――とある整備士
俺は辺境の島の末端の整備士。主に中継地点として働く島で、艦娘たちの装備点検、修理、補給などの仕事がある。今回は補給だ。
俺は海軍とは何の関係もない一市民だったものの、何の因果か、街中で艦娘に声を掛けられ、ここで働いている。最初は妖精だとか深海棲艦だとか信じられないものばかりだったが、傷つく艦娘や艤装を見れば何となく信じる気にもなってきた。
そんな日がな一日、またいつも通り艦娘が渡航した。いつも通りに艦娘は艤装を置いてドッグへ入り、俺たちは点検された艤装に燃料を注ぎ込んでいく。
そんないつもの一幕。何気ない1シーンに、幸運にも一人の少女を見つけた。
可愛い少女だった。背丈は中学生くらいだろう。遠くからでも目鼻立ちが整っていると分かる。いや寧ろ遠くだからだろう。少し痩せてる気がするのも遠近法だとか、そういう類だ。
配属当初、整備長が、美しい女性は年齢拘らず艦娘だと思え、と耳にタコができるほど言っていた。つまり、彼女も艦娘なのだろう。しかし、艦娘がここに来るとは珍しい。基本的にドックにいるか、待機所で団欒しているかの二通りなのに。
などと手が止まっていると、何を思ったのか工廠の中に入ってきた。と思ったら、すぐさま踵を返し工廠を左に曲がってしまった。仕事場に美少女が来るなんて、今日はラッキーだったな……。
でも、彼女は何をしに来たのだろうか。艦娘とはわからないものである。
――とある給養員
僕たちは毎日が戦場である。俗に語られるこの言葉は何の尾ヒレも背ビレもついておらず、まさしくその言葉の表す通りである。
その食の戦場に珍しい客が来た。見目麗しい少女である。
普段ここを利用するのは、この島で仕事をしている仲間たちだ。だが、あんな少女は記憶にない。そもそも昼休憩でもないはずだ。
となるとこれは、渇いた人生の妄想か何かだろう。ここでは、美少女といえば艦娘が常識だが、艦娘は食事を必要としない。つまり、焼肉屋でのバイト中に艦娘にスカウトされたきり、ほとんど接点のない僕に与えられた幻想としか思えない。
券売機の前で腕を組み考える姿は、食事への執念を感じさせる。ダイエット期間だとか栄養管理だとかを考えているのだろう。痩せているし。決して、お金がなくて払えないだとか、匂いがつくラーメンや跳ねたら色が落ちにくいカレーを食べようとは思っていないはず。
数秒して諦めたのか項垂れ、券売機の前を去っていった。同時に僕も崩れ落ちる。妄想であってもチャンスを掴めない僕はこれからもチャンスは来ないだろう。あんな娘が実在するといいな。
――とある郵便配達員
私は日本を離れ仕事に勤める方のため、島々を行き来する配達員である。海軍は公の組織ではないため連絡手段を制限せざるを得ず、身内や友人との交流はほぼ現物の手紙を以て行われる。
そんな前時代的職場に就いているのは、偏に艦娘からの誘いがあったからに他ならない。
誘い文句は、私がいっぱいいるような職場で役に立てる才能がある、だった。私を誘った艦娘は長門と名乗っていたが、まさか本当に長門が複数いる職場だとは思わなかったものの、体力には自信があったので引き受けた。
仕事柄、週に一回程度は艦娘を見かけることがあるが、長門のような戦艦が近くにいることはまずなく、駆逐艦や軽巡が大半を占める。
といってもそれは海の上の話であり、今のように陸地で搬入している分には出会うこともないため艦娘と話をする機会はまるでない。
と、普段のように中身を改めた手紙の山を受け取っていると、見覚えのある顔が視界に入った。
食堂から姿を現したのは白露である。駆逐艦は戦艦や空母に比べ、一般人とも快く話す確率が高いため、多少話すこともできるかもしれない。
そう思い、手紙を郵送するふりをして白露に近づくと、その顔立ちの良さ、スラリとした骨格とメリハリのある肉付きなど、美少女としての要素で全身を余すことなく埋め尽くされていることがわかる。流石、艦娘だ。この容姿で誘われてしまって、押し黙って見入ってしまった過去の私をバカにすることは、誰にもできないだろう。
やー、かわいいかわいい。と眼福を賜りながら話しかける距離に入ろうとすると、目線を隠すようにして食堂に戻ってしまった。どうしたのだろうか。基本的に白露の性格はノリが良いタイプだと思っていたのだが。
――とある清掃員
ガチャっとドアの開く音がした。たまに居るんだ、清掃中の看板を置いてもお構いなく入ってくる人。
無論、注意するわけではないし、何なら入ることを禁止しているわけではない。だが、気まずいし気まずい。
まぁ、いちいち気にするものでもないし、便器に行く道を塞がないように清掃している風を装って、再び床を掃く。
掃き終わった綺麗な床を眺めて適当に手を動かしていると、視界の端に工廠関係者のものとは思えぬ靴が見えた。ここの利用者はほとんどが工廠関係者のものであり、給養員は厨房に隣接したトイレを使う。たまに外部の人も利用するが、その類だろうか。
