怒りに拳を握りしめ、悔しさに目を瞑る。しかし、他人の死はやはり他人事で、僅かに残る理性から一点の希望を見出した。
「……あっ……!」
波止場、波を防いだり、船舶を停泊させたりする場所である。消波ブロックと呼ばれる三角だか四角錐だかのブロックを見たことはあるだろう。つまり、波止場もとい防波堤の上には波はあまり来ない――打ち上がったとしても、人を乗せられるほどではない。
だから、波止場に俺がいるのは普通ではありえない。ということは、逆に言えば誰かが俺を波止場に寝かせたのだろう。
いったい、誰が俺をここに寝かせていたのか。候補としては、白露たちの誰かか、α大尉、キリサキである。可能性として、白露たちの誰かが生き残って、俺をここまで運んだと考えられなくはない。
兎に角、運んだのなら誰かがこの島にいるということだ。誰にしろ、いるとすれば基地内である。
海を見渡す。残念ながら、誰一人戦っている様子は見られない。しかし、波止場から落ちないように設置された灯りに照らされる海は赤いので、まだ深海棲艦の脅威は去っていないようだ。
基地を見る。あの中に誰がいるのだろうか。白露たちがいるのだろう。そうであってほしい。
「いっ……」
立ち上がろうとすると、右足に痛みを感じた。何あろう、火傷である。どれが現実でどれが夢なのか記憶が曖昧だが、これは白露に握られたときに出来たものだろう。つまり、少なくともあの時点までは現実だったようだ。
ズキズキと痛む足を気に留めず、遅くだが確実に前に進んでいくと、体感2倍くらいの時間をかけて基地の扉の前へと到着する。体重を預けるようにして開くと、そこはもぬけの殻だった。
照明は点いているが人気はない。だれか、と問いかけてみるが、応える者はいなかった。
どういうことだろうか。少なくとも誰かがいるはずなのだが、誰もいない。段々と起きてきた脳を働かせて、人の痕跡を探そうと目に見えるものを凝視していると、重大なことに気がついた。今まで作戦会議していた提督たちが、戦って血だらけになった艦娘たちがいないのである。
まだ、戦うべき敵は残っている。それは先ほど確認した。しかし、現実に人の姿はない。何故だろうか。いや、すぐに答えには辿り着く。海軍は逃げて、俺は残されたのである。
敵はいて、味方はいない。そんな戦場の真っ只中に取り残されるということは、もはや疑いの余地もなく死ぬべくして死ぬ。担いでる艤装も戦う力を残していないため、ここから逃げるということも不可能。そもそも、俺一人では赤い海を突破できるとは思えない。
じゃあ、この島で救助を待つのか、というと、それも不確定要素が多い。俺が死んで白露の体で生き返ったとき、島に置き去りにしたのは海軍である。その後2週間も音沙汰ないのだから、救助は望めない。が、海軍としてではなく、面識のあるα大尉やキリサキならば、助けに来てくれるかもしれないが、それもいつになるかわからない。他にも、俺を波止場で寝かせた人物は誰なのかや、ネ級のように上陸する深海棲艦がいるのか、また、俺が様々な要因により残り生きられる日数など、挙げればキリがない。
取り敢えずは、最悪なパターンである"今既に深海棲艦は上陸している"を想定して、俺を波止場に寝かせた誰かを探しに行くとしよう。
基地の扉に寄りかかっていた体を持ち上げ、押し開きの扉を閉めて外に出ようとすると、異質な水の跳ねる音がした。
「海ノ底デ会オウ、駆逐棲姫」
一言で表せば怪物と呼ぶべき砲?に身を委ねる深海棲艦が、黒い涙を流しながら、砲塔を俺に向ける。咄嗟に頭を下げ、砲の先端から身を躱すと、大きな爆発とともに扉諸共弾け飛んだ。
破片が全身を抉り、貫き、一際大きなブロックにすり潰された脚はもはや感覚がしない。
脚も腕も背中も肺も、血を流していないところを見つけるほうが難しい身体を眺めながら、見ているという意識のないまま俺は静かに死んでいった。
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もうちょっとだけ続くんじゃ
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「……チャント、恨ミナガラ死ンダヨウダナ」
少尉くんを殺した中枢棲姫は、足の分だけ軽くなった少尉くんの体を軽々と持ち上げ、大事そうに抱えて海へと歩を進める。もっとも、深海棲艦の力を有していれば、人の一人や二人変わらないのだが。
「待った」
一部始終を見た僕は隠れていた物陰から姿を見せ、中枢棲姫を呼び止める。中枢棲姫は僕の存在を認めた瞬間、問答無用に砲撃をかましてくるが、僕の艦娘たちによりその攻撃は届かない。
「チッ、ナゼダ、ナゼアタラナイ」
「当たってるさ。ダメージがないだけで」
中枢棲姫からの問答に答えると、電に、早くしろ、ナノデス、と急かされた。あまり時間もかけられていないため、こちらの話を進める。
「君が意思疎通を図れることも、ある程度の会話に応じることも確認している。なぜなら、君の視点では攻撃が通じないのだから、戦いになりたくはない。つまり、話すことで時間を稼いで戦力を集めたいからね」
本来ならば、僕も攻撃手段がないため戦力を集めたいところだが、今回は中枢棲姫と事を構えるつもりはない。今、僕がここにいる目的は別にある。
「……キサマモ同様ダ」
「そうだね。だから、話し合うことが互いにとってwin-winだ」
「チガウナ。キサマカラ得ラレル情報ハナニモナイ」
全くもってその通りである。また、僕にとっても得られる情報は何もない。なので、今回の目的は答え合わせである。僕の手札が攻略を完遂するに値するものであると確証を得るために、態々このような場を用意したのだ。
「まぁ、そう言わずに。……この度の基地急襲は作戦決行が2230頃、太平洋深海棲姫Aを擁する陽動部隊を基地前に展開し、更にその後、北側の民間人の使用する港に、同じく太平洋深海棲姫Bをはじめ6隻の姫鬼級を編成された主力連合艦隊と中枢棲姫率いる通商破壊部隊を置き、島の隔離と敵戦力の漸減を始める。つまり、前門の虎にこちらの主力を集中させながら、後門の狼で民間人や哨戒班を殲滅する算段だった。ここまではいいかな?」
「……ナルホド、ヤケニ気ヅクノガハヤイト思ッテイタガ、知ッテイタノカ」
話し終えるの同時に砲撃が飛んでくるが、やはり僕には届かない。チッと舌打ちするが、今度こそ砲塔を下げて交戦の意志を取り止めた。
「そうしてくれると助かる。……が、あまりに早く陽動部隊が大きく損傷してしまったため、本来は取り零しを抑えるために用意した遊撃部隊の太平洋深海棲姫Cを旗艦とする6隻を、陽動部隊に加勢させることで前門の虎を機能させるよう指示した。結果的にはそれが裏目になって、僕たち海軍と一部の民間人が逃げる隙を与えてしまうことになるのだが、そこはまぁ、僕というイレギュラーがいるのだから仕方がないだろう。そんなわけで、これら四隊が全戦力ということになる。あっているかい?」
そう訊くと、中枢棲姫の興味がないと言わんばかりの顔が段々と歪み、口角を上げ、抑えきれない笑みがわずかに声となって溢れ出す。
「ク、フフ、筒抜ケカ……。ソノ情報源ニハ興味ガアルガ、流石ニ……不用意スギルッ!」
その音が届く前に、僕の頭は撃ち抜かれた。最期に見えたのは、電が自身の頭に主砲を構える姿だった。