キリサキがこの、割と危機的状況で悪ふざけをするのか、少々疑念を抱きつつ、立ち止まってもいられないので、祭り会場へと小走りで進む。
「あの、提督。川内姉さんは今どこに……?」
「あぁ、川内ならドックにいるはずだ。神州丸と一緒に」
「あ、やっと名前覚えたんだ」
「流石にな」
元々といえば、神州丸がR1だとかゴッドランドだとか呼び名を誤魔化していたから本名を覚えられなかっただけで、初めから知っていればもっと早くに覚えていただろう。
というか、なんで態々偽名を使ってたんだ?確か、神州丸はε大将に追い出されて流れ着いた先があの島だった、という経緯があったはずだ。ならば、偽名を使う必要がない。つまり、また別の目的があったということだ。
別の目的……何だろうか。そもそも偽名なんて使うことがないため、目的なぞ分かるわけもない。こういうのは、当の本人に訊くのが手っ取り早いだろう。
「……ねぇ提督」
「なんだ?」
「……」
「ん?」
声を掛けたはずの白露から返答がないため、立ち止まって振り返ってみると、白露が立ち尽くしていた。
立ち止まってなんかいられない、と急かそうとしたが、俺は空気の読める男、というか、前と同じ空気を感じたので、逸る心を抑えて耳を貸す。そう、あの時のような、殴られる空気感である。
「また、勝手に行動してない?あたし、なんの説明もないし……ううん、説明はなくても仕方がない。そういうことじゃなくて、提督がまたあたし達を置き去りにしないか心配なの」
心配、か。一度も死んだことがないから、俺が死ぬほどのことは人生の中で起こってないのだが、それでも白露にとっては心配すべき対象として俺を見ているらしい。嫌なレッテルだ。
「艦娘っていうのは、提督が采配した戦略を信じて突き進むしかない。それは、説明なんかなくても、それが考えうる限り最小限の被害で済むという信頼の証なの」
白露は、心配だけでなく信頼というレッテルさえも俺に貼りたいらしい。
信頼というものは厄介だ。信頼されたとおりに物事を進めなければ、すべての歯車が狂い支障をきたす。だから原寸大の信頼が必要なのだが、信じすぎたり信じなかったりすると、それは関係を悪化させる原因となり得る。
「でも、提督は提督自身が深海棲艦と戦った。それは采配ミスでもなく、提督が戦うことを前提に組んだ戦略、でしょ?」
「それが、最大の効率だった。それだけだ。そもそも、俺に戦略なんていう程のものは考えられない。もっと良いものが他にあるのだとしたら、そちらを優先した」
「違うよ。提督が戦うことを前提にした戦略を考える提督を、あたしは信じられないって言ってんの」
……まぁ、いつかは破綻することが分かっていた。そもそも、生きる術なんて考えなくても暮らしていた現代高校生が、海のど真ん中の無人島にほっぽりだされ、尚且つ、超人的パワーを誇る艦娘と深海棲艦の戦いの指揮を任される。そんな、漫画みたいな状況は段階を踏んで強敵に挑むような展開でしか成功例がなく、俺には不可能な大役だ。
提督というものを楽観視できるほど身の程知らずではないため、すぐにでもこういう不安が根付くのは分かっていたことではある。あるのだが、今は不味い。まだ、気づかないで欲しかった。
「……いや、違うな」
その兆候はあった。殴られた時点で気づくべきだった。それを見ないようにしていたのは、俺自身である。
まともに見ていないものは他にもある。川内はなぜ俺の過去を知っているのか。神州丸はなぜ無人島に逃げる必要があったのか。神通はなぜ異常に強いのか。白露はなぜそこまでして俺を守りたいのか。俺はなぜ白露の身体なのに人間のように老化しているのか。
提督というもの以外にも分からないことだらけにも関わらず、何も互いを知らないまま、関係を存続させようなどと到底無理な話だったのだ。
だが、俺は未だに提督をやっている。というより、やらせてもらっている。白露が提督と言ってくれるから、提督としての俺がいる。つまり、白露が提督として俺を見なければ、白露は信頼の置けない戦略を遂行せずに済むのである。
だから、今話しているのは、提督としての自覚なんていう高尚な話やら、建設的な意見の出し合いではなく、俺と白露がどれだけ頑固なのか、それを比べているただそれだけである。提督というものを知っているはずの神通が口出ししないのも、そういうことだろう。
「はぁ……、まあ、分かってしまえば単純な話だ。白露が言いたいのは、提督とは後ろにいるべき。だよな?」
「うん」
「それは至極当然、全くもって異論の入る余地がない。もちろん俺もそこには賛成だ」
弱き者は強き者に頼り、逆に強き者は弱き者を守らなければならない。こんなことは自然の摂理で、生後すぐに身につける世の理だ。これぐらいのことは分かっている。
「だったら――」
「――だが、だからといって、俺が戦わなくていいという話ではない」
「え?」
元々、白露の意見を俺が全面的に受け容れてしまえば、このケンカには決着が着くのだ。だからこそ、頑固さの勝負なのであるが、じゃあ、俺の頑なになってる部分は何かというと
「俺は後悔したくない。そして、今の俺は戦ったことを後悔してない。だから、これからも戦う。単純だろ?」
至極単純な話。無論、将来的に死ぬ可能性、少なくとも怪我をする可能性がとても高いのは重々承知の上だ。だが、抵抗せずに殺されるのはその瞬間、必ず後悔する。よって、ベストを尽くす必要があるのだ。逆に、ベストを尽くせば後悔なんてものはしない。
「そんな……それは――」
「――おっ!少尉じゃないか。こんなところで何をしてるんだい?」
白露が何かを言いかけたところで、俺の後ろからι少尉の声がした。そのさらに後ろには榛名さんがいる。改造巫女服を着ているため暗闇でもよく目立つシルエットだ。
「あ、α大尉が――」
そういえば、ここまで来たのはι少尉に伝言を伝えるためだった。思い出した俺は、紙切れをポケットから取り出して、ι少尉に見せようとした。
「――α大尉が俺を呼んでるのか!?行ってくる!榛名は船と通信を!」
「えぇ……」
何あの人、怖っ。俺が要件を言う前に、速攻で走って行ってしまった。港にいるみたいですー!と聞こえるように伝えると、ありがとう!と大きく手を振りかぶって感謝する声が聞こえてきた。榛名さんは、失礼します、と頭を下げてから、待って下さい、とその後ろ姿を追いかけて、闇の中へと消えてしまった。
「あ、やべ、時間伝えるの忘れてた」
数瞬遅れて気づいたため、俺はいたちごっこのようにその背中をめがけて走り出した。しかし、榛名さんとι少尉、速いな。
「あ、もう、話の途中だったのに……」
「いい加減、仲直りしたと思っていましたが……まだ、ダメみたいですね」