「あと1kmほど進むと、軽母ヌ級を擁する艦隊とぶつかる予定です。制空権は奪われるため、少し離れていてください」
「え、避けれないのか、それ?」
「はい」
矢矧曰く、その艦隊は一定の周期でこの海域を巡っている艦隊で、他にも似たような艦隊がいくつがあるらしい。所謂、組織的な深海棲艦というものだ。今回のは、そのうちの一つで、他にも複数いるが、この艦隊を撃破して進撃するのが最善とδ少将が判断したらしい。なので、避けて通るとそれはそれで、むしろ被害甚大になる可能性が高くなる。
「なるほど。でも、離れるってどのくらい離れれば良いんだ?見える距離にはいたいんだが」
「ここです」
「え?」
「ここ」
矢矧は俺の目に指を向け、そのまま海を垂らす。今立っているこの場所で待っていろ、ということらしい。
周辺を見れば水平線が一周回っている。見える距離に深海棲艦はいない。が、万が一にも野良が現れるかもしれない。そうなってしまえば、一方的に殺されるのは目に見えている。
「……そもそも、それはδ少将の指示か?そうでないなら」
「δ提督の指示です」
誰々が何処其処で待機、などと細かく指示をしているわけはない、と高を括ってみたが、そうでもないらしい。指示がなければ、ここに留まる必要もなかったのだが、指示ならば仕方ないだろう。
だが、やはり万が一があるかもしれないので、ある程度の自分を守れる術は欲しいのだが、どうにかできないものだろうか。
「だろうか」
「何が、だろうか、なのかわかりませんが、妖精さんが私たちの場所を知らせてくれるので、ある程度の範囲内にいれば問題ありません」
なるほど、最悪深海棲艦に出会してしまったら、急いで矢矧たちと合流すれば良いのか。
――――――
提督は何か思案した後に、私たちに激励の言葉をかけた。他所属とはいえ旗艦であり提督なので、許可が下りなければ無闇に戦えないのだが、その言葉を許可と受け取って、私たちは通称、偵察部隊Aと呼ばれる深海棲艦隊を迎え撃つべく出発した。
「……ね。矢矧、あの提督さん、いい人だと思うけど、ね?」
「……だが、彼は少尉で、作戦未経験だ」
彼の印象は正直、頼りないというのが大きい。一目でわかる非健康そのものの体躯、人目に晒される上で最低限整えるべき容姿、たまに聞き取れないほどの小声、常識的に身に着けているはずの艦娘の知識。私が最低限求めるものが悉く欠如している。
そして最も気に食わないのは、少尉という階級だ。少々昔話になるが、私は海軍創建以降最初期の艦娘の一人であり、かつ海軍唯一の矢矧である。殆どの作戦に参加したし、戦果も上げた。故に重宝されるし、高い階級の提督の下、第一線で活躍してきた。
なのにどうだ。δ少将の傀儡化しているとはいえ、少尉の下に就くだと?この矢矧が。
戦いに生きた矢矧というプライドが、少尉の下に就くことに不満を覚えている。しかし、この編成を考えたのはδ少将であり、それに従うのは艦娘の定めである以上、仕方がないだろう。
とはいえ、戦果を上げることこそが矢矧の矢矧たる所以であるので、戦果に響くのなら取り除かねばならないだろう。そういう意図で、彼は戦闘に参加させてはならない。
「朝潮はどう思う?いい人そうだよね?」
「私は、誰であろうと提督は提督かと思います」
「大人だね、ね?」
「……そんなことより、そろそろ敵艦載機がしかけてくる。吶喊するぞ」
大人しい戦いは嫌いなのだ。
ピリついた空気の中、予想通りにやってきた艦載機が落とす爆弾を、針に糸を通すように避けていって、本隊まで駆け抜けると、駆逐、軽巡、軽空母で成る艦隊を発見した。こちらの被害は朝潮が小破している以外、ダメージはない。
「矢矧、突撃する!」
甲標的による先制雷撃によりヌ級を狙う。やはり、最大火力は先に落とすべきだろう。思い通りに轟音を上げて沈んだヌ級の水柱の後ろから、大きな手を模した砲塔で水柱を割り、手をこちらに向けるツ級が姿を現した。
その瞬間、続く砲撃による一撃は、こちらを狙っていたツ級を貫く。今までの経験則に拠るもので、外れるわけがない。無論、狙われているとわかった瞬間に撃っては間に合わないので、ヌ級に雷撃が着弾すると同時に撃っている。
「よーく狙ってぇ……てーっ!」
間髪入れず、由良の攻撃は駆逐ロ級を燃やし、海に沈めた。
ここまでは凡そ想定通りである。艦隊は隊列を保っているし、足並みも安定している。
残るは軽巡ヘ級と駆逐ロ級2隻だ。へ級の砲弾は由良へと飛んでいき、弾道を避けた由良の跡に着弾後、その波は由良の足を少し浮かせる程度の効果しか生まなかった。
由良が狙われたと分かった瞬間に、ロ級2隻の内1隻に朝潮が砲弾を中て、中破に追い込み、ロ級が由良に集中攻撃することを避けた。既に小破していて装甲も薄い朝潮を庇うようにして立つと、2隻はタイミングをずらして砲撃してきたので、私を狙う弾を避け、返しの魚雷で2隻とも海の藻屑と化した。
「……よし、戻ろうか」
――――――
「イエベ」
『ベールヌイ』
『伊勢』
『川内』
「何でそんなマニアックな……」
水流の圧力と高さの関係や神宮のことを考えながら、暇なので妖精としりとりをしていると、戦いが終わったのか矢矧たちが近づいてくるのが見えた。いやベルヌーイだったか、あれは。
「い、イーストエッグ」
『グレカーレ』
『レーベレヒト・マース』
『鈴谷』
こいつら、たまに分からない単語を出すな……。グレカーレってなんだ?レーベレなんちゃらは人っぽいけど……、鈴谷は地名か?
なんてことを考えていると、矢矧たちが自然に会話できる距離まで来た。
「ヤったか?(フラグ)」
「(フラグ)とやらは知らないが、無論だ。しかし、ここもそう長く安全というわけでもないから、早急に第一到達ポイントに向かうべきだろう」
「じゃあ、道すがら報告するから、被害状況や残りの燃料、弾薬など、纏めてくれ」
そう頼むと、第一到達ポイントに進みながら矢矧が確認を取り始めた。ちなみに、報告内容はδ少将から貰ったマニュアルを参考にしている。これは後にも活かせそうなので、覚えておいたほうが良さそうだ。
そうこうしていると、漸く、第一到達ポイントである島の影が見えてきた。