取り敢えず会話が一段落したところで、白露はパンッと手を合わせ、さて、と言いながら別の話題を切り出した。
「じゃあ、ι提督のところに行くよ。ついてきて」
「え?何故?」
そもそもι提督って誰だっけ?……あぁ、思い出した。俺をここに連れてきた張本人だったはずだ。
その張本人に会うということは、何かしら話すのだろうか。まぁ、普通にそうだろうなぁ。じゃなかったら、俺をここに連れてくる意味ないし。
だが、α大尉の忠告もあるので、多少なりともリスクが出る可能性がある。例えば、恐喝とか脅迫とか。
……うん、まぁいいか。考えるのが面倒くさい。なぜか最近、思考するのを放棄しがちかだが、俺は悪くない。うむ、きっと悪くない。
「おけおけ」
そう言いながら立ち上がり、白露に了承の意志を見せる。すると白露も読んでいた本を座敷机の上に置いて、尻に敷いていた座布団を片付けた。
ふと、座敷机の上にあるものに目がいった。それは白露の読んでいたサツマイモ料理の本ではなく、旅館で出るような包に入った羊羹である。見るとどうやら何個か食べられており、容器の大きさからすれば残り僅かである。
先程から糖が足りなかったので、どれお一つ、と一つ手に取り包装を破いていると、白露から待ったがかかった。
「なんだ?欲しいのか?」
「いや、あたしはもう要らないけど、それ、残りは提督と神通さんの分だから残してあげてよ」
「り」
ふむ。残りが3個で、神通と分けるのならば1:2となる。まぁ、どうせ一口分しか要らないので、食べるのは1個だ。
手頃な大きさの羊羹を一口で食べ、包装紙は近くのゴミ箱に捨てる。
「あ、鍵、渡しとくね。一応、あたし達と同じ部屋だけど提督だし」
「は?いや、まぁ分かった」
別に白露が持っていても構わないのだが、まぁいいか。
鍵をポケットに入れて部屋を出ようとすると、ポケットの中に何かがあった。
何だろうか、と思って取り出してみると、ヨレヨレになった紙だった。
「何それ?」
「ん?あぁ、これは榛名に貰ったものだ」
もう濡れてしまって文字は読めない。どうせ用済みのものなはずなので捨ててしまって構わないだろう。
ポイッと紙をゴミ箱に放り込み、部屋の外に出て鍵を締める。部屋の外はちょっと窮屈な廊下となっていて、二人で並んで歩く分には十分だが、三人となると並んで歩けないだろう。肩幅のない細い身体の俺でそうなのだから、大人の男からすれば更に手狭だろう。
白露は、こっちだよ、と言って手招きするので並んで歩いて行くと、廊下の先に階段を見つけた。
「ここを上がってくよ」
「へぇ。何階まで?」
「六階」
因みにここは三階である。壁に3Fと書かれているのだからそうなのだろう。階段を上がるのは少し面倒くさいが、エレベーターがないので仕方ない。
「そういえば、さ。もしかして、時雨に会った?」
「誰だそいつ?」
階段を一段上がるたびカーンカーンとなる響く中で、白露は思いついたように言った。
俺が質問すると、白露は、黒髪、大人しい……などの特徴を挙げて時雨を説明し始めた。
「あ、なんだっけか。確か……佐世保の」
「そう、それ。やっぱり会ってるよね……」
白露は落胆したかのような口調で額に手を当てた。なぜそこまで落ち込んでいるのか、と目線で送ってみると、どうやらこちらの視線に気づいたようだ。
「いや、何ていうか、時雨があたしに会ったときの反応も変だったし、しかも変な白露に会ったとか言ってるし、なんか提督がやったんだろうなぁ、って思ってたから」
「あぁ、まぁ……、確かにあれは流石に反省してる。けど悔いはない」
「提督が反省してる……!?一体、何したの!?」
いや、俺だって反省ぐらいするが?
