何故、神通は俯いているのだろうか。原因はおそらく、川内の逃げろという言葉だ。それ以外に俺が因果を予想できるものはない。
とすると、逃げ出すのが嫌なのだろうか。
……いけないな。俺は人を決めつけることができるような人間ではない。だから、そういうレッテルを貼らないように気を付けていたはずだ。
例え、レッテルを貼らなかったせいで、他人に嫌がられようと、そこだけは譲れない信念だ。
信念を忘れていたのは恥ずかしい。恥ずかしいが、ここは一旦、焦っていたからとしておこう。
さて、改めて、神通が下を向いているのは何故だろうか。
むむ、解らないな。そういえば、視覚や聴覚などから入ってくる情報の処理には、割と頭を使うらしい。そのため、いつまでも煩く怒鳴っている川内との通信を切り、目を瞑る。
俯いている理由が解らないのなら、それについて考えるだけ時間の無駄だ。
俺の目的は、川内と神通に不満を抱かせずに戦闘させること――否、深海棲艦に殺されないことだ。
まず、考える出発点からして違ったのだ。不満は持ったままでもいい。深海棲艦を退けて、尚かつ全員が生き残ればいい。
だったら、することは単純だ。川内との通信を再開し、情報を集める。
《川内、ヌ級は今、どんな感じだ》
《いやだから、逃げろって――》
《ヌ級が艦載機を飛ばせるか飛ばせないかで、逃げる方法が変わんだよ。あくしろよ》
ホモではない。それは置いといて、逃げる方法と言ったが、逃げる気はない。俺は嘘はついていない。
《…まだ、無傷だよ。というか、そろそろ発艦してくる》
《よし分かった》
俺は目を開き、空を見上げる。この空を黒く染まってしまえば、負け確だ。
《あと1、いや2分発艦を止めてくれ》
《しゃーないか…。ちゃんと、逃げるんだよ…ッ》
一際大きな波の立つ音が聞こえ、川内は突撃する。残念ながら、逃げないが。
後は俺が神通を戦場に行かせれば、川内が大破して動けないところに着くだろう。
「さて、俺には神通が俯いている理由が分からない。つまり、この場において、神通を理解する者はいない」
若干突き放した…というより、誘導した言い方。
大抵、捻ている人にこれを言うと、理解云々について考える。ソースは俺。
「…ええ、私を理解できる人なんて、いませんよ」
予想的中。
理解できるできないの話であれば、俺は誰も理解できないし、誰にも理解されない。
例えば、酸素がある状態で火をつけたら燃えるだろう。中学生でも9割以上が分かることだ。
しかし、それを知らなければ爆発物に火をつけてしまうかもしれない。理解してなければ、理解者がいくら駄目だと言おうと、熱湯風呂(押すなよ、絶対に押すなよ!)のようなことが起きる。
だから、相手を理解できなかろうと支障がないようにしなければならない。
「だったら、神通は川内を理解できるか?」
「出来ないです」
そうだろうそうだろう。自分を理解する者はいない、と言ったら、自分が理解できるとは言えない。
「だからな、川内の言葉は、何かよくわからない人が何か言ったに過ぎないんよ」
「!」
神通は顔を上げ、こちらを見る。俺の顔になにか付いているのだろうか。
「じゃあ、神通はどうしなきゃいけないかっていうと、あくまで俺の意見だが、自分のやりたいようにしなきゃいけない」
やりたいようにやる、と考えるようになったのは、小学生の頃から、将来は自分で決めれますと言い続けられた結果だ。
俺はこの言葉は間違っていないと思う。ただ、判り易くするのなら、やりたいように相手を誘導する、だ。
どうにか自分で情報を集め、自分をより良くなるよう誘導する。全知があれば全能はいらない。まぁ、欲しいが。
「川内にその意見を認めさせるためには、今のままでは足りない。だから、自分であれこれ考える。別に難しいことはない。視点をずらせ、客観的になるなんてことは要求しない。ただ、川内の言葉の捉え方を全通り考えて、そのどれにも反しないように行動すればいい」
分からないから疑う、では駄目なのだ。分からないから、全部考える。疑う必要はない。捉え方を今とは違うものにすればいい。
「なるほど……。あの!じゃあ、どうすれば全部考えられるようになりますか?」
神通は勢いよく立ち上がり、前のめりで聞いてくる。
「いや、別に、俺の考え方なだけで、神通がそうする必要は…」
「そこまで言っておいてヘタれないでください」
お、おう。何の言葉が神通の琴線に触れたのだろうか。俺には分からん。
「コホン…えーと、そうだな…。抽象的でもいいか?」
「あ、はい。構いません」
「じゃあ、できる限りの情報を集めるだけだ。その情報について……例えば、逃げろって川内が言っていたが、生かしておきたいから逃げろ、なのかそれとも、逃げた方が戦いやすいから逃げろ、なのかが考えられる。他にも、俺たちが逃げれば川内が死なないから逃げろ、なのかもしれない。…こんな風に考える」
「ふむ。分かりました。やってみます」
神通は黙り込んでしまった。いやだから、別に俺がそうするというだけで……。
「…………提督。私、戦ってきます。それで、川内姉さんに伝えてきます」
「おう、頑張れよ」
「して、提督。提督には座右の銘のようなものはお持ちですか?」
「お餅じゃないです」
「?そうですか…」
「あ、うん、お持ちお持ち、持ってるから」
ちょっと巫山戯ただけ何だ。許してくれ。
「座右の銘って一つに決めらんないけど…そうだな、じゃあ、あれだな」
「何ですか?」
「誰が言ったってわけでもない。っていうか、俺の中二の時に作ったものだが…コホン、えー、上を見ろ。上を見なければ、蔑み虐げる本人を見つけ出せない。下を見ろ這いつくばっている雑魚を嘲笑うこともできない。前を見ろ。追いつく背中なんてものは無い。周りを見ろ。いつ攻撃が来ても守れるように。手を伸ばせ。その手に掴むものは、一緒に戦う仲間だ」
「…ふ、ふふ…くふ。す、すいません。ふふっ」
まぁ、そうだろうなぁ。言ってて途中から恥ずかしくなったし。
というか、最後のものは要らないだろう。本当に中二病は黒歴史だ…。
「はい。ありがとうございます。軽巡洋艦、神通、抜錨します!」
敬礼をして、海に駆け出し、艤装を展開して海を走り去る。
……さて、もう少し格好つけるか。