ι少尉は異常だ。艦娘と人間を同価値に見ている。俺に艤装を用意したということは、そういうことなのだろう。俺に海で戦えと言っているのだ。
確かに俺は艤装をつけることができる。だから、普通の人間と違い、海で戦うことは可能だ。だが、戦えるというのは勝てるということではない。
例えば、俺には魚雷を射つことができない。主砲を撃つこともできない。火力不足だ。
じゃあ、耐久性は?と言われると、これまた脆く、腕が一本でも消し飛んだら気絶するだろう。
というか、そもそも、深海棲艦と真正面で対峙するなど怖すぎて無理だ。最悪、見えなければ何とかなると思うが、その想定は意味がないので省いていいだろう。
つまり、デコイにも主力にもなれない俺が、どうして艦娘のような戦いができると思ったのだろうか。艦娘は人間より優れているのだ。
「これが俺からのプレゼントだ。受け取ってほしい」
「え」
貰うだけなのか…?い、いや流石にあり得ないだろう。一日しか働かない白髪の爺さんでも、一年分の良い子と引き換えにプレゼントを与えるんだぞ。
「いや、警戒するのは判るが、別に何も騙そうとはしていない」
「そ、そうか」
怪しい…。騙してないよってアピールしているのが、逆に怪しい。
だが、現状は対価を求められていない。ということは、本当に何も要らないのだろうか…?
まぁ、後から言われたら、そんなものは知らない、と言ってしまえば良いか。
「まぁ、ありがとうございます。頂きます」
「…あ、いや、ちょっと待ってくれ」
ん?何だ?
「少尉。契約……というほどではないが、約束、は覚えているか?」
「いや、全然、全く、これっぽっちも」
うわぁぁぁ、やっぱ、あるじゃねーか!あぶねぇー!
「いや、本当に断ってくれても艤装は渡すし、少尉にデメリットはないけれど、出来ればやってほしいって程度のお願いみたいなものなんだが」
「そ、それはなんぞ?」
「α大尉との対談の場を用意してほしい。もしくは、それに繋がる情報を流してほしい。どうだ?受けてくれるか?」
ふむ。そういえば、船の上でι少尉はα大尉に正式な手続きをしろ、と注意されていたはずだ。それを俺にやれということか。
うーん。まぁ、正式ではなくても、成り行きでその場に持っていくことは、多分できる気がする。おそらく、α大尉は俺のところに来るだろうし、キリサキ中佐のところの漣に言えば、何とかしてくれるはずだ。
というか、俺に話しかける人って、基本的にα大尉の情報について知りたがる人が多いな。漣然り、ι少尉然り。α大尉って何者なんだ?軍神とか言われる予定のキリサキ中佐より目立ってないか?
「……分かりました」
「おお!ありがとう!」
ι少尉は嬉しそうに笑顔を作って、俺の右手を握りしめた。こいつ、陽の者か。
「あっ、そういえば、名乗るのを忘れていた。いやぁ、すっかり」
へへへと、ニヤケたままコホンと咳払いし、あまり切り替わってない表情で名乗り始めた。
「俺は少尉と同じく特例提督と呼ばれるι少尉だ。趣味は割と何でもいけるし、運転免許は持ってるし大型のものも運転できる…etc」
え、あっはい。……運転免許の話し必要なのか?いや、まぁ、陽キャってそういうものなのだろう。彼らの生態は分からないことだらけだ。
それはさておき、特例提督ということは、ι少尉は妖精が見える、ということか。まぁ、だから何だ、という話ではあるが。
「そして、同じ深海棲艦と戦う提督として、少尉を見込んで話がある」
「は?」
やべ、陽キャムーブが強すぎて適当に頷いてたら、何だか良くわからない話になっていた。というか、俺のどこを見込んだんだよ。禄に提督らしいことはしてないぞ。
「少尉、深海棲艦と手を組まないか?」
「はぁ!?」
ι少尉の主張する内容はこうだ。
