α大尉に言われたように、俺と白露と神州丸は艤装を装備して北の港へと向かった。久しぶりの艤装だし、青妖精がいないため若干不安定さが残るものの、進むだけであれば問題なく動ける。
北の港では、軽巡や駆逐艦が屯していて、島民の案内をしているようだ。その中に知っている顔が見えた。
「赤城さん、無事でしたか」
そう問いかけると赤城はこちらに振り向いて、提督の白露さん……と言ったきり、あとの言葉が続かないようで、口をモゴモゴとさせて口つぐんでしまった。どうしたのだろうか。
「俺、避難の護衛を任されてまして」
たぶん、俺がここにいる理由が分からないのだろう、と考えて、なぜいるのか率直に伝えてみる。
「なるほど、そういうことでしたか」
何かが腑に落ちたようで、ぽんと手を叩く。そちらでも何かが起きたのかと心配したんですよ、と赤城は心底ほっとしたような安堵の表情を浮かべた。俺がちゃんと通信機をつけていなかったせいでいらぬ心配をさせてしまったようだ。はー、ホント、俺って使えねー。
……おっと、悲観はいけないな。あくまで楽観主義である。
ではでは、と言って赤城から離れようとすると、死角にいた誰かにぶつかってしまった。すみません、すみません、と謝って相手の顔を見ると、そこには鬼のような形相で俺を睨みつける加賀の顔がある。え、マジでオコなの?これは冗談抜きで怒ってる顔だ。
「………」
加賀は何も喋らない。えぇ?いや、全面的に悪いのは俺だけども、そんなにぶつかられたの嫌でしたか。
「不注意程度で済んで良かったわね。貴方、提督失格よ」
そう言って、加賀はズカズカと海の方へと向かった。不注意程度で済まなかったら何されてたんだ?ま、まぁ不注意だったのは、そうなのだが。
赤城は加賀さんっ、と言って加賀を追いかけていったので俺もそろそろα大尉に言われた通り船に向かうことにする。
「因みに提督、今のは通信機のことだよ」
「え?あぁ、そういうこと」
あー、その件については本当に申し訳なく思っている。いや、思ったところで何になるんだ、という話ではあるが、今後はこんなことはしないだろう。後悔はしたくないし。
しかし、白露はよく分かったな。加賀と同じことを考えてたのだろうか。
「提督殿、それは視点の違いというものです」
なるほどなぁ。というか、ナチュラルに心を読むんじゃないよ、全く。
白露と神州丸を連れてα大尉に紹介してもらった艦長に会いに行くと、α大尉の言っていた場所にはその艦長と他に数人が一緒にいた。近づくと艦長もこちらに気づいたようで、よろしく頼むよと言いながら握手を求めてきた。
応じて手を差し出すと、艦長の手は手汗で若干濡れていて、それなのに、俺の手をどう引っ張っても抜けないほど強く握りしめられた。なんだっ?!と思って顔を見上げれば、とても青い顔をして歯が小刻みに揺れているのが見えた。
「なにを、こわ……がって、あ」
やべっ、声に出てた。慌てて口を塞いで目を逸らすも殆ど言ってしまったし、あまり意味がない。恐る恐るもう一度艦長の顔を見れば、初対面で言葉を交わした数も少ない俺に向かって膝をついて泣き崩れた。
「そりゃぁ、そう、だ!あの深海棲艦が、人の力ではどうしようもない、深海棲艦が!またここを襲いに来たんだろう!?数多くの同胞が死んだ!あの日海に出ていた仲間は皆殺しにされたんだ、あいつらに!しかも今度のはお前らでも太刀打ちができないらしいじゃないか!何だ!俺らの目には映らない怪物がいるんだってな!だから、そいつを避けるためにお前が呼ばれたと聞いてる。そんなもんがいるわけねぇだろ!そんなチンケな嘘に誰が騙されるんだよ!要は死ねって言ってるんだろ!なあ!……お前も運が悪いよな。どうせ、上司とか組織とかの嘘を突き通すための犠牲だろ。怪物から守ろうとした結果、諸共犬死にしましたってな。お前のような艦娘でもない人間に、深海棲艦とやり合える力なんてないもんな!俺の手でも殴り殺せそうだな!そんなやつに俺らの命を預けなくちゃいけねって!おかしいよなぁ!」
長いし痛いし怖いし。大の大人がかくも子どもの如く泣けるものか。こちらまで泣きたくなってくる。何なら涙ぐんでいる。
後ろに並ぶ数名はこの光景から目を逸らし、悔しそうな顔をそれぞれしている。おそらく、今語ったことはこの人たちの総意なのだろう。支離滅裂だったから若干頭に入ってこなかったが、言いたいことは汲み取れる。つまり、死ぬのが怖いのだ。
強く握りしめた手は、艦長が項垂れて涙をこぼすに連れて次第に弱まり、ついには俺の手を離れ地面に手を突き震える体を支えた。
だが誰が何と言おうと、海に怪物がいるのは事実である。いや、突き詰めて正確に言おうとするなら、あの鯨は一般には観測できないため、事実というのは言い過ぎではある。俺やα大尉や艦娘が幻覚を見ているだけなのかもしれないからだ。何ならそうであって欲しい。
けれど、あの鯨は妖精に親しいものであり、一切幻影ではなく物理的攻撃が可能……ん?ちょっと待てよ。物理攻撃してこなくね?
