補給途絶鎮守府   作:フユガスキ

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挫折

 放った弾丸は物理法則を無視してクジラの土手っ腹を貫き、迫る尻尾を完全に停止させた。自分でも信じられなくて引き攣った顔で皆の顔を見ると、一様に口をあんぐりとさせて目を皿にしている。やっぱりこれは普通じゃないよねー。

 

 俺らの為すことに一切興味を示さなかった深海棲艦たちも、これには流石に動かざるを得ないようで、俺を危険因子と見て一転攻勢に出た。足並み揃えて砲台を俺に向け、すぐにでも引き金を引ける殺意が伝わってくる。

 正直、今はまだ(アレ)をぶち抜いたという昂りが残っているため、アドレナリンドバドバで砲台を向けられただけでは恐怖が襲わない。理性では逃走を指示しているが、身体は闘争を選択しているため、逃げ出す一歩目が踏み出せない。焦るが、焦った分だけ何もできない時間が増えていく。

 

 焦りの中、時が止まったかのような静寂が拡がり、周りから見れば、深海棲艦の挙動も艦娘の避難信号も、視えている、聴いているはずなのに魂の抜けた人形のように見えるだろう。

 その実、トラックにぶつかって、白露と小さな島に取り残され、青妖精と出会って、ネ級と戦って、叢雲と出会って、ホ級を倒したら川内が出てきて、α提督と出会って、神通と出会って、再びネ級と戦って、朝潮と神州丸と出会って、キリサキ提督と出会って、榛名にここへ連れてこられて、ここにいるという今までの記憶が――奇跡的に生き残ってきた記憶が、走馬灯のように蘇る。いや、走馬灯だわ、これ。

 気がつくと、加速度的に時間が進み、普段の流れになった。視界の端から俺を庇うように滑る白露が段々と速くなり、普段と同じ拍の息づかいになったことが証左である。

 

 そして、その瞬間、俺は自らの死を察した。

 

「逃げてっ!」

 

 白露が言うのが先か、大きく腕を広げこちらに背を向ける白露に目もくれず逃走を選んだ。トカゲの尻尾切りの様、と揶揄していたのに、この様である。無様としか形容できない。

 2、3歩踏み出して、爆音が聞こえたと同時に底知れない恥と不安が心の奥底から満ち満ちてきて、背中に危険信号が溢れる。その知らせに従い本能的に振り返る。

 

 視るまでもなく必然の未来は振り返ってすぐに訪れた。見えるのは白露の足だけで、背中に背負った無骨な艤装に隠されて背や頭は見えない。ただ、精度の高い砲撃を一身に受ける彼女の足は確かに震えていた。顔が見えていれば悲痛で顔が歪んでいるのが見えただろう。

 

「――ッ」

 

 爆風に乗って飛んできた艤装の欠片や海の飛沫やそれとは違う赤黒い液体で、身体中に切り傷擦り傷、または打撲などを負った。咄嗟に頭を腕で覆ったとはいえ、隙間を通った数多の部品によって負傷は避けられなかった。

 どうにか守った眼を開け、腕の隙間から恐る恐る惨状と予想される現実に目を向けると、波に乗った漂流物が足にあたった。感覚的な質量から、見なくともそれが何なのか直感で察知する。外れていて欲しいという希望的観測と、外れているわけがないという状況証拠に拠る予測で、自身の裡にある死に対する恐怖を理性に置き換えて諦観の念で結果を観ると、およそ当然の如く白露がいた。

 

「……」

 

 得られた情報は、艦娘は儚い命ではないということそれだけである。つまり、本当に艦娘は死なないのである。浮くのが限度、というか、生きているのがはみ出た横隔膜――と思われるもの――の上下によってのみ判別できる。息づかい以外はほぼ死体である。

 また艤装によるものか、はたまた人体発火か、兎に角、轟々と燃える白露からは異臭が漂い、皮肉にも死ぬわけではないが死に際を明るく照らしている。髪が、肉が、服が、焼け、酸素を燃焼して消費しているため、酸素濃度が著しく低い空気を取り込んでいると予想される。人間ならばすぐにでも酸欠で気絶、または焼けた時点で……。

 俺が砲撃を受けたならば死んでいたに違いない。横隔膜が外側に出ているなんて、考えただけでゾッとする。だから、ある種の自然法則を捻じ曲げたような耐久力に救われたのだ。

 

「……ッフ」

 

