時雨の意図のわからない質問に答えると、先を走っていた由良が警戒を呼びかけた。
「前方、重巡二、雷巡一、軽巡一、駆逐二。巡洋艦戦隊っ!」
その声が耳に届くや否や、時雨は速力を上げ前へ躍り出た。言われたとおりに、俺も時雨の背を追う。
時雨の後ろに俺、横並びに矢矧、後方に由良と朝潮を従えて、敵影が見えるまで近づいた。
「見つけたよ、任して」「敵を見つけたわ」
時雨と矢矧が目配せをして、矢矧が敵との直線上に魚雷を投げた。魚雷の雷跡は俺たちを追い抜いて敵に当たり、水柱を建てる。遅れて轟音が聞こえ、同時に深海棲艦が砲を構えるが、臆することなく時雨は突き進んだ。更に速度を上げて。
「ロ級後期型elite2隻……1隻撃沈。軽巡ト級elite、雷巡チ級elite、重巡リ級flagship2隻か……」
時雨から呪文のようなものが聞こえる。微妙に単語として認識できるが、ほとんど意味のわからない単語の連続だ。きっと魔法か呪術かの詠唱なのだろう。艦娘とかいう超肉体の改三なので、ビームが出てきてもおかしくはない。
などと考えていると、時雨が急に減速したので、慌ててブレーキをかける。気を散らす暇はないようだ。ついでに、慣れないスピードに荒れた息を整える。
「ちょっと離れてて」
聞き返す暇もなく時雨付近の海が爆発したので、一歩後退る。何が起きたのか理解できなかったものの、雨のように続く弾丸で数瞬遅れて理解する。おいおい、全部撃ってきたのかよ。
理解が追いついた頃には時雨は雨による水柱でその身を隠され、その怒涛に押し寄せる波を、たぶん一秒にも満たない間、身の毛が弥立つような思いで見届けた。おそらく、呼吸も止まっていたと思う。
弾丸が尽きたのか新たな爆発がなくなり柱が霧散し始めると、その水煙を腕で割いて、無傷の姿を露わにした。正直、俺の寿命が縮んだが、生きていたようだ。
お返しとばかりに時雨は主砲を撃ち鳴らし、結果を知っているかのように、深海棲艦には目もくれず左へと舵を切った。寿命が削れてもまだまだ戦いは続くようだ。出来れば心臓に負担のない避け方をして欲しいところである。
撃ち出された弾は深海棲艦に吸われているかのように着弾し、見事撃沈してみせた。時雨はそれを見ずに矢矧の方に振り返り、サムズアップして何かの合図を出す。
合図を受け取った矢矧たちは右に舵を取って、深海棲艦の進行方向に対し右斜め前から斬り込むように滑った。対して時雨は、左に曲がって深海棲艦の後ろに回り込むように、先と違って、ジグザグと速度を変えて進み始めた。時雨と矢矧で深海棲艦隊を挟み込むような形だ。
不規則に揺れる背中を追いかけているせいか、自動で走っているというのに、どんどんと体力が削れていく。喉が次から次へとの空気を欲して、喉の乾きと横脇腹の痛みが強くなってきた。
深海棲艦はまたも時雨を一点集中で砲撃するが、時雨を狙う弾は時雨だけでなく俺の背すらも通り越して着弾する。どの弾も当たる気配を見せない。
だが、いくら当たらなそうだと思ったとしても、先のように急に減速する可能性もあるので、それにも対応できる心持ちでなければならない。そうでなければ死ぬ。マラソン最後の、血の味が口内に広がるような感覚はあれど、ここで手を抜けば必ず死ぬ。そう思わせる威力が、あの弾にはある。
……いつまで続くのだろう、これは。マラソンであればゴールがあるが、戦闘のゴールはなんだろうか。例えば、このまま進んで深海棲艦の後ろをとっても終わりじゃないかもしれない。そうなれば、俺はもう動けないので、時雨についていくことは不可能。死ぬことになる。そもそもこの例も、すぐに後ろを取れることが前提であり、まだまだ時間がかかるというのなら、体力が先に尽きるだろう。
どちらにせよ、もう視界が狭くなってきている。息が足りないのに休む暇が無いので、酸欠のような症状だ。止まったら死ぬ、止まらなくてもいずれ死ねる。艦娘の戦闘とは、かくも過酷なのか。
一生懸命に時雨の背を追っていると、いつの間にか深海棲艦を目の前に捉え、矢矧たちが延長線上に見える位置になっていた。
「とどめ……だよ……!」
そう呟いたかと思うと、時雨の腿に取り付けられた魚雷が発射され、矢矧と合わせて脱出不可能の挟撃が刺さった。深海棲艦は激しく燃え、悲鳴のような鳴き声を上げて沈んでいった。
