補給途絶鎮守府   作:フユガスキ

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暗闇

 あ、バレてた。この言葉は、多数決において票数操作をしたことの白状ではなく、この心の内にある俺とは違う脳で喋っているような、そんな声の正体が青妖精だ、ということの告白である。

 

 まぁ、とはいえ、青妖精が頭の上に乗っている感覚はしないため、何かしらの不思議パワーによって離れた場所からでも声が届くのか、洗脳の効果であるか、どちらかだろうが、どちらにせよいくら考えたところで答えにたどり着かないため、無駄である。

 考えるべきは、この焼け爛れただけの右足で、俺が何をできるかである。右足をすぐに海水で冷やしたのは悪手だった。海水の塩分が焼けた足に染みて更なる痛みを与える。痛みに悶えれば波が顔に被さって呼吸困難になる。右足を白露の手から引き剥がそうとすれば、てこでも動かないようさらなる握力を加える。実質、行動不能だ。敵地の真ん中で、遮蔽物のない海上で、白露と共倒れである。この状況下で俺が取るべき最善手は何だ、と考えを巡らす。

 

……いや、俺の役割なんかはじめから決まっていたじゃないか。俺だけはこの戦いで何をすべきか決まっていた。あの鯨を海底に沈める。逆にそれだけしかできないのだ。

 そうと決まれば砲撃、としたいところだが、如何せん痙攣していてまともに主砲も持てない。この痙攣はまだ収まる気配を見せない。

 

「ゥ゙クッ……」

 

 しばらく、いやほんの数秒して、波が顔に寄せる。どこか不思議と、痛みは薄まり、今度は痙攣のために息が苦しくなる。おそらく、アドレナリンだとか、そういった無意識の自衛である。

 くそっ、情けない。悪態を口にしようとして、また波が顔にかかる。今は一刻を争う場面だと言うのに、いつまで経っても同じ言葉を繰り返している。目的は鯨を沈めることで、達成するための主砲さえ持てなくて、別にできることはあるかと考えて、鯨を沈めることしかできない、とループしている。これじゃあ何も変わらない。

 

 今は変化が欲しい。圧倒的な、そして劇的な。息詰まるこの状況を打破する転機が、欲しい。

 

 また、熱を持った頭に冷水が浴びせられる。

 

 違う。作るんだろ、そんな転機を、俺が!俺以外誰も願ってないのだから、自分で作るしかない。

 心が昂っているのを感じる。間違っていないとは決して言えない言い分でも、正しい気がしている。自分で転機を作れるし、転機があれば変われる――勝てると信じて、突き進む活力がある気がした。

 立て!今なら立てる。そんな予感がする。

 

「おっ……!」

 

 その予感は的中した。万力の如く締め上げてた白露の手は煙のように消え、だらんとしている。その腕の先にある白露を見て、俺の思考は急速に減速する。

 

 待て待て。何もできない自分を嫌って無闇に突撃しても、道半ばで途切れるのが関の山。火を見るよりも明らかである。今は堅い戦術が必要だ。

……いや、あー、そうか。そういえば、川内に一任したんだった。ならば、俺より上手くやるだろう。つまり、おそらく戦力外として考えられている俺がとるべき行動は、やはり鯨の撃破、これにかぎる。そして今はもう、痙攣がなくなってる……なら撃てる。

 

 まるではじめから無かったかのように痙攣や痛みは霧散し、むしろ身体が軽いとさえ感じる。身体の内では、なんでもできるという全能感とそれを抑える冷静さがせめぎ合っている。撃てる、やれる、いけ、終わらせてしまえ、と心の底から叫びが聞こえる。

 

――一旦、やってみるか

 

 思い立ったが吉日と、奥底から響く声を聞き容れようとするが、いやいやいやいや、なにが一旦だ、と自重する。解決策がなくて、わかりやすい方法に頼ってしまうのは、考えを放棄していると言わざるを得ない。もっと、何かあるはずだ。何か今の状況を覆せる神の一手が。

……また思考が逡巡する。俺が次の行動を迷ってしまうのは、ハイリスク・ハイリターンの突撃ではなく、ローリスク・ハイリターンの何かしらの策があるのではないか、と考えてしまうからである。ただ、俺はこれが怠慢であることも知っている。考えている期間が間延びしていくにつれ、この時間を費やすに足る最善策を思いつかなければ無駄になってしまうのである。しかもそのリミットはおそらくもう過ぎている。

