「そか。そりゃあ、良かった」
いや、本当に良かった。
提督らしくなる、ということはすなわち、逃げ出さないことを言うらしい。前に白露が言っていたはずだ。
つまり、俺に艦娘を置いて逃げる選択肢はなく、最期までこの場所を守る義務があるということだ。元よりそのつもりだったが、約束として明言することによってその意志が固くなる。
「じゃあ、提督。私は神通、助けに行くから」
「いや、ちょ待てよ。川内にはまだやってもらうことがある」
「え?深海棲艦はもういないんじゃないの?」
「いや、まだネ級がいる」
「……は?」
「flagship」
「………はぁ!?」
川内は驚きのあまり、俺の方を掴みガクガクと揺らす。ちょ、痛い。腕が非常に痛い。
俺が腕を抑えていると、川内はそれに気づいたのか、ご、ごめんと謝り、肩から手を放す。
「…で?何で生きてんの?」
「え、何、死んでほしかったの?ひどくない?」
「いや、そうじゃないけど……え?ネ級でしょ?しかもflagship。私達が全員で戦っても勝てないと思うよ?」
は?まじ?……え?本当に?
マジ?と川内に聞いてみると、マジ、本気と書いてマジと返答された。
え、やばくない?ここまで来て、計画破綻するのかよ。
「――来る!妖精さん!」
『ようせいさんがーど』『ようせいさんばりあ』『ようせいさんぷろてくと』
川内が鋭く叫ぶと同時に、3枚の薄い光の壁が目の前に浮かび、川内は俺を抱えて逃げた。
次の瞬間、火花が弾け飛び、薄い光の壁がパリンと割れた。
「シラツユゥ…シラツユハ、ドコダッ!」
「ネ級…!」
森の中からネ級は姿を現し、二股の尻尾をこちらに向けた。
「海に出るのは……分が悪いか」
川内がそうつぶやいたかと思えば、俺は砂浜に落とされ、川内はネ級に向かい駆けていた。
「はあッ!」
川内は艦娘らしからぬ徒手空拳により攻撃を試みるものの、ネ級は少年マンガのように顔で受け止め、左腕を大きく振りかぶる。
「シッ!」
ネ級がパンチを振り抜くが、そこには川内がおらず、既にネ級の後ろに回っていた。え、何が起きたし。
川内は両手を刀のようにし、力一杯に肩に振り下ろした。
「ガッ」
ネ級は右肩を抑えて再び膝から崩れ落ち、雨で濡れた砂を喰らうように額を砂浜に押し当てた。
これは先ほども見た図だ。だからまたしても、あれが来るだろう。
「川内!尻尾!」
「――ッ!」
俺が叫ぶと同時に、川内はその場から離れ、俺の隣にまで来る。
「フフフ……ニンゲン、キサマガテイトクカ。ソウカ……マァイイダロウ。ヨクオボエテオケ、ツギニアウトキニハ、シラツユハカナラズシズメル……」
そう言うや否や、ネ級は強引に尻尾を振り払い、こちらに突進してきた。俺と川内はそれを避けると、意外にもネ級は何もせずに海に行き、砲撃もせずに去っていった。
「川内、逃していいのか?」
「や、それ、私が決めることじゃないし、そもそも、勝てなさそうだったからいいかなぁって」
ふむ、そんなものか。
川内は、怖かった〜と言いながら座り込み、未だに荒れている天を仰ぐ。
正に、嵐のような深海棲艦だったな。