ふむ、川内でも怒ることがあるのか。いや、まぁ、通話越しに怒鳴り声が聞こえたこともあったので、不思議と言うほど不思議ではないが、あまり怒るイメージはなかった。
「というか、あれってなんで俺は殴られたんだ?」
「…………はぁ。自分で考えなよ、って言いたかったけど、私もこの喧嘩が延々と続くのはヤダし、教えてあげるよ」
「あざ」
「うわっ、軽いなぁ。あれは、提督が勝手に危ないことをしていたから、だと私は思うよ」
勝手に危ないこと?まぁ、勝手と言えば確かに勝手にネ級と対峙していたし、それは危ないことだとは思う。だが、それは白露も川内も同じことであり、俺だけがやっているわけではない。子どもじみた言い訳だが、俺はそうだと思っている。
「って、そういうことじゃなくてだな。何というか、白露は何で俺を殴れたのか、って話だ」
「あー、そういう」
そう、白露は前に、艦娘は提督に危害を加えることはできない、と言っていた。それが今回の件で嘘である可能性が出てきた。
思えば、電はα大尉に魚雷で攻撃していたので、現状、普通に攻撃できるという結論に至る。
けれども、白露があの発言をしたのは随分と前だ。それこそ、俺が白露は化け物だと思い、避けていた時である。
その恐怖を感じ取って嘘を付いたのだとしたら、中々に俺を、というより人間をよく分かっていると言える。
「えーと、あれはね。まだ、私も憶測に過ぎないんだけど、恐らく、白露が提督の艦娘じゃないからだよ」
「は?」
「例えば私や神通は提督に攻撃は愚か、一定以上の恐怖とか痛み、総じてマイナスの感情なり危害を加えることはできない。だから、提督が触られるのが嫌なら、私は提督と触ることができないってこと」
「ふむ」
「でも、白露は相当提督に嫌悪されていたはず。若しくは、提督が顔に見せるほど恐ろしく思ってないのかもしれないけど、まぁそれは兎も角、……そうだなぁ、じゃあ」
そう言うと川内は胸に当てていた右腕を外し、そのまま大きく振りかぶり俺との距離を詰めながら、確かこうやって、と呟いた。
「提督のえっちぃー!」
綺麗なフォームで的確に頬を捉えた健康的なスナップの効いたビンタは、俺の左頬へと狙いを定め――当たる直前に俺が目を瞑ったのと同時に俺の頬に当たるはずの部分だけ川内の右手は消し飛んだ。
「…え?」
「いてっ。…まぁ、こんな感じに、ね」
川内は先程と同じように右腕を胸に押し当て、今度は話し易いくらいの距離に腰を下ろした。
「えっと、今のは?」
「え?提督ってこういうのが好きなんでしょ?」
いや、まぁ、好きというか、様式美で取り込まれるアニメが多いからよく見てしまうだけで……まぁ、嫌いではない。だが、やるのだとしたら、氏ね変態!ぐらいが丁度いい。尚、決してMではない。
「いや、そういうことじゃなくて。え?どゆこと?」
「ま、これが提督と艦娘の関係」
「……攻撃できないって、そういう」
「うん。これは神通も同じだよ」
攻撃できない。この言葉はどこまでもその意味の通りで、やろうと思えばできるわけではなく、摩訶不思議な力によって阻まれている、ということだろうか。明らかに超常現象なのできっとそうなのだろう。
「まぁ、私としては攻撃できないって言うより、……いや、表現しづらいな……。何というか、何だろ」
川内は天井を見上げて考え事を始めてしまった。
まぁ、俺も何となく川内の言いたいことは分かっている。と思う。
恐らく、川内の話を聞く限り、攻撃できないというのは提督と艦娘の関係性の一部に過ぎず、どちらかというと提督の――この場合で言えば俺の感情に左右されるということだ。
「例えばそれは、俺がその一定以上の恐怖ってのを艦娘に持てば、すぐにでもその艦娘は消えるってことか?」
「うん、そうだね。ちょっと難い表現だけど、提督主体の干渉能力ってところかな」
何とも中二病チックなものだ。俺が中二のときならクラス中に自慢して精神異常者扱いされるまである。
それはそうとして、たぶん、川内の言う能力は、噛み砕いて言えば、俺が思ったものが直接艦娘に伝わるといったものだろう。先程のビンタを例に挙げれば、俺がビンタをされたくなかったから、川内の手が消えた、ということだ。
だから、逆に言えば、艦娘が受け身の不干渉能力とも言える。
「……あ、イメージ…」
「ん?何それ?」
「いや、そういえば似たような話を白露もしていたな、と思ってな」
白露の言うイメージ。川内の言う干渉能力。この2つは似ている。むしろ、同じまである。
白露は、艦娘がイメージしたものが艦娘の体を作る、と言っていた。正確には入渠の際に自分で回復できる、といったものだが、まぁ同じだろう。
そして、川内は、提督主体の干渉能力と表した。もしこれが、俺の言うように、艦娘が受け身の不干渉能力なのだとしたら、辻褄が合う。