 つまり、無駄に考えすぎたせいで、白露という犠牲を払うことになった。その犠牲を払った結果、結局俺が取れる選択肢は突撃しかない。その事実から目を背けたい己の怠慢から、また選択する機会を先送りしているのである。

 

「あぁ……」

 

――やり直せるのなら、やり直したい。その言葉を飲み込んで太平洋深海棲姫を睨む。無い物ねだりができるほど余裕があるわけでもないのだ。後悔の言葉は口にしてはならない。

 俺はやるぞ!と心の中で唱える。主砲を持つ右手に力を込めると無機質な鋼鉄が握った分だけの力を返して伝えてくる。

 

 そうか、今からこれを使って鯨を撃たないといけないのか。

 

 やる、という曖昧な言葉ではなく、実物の重量感が撃つということの持つ意味を等身大で伝えてくる。鯨を撃つというのは、すなわち、敵を討つということに他ならない。討つとは殺すということだ。だから、今から俺がやろうとしていることは、生死を分かつ戦である。

 

 死ぬというのは、今まで積み上げてきたことも、これから積み上げるだろうものも総てを壊すということである。そう考えると、一度、思いもかけず死んでしまった身であるが、自ら進んで死を選ぶのは怖いものである。

 生きるというのは、相手を死なすということである。相手に死を強要し、相手の過去も未来も今も奪うということである。

 

 この砲を撃ったのなら、当たれば痛いでは済まないだろう。先の俺のようにのた打ち回ることになる。魚を陸に打ち上げたときに苦しそうに跳ね回るのと変わらない。あの姿には一種の恐怖を覚える。

 

 さて、こうまで考えて、俺に太平洋深海棲姫を討つ覚悟はあるだろうか。自分の心に問いかける。あの得も言えぬ恐怖に耐えることが出来るのか、耳を傾ける。

 

――沈めよ

 

 鳴りを潜めていた青妖精の声がした。何故かその声は溶けるようにして心に染み込み、鯨を撃ち抜く勇気を湧き上がらせてくれた。

 あぁ、なるほど、もう考えなくとも特攻すれば万事解決するようだ。太平洋深海棲姫を撃沈する、それだけのことである。

 

 死なば諸共、背水の陣、そんな心持ちで1歩目を踏み出す。あとは成り行きで2歩3歩と加速度的に速度を上げていき、主砲を突き出して鯨を正面に捉える。的は大きいので、何をしても当たるだろう。

 

 ダンッ!!

 

 近くに水柱が立つ。その柱は左半身を飲み込み、かろうじて避けた左脚の代わりに、左腕が外れた。おそらく脱臼や骨折というものだろう。アドレナリンが分泌されているからか、痛みは少ない。

 こんなんでは止まらない、と自身を鼓舞し、また一歩一歩と歩みを進める。夜の闇の中、白く淡く光るあの鯨に向けて砲撃の用意をする。

 主砲にはトリガーがない。ある程度の照準を合わせたら、妖精たちが精度を補正して撃ってくれる。だから、俺が砲撃の指示をするのはタイミングのみである。

 

 まだ。まだ早い。もう少し近づいてからでないと。しかし、深海棲艦の次発装填が済んでからでは遅い。あと一歩。

 

 

――――――

 

「撃てっ!」

 

 自分の声がやけに耳に残り、飛び起きる。

 

 "飛び起きる"?

 

「は」

 

 思わず言葉に詰まる。自分の身体を見た瞬間、すべてを理解し後悔の波が押し寄せる。感覚的には、寝坊をしてしまった感覚に似ている。

 

 夢

 

 俺は今、波止場にいた。位置は出撃の際に使用した港から、そう遠くには離れていない。起き上がった、という自覚を逆算すると、今の今まで波止場に打ち上げられて、寝ていたのだ、と分かる。

 確かに残る目のむくみや、体の凝り固まった感覚が、夢の中にいたという推理を裏付ける。

 後悔と落胆と怒りと……そんな思いがごちゃまぜに混ざり合って、身体中をどす黒いものが渦巻いているようだ。もはや痛みすら感じるほどの感情に、頭や手や足などの末端から痺れるようにして血が抜けていく感覚がする。

 

「ち……ぉ……」

 

 あぁ、取り返しがつかないことをしてしまった。

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