 また何秒気が散漫していたのだろう。死にかけの白露を前に、もしもの未来を想像するという、無意味な思考をしていた。

 目を掴んで離さない地獄絵図を、生死の境にある恐怖を、何とか冗長した文字列で飲み込み、蛇に睨まれた蛙のような状態から脱出する。数瞬後には同じ姿になるかもしれない状況で悠長に頭を使うなんて、そんな暇はないはずだ。現実逃避か、はたまた心を奪われるというのはこういうことをいうのだろう。フリーズした脳に血流が行き渡る感覚と共に、短く息を吐きだして呼吸を整えた。

 素早く目を深海棲艦と艦娘に向け、状況把握に取り掛かる。一分一秒が問われる戦場において、長い間立ち尽くしていたと思ったが、さほど時間は経っていないようだ。目に映るのは、白露が俺を庇いに来たと同時に動き出した川内がタ級に向かって魚雷を投げ、今、雷管に触れて、爆発を起こし水柱が立った様子だ。

 

「sっ――」

 

 作戦とは、お役所が作れば大抵その通りにいかないと相場が決まっている。ズブの素人が建てればさらに酷い。あんな夢物語のような稚拙な作戦が成功するはずがなかった。

 俺は作戦を立てる上で重要なことを見逃していたのだ。余裕のない作戦は失敗しやすい。その事実を顧みず、皆が理論値を出せば可能な、所謂机上の空論という作戦を組み立ててしまったのだ。目的と方法を入れ違えたのである。

 

 だが、それに艦娘たちが気づかないわけがない。彼女らは前世の記憶を持ち合わせているのだから、この作戦は浅慮な作戦と気づかないわけがないのだ。だというのになぜ反論しないのか。それはきっと、俺が提督だからだろう。理論値を出せと命令されれば理論値を出さなければいけない。俺の作戦に過不足なく応えることこそが、優秀な艦娘なのだ。

 なぜ今まで気がつけなかったのか、と己に問いかける。しかし、その問いにはまだ答えることができない。それを考えられるほど深海棲艦は優しくないのだ。取り敢えずは火急速やかに川内を呼び戻さなければならない。一対一よりも多対一の方が効率がいいことが判ったのだから。

 しかし、声が出なかった。恐怖で声が出ないなんていう不思議現象ではなく、喉が閉まっているのを感じる。脳が神経を通してそうせよと命令しているのである。きっと声を出さないほうが気づかれない、とかそういう本能で……とまたすぐ関係ないことを考える。気を散らすな、と叱咤し、腹に力を込め、叫ぶ準備をする。

 だが、川内を呼び戻すため叫ぼうとしているのに、身体が言うことをきかない。

 

「……ッヒュ」

 

 脳がまともでないなら、脊髄に反射させればよい。

 熱をもった何かに足を握られ、その熱さに脳が機能を止め、即座に飛び退こうとすると同時に喉が開いた。それでも離さない熱さに目を向けると、荒波に包まれて尚ゆらゆらと燃える白露がいた。艦娘の超人的な馬力で握られた足はジュウジュウと音を発し無限の痛みを与えてくる。

 熱い、辛い、足が軋む。それでも俺は冷静だった。骨が曲がるような痛みに転倒し、せめて足を海に漬け冷やそうとしながら、やるべきことを見失わなかった。

 

「せんだぃっ……!」

 

 声は出た。でもなんて伝える?短い言葉で作戦変更と、次なる作戦を……いや、次の作戦などない。この作戦は間違いだが、だからといって第二の第三の考えがあるわけではない。

 ならば、ここは

 

「夜戦だっ!」

 

 夜の戦いだから夜戦?そんなことは分かり切っている。川内にとって夜戦とは、もっと特別な意味をもつ。

 孤島での契約、というほど大層なものではないのだが、多数決において、川内は夜戦を好きにしていい、という許可を得ている。本来それは、物資の限られたあの状況で、気の向くままに夜戦をする許可であるのだが、もっと広い解釈で、俺の指揮に拘わらず自由に戦っていいという合図である。更に、新たな作戦を立案したら上々なのだが、川内目線では俺の頭の中に代替案があるのか判断できないため、せめて川内だけでも自由になれば何かしら好転を見せるはずである。

 だから、頼む。俺には現場で何もできないことがよくわかった。このままでは容易にみな死んでしまうことがわかった。だからせめて、生き残るという目的を果たさせてくれ。

 

――滑稽だな

 

 また、あの声がした。確かに滑稽である。結局最後には他力本願であるのだから、寸分の反論もできない。

 だが、あの島で川内に夜戦を好きにしていいと言ったのは――多数決において全妖精に手を挙げさせたのは――お前のはずだ、青妖精。

 

――あ、バレてた?

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