海に出て体感10分。誰も一言も言葉を発さず、沈黙が続いていた。この航路の一つの節目ともいえる島、第一到達ポイントまでの時間はおよそ1時間。次の合流までの第二到達ポイントは2時間。計3時間も海の上にいることになるので、あまり時間に支障を来さないよう時計を持たされている。その時計を確認すると、未だに針は出発して5分を示している。ということは単純計算で、体感時間6時間も気まずい時を過ごさなければならない。ここが地獄か。
だが、地獄が嫌なら会話しなければならないが、話すとなるとそれはそれで話題が見つからない。こんなときに白露がいれば、そこはかとなく上手い感じに話題を作れたろう。
いや、そういえば白露とは絶賛喧嘩中。顔面ブローを喰らい気絶していたら、朝潮と神州丸が何故かいて、何故かここにいるのだった。わけがわからないよ。
流れで何となくここまで来てしまったが、白露たちの居場所が分からない今、あまり安請け合いしていいものではなかったかもしれない。物事に整理がつかないまま、次から次へと取り掛かるのは好ましくないのである。
だが、今から引き返すというのも出来そうにないため、結果的に地獄から脱することは不可能に近い。いや、会話をするだけといえばそれだけなのだが、由良や朝潮は兎も角、矢矧の面が怖い。
出発してからというもの、いつまで経っても不満そうな面持ちでこちらを睨めつけ、それでいて不満につながるような箇所を身に覚えがないというのが沈黙の始まりである。白露のようにどこが不満なのかはっきりと言ってくれれば、何かしらの会話のきっかけにはなるんだろうけども。
「しらつ……提督、2時の方向から敵艦隊が近づいてきます」
「え、あぁ、敵艦隊」
平穏そのものの海のため、完全に上の空になっていたら、急に矢矧から声をかけられた。
「提督、集中してください」
「あ、うん、悪ぃ」
謝ると、矢矧はため息をして気を取り直してから、言った。
「2時の方向の敵は5隻の、おそらく野良の深海棲艦だと思われます」
「野良?」
野良の深海棲艦?もしかして、深海棲艦って組織と野良があるのか?孤島によく来ていたネ級はどちらなのだろうか。野良であの強さを振るわれると組織だったときに怖いので、組織的な深海棲艦であってほしい。
「はい。私たちの脅威とはならないでしょうが、どうしますか?」
「どうするか、か」
深海棲艦が近づいてきているのだから、戦闘を避けるか迎撃するかの二択だろう。今後の戦闘を考えて、この戦闘は避けたいところである。
と、孤島にいたときの俺ならば考えるだろうが、今はだいぶ状況が違う。まず、艦娘が違うし、出撃の目的も違う。作戦を考えるのも、作戦の規模も、俺の知るところではない。なので、δ少将に指示を仰ぐのが自然だろう。
「まぁひとまず、δ少将に連絡を取るべきだな」
「いえ、この程度の相手、事後報告でよろしいかと。野良の深海棲艦は何度現れるかもわかりませんから、逐一連絡していてはδ提督のお手を煩わしてしまうだけです」
「そうか……?」
もし中破してしまったら、事後報告で中破したので戦力になりません、と報告することになる。そうなったら、なぜ事前に報告しなかったのか、と詰問されること必至。矢矧の意見であるが、最終判断は俺なので、責任の所在は俺となる。責任を持って判断せねばなるまい。
とはいえ、普段の矢矧たちが野良相手には事後報告で済ましているというのならば、それに従うほうがいいはずである。普段通りが最も上手くいくのだから。
「いや、でも、やはり、事前報告は大事だから、一回目は事前報告にして、二回目以降は事後報告で良いと言われたら事後報告にしよう」
「……わかりました。艦隊、減速!」
矢矧が指示を飛ばし、全体的に遅くなる。妖精に件の旨を伝えると、しばらくして、返答が返ってきた。
曰く、敵に気づかれているようなら交戦し、なるべく戦闘を避ける方針で第一到達ポイントまで向かいたいらしい。読み上げた矢矧は敵の動向を探るべく、偵察機を飛ばしている由良に確認を取った。
「由良、敵の様子は?」
「今、気づかれちゃったかな。真っ直ぐこっちに来てる」
これもしかしなくても、連絡が遅すぎて気づかれた?なるほど、現場判断も時には重要なようだ。
「結局か……」
結局、事前報告していようがいまいが、戦闘は避けられないようだ。つい最近、俺が艦娘のように戦って殴られたばかりだが、敵艦5隻に対し、こちらは3隻なので、俺も戦うことにする。
と思ったが、俺は今、主砲を持っていなかったため、戦力にはならなそうである。最悪、敵の注意を引いたりはできるだろうが……。
「総員、戦闘態勢!艦隊、増速!合戦、用意!」
と、考えていると、矢矧が号令を発した。
矢矧に続いて由良、朝潮が慣れたように続く。まさしく鶴の一声である。一応、旗艦を任されているため、本来は俺の仕事ではある。
取り残された俺は、自身の戦力を知っているので、後方で腕を組んで戦況を見渡す。こうしているとそれっぽい猛者感が醸されるが、実のところ弱者どころか、野次馬に等しい。野次は飛ばさないので、ただの馬である。ひひん
馬が見るにこの戦局、有利は我が軍にあるようで、矢矧と由良が駆逐イ級を3隻撃沈し、朝潮が軽巡ホ級に至近弾を与え、締めの魚雷一斉投射で、決着を見た。
この3隻のなかだと、矢矧にキレがあるように思える。予測していたかのようにスルスルと砲撃の合間を縫い、攻撃は外さない。開戦と同時に、魚雷を放ち軽巡ホ級の動きを抑制しつつ、その奥にいるイ級を沈めるという高い戦闘スキルも有る。神通より強いんじゃないか?
対して由良は神通と同程度、若しくは若干上といった印象だ。少なくとも矢矧ほど高い壁はなさそうである。朝潮は、白露とほとんど変わらない。つまり、矢矧は抜群に強いが、由良と朝潮は月並みといったところなのだろう。戦闘は一回のみなので大したことは分からないが。
掃討し終わったことを確認して矢矧たちが帰ってきたので、社交辞令的におつかれ、と労いの言葉をかけると、そうでもないわ、と返された。戦っている姿を見ていても、余裕が垣間見えたので、たしかに疲れることもなかったのだろう。
「ね?由良たちにはないの?」
「ん、いや、おつかれ?」
社交辞令だから求められてするようなものでもないとは思うが、平等さを欠くとそれはそれでやる気に差を生んだりするので、由良と朝潮にも労いの言葉をかけた。
何で疑問形、と由良にからツッコミが入ったが、それには特に答えず、妖精に報告の内容を伝えながら、また隊一列になって第一到達ポイントへと向かう。
ここ数度、言葉を交わして分かったことだが、矢矧は気難し屋らしい。対して由良は馴れ馴れしく、朝潮は真面目系といった印象だ。あの孤島にいたときのように、提督は守られるべきという雰囲気はないが、かといって、勝手に動くのは止めてほしいところだ。いや、戦力外なのは痛感しているけど。
再び、沈黙が続きしばらく進むと、またしても由良が敵艦隊がいることを報告してきた。時計を確認すると、先の戦闘から十五分も経っていない。本当に次から次へと来るな。
そんな感想を抱きつつ、回避するために少し航路から膨れていき、その報告をする。ホウレンソウ、大事。
すると、返答に第一到達ポイントに着いてからまとめて報告してほしい、と連絡が来た。矢矧から、ほら言った通りでしょ、という目を向けられた。