白いクジラの咆哮は島全体を揺らし、異変を感じ取った基地内にいた提督らが、なんだなんだ、と様子を確認しに出てきた。そこに状況を説明しに行ったα大尉の後ろ姿から目を離し、太平洋深海棲姫に目を向ける。
「じゃあ、行くか」
あの孤島では深海棲艦がとてもとても恐ろしくて、自ら戦いに馳せるのは、それこそ天変地異でも起こらない限り不可能だったが、今は不思議とあまり怖くない。
艤装を取り付け、手に12cmたんそー砲なるものを持って、簡単に水面を走り安定しているのを確認して、徐々にスピードを上げていく。後ろに白露、川内、神通、神州丸と続き、真っ直ぐにクジラを目指す。
「んで、あのデカい深海棲艦を倒す算段はついてるの?」
川内が手を筒のようにして深海棲艦の艦隊を注視しながら訊いてきた。クジラに関しては素の状態でも見えているため、何を見ているのだろうか、と思っていると、ブツブツと何かを口にし始めているのが見える。音は波にかき消されて聞こえない。
しばらくすると、ちょっと止まって、と川内が待ったをかけたので、減速しながら川内の隣に移動する。
「敵は太平洋深海棲姫、集積地棲姫が1隻、砲台小鬼が2隻、戦艦タ級が2隻の計6隻。タ級はどちらも赤かったからeliteだね」
「eliteか……」
ネ級がeliteになったときにも格段に強くなったため、タ級は少なくとも3人以上で抑えるべきだろう。他の5隻のうち太平洋深海棲姫は俺が唯一勝てる相手らしいので、どの程度の実力か未知数なのは集積地棲姫と砲台小鬼である。
対してこちら側の戦力は、もしタ級eliteがネ級eliteと同等の強さだった場合、白露と川内と神通の3人がかりであれば、撃退できるはずである。特に神通はネ級eliteには及ばないまでも、足元を掬える程度だという、願望に近い信用があるため、タ級eliteの2隻はこの3人で五分五分といったところだろう。よって、実力が想像付かないのは神州丸のみである。
「そういえば、神州丸はキリサキに何を装備させられたんだ?」
「キリサキ提督殿は、装備がマチマチだからと謙遜なさっていましたが、優秀な装備を預かりました」
そう言って目の前に出すのは、瑞雲と特二式内火艇と特大発動艇、と呼ばれる代物。実際に指し示されていても、漢字が多くてかっこいい(無知)みたいな感想しか湧かない。
「なにやら、索敵値が足りないだとか、制空値が異常に低いからこれで足りるだとか、珍妙なことを仰っていましたが、この装備なら負けません」
どうやら、俺の奇妙なものを見る目線を、心配の表れだと神州丸は受け取ってしまったようだ。キリサキの言うことを疑っているわけではないが、夜間に瑞雲って飛ばせるのだろうか?一見、海に浮かんでいる点以外は艦載機と変わらないのだが。
「ところで、提督殿。不肖この本艦、集積地棲姫の相手を務めたく存じます」
「え?まぁいいけど、なんで?」
できればキリサキからの装備で強化されている神州丸にはタ級を任せたかったのだが、どうやら理由を聞くに、この装備は対地?装備らしく、集積地棲姫に莫大なダメージを負わせるべく積ませたものらしい。集積地棲姫を庇うように動く砲台小鬼も、同様に沈められるようなので、神州丸一人にその3隻を任せることも可能なようだ。
「いくらキリサキといえど、それはちょっと信用できないなぁ」
単純に優秀な装備を積むだけで一人の艦娘に対し3隻の深海棲艦が戦力で釣り合うようになるということは、2人いればフル編成の深海棲艦とやりあえるということだ。それは流石に嘘が過ぎるだろう。
嘘だった場合の対価が大きすぎるため、神州丸には中破したら一旦退くように伝えて、残りの白露、川内、神通にタ級eliteと戦うように指示する。
「いや、タ級に関しては私と神通でだいじょーぶ。夜戦なら遅れを取らないよ」
でも、eliteだし、と食い下がると、提督の見ていないところで案外、レベルアップしてるんだよ?と押し切られた。
「それより、白露は提督と一緒に行かせてあげて」
