由良さんがヤンデレ目で手を握りつぶそうとするので、何回も縦に頷く。正確にはヤンデレしてないので、暗黒微笑だとかその類になるだろう。
頷いてみると手の圧が消えたので、引き寄せてもう片方の手を添える。正しく手当てである。不思議と痛みが和らぐ気がする。
「……で、提督さん。私たちはいつでも提督さんを殺せる。覚えておいて」
由良さんは手についた血を海で洗い流しながら言う。どうやら、俺の敵は艦娘と深海棲艦らしい。敵の敵は味方じゃないようだ。
俺も手についた手型の傷口を海水で洗おうとしたが、傷口に海水が入ると痛かったので、やめておく。
そろそろ行くよ、と時雨に声をかけられたので、由良さんから逃げるようにして時雨の後ろに駆け込んだ。時雨だって同族ではあるが、由良さんと違い理不尽に殺されることはないはずだ。
時雨は、やる気十分だね、と感心した風に言う。やる気と言うか殺られる気がしていたのだが、そう思ってくれたほうが都合がいいので、訂正しないでおこう。
過ぎれば一瞬だった慌ただしい戦闘を終え、しばらく平穏そうな海を走り出しておよそ二十秒。戦闘時の時雨と同じ背中なのか疑うほどゆったりと揺れる背中を追う。加速しなくなってきたので、この速度で進むようだ。
「黒露、さっきのことだけど」
「え、はい」
さっき、というと由良さんとのことだろう。もう一度釘を差しにきたのだろうか。
「これからの戦闘は更に激しくなるし、黒露の役割は夜戦だから、今のままだと戦えない、と思う」
夜戦……確かに昼より視界が悪く、戦いづらい印象だ。ただまぁ、先程の練度を考えると昼戦も夜戦も誤差のようにしか思えない。あ、でも、視界が悪くて時雨の背を追いづらいのは大きなデメリットだな。
「予定では、僕がついていける昼戦はあと一回。その後は島影に潜伏して、南シナ海で友軍として夜戦から参加。つまり、はっきり言って、黒露には次までに、矢矧の足を引っ張らないようにしてもらう」
「え」
ということは、夜戦では時雨はいないのか。じゃあ、俺はなんで由良さんに詰められたんだ……?
「ところで、旧式艦娘汎用戦闘法は知ってる?」
「はい……ん?いや知らない」
旧式艦娘……なに?兎に角、字面はかっこいい。そういうの結構好みですね。旧式っていうのがまた唆る。普通に考えれば改善点を直したのが新式としてあるはずだから、新式を教えるべきところを態々旧式で教えているところが、創設当時からの艦娘としての貫禄も感じれてグッド。
「まぁ、そうだよね。3年前の事件までは使われていた戦闘技術だから、あの時期以降の艦娘は殆ど知らないんだ」
おや、流れが変わったな。
3年前の事件というと、艦娘たちの管理体制に不満を覚えた妖精たちが一種のストライキを起こして大きな騒動となった事件だ。白露からの説明しか聞いていないが、何かと転換点として扱われやすい。
そういう背景を考えると、旧式というのは改善点しかないものなのではないだろうか。例えば、艦娘の修繕能力に物を言わせて、無理矢理突破するような、俺に真似できないものかもしれない。
「掘り返すべきではないのかもしれないけど、後一回の戦闘で習得できて生存率が高そうな技術はこれだから、教えておくよ」
「あざ」
「まず第一に、旧式の発想は深海棲艦から得ていてね。語れば長くなるんだけど、結論を述べると艦娘と深海棲艦は似ているし、深海棲艦の動きを参考にしよう、というのが発案」
「じゃあ、次の時に深海棲艦の動きを真似できるから習得が早いかもってことか?」
「そうだね」
確かに記憶に残ってる深海棲艦の動きも参考にできるし、完全に新しいものを学ぶよりかは習得が早そうではある。問題は、俺が艦娘ではないから深海棲艦に似ていないという点である。
