ダークソウル!』

『――ぅぁあああ!』

 

 そして、手繰り寄せるように動かされた手に従うように、ロックマンから影が抜き出てきた。

 彼と変わらない輪郭。しかし、その姿は闇に染まり切っている。

 ロックマンと向き合うようにして立つ、もう一人のロックマン。

 

「ろ、ロックマンがもう一人……!?」

「――ダークソウル」

 

 既にロックマンにもそれが芽生えていると、シェードマンが言っていた。

 まだその闇は幼く、弱い。彼が光の側にいることが見て取れる小ささではあるが――確かに、彼にも闇が存在することを、その姿は証明していた。

 

『それがお前のダークソウル。その正義を掲げる心の裡に眠っていた、闇の心だ』

「くっ……そんなの、出鱈目だぜ! ロックマン、バトルオペレーションだ!」

『う、うん!』

『違うな。お前の闇の心は、今はお前を傷つけはしない。大事な宿主を脅かすのは、お前の周囲に誰一人仲間がいなくなった時だ』

 

 闇に染まったロックマンが此方を向いたと同時、私は『インビジブル』を使用した。

 黒色のキャノン砲による弾丸が、次の瞬間私を通り抜けていく。

 そして私に攻撃が当たらないことを確認するや否や、レーザーマンに向き直ってその右腕を闇色のソードに変換。

 斜め一閃――その体を斬りつけた。

 

『ッ……』

 

 先程のようにすり抜けることなく、攻撃は通り、黒い体を傷つける。

 ――それが目的か。どの道、今は危険だ。あのダークソウルの闘争本能は私も相手をしたくはない。

 

「チッ……すまない、光少年。一旦戻る!」

「う、うん!」

 

 パルスアウトを実行し、電脳世界から去る。

 バトルマシンのコンソールから中を覗けば、引き続き振るわれるソードが同じようにレーザーマンを傷つけていた。

 そして再三の追撃を掛けようとしたその身を、大きく一歩踏み込んだレーザーマンが掴み、ロックマンへと投げ込む。

 

『うわ!』

「ロックマン!」

 

 彼の中へと戻っていったダークソウルを見届け、大きく傷を負ったレーザーマンはその傷を見せるように、ロックマンに向き直る。

 

『闇を否定するのは光などではない。闇を否定するのはそれに勝る強大な闇だ。今垣間見えたお前の真の力こそが、この世界の真理にして究極なのだ』

『ボクの真の力……それが、今のダークソウルだって?』

『その通り。誰しも心に闇を持っている。そしてそれを振りかざして争い、他者を否定する。世界の発展は即ちその繰り返しだ。今のネットワーク社会もまた、大いなる闇の産物に過ぎない』

 

 ――随分なご高説だ。しかし、否定は出来まい。

 障害となる、或いは単に煩わしい存在というだけの何かを排斥するのが闇だというならば、その闇とやらは発展には欠かせないものとなろう。

 悪意によって排斥されたものを知っている。

 邪魔だからという理由で標的とされ、爪弾きされた国こそ、私のすべての始まりなのだから。

 

『絵に描いたような優等生であるお前には、語ったところで受け入れられぬかもしれない。だが、覚えておけ。まったくの正義など存在しない。お前の中にも、確かに闇の心があるということを』

 

 その言葉を最後に、レーザーマンは消えた。まるで、闇に溶けるように。

 どうやら危機は去ったか。アレが本気で襲ってくるようであれば、今はどうにもならなかったかもしれない。

 

『……』

「……ロックマン」

 

 ――気にするな、というのは、無理な話か。

 シェードマンの言葉だけなら如何様にも誤魔化せた。だが、己のダークソウルを見せつけられればそうもいくまい。

 

「……まあ、私が言うのもなんだが」

 

 暫く、言葉を探して――戸惑う光少年たちの気休めにでもなればと口を開く。

 

「付き合い方だ。闇の誘惑に負けず、向き合うべき時に向き合う。誰にだって悪意などあるのだから、それを振りかざさないように自ら努めれば良いんだよ」

『……でも、いつかまた、ボクのダークソウルが出てきて、誰かを傷つけてしまったら……』

「そうならないために、キミたちは二人一組なんだろうに。光少年とロックマン、どちらかが落ちてしまいそうになったら、もう片方が引っ張り上げてやればいい。それが出来るだろう?」

「……ああ、そうだな。安心しろよ、ロックマン。オレたちがどっちも強い心を持っていれば、絶対闇の心なんかに負けることはないって!」

『――――うん。そうだね』

 

 彼らなら間違えることはあるまい。両者共に闇に踏み込むなど、考えられないことだ。

 である以上、片方がもしも闇に手を伸ばしても、もう片方が引き上げることが出来る。

 この二人が闇に負けることなどあるまい。

 

「よし、ロックマン。帰ろうぜ。ここ暫く戦い続きで疲れたし、ゆっくり休もう!」

『うん!』

「それでよし。っと、そうだ――優勝おめでとう、二人とも」

 

 ――ただで終わることはなかったものの、致命的な事態なく、ホークトーナメントは幕を閉じた。

 まあ、ネビュラ周りの事件にこそ巻き込まれはしたが、前回の二度よりは平穏に終わったと言える。入院もしなかったし。

 とはいえ、濃密な一週間ではあった。あまりにも色々なことがあり過ぎた。

 暫くはクリームランドでゆっくりしたいものである。




・レーザーマン
4に登場するダークロイド。ネビュラ首領のナビ。
ビデオマン、ケンドーマンと並び、4の公募キャラ。黒地に青いラインのオシャレナビ。
手や目、そして背中から伸びるジェネレーターから放つ強力なビームを武器とする。
更にナビに眠るダークソウルを引き出すことも可能で、原作ではロックマンのダークソウルをガッツマン/アクアマンに憑依させた。
アニメ版でもAXESSのラスボス的立ち位置として登場するなど扱いが大きい。
しかし公募キャラの宿命か、引き続きネビュラと戦うことになる5では出られなかった。


謎に包まれたネビュラ指導者のナビとの遭遇でした。謎に包まれてるんだってば。
これにてホークトーナメント編は終了。
掲示板回を挟み、世界大会編へと進みます。
新たなオリジナルキャラの登場を予定していますので、ご了承の程を。
途中からのオリジナルキャラが受け入れられるかは二次創作を書く際、毎度不安視しているところですが、他の原作キャラが薄れず本キャラも受け入れていただけるよう努力したいと思います。
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