なぜ俺と一緒に?と一瞬疑問に思ったが、確かに太平洋深海棲姫も実力は未知数なので、いくらα大尉に煽てられたとはいえ攻撃が通用しなかったときの退く手段は欲しい。川内達は最悪、朝になるまで沈まない保証はあるが、俺にはその保証がないため、白露を同行させるという提案は腑に落ちる。俺がトカゲの尻尾のように白露を扱えるかは別にして。
だが、本当に全てα大尉やキリサキが言った通りだとしたら、白露だけ腐らすことになる。それは勿体ないため、俺の最低限の安全保証と白露を余すことなく活用することを両立させる作戦は……
「じゃあ、作戦をまとめると、川内と神通はタ級elite2隻を、神州丸は砲台小鬼と集積地棲姫を、俺は太平洋深海棲姫を攻撃する。そして、白露は俺と同行するが、俺が太平洋深海棲姫を倒し次第神州丸に参戦する。どう?」
俺が太平洋深海棲姫に近づくまでに、一つでも障害があれば白露に任せることもできるし、最も荷が重い神州丸に助太刀もできる。中々に良い作戦なのではないだろうか。
決を採ると、満場一致で頷いた。白露からの反論がなかったのが意外だったが、何かこの一瞬のうちに心変わりでもしたのだろうか。
ようやく戦略が決まったため動き出すと、みるみるうちにクジラとの距離が縮まっていき、肉眼でも人影……というか船影が見えだしてきた。
「提督、照明弾!」
「お、そっか」
照明弾自体は効果を聞けば便利な道具なのだが、慣れない装備は忘れてしまいがちでいけない。照明弾を飛ばし、暗闇を弾の発光によって照らすと、視界には赤黒い海が広がった。そして、その奥には標的である深海棲艦の群れがいる。
「さぁ、私と夜戦しよっ!」
川内の砲撃を合図に、示し合わせた訳では無いが一斉に散り、それぞれの相手へと向かっていく。砲弾はタ級2隻の間に着水し、水柱を立てて、タ級の意識を川内へと向かせた。かと思ったが、敵艦隊は一切興味を示さず、むしろクジラが出現してから位置すら変わっていない。
何かがおかしい。そもそも射程距離の長い戦艦が先に砲撃してこない時点で気づくべきだった。いや、更に前に、港から向かっている時点で、目標の位置が動いていないのを疑問に思うべきだった。相手は完全に停止している。なぜ?
「――っ提督!」
白露が焦ったように呼ぶ声がして、驚愕やら焦燥やらの表情を浮かべる白露の目線の先に目をやると、クジラの尻尾が横薙ぎに迫っているのが見て取れた。
思わず、その口に生えてるデカい砲台は何なんだよ!とツッコミつつ、どうにか無傷でやり過ごす方法を考える。
――避ける?
だめだ。俺の速力じゃ足りない。
――深海棲艦に近づけば?
確かにこのクジラは深海棲艦なのだから味方を攻撃するはずがない。咄嗟に思いついたにしては良い方法ではなかろうか。って、それは前門の虎、後門の狼というやつだ。深海棲艦に近づくのはナシである。
――そもそもなんで尻尾で攻撃を?
それは、弾薬の消費を抑えるとか、無駄な争いはしたくない精神とか、そういう……って、そんなことを考えている暇があるなら逃げることに集中しようね、俺。
――じゃあ、撃つしかなくない?
「……えっ?」
それ自体は物理的に可能である。いくら俺でも、この的は外さない。だがしかし、当てたからといって、効果があるのか分からない。
……逆に、他の手段は効果がないのが分かり切っているのだ。ならば、現状思いつく限り、最も生存率の高そうな手段を取る選択肢しか、俺には残されていないのではないだろうか。
「――ッ」
正面に砲を構えて、赤黒い海に染まらない真っ白な尻尾を目掛けて、引き金を引いた。
思った以上の衝撃に軽く仰け反りながら尻尾を見上げ、刻一刻と近づく尻尾に着弾する瞬間を今か今かと待っていると、
――グオォォォ……!
それはクジラの尻尾だけでなく胴体部分に大きな風穴を開けた。遅れて轟く爆音と暴れる爆風に波は荒れ、痩せているとはいえ俺の体さえも軽く宙に浮かした。
「ちょっ、提督!何あれ!?……え?何あれ!?」
「なそにん」
世界観、息してる?