なんでいきなりTSなんて言い出したんですか?と無言の圧に気圧されて、敬語で訊き返す。すると、何やらTSというものの良さを語っている時に、神通が、では前の人生が加味されないと面白みに欠けますね、と宣ったおかげで、こんな雰囲気の重い状況になっているらしい。白露は俺の人生を狂わせてしまった罪悪感に居た堪れなくなり、キリサキは俺の旧友に会うイベントがいつかは起こるなぁ、と考えていたところ、ああいうオタクは友人関係が狭いだろうからお母さんとかにあっても気まずいなぁ、と気が落ち込んでいたらしい。白露はともかく、キリサキには俺に対する印象を改善すること希望したい。
「大丈夫。私は白露提督の連絡先交換している女性がお母さんだけでも、笑って流してあげるよ!」
「ソウダヨネ。ソモソモアタシガブツカラナケレバ、アノシマニモイカナカッタシ。テイトクカラスレバ、コロサレテルンダヨネ、アタシニ……」
「もちつけもちつけ」
そもそも、俺を物理的に殺したのはトラックであって、白露ではないからそこまで落ち込まなくてもいいだろ……。っていうか、なんでTSの話からその話に飛んだんだよ。
「……じゃなかった。ちゃんと全員いるな?」
上に跨るキリサキを退けながら、神通と白露がいることを確認する。川内と神州丸は今、ドックにいるはずなので、逃げようと思えばいつでも全員で逃げられる。それが確認できれば、俺の今すべき最低限は終わったようなものだ。
預かっていた紙っきれを胸ポケットから取り出し、机の上において何が書いてあるのか確認する。本来の目的であるこの小さな紙には、少々驚きの内容が書いてあった。キリサキが、何それ、と覗いて、何これ、と俺に訊くくらいには傍から見れば瞬時には理解に苦しむ内容だった。
――2300 南の港にι少尉を連れて
殴り書きのように書かれたそれは、一見特別な意味はなく、ただ単にα大尉がι少尉を呼び出したい、かのように思える文字列だった。しかし、呼び出したいのなら何かしらの通信機器を用い、アナウンスした方が俺に頼むより確実だろう。そのため、態々紙を破り俺を通してι少尉を呼び出そうとする必要性を、キリサキが問うのは当たり前と言える。これは、事情を知るものしか理解できない類のものである。
まぁつまり、紙に書かず普通に口頭で言えばいいじゃん、とキリサキは言いたいわけである。
ではなぜ俺に頼んだのか。おそらくだが、α大尉は今回の件をなるべく他人に知られたくないのだろう。その理由までは解りかねるが、厄介な海軍の派閥関係なのは明確である。α大尉がそれを水面下で遂行させたいなら、一応キリサキにも伝えないほうがいい気がする。
まぁ、それとは別に個人的に驚いたのは、α大尉からこれを申し出たことである。以前、ι少尉がα大尉を訪ねたとき、有無を言わさず突っ返していたから、あまり関わり合いになりたくないタイプの人間なのだと思っていたが、そうでもないらしい。これで実質、ι少尉からの依頼も達成できたため、一石二鳥と言えるだろう。
だから、ι少尉とα大尉の事情を知らないキリサキにとっては何で態々南の港に呼び出すのか分からないのも無理はない。
……いや違うわ。キリサキはι少尉を知らないから、俺に誰なのか質問しただけだわ。意味深に事情を知るものとか言って、闇社会的な勢力関係の話だと勘違いしてたけど、普通に誰か知らないだけだわ。俺目線、α大尉とι少尉が関わるところには海軍の政治的な亀裂的なものが露見すると強く印象付けていただけに、キリサキにもその印象を押し付けていたようだ。
「で、誰これ?」
「んー、知り合い?」
「何故に疑問形?」
一瞬話しただけだからな……。胸を見てきた大学生、という印象しかない。あとは、ちょっとした危険思想の下、無理矢理この島に俺を連れてきた人物、だろうか。物理的には榛名だったが。
