「ふぅ……」
手を洗い、近くにあった紙を2、3枚掴んで、手についた水を拭いとる。
洗面台の下にあるゴミ箱に丸めた紙を放り込み、顔を上げるとそこには、白露の顔がある。
もちろん、ここには白露がいないため、白露の顔があるというのは通常ではあり得ない。
けれども、俺の体は白露とそっくりである。だから、洗面台に付属する鏡の中に自分が――白露が映るのは必然だ。
改めて見ると、本当によく似ている。今まで揺れる水面に映るものしか見ていなかったので、こうして落ち着いて自分の体を見る機会はなかった。
思えば、本来、性転換というのは、その初日に鏡を見て驚愕なり動揺なりをするものだが、俺にはその機会がなかった。
俺は異性の体となり、背丈や運動に若干ドギマギしたものの、本当に変化しているというのを認識する今日までズルズルと間を開けてしまったため、割とこの変化を受け止めている。むしろ、受け止められない方が……とは流石に言えない。
受け止めているといえど、人の体がこうも簡単に変化できるというのには動揺しているのは事実だ。
「にぃィー」
ちょっと見えているものが信じられなくなり、鏡に向かって顔を変形させてみる。
歯もろくに磨いていないために歯は黄色くなり、顔も全体的にパサついていて、髪はボサボサだ。それに比べ白露は何故か俺より良い状態だ。
「これが、俺なんだよなぁ……」
きっと、整形をしたあとの心境は、今俺が感じている名残惜しさと同じなのだろう。ただ、前の俺が好きかと言われると、そうでもないのだが。
だって、そうだろう。楽してモテる顔に生まれ変わったのだから。
そもそも俺は、人は顔で決める。恋人にしたいポイントは?と聞かれたら、金と顔で迷った末に顔と答える。性格などと言えるのはイケメンのみだ。
なぜかって?イケメンとっては殆どが自分以下の顔面偏差値だからだ。その点俺のようなイケメン未満の周りにいる者の性格は千差万別でかつ理解不能だ。けれど、唯一解る指標として顔がある。
顔はその人の性格や環境を顕著に表す。今の俺のように、黄ばんだ歯は歯も磨けないような環境及び歯を磨かない性格だと思われる。
だからこそ、俺は顔で判断をする。その意味で白露の体になったのは、非常に嬉しいことだ。
まぁ、詰まるところ、顔が同じなのが二人いるというのは、他人なら普通でも自分にとっては歪で許容し難いものだ。
だから俺は、白露を見たとき、というより、自分の顔を水面に映したとき、自分自身を嫌いそれを白露に擦り付けたのだ。あれだけ人間離れした能力を持ち合わせる存在なら、多少のレッテルを貼り付けたところで問題はないと思ったのだ。
しかしながら、俺のモットーは相手を決めつけないことだ。そのせいで、白露を化け物と決めつける俺に嫌気が差し、またそれを白露に擦り付けるという悪循環を生み出した。
畜生。我ながら気持ち悪い。女々しい。
「……楽観主義者じゃないのかよ」
そうだった。俺は楽観主義だ。女々しいと言ったら、俺は女の見た目です。ぐらい言えるようにするべきだ。
そもそも、思い悩んでいるのが良いことなのか。そんな訳はない。辛いんだねと憐れまれ、色々考えてるんだねと同情される。
同情とかいう理想の押しつけはされたくないし、させるべきではない。ならば、思い悩むのは悪いことだ。
よって、俺は楽観主義者だ。一々悩む必要はない。
だから、俺は白露を一人の艦娘ないし人間として扱っている。