外したメガネをかけ直して、深海棲艦を見据えます。
この赤いメガネは入渠後に貰ったものです。私は大破したと言えど練度は低いので、入渠時間は1〜2時間程度です。
その為、実はもっと早く帰れたのですが、少し近海で練度上げをしていたり、β大佐に関する資料を整理していたりと、あの島に帰らない理由をつけることに必死でした。
そして、電に諭され、秘書艦業を学び、帰ることになりました。
その時に買ったのが、このメガネです。眼と提督との間に何かがあるだけで、ほんの少し安心感を得るためのお守り代わりでした。
「爆雷、投射!」
『わかったで』『りょうかいや』『はのおく、がたがたいわせたるで』
敵編成は重巡ネ級eliteのみではなく、潜水カ級が2隻いることが分かっています。けれども分かっているだけで、攻撃が届きません。潜水艦は夜では無敵です。
あたし達が出来ることは、潜水艦が魚雷を撃てないように牽制するのみです。だけれど、深海棲艦はただでさえ脅威であるネ級が攻撃できます。
「白露、危ない!」
「――ッ!」
ネ級からの砲撃を川内さんが受けます。旗艦であるあたしを庇ったばっかりに、まともに攻撃を喰らい、中破へと追い込まれます。
「川内さん!」
「来ちゃだめだ、白露!潜水艦に狙われる!」
負傷し一瞬でも足を止めた艦娘は潜水艦の絶好の的です。相手も連携しているとなると、砲撃着弾時に雷撃が来る可能性が高いです。
つまり今は一分一秒を争う判断が必要で、最善解は私だけでも雷撃されないようにすること。そして、雷撃の方向から、大体の潜水艦の位置を割り出すことです。
そして、闇の中に見つけた一筋の雷跡。進行方向は川内さんとあたしの未来位置との直線上です。
ということは、もう一隻がどこかで狙っているはすです。
右に左に目線をずらしもう一本の雷跡を見つけました。それは川内さんのみが当たるような方向です。
――ドォン!
川内さんに魚雷が命中したのを皮切りに、近くの潜水艦へ爆雷を投げ込みます。
そして、川内さんを曳航して離脱を――
「――ッ」
顔を鷲掴みにして押し倒され、誰かに馬乗りにされます。この場でそれができる該当者はただ一人――否、一隻です。
指の隙間から覗く先にはネ級がいます。こんな型破りな戦闘は予想できるはずもなく、対処に一瞬遅れてしまいました。
しかも、艦娘には体術の心得がなく、近接戦闘では火力で負ければ勝負に負けます。
馬乗りにされた状態で為す術はなく、人間の型に近しい重巡ネ級はもう一方の手で拳を作り、それを叩きつけます。
艦で例えれば、体当たりか白兵戦でしょうか。非常に古風です。
重巡の馬力に駆逐艦が勝てるはずもなく、ちょっとずつ小破、中破、大破になります。
幸いなのは耳から通信機が落ちなかったことでしょうか。あたしは自虐や自責で頭を埋め尽くし、気が飛んでいる暇はありませんでした。
満足したのかネ級はあたしから離れ、砲撃可能範囲内ギリギリにあたしを捉えています。
立ち上がる気力もなく、大の字に体を広げ、呼吸をするたび痛む肺から、声を出します。
《ごめんね》
我慢していた想いを吐き出します。この後沈むであろうあたしが、きっと記憶に残るであろう言葉を綴っていきます。
本当に、最後の最後で面倒くさい艦娘になったなぁ。
《もう、謝るな。まだ、俺は諦めていない》
《無理だよ。もうすぐ夜明けだから…。朝になれば、大破のあたし達はきっと、…沈んじゃうよ》
空はもう白んでいる。
意外とすぐに纏まってしまいました。