兎も角、俺にとっても詳細はよく分からないので、時間が指定されているのならば、その時間に合わせるべきだろう。十分前くらいに到着するのが良さげだろうか。
「今何時?」
「22:40くらい」
ということは、あと十分ほど猶予がある。今のうちにι少尉の居場所を把握しておくべきだろう。居るとしたら、祭りの方かこの基地内かのどちらかであるが、基地にいるα大尉が伝言を俺に頼んでいることから、おそらく基地にはいないと考えられる。となると、祭りの方に探しに行くべきだろう。移動時間も含め、あまり余裕はなさそうだ。
「で、何なのこれ?」
「あぁ、これはたぶん今、深海棲艦が襲ってきてるから、そのことについてだろうな」
「え、マジ?間に合うかな……」
確か、キリサキは少し前に、α大尉に戦力を揃えておくよう頼まれていたはずだ。おそらくそれについての発言だろう。キリサキの艦隊が間に合えば百人力なのだが――というか、総勢300の艦隊なので本当に100くらい来そうだが――間に合わなかったときを想定して動くべきだろう。やはり、逃げる準備だけは必須と言える。
「じゃ、白露と神通、悪いが着いてきてくれ。えーと、キリサキはどうする?」
「ちょっと待って?え?急にどこに行くの?何故?」
「ι少尉を探しに行くから、祭りの方に行ってくる」
「あ、ふーん。え?で?白露ちゃんたちを連れてくのは何故?まさか、ついでに祭りを楽しもうと?」
「そんなつもりはないけど、連れていくのは勝手にいなくなられても困るからだな」
全員で逃げるならば居場所はリアルタイムにわかった方が良い。キリサキは一人でもなんとかなるだろう。海上の船の上から逃げ出せるほどの神出鬼没加減だ。というか、それは本当にどうやったんだ?
お前はママか!というキリサキにツッコみを無視して、ほら行くぞ、と白露たちを急かす。
「え〜、本当に行くの〜」
「いえ、提督がそういうのでしたら、そうすべきなのでしょう白露さん行きましょう」
「じゃ、じゃあ私も……って、そうか。やっぱいいや。じゃねっ」
「??お、おう?」
なんだろ?着いてくる場面かと思ったが、そうでもなかったらしい。あまり時間もないため、白露たちを連れてさっさと祭りの方に赴くことにする。
白露たちが部屋を出るのを待って、白露、神通に続いて外に出て、ι少尉、またはその艦娘である榛名の居場所を予想しようと試みるが、大して人物像を知らないため断念しつつ、階段を下っていると、α大尉からの紙切れを机に置き忘れたことに気づいた。
「あ、忘れ物したから、ちょっと待っててくれ」
そう言い残して階段を駆け上がり、廊下の突き当たりにある扉を開けて、先程紙を置いた机を確認すると、そこには紙だけがあった。
「あれ……?キリサキは?」
廊下は一本道であるからすれ違えば気づくし、下の階に降りるには階段を使うしかないから、キリサキがこの部屋に隠れてない限り、忽然と消えたことになる。
流石に消えるなんてことはないため、ふすまを開けたり机の下を覗いたりしてみるが、和式の部屋だけあって隠れるところはあまりなく、すぐに探し終わった。結果、キリサキは消えたようにいなくなったことが解った。
「どうせ、俺が入ったと同時に扉の隙間に隠れて出ていったとか、そういう……」
なんで隠れているのかは解らないが、思いつきとか衝動とかそういう類だろう。紙だけを取って部屋を出て、今度は階段を駆け下りると、先に一階まで降りた白露たちと合流した。
「あれ?キリサキは?」
「え?部屋にいるんじゃないの?」
え?すれ違ってないの?いや、さては、白露たちに口止めしたな。何が彼女にそこまでの衝動を与えているのか解らないが、気にせず自分のやるべきことを全うすることにする。