気づいたとき、私はドックにいた。
縦に長い体ではなく、私達の中にいた群小な英霊たちと同じように、二本の棒のようなものを使って立っている。確か、人はこれを足と呼ぶ。
不思議なことだ。どうして、こんな細いもので体を支えられるのか。甚だ恐ろしい。
目線は足から胴体へと上がっていき、手に槍を持っていることが見受けられる。
そして、目が丁度前に向いたとき、白い服を身に纏った好青年と、茶髪を後ろで束ね、手に魚雷を持つ少女がいた。
「叢雲、α提督だ。よろしく頼む」
「アンタが司令官ね。ま、せいぜい頑張りなさい」
まだ、若いのに提督らしい。随分とこの国の階級制度は緩くなったものだ。けれども、α司令官の持つ雰囲気は嫌いではない。何となく、歴戦の覇気を感じた。
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私は今、電が出撃によって中破したとの報告を聞き、港の方へ出ている。α司令官も一緒だ。
「まだ、小破から治ってないのか」
この鎮守府に来て、一週間が経った。その間、出撃したのは一度のみ。最初の出撃で小破して以来、自力で治るようになるまで軟禁されている。
「んなこと、無理に決まってるでしょ!アンタ、バカじゃないの!」
「いいや、無理ではない。理屈で出来るからね」
「じゃあ、机上の空論ってやつよ、それ」
もう、呆れ果ててものも言えない。何が、念じれば治る、だ。一週間も治っていない。
しかも、この鎮守府はドックがあるのに、入渠は出来ない。だから、どうやっても怪我は自力で治さないといけない。
「というか、建造しなさいよ。艦娘、増えないわよ」
「僕が目指すのは少数精鋭だからね。今はまだ、要らないさ」
「はぁ? そんなことじゃ、降格待ったなしよ」
「それが、そうでもないのです」
タイミングよく帰ってきた電の声が聞こえた。どうやら、中破というのは本当らしく、腹部に傷を負っている。
「ちょうどいい。デンちゃん、それを治してくれないかい?」
「電なのです。言われなくても、分かっているのです」
この港には一つの鏡が置いてあり、それは体全体を映し出すことが可能だ。
電はその鏡の前に立ち、まじまじと自分の体を眺めている。
途端に、電の体は腕が膨れたり、腹が消えたりと異型のものに形を変えながら、十数秒で普通の電になっていた。
「ね?」
「ね?じゃないわよ。ね?じゃ。え、何、電はα司令官に何か変なことされたの?」
「そんなことない…とも言えない、というか、色々とされたのです」
「ちょ、デンちゃん!誤解しか生まない表現はよしてくれよ」
「電なのです。それと、叢雲ちゃん。今、α司令官さんは否定しなかったので、自白したも同然なのですが、電は承知の上なので、変な気は起こさなくて良いのです」
「え、あ、そう…」
電の目がやさぐれている…!まさか、この司令官は嫌がる電を無理やり
「無理やり、なのね!」
「いや、変に気を遣わなくても…」
「いえ、わかっているわ、電。アンタの意思は伝わったわ」
必ず、α司令官の本性を白昼のもとに晒す、と誓った。取り敢えず、α司令官から一歩離れて、身に危険を少しでもなくしておく。
「それで、話は戻って降格しない理由だが、僕は特例提督と呼ばれる者なんだ」
「特例…?」
「電たち艦娘の間ではテートクカッコカリと呼ばれるのです。その役割は艦娘を建造するこもにあるのです。だから、戦果は降格に関係ないのです」
「ふーん。でも、建造する必要はないって、言ってなかった?」
「そう、それは、君が治って出撃し、ドロップ艦を手に入れなければ、理想型からズレてしまうんだ」
「理想型? さっき言ってた、少数精鋭の話よね?」
「それもあるが、もう一つ、重要な物があり、これはその一環とも言える」
「指示後が多すぎて、分からないわよ」
「ふむ。じゃあ、ちょっとついてきてくれるかな」
そう言って港から向かったのは、ホワイトボードの置かれた小さな会議室だった。
「さて、ここで僕が君に言うことは全て本当のことだ。ただし、本当のことをすべて話す訳ではないのは、分かって欲しい」
意味のよくわからない前置きをして、ホワイトボードに文字を書きつつ、話し始める。その間、電に席に座るよう促され、用意されていた水を飲む。
「分からないことがあれば、電が聞くのです。大抵のことは答えられるのです」
講義は2時間に及び、合間合間に電に質問しながら頭の中で話を纏める。
要約すると、こうだ。
まず、私達艦娘は妖精さんによって建造されるか、ドロップするかでしか、絶対数を増やすことは出来ない。だから、妖精さんとコミュニケーションをとれる一般人を特例提督という新しい枠組みに入れた。
この特例提督というのは、普通の提督と勝手が違い、分かりやすい表現をするならば、艦娘の親である。親が艦娘を生み出し、軍部に所属しある程度の戦略·戦術知識を持つ提督がその艦娘を育て、深海棲艦を打倒する。