現在、海軍と深海棲艦との勢力は拮抗している状態である。だから、今のままでは勝てる見込みがない。ならば、人と艦娘と深海棲艦とで講和条約を締結させ、この戦争を終わらせないか…?簡潔にするとこんな感じである。
今までの戦争で全世界が海と遮断され、不況へと、果てには世界恐慌へと陥るだろう。今はまだ、耐え忍んでいるが、もうすぐ誰もがこの事実に直面する。そうなる前に、講和という形でこの誰の得にもならない戦争に終止符を打とう。等等。おおよそ言っていることは同じなはずだ。
詰まるところ、早く平和な世の中にしようぜ!ということだ。確か、α大尉が、ι少尉は世界平和派だ、などと言っていたはずなので、その名の通りドストレートな思想である。
だが、それは理想であり幻想に過ぎない。あんな怖い奴らと一緒に暮らすなんて無理だ。見るだけで筆舌し難い恐怖に襲われるような奴と交渉などできるはずがない。
ι少尉はきっと、間近で深海棲艦と対面したことがないのだろう。話せばわかるものなのだと、盲信しているのだろう。だがしかし、それは無理だ。絶対に無理だ。
「……そうですか」
とはいえ、俺が否定できるわけもなければ、例え否定したとしても代案は存在しない。適当に相槌を打って、曖昧な返答をしておこう。
「それで、少尉は深海棲艦に対してどう考えるか、聞かせてもらいたい」
まぁ、文意を捉えずに言うのなら、怖いの一言に尽きる。だが、俺は話の流れが分かる人間なので、ι少尉の機嫌を損ねないように、話を合わせておこう。
「俺はたった二週間程しか戦闘の経験がなく、提督としての覚悟もなく、深海棲艦の脅威もいまいち分かってないもので……」
俺には何も分からない、という態度を示してみると、そうか、高校生ならそんなものか、と返された。
え…?なんで、俺が高校生だって知ってんの?やばっ、怖っ。
「……じゃあ、俺はそろそろ指揮を執りに行く。また、欲しいものがあったら、何でも言うといい。なるべく用意しよう」
「はぁ、ありがとうございます」
工廠から駆け足で出ていくι少尉にお礼をして、ι少尉が見えなくなるまで見送る。
「やっぱ、たぶんだけど、ι少尉って大学生だよな?社会人には見えない……。いや、新卒とかだったらワンチャンあるけど」
うーん、何となく、運動系でゆるい系の恋愛一色なサークルに入ってるイメージだ。服が私服なあたりその気を感じる。しかも、こっちの胸とか胸とか、あと胸とかガン見だったし。あれだけ見られれば嫌でも分かる。
「だが、見た目がJCの俺の胸をガン見とか、童貞か?いや、合法ロリだとか思ってたのか?」
いや、まぁ正直、ここまで身体が出来上がってると、ロリって感じはしないが。
そう考えると、この身体はどこら辺に分類されるのだろうか。小柄なJKとかだろうか?
「どう思うよ、白露」
「えぇ……あたし、完全に空気だったのに、このタイミングで話しかけんのはサイアク」
「運が悪かったな。それでどう思うよ」
「ι提督も大概だけど、提督もサイテー」
答えになってねぇ。まぁ、答えを求めていたわけではないが。
それはそうと、流石に首が疲れたな。ずっと上向くのは割と大変である。
俺が首をゴキゴキ鳴らしていると、白露はねぇねぇと話しかけてきた。
「なんだ?俺は白露の姉さんじゃないぞ」
「小学生かっ。て、そうじゃなくて、この艤装。誰が使うの?」
「俺じゃね?ι少尉もそう言ってなかったか?」
「でもこの艤装、見た感じ対空CIも使えるようになってるよ」
「何だそれ」
「ええと、敵艦載機に対して普通の対空性能より大幅に強化された弾幕を張って撃ち落とすっていう技術なんだけど……」
ふむ、技術か…。じゃあ、俺は使えそうにないな。
「じゃあ、白露に装備を……なんだっけ、改装って言うんだっけ?」
「そうそれ」
「改装するから、白露も艤装を出してくれ」
「うん」