「……お疲れ」
油断できない時雨の背を追い続けた俺に、時雨が労いの言葉をかける。いや、本当に疲れた。変則的に速度は変わるし、砲弾がいつ当たるか分からないし。結果的には無傷で終えたが、精神的にも身体的にも未だに緊張感が拭えない。マジでヤバイ。
返事を返すこともなく、呼吸をすることに全神経を注ぐ。喋ろうとしてもうまく喋れないことは目に見えているので、許して欲しい。心の中では謝罪しておく。
しかし、これだけ疲れた代償として、十分な結果を得ている。俺だけでなく艦隊全体が無傷で戦闘を終了することができたし、深海棲艦は全滅した。完全勝利と言って良いのではなかろうか。その旨をδ少将に妖精を通して報告してもらう。
やはり、勝利の要因は熟練の艦娘がいたことなのだろう。時雨と矢矧は一瞬の合図で意思疎通をできていたように見える。また、個々の戦闘能力も秀でたものがあるのだと、この戦闘で実感した。
そう考えると、戦闘中には気づかなかったが、意図的に弾を躱していたのかもしれない。戦闘中は時雨に追いつくことで精一杯で、命中率悪いな程度にしか思っていなかったが、回避率が高いというのもあり得る。
だとすると、あの無駄に思えた動き方も何か意味があるのかもしれない。後で落ち着いたら教えてもらおう。
時雨は俺に傷がないことを確認して、矢矧たちの方へ行き、おそらくお疲れ的なことを言っている。声が聞きづらいのは、波の音もあるが、緩急をつけて走ったために呼吸が荒いのが原因である。もう一歩も歩きたくないし、ここが地面なら既に座っているくらいには体力が削れた。膝に手を付けて立っているのがやっとだ。
「ど……提督………………ご……………」
「…………提督………た………………で………」
なんだ?俺のことを話しているのか?俺、またなにかやっちゃいました?逆だろうけど。
傍からみても俺は、もう時雨の動きについていけないと判断されているのだろう。だから、これ以降の戦闘も同じようにやるのか、話し合っているに違いない。艦娘の超肉体ありきの動き方なのだから、駄目で元々だ。正直、これっきりにして欲しいところである。
「ね、提督さん、そろそろ動ける?」
疲労困憊といった様態を呈している俺を下から覗き込む由良と目が合う。その長い髪の先を海に浸けているが、気にした様子はない。
「あぁ……いける……」
呼吸の合間に言葉を絞り出して伝える。ニュートラルとはいかないが、動けないというほどでもないので、問題ない。
しかし、憑依前の身体であればこの程度では息が上がらなかったはずだ。やはり、不健康ということもあるだろうが、人間で言えば中学生程度の体だ。体力は前より劣っているようだ。
由良に手を差し伸べられたので、実情、手を貸してもらうほど動けないということはないのだが、手を取らないほうが不自然なので、汗がついた手を服で拭って、手を添える。
態勢を起こして自然に手を下ろそうとすると、由良は逆に手を離さないように握った。それも、常人なら態々握り方を変え、鬼の形相で力むような握力を、艦娘の理不尽な身体を存分に使い、顔色一つ変えずに、である。由良の指先が触れる皮膚がミチミチと割ける激痛に手を振り解こうとしても、暖簾に腕押しとはまさにこのことと、まざまざと見せつけられるかのようだった。やっていることは逆だが。
「ね、提督さん。動けるの意味、分かってて言ってるのかな?それとも、最後には助かるものだと自惚れてるのかな?ね?提督さんがどれだけ貴重で重用される人物かはδ提督さんから聞いてるけど、それって可能性の話だよね?それで積み重ねを蔑ろにできる謂れはないよね?時雨改三と矢矧改二という存在はいるだけで、士気が上がる、戦力が増す、作戦の要になる。それだけあの二隻の存在価値は高い。ね?言いたいことわかるかな。提督さんとあの二隻、どちらかを犠牲に出さなければ助からないとき、私たちはどっちをとると思う?例え一隻であっても提督さんは選ばない。あの二隻を失うことは海軍にとっての損失。対して提督さんは現状功績がない。誰が考えても提督さんを選ぶ理由なんてないよね。だから、提督さんを庇って時雨が沈むなんてことがないように動くことを、動ける、っていうの。ね、分かってくれたかな?」
由良"さん"がヤンデレ目になっている。怖っ。