台風一過といった感じに、何やら忙しなく事が発展していき、結局元の状態に落ち着いてドっと疲れた雰囲気が辺りに充満する。緊張の糸が切れる音が聞こえた気がした。
キリサキは掴まれていた腕を手で撫で、掴まれていた感覚を消しているし、漣は消えるし、白露と神州丸は隅の方で呆然としている。この場の皆、今の今まで何が起こったのか、全部は把握しきれていないみたいだ。
やはり、脳の処理が追いつかない決定打は、最後の、η少将と呼ばれる者が出落ちしたことだろう。あれは綺麗な出落ちだったが、少々パニックになっていたため考えが及ばなかった。
まぁ、あれは俺の理解を越える大人の闇的なやり取りなのだろうが、白露と神州丸はなんで隅っこにいるのだろうか。
なんとなく、顔色から判断するに恐怖とか嫌悪とか、何か嫌のものを見たという顔だが、深海棲艦を見てもそういう顔にならないのが艦娘だし、何かの間違いだろうか。
それとも、他の可能性を挙げるのなら、俺らには見えない何かしらを見ているとか、だろうか。妖精は艦娘なら普通に見えるのに、人間は特殊な人間でなければ見ることができないため、似たような存在がいる可能性はなきにしもあらず、だ。
うん、考えてもこの類の問いに答えはないだろうし、いち早くパニックから復帰した俺が、場を立て直すことにしよう。
手を叩き3人の注意を引き、頭を切り替えさせる。すると、キリサキはやることを思い出したのか執務机に座ってデスクに広げた海図に目を向け、白露と神州丸は適当な椅子に座り、若干涙目で俺を見た。
うーん、何であんな隅にいたのか問い質したかったが、一応、止めておくか。
そういえば俺も受信機を付けてなくてはならないことを思い出し、トラブルの前に外したのを付け直すと、緊迫した声が聞こえた。
『――令を求む!第五艦隊旗艦赤城、北の港に向かう敵艦隊を確認!迎撃命令を求む!』
やべっ、俺が受信機を耳から外したばかりに、大事に陥っている様子だ。キリサキにすぐ伝えないと。
「キリサキ、北の港に――」
「あ、ダイジョブ。それ私も聞いたから」
oh...もしかして、俺いらない感じですか。メイビー。
いやまあ、与えられた役割すらまともにこなせてないし、至極当然ではあるか。
「赤城にカメラ繋いでって伝えてくれる?」
「お、おう」
すぐに仕事きたわ。この世に要らないやつなんていないんや……!(感動)
「赤城さん、カメラを繋いでください」
『承知しました』
祭りの前に設置したスクリーンに映し出された景色は、めちゃくちゃデカい深海棲艦とその周りで動き回る小さい深海棲艦たち、後ろの方で並ぶ二人の深海棲艦が見えた。
カメラが見上げるとデカい深海棲艦の全容が見えてきて、その白いのは鯨のような形をしているのが分かる。
『右舷海上及び同上空に異常な暗雲を発見。警戒を要す!』
赤城の声が聞こえたかと思うと、すぐに空には暗雲が立ち込め、海が赤色へと変わっていき、めちゃくちゃデカい深海棲艦の叫び声が通信機越しに聞こえ、荒波が発生した。どんな大声だよ。
ザブザブと揺れる波にカメラの端に映る艦娘は一生懸命バランスを保っている。
「げっ、太平洋深海棲姫と防空棲姫じゃん。えっ何?死ぬの?」
「なんそれ」
「あー、ちょっと待って、通信機渡してくれる?」
手を差し出してきたので、はい、と言って渡し、俺はまたスクリーンを見た。この画面の中には例の執念深いネ級はいないようだ。
キリサキは、あー、それ無理無理、帰投して、と赤城に伝える。いやだからキリサキで無理なら(n回目)
「ごめん、白露提督。使いっ走りのようで悪いんだけど、α大尉呼んできてくれない?」
「了解」
すぐに部屋を出ていこうとすると、白露と神州丸も着いてきて、一緒に港に行く流れになった。おそらく港にはα大尉がいるはずである。
というのも、α大尉がいるのは、先程見た威厳のある人たちのいる部屋か、η少将を連れていった港か、のどちらかである、と予想できる。しかし、海軍の偉い人たちの部屋はちょっと怖いので、先に港に行くべきである。ちょっとだ。ほんのちょっぴり怖いだけである。
この島の北の民間用の港ではなく、反対側の作戦基地に隣接する港に向かうと、二人の高身長男性、おそらくη少将とα大尉がまだ話をしていた。
近づいてもこちらに気づく様子がなく、盗み聞きできる距離まで近づいた。
「えぇ、問題ありませんよ。クリアできるまでやり遂げればいいだけの話ですから」
「……本当に、いーい人だね。実に面白い。面白くて、まだこの役目に食いついていたくなる」
何言ってんのかさっぱりだ。クリアするまでって何?