9割無意識に1割物珍しさから目線を上げて顔を確認しようとすると、その少女と目があった。
身長はおそらく150cm前後。育ち盛りの中学生という印象で、将来有望なものを抱えている。だが、その顔は疲労感を漂わせており、薄幸そうな容姿は年齢との乖離が見てとれる。
ただ、ここは男子トイレである。美とはこの娘を指すのだと思わせるほどの少女に驚く前に、女性が男子トイレにいることに驚きを隠せない。
目を合わせ完全に固まること2秒ほど。
何でここに女の子が?てか、めっちゃ可愛いな。疲れているのか猫背気味で眉間にシワが寄っているけど、逆にリアル感あってグッド。特に頬がゲッソリしているし、尋常じゃなく疲れているのだろう。何にそんなに……あれ?そもそも艦娘か?こんだけ可愛いのだ。そうだろう。うわ、初めて見た。提督に誘われた口だから、清掃員仲間にマウント取られまくってウザかったんだよな。いやでも、この可愛さを生で見て話したとあらば、自慢したくなる気持ちもわからなくはない。高嶺の花だ。
このぐらいのことを考えていると、少女は何かをブツブツと言って男子トイレから出ていってしまった。もっと見ていたかったし、話したかったなぁ。
――佐世保鎮守府、時雨
今日、僕は友軍を迎え入れるべく島に訪れた。友軍はδ少将の矢矧さん、由良さん、朝潮、そして白露らしい。彼女らはこの島で待機することになっているので来たのだが、少々早く着きすぎてしまったようだ。
ならば早く出発して早く増援して、早く決着をつけるのがいいように思うが、早く出発すると、それはそれで深海棲艦に気づかれかねないので予定通りに出発せざるを得ない。
取り敢えず、矢矧たちを探すことにする。
談話室に行こうとすると、男子トイレから出てくる白露の姿を見た。え、何、どういうこと?なんで白露が男子トイレに?まさかいかがわしいもの?でも、それ以外に考えられない……。
兎に角、問い質してみよう。
「白露。お疲れの、様子だね」
まずはジャブ。一見、素直に見た目の様子を述べつつ会話の切り出しの言葉、と見せかけて、何に疲れているのか、つまりナニに疲れているのかを聞き出す言葉だ。不自然な言い訳をしたらクロ、そうでなくとも疑いは晴れないが。
当の白露は僕を見て少しドギマギしている。なんだろうこの感じ。ジャブでKOされたというよりか、僕のことを知らない?
いやまさかね。艦娘は生まれたその日から全ての艦娘を知っている。それに僕らは姉妹だ。忘れることもないだろう。
「あぁ、うん、まぁ。それより……どうしてここに?」
白露は僕の質問にはあまり答えず、聞き返してきた。これはクロだね。え?何言ってもクロっていうかって?そうだよ。
でも、態々暴いたりはしない。プライベートの問題だし、そもそも僕は佐世保の時雨だからね。
「僕はδ少将の艦娘たちに用があって来たんだ。そういえば、白露もそう?」
「あぁ、たぶんそれ」
運が良い。談話室に行って探す手間が省けた。まぁ、矢矧といえばあの矢矧だろうから、談話室で艦娘の密集している場所が矢矧のいるところだろうけど。
ということは、僕が優先的に達成しなければいけないものはもうなくなったと言っていいだろう。つまり、クロな白露こと黒露がどんなことをされたのか聞き出すことに時間を割ける。
そもそも、3年前の事件があるため、艦娘で性的趣向を満たすことは禁止を明言されているはずだ。例外的にケッコンしているときと、艦娘から求めたときのみできるのだが、求めるなら作戦終了後だろう。つまり、ヤるとしたら無法にヤったと考えるのが妥当である。
まぁ、とはいえ正直、黒露が間違えて入ってしまったのだろうとは思っているが。ここは珍しく男女分けされたトイレが設置されているし。
「それはそうと、男子トイレで何を?」
「エッ、いや、別に……」
黒露がしどろもどろになる。あれ、もしかして、本当にクロだった?
「あ、や、全然ッ、僕は良いと思うけどね、うん。個人の自由ってやつだよ、うん。そんな淫らな姉をもって悲しいとかそういうんじゃないよ」
「……は?淫ら?」
「ああ、いや……違うくて。言葉の綾というか……別に悪気があるわけじゃなくて」
「いや、淫らって……」
言い訳して誤魔化しながら、次の言葉を考える。思わず口走ってしまった言葉のせいで身を滅ぼしかけているが、なんとか保身できる言葉を探す。
……ん?というかよく考えたら謝れば済む話だ。そう、僕は失敗も認めて次に活かしてきた艦娘のなかの艦娘。次は失敗しないさ。
「ご、ごめん。……もう一度、初めから、やり直させてくれないかい?」
拒否されないよう細心の注意を払いながら言葉を紡ぐ。僕たちならもう一度やり直せるはずだから……!
「ね、ごめん、どういう会話?」
と話していると由良さんに話しかけられた。後ろには困惑顔の朝潮と矢矧が見える。おそらくδ少将の艦娘たちだろう。時計を見ると出発の時間になっていた。
じゃあ、行こうか。