「ただ、深海棲艦は上位種、姫級や鬼級だけでなく、イロハ級のeliteでさえ単純な動きはしないし、そもそも一撃は必ず耐える前提で動くから、真似する意味はない」
姫級?イロハ級?聞き慣れない深海棲艦だ。イ級とロ級と、まだ出会したことがないがハ級が合体でもしたのだろうか。
「だから旧式が真似したのはただのイロハ級の動き、またはそれを少し艦娘風に改善したもの……」
時雨は言葉を切って考える素振りを見せる。
一拍ほど間をおいても次の言葉が聞こえないので、アバウトに背中を見ていた目を時雨の顔へと運ぶと、俺を横目で見る時雨と目があった。
時雨は気まずそうに微笑みで誤魔化して、前に向き直る。ヒロイン属性の持ち主のようだ。オタクはこういう動作にすぐ調子乗るから困る。
「少し冗長に話しすぎたね。そろそろ具体的な話をしようか」
そう言うと時雨は自身の砲を眼前に構えて固定した。俺がよく見えるようにという配慮か、進行方向に対して横向きに腕を伸ばし、その先を見据えている。
「今は態勢は置いといて、砲を撃つタイミングについて話すよ。イ級をはじめ、さっきの戦闘でもいたツ級も例外なく、イロハ級は砲撃の際、必ず動きが止まる。イ級やロ級といった人型ではない深海棲艦は跳ね上がって空中で殆ど止まったタイミングで撃つし、その他の人型の深海棲艦はほとんど静止した状態で撃つ。これは単純に命中率の底上げに繋がるから、旧式にそのまま組み込まれているよ」
止まっているときには攻撃、動いているときには攻撃以外と、役割を明確に分けている、ということか。簡単そうに聞こえるが、逆にパターンが分かりやすいので、止まった瞬間に合わせて攻撃される可能性を考えると、脆そうに思える。
「逆に動いているときは、敵の動きを読んで、攻撃する隙を伺う。基本的には深海棲艦の攻撃に合わせて、直後に攻撃することになると思う。砲撃の直後は次の砲撃が出来ないから、自分に攻撃が当たらない保証があるんだよ」
なるほど、逆に言えば、撃った後にはリスクがあるから、回避に専念したほうが良いのか。
時雨は、まぁ姫級ともなると、次を撃てる準備をしているからそんな隙はないんだけどね、と肩をすくめて付け加える。
「あとは、走り方について、足元の波の高さで速度がわかるだとか、方向を切り返しながら走ることで弾が当たりづらいとかあるんだけど、黒露が戦う相手のレベルを考えると、そこまで意識する必要はないかな。他に重要なのは……そうだ、陣形についても教えておくよ」
時雨は腕を斜めにしてその指先を指差した。
その形は警戒陣というらしい。夜戦で使うことになり、高い回避率を誇る陣形だ。ほぼ単縦陣のようなものだが、主力艦が後方に行き、前方の3方向に警戒艦を配置するらしい。
「黒露は最後尾だからあまり関係はないけど、艦隊から落伍するかもしれないから、なるべく右に避けてね」
だいたい説明し終わったかな、と呟きながら、時雨は徐ろに腕時計を見て、どちらにせよだね、と振り返ってニッと笑みを浮かべる。
「予定ではそろそろ敵影が見える頃だけど、どうだい由良さん」
「噂をすれば何とやら、ね。丁度十一時の方向にいる!」
声を張り上げて時雨が問うと、由良さんがそれに答えた。どうやら2戦目の敵が発見されたらしい。
「じゃあ、ここからは実践だよ。暗くないけどそれ以外はほとんど同じ状況にするから、やってみて」
そう言うと時雨が速度を落とし、矢矧に近づいて何かを伝えてから最後尾に行った。
それを受けて、矢矧は腕を前に伸ばし、凛とした声で宣う。
「艦隊、警戒陣を取れッ!」
そう宣言すると矢矧も由良さんも朝潮も速度を上げ、俺を追い越し、連携して並び始める。
時雨は最後に一言付け加えてから、俺の背中を押し、俺の分を空けて警戒陣に並んだ。
「僕はいないものだと思って。夜戦じゃ救けられないから」