あの鯨はα大尉によると、一種の妖精であるらしい。妖精というものは人間を攻撃できない、少なくとも物理では太刀打ちできないから、攻撃力皆無と言っても過言ではない。鯨がその一種なのだとすれば、同じく人間を攻撃できないということになる。
まぁ、そうとは言っても、青妖精のように妖精の中でも例外は存在するので、あの規格外の大きさであれば例外として攻撃力があるのかもしれない。
結局のところ実害があるのか結論がつかないが、そもそも深海棲艦いる時点で攻撃されるのは目に見えている。だから死ぬ可能性があるのは変わらない。
けれども、確かに人一人を守るために複数の艦娘が必要なのだから頼りないかもしれないが、チンケな嘘とか犬死にとか、流石に貶しすぎではないだろうか。別に艦長と島民を犠牲にしてまで勝利を掴もうとしているわけではないし、それをすれば人道的に問題がある。それに、島民を犠牲にしたところで相応のメリットは存在しないのだから、そもそも犠牲になどしないのである。
そんなことも分からず、守られる側である艦長が守る側の艦娘を貶し、あるまじくか艦娘に非協力的になるなんていう迷惑をかけ、自分勝手に絶望して慟哭するなんて無様にも程がある。その捻曲がった思考が周りを同じく絶望させ、負の連鎖が起こる立場だという自覚はないのだろうか。ぜひ、自分の言葉に責任を持ってほしい。
――殴れ
頭の隅に、怒りが芽生えた。艦娘に迷惑しかかけないコイツを殴って叱ろうとさせる怒りが込み上げてきた。
怒りはだんだんと大きくなり、うずくまっている艦長の右肩を左手で掴んで起こし、右手で平手打ちをするイメージを何度もして、その度に艦娘の意志を伝える言葉を反復させた。言ってやるんだ、この無知な人間に、艦娘の素晴らしさを。
「提督……」
ふと、意識の外にあった白露の声で怒りの熱は一気に冷めていき、目元から垂れる涙を拭う。あれ、いつの間に涙なんか流していたんだ?
というか、そもそも、俺は艦娘至上主義でも暴力ですべてを解決する人種でもない。どちらかというと、艦娘の印象は最初は悪いほうだし、昔感情的になった艦娘に殴られるくらいには冷静だという自負がある。何なら、あんなに突発的に怒ったのなんて、幼少期に癇癪を起こしたときくらいである。そんな俺がこうもすぐに怒るだなんて、何かが変だ。カルシウムが足りてないのか?
白露の方を見ると、困ったように眉をひそめてこちらを見る白露と目があった。白露にも俺が頼りなく見えるのか。まぁ、それはそうだろう。実際、助けられてばかりだし。
ただ、一応この怒りの原因は見当が付く。おそらく、青妖精だ。青妖精が随分前に、俺を洗脳していることを告白していたから、俺を艦娘至上主義になるように洗脳していると考えるべきだろう。青妖精って艦娘大好きだし。
そうなると、今までは頭の上に乗っても文句を言わなかったが、今のように短絡的になってしまうのでこれからはちょっと避けようか。
「……何でもない」
取り敢えず、艦長の慟哭は終わり、そろそろ頭が冷えてきた頃だと思うので、何か協力してもらうための言葉を考える。
まず、艦長の意見は、海軍が島民を殺そうと企てている、と、俺が弱く見える、との2つの理由で協力できない、である。
「少尉さん、既に我々は覚悟ができています。もちろん、少尉さんもそうであらされると思います。お若いのに……世とは非情なものです」
「は?え、あはい」
覚悟?それは死ぬ覚悟か?
できるはずがないと思うが、見た目からして50代なのでそれ相応の死にそうな経験をしたことがあるのかもしれない。いくつその経験があると、死ねる覚悟はできるのだろうか。
「我々大人はそれでも良いかもしれませんが、船には少尉さんと同年代の子どももたくさんおります。万が一、その時が来てしまいましたら、救命ボートで乗員を避難させますので、その際はその子たちだけでも救っていただけませんか」
あれ?もしかして非協力的なのは目の前の艦長だけで、後ろにいる人たちは協力的なのか?じゃあ、別に説得する必要ないな、これ。
「はい」
個人的には他人の勝手で救うのは嫌いだが、避難をしているということは、皆一様に死にたくないということだ。それは艦長たちも例外ではない。
だって、死ねる覚悟があるというのに艦長たちはここに残ろうとしないし、囮になろうともしない。子どもを生かしたいだけなら、それこそ救命ボートに子どもだけを乗せて大人は囮役をこなせばいいだろう。そうしないのはできる限り死にたくないのと、俺ら艦娘や提督が守ってくれる――最悪自分たちのために死んでくれる、という信用があるからだろう。生きたいのに死ねるって可笑しな話だ。
「霧が出てきましたね。参りましょう」
まだ空は明るくなってはないが、薄っすらと灯台から差し込む光は白みがかっており、曇り空なのも相まって祭りのときより一段と暗くなった気がする。
霧に乗じて逃げるという作戦なのだろう。ちょうど、島民全員が乗り終えたと告げる報告が来たため、すぐに出発することになった。蹲っていた艦長は、体をわなわなと震わせガバッと立ち上がり、俺を指差して一言、まだお前はあいつらの冷えた眼差しを知らない!と言って船とは反対方向に走っていった。えぇ……。
「彼はもう、諦めましょう。我々は我々の為すべきことを全うするまでです」
そう言って他の5人は2隻の船へと向かう。大人って冷てえ。とはいえ、俺も艤装の再調整をするのだが。
やっぱり、自己中心的な行動は見捨てられるのが世の常なんだよなぁ。それに、ここにはキリサキがいるので、ここに残るという判断はあながち間違っていないかもしれない。