「――つまり、絶対に当たると思ってビンタすれば当たるんじゃないか?」
「なるほど…。言ってることが本当ならそうかもしれないけど、実験のしようがないね。提督がビンタを嫌がらないといけないし、私もビンタが当たると思えないかもしれない」
「そっかぁ」
万事休す。仮説を立てても再現性のない実験では意味がない。
はぁ。と少しため息を吐いて、煮詰まった考えをどっかにやる。すると、喉が結構乾いているのと、全身が火照っているのを感じ、唐突に視界が狭まり吐き気を催した。
あ、不味い。これはもしや人生初の、のぼせるってやつじゃないか。
「川内、俺を涼しい部屋に運んで、保冷剤とビニール袋を用意してくれ」
口早に要件を伝えて、平衡感覚の取れなくなった脳が停止していくのを待つ。
あぁ、これが気絶ってやつか。
「えっ、ちょまっ」
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―――――――――
体の四肢の冷たく痛い感覚とともに目を覚まし、見上げた先には知らない天井があった。
こういうときに発する言葉は一つだ
「知らない、天井だ」
うむ。人生で言う日が来るとは思っていなかった。というか、めっちゃ恥ずかしい。
「あ、起きた」
急に声が聞こえ驚くも、それが白露の声だと分かり落ち着いて白露の方向を見る。
俺は今、布団に寝転んでいる状態で、白露は俺の枕元より少し離れたところで何かの本を読んでいたようだ。
「……」
「……」
何と声を掛けようか。下から見上げているせいでパンツの色が分かると紳士的に教えるか、本の表紙に乗っているサツマイモについて話題を掘り下げるか、の二択である。
「あの」
「その」
あぁぁあぁ!!やっちまったぁ!気まずい!空気が気まずい!
ふぅ。落ち着け俺。こういうのは先手必勝。お先にどうぞをするのは即ち死を意味する。
「いや」
「えっと」
何してくれてんだこのアマァ!
ふぅ。落ち着くんだ俺。糖が足りなくてイライラしてるのは分かるが、クールに冷静に対処するのだ。
そう、俺の53万の必殺技の一つ。俺が話し始めるけど、先に話したいならどうぞ、を発動!
これは、俺の今の姿勢を正して、俺が話す意志を見せつつ、もし先に話したいなら聞くよという意味にも捉えられる圧倒的に謙虚な必殺技なのだ。
俺は布団の上に座り、白露が話を始めないのを確認してから、伝えるべきことを伝えた。
「なんだ、その。悪かったな」
「え」
白露が驚くのも仕方ないだろう。なんの脈絡もなかったからな。
俺は取り敢えず、何に対して白露が怒り、何で俺が悪いのか全く持って理解できなかったが、謝ることにした。
「いや、何というか、怒って殴るって割と普通なことなのに、提督と艦娘ってだけで色々と制約が存在しているらしい、って結論づけてな。じゃあ、そういうの全部かいくぐって殴るんだから、相当、俺に思うことがあるんだろうし、覚悟とか決心とか付けてるんだろうから、俺が謝るのが筋だろ?」
「え?意味が分かんないんだけど。別に筋じゃなくない?」
「え?筋じゃね?」
「ま、まぁ、いいや。あの、提督、そうじゃなくってね。あたしからも、ごめんなさい」
お?どういうことだ?何か謝られるようなことしたか?
「あんな状況になったのはあたしのせいだし、そもそも殴るなんてことしちゃダメだし、本当にあたし、ヤな奴だよね……」
うわっ、面倒くせぇ。自虐することで相手に肯定してもらえるっていう、女子がよく使う構文ではないか。
しかもこの構文の厄介なところは、お前はヤな奴だ、と言うと更に面倒くさくなるところだ。全くもって面倒だ。
ただ、この構文は対処法がある。それは、一切自虐について触れないことだ。そうして誤魔化すしかない。
「えっと、つまり、俺のやり方で続けてもいいと?」
「え、まぁ……いやいや、違うよ!」
白露は少し逡巡してから、右手を顔の前に持ってきて、イヤイヤイヤと横に往復させた。
おい、何で雰囲気をぶち壊してんだよ。白露が作った空気だろ、これ。
「もっと自分を大事にして欲しいの。提督には理論とか冷静さでは敵わないから説得とかできないけど、怖いなら逃げて欲しいし、勝てないなら戦わないで欲しい」
ああ、なるほどね。把握。
つまり、白露はどうやら自己犠牲精神の所持者らしい。だってそうだろう。俺はあの場では白露達に最大限の仕事を与えた。あれ以上の戦果は無理である。だから、ネ級は想定外だったが、俺が戦わなければいけなかった。
ただ――
「そうか。分かった」
白露の意見は、意見としてとっておくことにする。恒常的な関係には意見交換を行えるのが絶対条件である。ソースは俺。
「うん、ありがと」