ならば、提督などと言う地位ではなく、建造責任者とか工廠責任者などの部下にしてしまえば良かったのではないか。そう質問すると、そうとも問屋が卸さないらしい。
艦娘の絶対数が増えれば、今度は人の数が減る。元々人数が足りない海軍に、これ以上の艦娘の動員は苦しかった。そこで、妖精さんともコミュニケーションのとれる一般人を、提督という名にして管理すれば良いのではないか。そして、それを上から指示出せば良いのではないか。という結論に至ったそうだ。
次に、少数精鋭を方針とする理由だ。
まず、α司令官にはある程度の軍事知識と、敵情報があるらしい。故に、特例提督ではなく、普通の提督にも匹敵する戦略が組める。
そして、深海棲艦を攻略するには、今解っている戦力で充分なそうだ。だから、自分は目立たないように裏から動きたい、と言っていた。
私は電に、それって職務怠慢よね?と聞くと、これについては後に説明があるのです。と答えられた。
そして、最後に、α司令官の秘密だ。
α司令官には、「再生」と呼称する能力があるとのことだ。それは、自分の艦娘が轟沈することで発動する。なので、艦娘の轟沈を避けるような指揮を執るのは必要不可欠だ。
そこで、沈まないように作戦を立てていれば良い。けれども、単純に済む問題ではなかった。例えば、上からの圧力により、艦娘を沈めなければならない場面が出てきたとき、α司令官は再生しなければならない。
また、そんな生ぬるい作戦では誰も納得しない。そのため、全てをクリアするために「沈まない艦娘」を作ることにしたらしい。
「へー。それで、私に自己修復を許容してたわけね」
「そうだ。前の叢雲も出来ていたのだから、君も出来るはずだよ」
前の叢雲。それは一つ前のα司令官の艦娘として所属していた私だ。なるほど、それならば、昔も今も私なら努力するだろう。けれど
「…なら、最初に言ったように、最初の叢雲と同じことを言いなさいよ」
「残念ながら、最初の僕は甲斐性がなくてね。70回目でいいかい?」
70…?そんなに、同じ場面を同じように暮らしているのか。それはどれほど長い時間なのだろう。いや、それよりも、心が先に参ってしまう。
「いいえ、気が変わったわ。その数字が嘘でないことは何となく分かるし、というより、そうじゃないと納得できないわ」
この歴戦の佇まいは簡単に出せるものではない。人より多く生きているのなら、納得できる代物だ。
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「ふぅ…」
鏡の前に立ち、自身の姿を見る。今は傷だらけであるが、頭の中にある自分のイメージを鏡を使って視覚的に具現化する。そこが私の今できる自己修復だった。
あれからもう一週間経ち、どうにか中破ぐらいなら治せるようになった。また、ドロップで漣が出て、もう一度あの講義を聞く羽目になった。
「いやぁ、説明されて、できるもんじゃないでしょ。というか、再生ってヤバくね?マジヤバー。ご主人様、マジヤバーだわ。やばたにえん」
「それでも、やらなきゃいけないわ。ほら、もう一回、治してみなさいよ」
「もう一回治す、とかいうパワーワード。というか、ムラクモさんは一週間で出来たかも知んないけど、秘書艦はどのくらいか、知ってる?」
「1…2ヶ月ぐらいとか言ってたわよ」
「だしょー。漣さんも、そのくらい必要っす。ガイザーさんが凄いだけ」
「ガイザーはやめなさい。それと、電は電で頑張ったのよ。それこそ、私みたいに見本がないからね。第一人者がすごいことに変わりはないわ」
「はぇー」
実際に電は凄い。私だったら自己修復が出来るまで、2ヶ月以上かかると思う。それを、見本があるため、一週間に縮められたというだけだ。
しかも、電はこの一週間で、大破ですら治せるようになっている。まだまだ、私の敵う相手ではない。
「失礼するよ」
ドアをノックして入ってきたのは、α司令官である。
「返事を待ちなさいよ」
「なぜ、執務室に入るのに、僕が待たなければいけないんだ?」
α司令官はハハハと笑っている。
実は漣の提案により、私と漣は執務室で自己修復を試している。漣曰く、サービスって大事じゃん、とのことだった。
「それで、君たちには北の方に行ってもらう必要がある。とは言っても戦うわけではない。ある意味、裏方の仕事だ」
「ここ、結構、南の方だと思うんだけど…」
「まぁ、それは仕方のないことさ。深海棲艦はどこでも現れるからね」
「まぁ、そうね」
そう言いつつ、北に行く準備をする。防寒着やら暇つぶしの遊びやらをカバンに入れる。
「僕たちが向かう先は、中規模作戦が行われることになる場所だ。もちろん、そんな予定はないため、今から作りに行く。分かったかい?」
「初めての作戦行動ね。心配いらないわ」
こうして、私は艦娘になってから、初めての真っ当な作戦を行い、それなりにいい結果を残せたと自負している。
やはり、視点を変えると同じ内容が多いな、と感じます。