ι少尉に時間を伝えると、じゃあ今だね、と言われた直後、港に到着し、α大尉と背の高い誰かがそこに立っているのが見えた。
「やぁやぁ、時間通りに来たようだね」
「いやぁ、十分前には到着しようと思っていたんだが……色々あってな」
何が起きてもいいように五分前行動、というのは日本の教育で培われた慣習であり、準備期間の五分をプラスして動くのが基本である。という風に習った記憶がある。そのおかげで白露との喧嘩が相殺されたので、十分前行動様々である。
君がそんなに几帳面だとは思わなかったよ、とα大尉が軽い口調で口に出し、俺の隣に目を滑らせて、で本題は君だ、と鋭い目を光らせた。
「え、えぇと……その前に、一つ伺いたいことが」
「あぁ、この方はη司令官。階級は少将だ」
「そう。私がご紹介に預かった、天才的頭脳により空を支配する、と巷で噂のη少将、ご本人様であらせられる」
「こ、これは失礼しましたっ」
角の生えた仮面を被った背の高い男は暗闇に不気味に揺れ、その隙間から酷く冷めた視線が送られたように感じた。α大尉が言うにはこの不気味な大男がη少将らしい。あまりに軍人らしくない。言う程、俺も軍人ではないけど。
「さて、実はあまり時間がない。そのため、質問にも答えられない。さっさと君の役割を伝えよう」
「アンタ本当に高校生か……?」
α大尉って高校生らしくないよね。分かる分かる。俺も始めて知ったとき、何を冗談を、と思ってたし。
「まず、ι少尉はδ少将に避難経路及び船の用意を連絡。その後、君ら側の者たちを招集して、船団を警護し、確実に島民を送り届ける。これが君の役割だ」
「な、なんで、避難なんか……まさか、深海棲艦が来るのか!?」
あー。そうか、ι少尉は知らないのか。というか、俺が知ってるのが異常なのかもしれない。作戦会議に集っていた提督は皆ジャラジャラと肩章をつけてたし、大尉以上の機密事項なのかもしれない。
「質問は受け付けないと言ったろう……。さて、η少将についてだが――」
「――分かった。一点、質問させて頂く。その避難が俺らだけがすべき理由。つまり、世界平和に繋がる点とは何だ?」
ι少尉たちだけっていつ……そういえば、君らの側ってそういうこと?α大尉はι少尉が世界平和派なので、ここにいる世界平和派のみを集めて船を警護させようとしていて、対してι少尉は世界平和派のみで警護する理由及びその先にはある自分たちの利点を訊いている、ということだろうか。
「……それについて、η少将の護衛輸送。これを君に任せるために、ι少尉、あなたを呼んだ」
どういうこと?護衛対象が一人増えただけな気がする……。むしろ、η少将が護衛されている分、戦力が減るのではなかろうか。もしくは、η少将やδ少将など高級の提督を別々の船に乗せ、避難時のリスクを下げるのだろうか。
「η少将を……?」
「事情はδ少将が全て知っているだろう。これは確実に君らに有利に働くだろう」
「η司令官の護衛輸送の件は承った。が、α大尉が俺に任せる理由が分からん」
確かにそれはそうだ。何やら知識が豊富なα大尉がδ少将とコンタクト取ったほうが、ι少尉より適任だろう。
なんてことを考えていると、まぁそれについては私が直々に教授してあげましょう、とη少将がι少尉の肩を持ち、基地の方へと歩きだした。え、それ俺も知りたい。
「……さて、少尉くん、君の仕事についてだが」
α大尉は一旦そこで口を閉じ、海の方へと目線を逸らす。え、俺も何かするんですか?
「まぁ、こっちは少々時間に余裕があるため、ゆっくり話そうか」
「お、おう」
「まず、君の知っての通り、今から中規模の深海棲艦の艦隊が夜襲を仕掛けてくる。およそ現戦力で勝てる相手ではない」
アイエエエ!?勝てないのナンデ!?中規模の艦隊に勝てないってことは、この作戦基地は小規模の深海棲艦に対する艦娘ってこと?実は俺が思ってるより頼りない基地?
「まぁ、中規模と言っても数の問題であり、質は前代未聞であるが。それはさておき――」
「――っておい。置いとくな。それ、めっちゃ大事なやつ。前代未聞?それ大丈夫そ?」
「あぁ、大丈夫ではないから、避難ということだね」
そ、そんなに軽く……。というか、そうなると俺だけで逃げようとしなくてもいいのか。α大尉の作戦に従って動けば助かりそうだ。
いやぁ、正直、逃げると言ってもプランが全くなければ、白露たちが賛成するかも分からなかった。俺が着の身着のまま海へ飛び出せば、なし崩し的に追ってくるという打算的な考えはあったが、その先を切り抜けられるのかは未知数だったので、作戦があるのなら従うのが吉だろう。
「それで、君の仕事だが、君には太平洋深海棲姫、見た目はクジラのような深海棲艦の相手をしてもらう。本体はクジラではなくその近くにいる深海棲艦なのだが、ほとんどクジラと戦う腹積もりで構わない」
「え?」
え?