「では、そろそろ出港しないと、深海棲艦に追いつかれてしまうので」
「それはそれで、いーんだけどね」
そう言って、η少将を船に乗せ、α大尉は船に乗っている船員によろしく頼む、と伝え見事な敬礼を披露する。素人目でもなんか気迫があって素晴らしい、と感じる。
「η司令官殿!感謝申し上げます!」
突然神州丸が大声でη少将に声をかける。え、面識あるの?
η少将はちらっと、こちらを確認すると、そのままそっぽを向いて、船の中に入っていった。な、何だったんだ、一体と思って神州丸を見ると、やけに晴れ晴れとした顔をしていたが、すぐにいつものハイライトの消えた顔に戻った。
「時に少尉くん、君の用事はおそらく、キリサキ中佐に呼ばれていることを伝えに来たのだろう」
「あぁ、そうだな」
「まぁ、それについては、こちらの海にやってくるだろうキリサキ中佐の艦娘に伝えるとして、君には手伝ってほしいものがある」
「え?」
何を急に、と思っていると、急に脳に直接揺さぶるような轟音というか野太い慟哭と共に、大きな水柱を上げ砲声が鳴り響き、荒波が波濤に押し寄せる。
君にも見えているだろう、とα大尉が指差した先には、先程スクリーンの中に見たあの鯨と同じ鯨が火と煙とに被さりつつも、何事もなかったかのように吠える様子と、港を血塗れになりながら――偶に担がれたり半身がなくなったりしながら、帰投と出撃を繰り返す艦娘の姿が見えた。泣いているような心の痛む声だったが、気のせいだったのだろうか。
気づけば、俺達の周りにも、あの敵は倒せるのか、自分たちの味方が減るだけではないのか、はたまた、まだ諦めるときじゃない、と潰れてしまいそうな声で呟きながら通り過ぎる艦娘が多くなった。
「それで、手伝ってほしいのは――」
――オオオォォォ……!!
腹の底から震え上がるような咆哮がこの港とは別方向の北の港から聞こえ、そちらを見ると、まだ少し遠いが暗雲が立ち込めているのが分かる。あれはきっと俺がさっき見た鯨の深海棲艦の方だ。
「2体の太平洋深海棲姫……。ふむ」
取り敢えず、デカアァァァイ!説明ふよ、いや要るだろ。説明しろ!!な深海棲艦のうち、正面にいる鯨――太平洋深海棲姫を退けるためには、俺が必要不可欠らしい。なんで?
返答は、島民を避難させないと危険だから、だそうだ。直接、深海棲艦を退けることにはならないが、失うものが少なくなるため防衛だけでなく攻めの行動に出られるらしい。防衛戦にはこちらのメリットが一つもないのだとか。
よって、失うもの、つまり犠牲を限りなく減らすため、俺は北の港から出る民間用の船を護衛して、赤い海の外の安全地帯に送らなければいけない。ただ、ここで問題になるのが、あの鯨で。あの鯨はこちらの言う妖精の深海verであり、普通の提督には見えない。だから、普通の提督が作成した航行ルートは、鯨にぶつかる可能性がある。そのため、俺が緊急時には航行ルート変更の指示を出し、誘導する任務が与えられた。
「いやいや、俺、そこまでできる程知識ないんだが」
「大丈夫。少尉くんは船長に何がどこにいるのか伝えるだけでいい」
「それ、別に俺じゃなくても良くね?他の艦娘とか」
「提督らしい服装をしてるのが少尉くんだけだからね」
あ、そういう基準。