白露は五階の踊り場で俺の肩を掴み、何したんだー!吐けぇー!と言うかのようにガクガクと脳を揺さぶる。
「冷静に、クールダウン、してくれ」
「ふしゅうぅぅ」
何だこいつ。前までこんなことしていたか?いや、ここまで感情的になることはなかったはずだ。
俺の十八番である人間観察は陰に生きるものなら初めに取得しているスキルであり、長く使える有能なものだ。
そんな陰の存在である俺は、今までの白露を素を見せずに取り繕う性格――端的に言えば、お姉ちゃんしているやつという印象だった。
だが、今ので分かったことがある。白露は素でもお姉ちゃんしてるということだ。
つまり何が言いたいかというと、
「……時雨を見たときに、こいつは何かと激しい姉妹がいて、始めて輝けるタイプだ、的なことを長々と言ったんだが」
――白露はその激しい姉妹ってタイプではない。赤メガネ教師っていうキャラに手を出していたが、メガネキャラとしてはなり損ないだったし、時雨って娘のほうがキャラが立っていた、と思う。
因みに俺はメガネキャラが怒ってメガネを外すのは許せない人間です。
「ごめん、あたしにはなんでそういう会話になったのか、訳が分からないよ……」
「いや、まぁ、それは、うん、まぁ、そういうことだ」
だって仕方ないだろう。俺の本能がそうしろと言っていたのだ。
白露はどーゆーこと、と頭を抱えている。そうか、白露はまだこちら側の人間もとい艦娘ではないのか。
「こちら側に来たら楽になれるぞ」
「行ったらあたしまで時雨に嫌われるよっ」
なんだこいつ、情緒不安定か?
そんなことを思っていると、どうやら目的の部屋についたようで、白露はドアの前に立ち止まりドアをノックする。
……来ないな。いや、まだちょっと気が早いかもしれない。もう少し待つか……。……遅くね?この時間、気まずいのだけども。
「……返事がないな」
「そうだね。なんでだろ……あっ」
白露は何かに気がついたかのように目を見開いて、俺の方を見た。
「一階の離れにある工廠だった、行く場所」
「白露、お前、マジか。いや、マジか」
グダグダかよ……。
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はい。ということで、なぜか白露と走って向かった先は、だだっ広い空間の広がった工場みたいな場所である。中では数々の妖精がそこら中に散らばっており、近くの妖精達はプロレスをしている。
「お、来たか」
「ごめんなさい、遅くなりました」
白露が謝ると、ι少尉は今来たところだ、と笑いながらスマホをしまった。絶対、待っていただろう。
取り敢えず歩きながら話そうか、と工廠の奥へと歩を進めながらι少尉の説明が始まる。
「少尉、俺は貴方に俺のできる範囲でなんでも協力させてほしい。その証拠に、こんなものを用意させてもらった」
え?何?どゆこと?
そもそも、ι少尉は俺のことを艦娘だと思っていたはずだ。それがなぜか、今は俺を少尉と呼んでいる。
しかも、できる範囲でなんでもする、と言っているが、どうしてそんなことを言ったんだ?俺と彼はそんな関係ではないはずだ。
それに協力してくれたとして、その対価は何だ?この少尉は何を望んでいる?
「お気に召したかな?」
ふと、その言葉に思考の海に沈んでいた俺は意識を取り戻し、目の前の物に注目した。
「――!」
俺はそれを見て言葉を失った。興味がなかったり意味がわかったりしたわけではなく、むしろその逆、全てが分かったのだ。
俺が見たそれは、鈍く重厚感のある光を放ち、周りの質素なコンクリートブロックに似て、それでいて一際存在感をも放つ輝きを併せ持つ。俺にとっては圧倒的な力の象徴。
「白露の、艤装……」
「その通り。少尉、あなたのための艤装だ」
思わず俺は目を見開いてι少尉を睨みつけてしまった。――こいつはとんだ異常者だ。