「あぁ、艤装はこちらで用意、というよりキリサキ中佐に用意して頂けるとのことだ。少尉くんの艦隊は、少尉くんを旗艦に神州丸、神通、は加えるように。他は君の判断に委ねる」
「ん?」
ん?
「その後、撃沈を確認したら一度帰投し、神州丸と少尉くんの被害次第で次の太平洋深海棲姫を討ち取りに行ってもらう」
「ちょ、ちょっと待って」
え?俺、逃げれるんじゃないの?δ少将とかη少将とか避難しているのに、俺は戦うの?俺、ここで最弱だよ?キリサキでも慎重になっていた程の戦力に敵うとでも?
スゥーッ。落ち着け。これは俺が太平洋深海棲姫と呼ばれる敵に勝てるという前提で作戦が建てられてる。ということは、太平洋深海棲姫はその程度のクジラだということだ。ネ級程ではないのなら討伐できないことはないだろう。
と、すると、他の提督はそれ以上を相手取ることになる。ι少尉の話を加味すると、世界平和派以外の派閥が戦うということだろうか。つまり、船団が避難できるように、俺たちが深海棲艦を島に引き寄せるのが作戦ということだろう。
「つまり、俺は囮?」
「勘が鋭いね。でも、悲観的に捉える必要はないさ。なんたって、君が唯一、この基地内の即戦力および最終防衛ライン、もとい、太平洋深海棲姫に有効打を与えられる艦娘なのだから」
「――っ」
俺が、艦娘……?てか、最終防衛ライン?つまり……
つまり、
「俺のターン来た?」
深海棲艦は怖い。怖いが、俺が対抗できる唯一の艦娘とお墨付きを頂いたことで――2週間の孤島で無力さを味わった身からすれば、初めて俺の存在意義が見出だすことができたと言える。せっかく掴みかけた存在意義だ。白露たちに後ろめたい思いをもうしないよう示してみせよう。
「やってくれるかい?」
「任せろ。それで、具体的にはどうすればいい?」
「割と煽てたとはいえ、流石に単純すぎじゃないかい?」
まぁ、単純といえば単純かもしれない。でも、この存在意義は俺が喉から手が出るほど欲していたものだ。単純なのも仕方がないだろう。
「取り敢えず、君は港にある君の艤装をそのまま装着すれば問題ない。探照灯と照明弾、そして12cm単装砲が置いてある。神州丸に関しては、先程キリサキ中佐に伝えたので、もうすぐ来るはずだ。あと、神通などについてだが……君の後ろで待機してる娘たちで良さそうだね」
「え?」
あ、そういえば、白露と神通を置いてきてしまっていた。二人が追ってきてくれたようで一安心だ。振り返ってみると、4つの人影がある。あれ?多くね?
目を凝らして再度見てみるが、人影は減る気配を見せない。その人影たちは歩いてこちらに来ているようで、一定間隔に置かれたライトの真下に4人が達したとき、彼女らは"全員"であることが分かった。
「お、初めての全員集合じゃね」
「そうだね。提督が来る前はよく集まってたけどね」
「集まざるを得なかっただけだと思いますけど……」
え?俺だけハブ?悲しいね。
「あれ?川内はもういいのか?」
「バケツ被ったからね。避難だ避難だーって大騒ぎだったし」
案外対応が早いな。組織っていうのは人数が増えればそれだけ動きが悪くなるものだが。
「感動の再開に水入らず、といきたいところだけども、残念ながらそこまでの時間はなくてね」
「ヒールかよ」
「もうすぐ、最初の咆哮が聴こえるはず……」
――オオオォォォ
悲痛な唸り声が聴こえて、こだまする声の主を探してキョロキョロと周りを見ると、夜の闇の間に一際暗い雲が立ち込め、血のような赤い海が、波に乗って波濤へと押し寄せた。
「一体目……!」
「ほんとにクジラだ……」
薄い月光に照らされた巨体は神秘的な白さを身にまとったクジラだった。まだ遠く離れているとはいえ、近づけば基地ごと食べられても可笑しくないようなサイズだ。
「さ、頼んだよ」
「え、あれ倒すの?」
生き物染みてて攻撃しづらいんだけど……。