「見えた!」
由良さんが口にするよりも早く、矢矧が水平線に動く黒い点に砲撃を放った。放物線を描いて飛んでいく様子を目で追っていると、その先に虫の大群のようなものを捉える。数秒後にはそれが虫ではなく、頭蓋骨ほどの飛行物体だと分かった。
「UFO……!?」
「敵艦載機だ!弾幕を張れ!」
白くて丸い奇怪な艦載機は、矢矧や由良さん、そして妙に動きの良い朝潮によって蹴散らされていく。主砲よりかは小さいが連射性能の高い砲で曲面状に弾丸による幕を張ることで、網のように艦載機を捉え、撃墜しているようだ。
弾幕によってイナゴの大群のような艦載機は数を減らし、それを掻い潜った艦載機の投下した爆弾を避けていく。避けること自体は簡単だが、着水した爆弾が爆発し音と波を発生させるため、少々恐怖を感じる。もし当たったら、という恐怖も含まれているが、大きな音というのは本能的な恐怖を感じさせる。
艦載機の大群をやり過ごし、一息つく暇もなく砲撃戦が開始される。量が量だけに、無傷には終われないと思っていたが、意外にも誰もがダメージを負っていない。敵の艦載機が帰っていく間に、すぐに攻勢に出られた。
奥に陣取っている深海棲艦は帰ってきた艦載機を取り込むが、中破しているようで、次の動きがない。矢矧たちは手前にいる深海棲艦を狙って砲撃した。俺もそれに倣って、砲撃をしようと水面から飛び上がった駆逐ロ級に対して主砲を撃ち鳴らす。
俺が撃った弾の軌道は見事にロ級を飛び越して着水し、爆発した。正直、遠すぎて遠近感覚が分からない。対して敵からの攻撃は、艦隊の前方にいる朝潮と由良さんに集中し、大きく反れることはない。
躱しきった玄人な艦娘たちは各々、深海棲艦の装甲を破り、黒煙を吐き出させ、残るは俺が撃ち漏らしたロ級と中破の空母のみになった。矢矧から魚雷発射の合図が出たが、俺には魚雷が装備されていないので、特に何をするでもなく、深海棲艦は撃滅された。
大量の艦載機が海の上で燃えているので、新鮮な空気を確保するために少し移動し、矢矧が皆のダメージを確認して回る。
「完全勝利だね。おめでとう」
「あ、あぁそうだな」
確かに、味方は無傷で敵は全滅なので完全勝利ではあるのだが、殆ど教えられたことをできていないような気がする。俺が勝利に貢献したとは言えないだろう。
実際に役割を与えられると、自分が如何におんぶにだっこだったのか痛感する。今回の必要最低限の仕事は、艦載機の爆撃を避けることと、ロ級を撃破することだった。思い返せば、前者は朝潮や由良さんに集中的に投下されており、かつ、弾幕で数が減っていたために避けるのが容易だった。後者は、タイミングは掴めたような気がするが命中せず、尻拭いを他に任せてしまった。むしろ、俺の経験のために気を遣って、ロ級を優先して狙わなかったのかも知れない。
更に思い返せば、孤島で一人で重巡ネ級を相手取り、ほとんど無事に終わったものの白露に怒られたのは、今回の件で重々納得がいった。
旧式すら知らない素人が深海棲艦を相手に生き残ったのは奇跡に近く、作戦としてはありえない。それを臆面もなしに作戦としたのだから、怒って然るべきだろう。
「……結構落ち込んでるね」
「……いや、落ち込んでる、というわけではないけど、少し思うところがあってな」
「……まぁ……うん、初戦はそんなものだよ」
所詮は艦娘たちに姫プされたにすぎない。外見は女だが中身が男なのでネカマではあるし、囲いは女性っぽいから姫プといえるかは疑わしいが、兎に角、余裕があるうちに教えているにすぎない。
現状、足りないものが分かっただけで、何も具体的な成長はしていないため戦力にはならないが、なぜ由良さんに厳しくされたのか、というのは合点いった。
余計に気を遣わなければ死んでしまうくせに、守ったからといって攻撃できるわけでもない。完全にお荷物である。なるほど、さぞ邪魔だろう。
これは早々に邪魔にならないように立ち回らないと、本当に由良さんに背中を撃たれるかもしれない。
「さて、そろそろ切り替えて、反省会しようか」
時雨が手を鳴らし合わせ、どこからともなく赤いフレームのメガネを取り出した。さながら典型的な教師といった様子だ。白露といい、教えるときに形から入るのは、血なのだろうか。
「まず、落ち込むのは良くないね。僕たちの戦いでは生き残ることが正義だから、今回の勝利は正しく動けた結果だよ。正しいのに悔やむ必要はないさ」
なるほど?白露は俺が生き残っても怒ってたけどな……。
「……気休めぐらいにはなったかな?これはブラックジョークってやつさ、創設初期のね。艦娘が量産できて、日本近海の深海棲艦を一網打尽にできていた頃に調子に乗った上層部が、後進育成、つまりドロップ艦娘を育てるための資材を、代わりに連続出撃のために使うことを推奨していてね。その頃は、ある程度練度が上がれば深海棲艦を簡単に攻め落とせたから、短期決戦のつもりだったんだろうけど、そう簡単な話じゃなく、すぐに限界が来たんだ。それでも少数精鋭だから今更練度を揃えるわけにもいかず、無理強いされていたんだけど、艦娘や一部の提督が方針反対を訴えたところ、返答が――」
「――もし、現状の快進撃に疲弊し、闘争心を蝕んでいるのならば、近日発表される作戦海域に参戦せよ。より大きな功績を残せた艦隊には相応の報奨が授与される」
「そう、つまり万遍なく海域を広げるのではなく、一点突破しようとし、さらに報酬まで与えるという方針に変更した」
よく覚えているね、と時雨が褒めると、途中で割って入った矢矧は、忘れるわけもないだろう、と苦虫を噛み潰したような顔をする。
時雨はメガネを外してポケットにしまい、矢矧に目を向けた。
「黒露、途中だけどごめんね。それで、どうしたんだい、矢矧」
「いやなに、創設当初の話は知っての通りなぜか人気なんだ。見てみろ」
矢矧が指差した方を見ると、耳をそばだてるどころか興味津々という顔の由良さんと朝潮が隠す気もなく近づいてきた。
「時雨さん、続き聞かせてよ、ね?」
「後学のために、ご教授願えませんかっ」
この様だ、とでも言いたげに矢矧は肩を竦める。朝潮と由良さんは、作戦中だということも忘れているような緊張感のなさだ。言わんとするところが分からんわけでもない。
だが、やはり昔話というのは気になるもので、俺もどちらかといえば由良さんたち側である。
時雨は頬をかいて、やっちゃったなぁ、と呟く。居心地が悪そうな様子で俺に反省会はできそうにないことを伝え、矢矧の目を見て、
「まぁ、もう哨戒区域内だろうし、いいんじゃない?」
「……はぁ、仕方ない。何遍も話している内容だろうに、飽きないな」
矢矧は呆れつつも、珍しくくだけた表情で続きを促した。
「……で、どこまで話したっけ。あぁ、そうそう、その訴えは、作戦海域は生半じゃ突破できないから、一丸となって突破しようという試み、の理由付けに利用されたのだけど、当時は戦力が増えれば少しは後進育成に回せると躍起になってその作戦に参加したんだ」
「その頃だな、艦娘同士で顔を合わせたのは。それまでは鎮守府が異なる艦娘と会う機会は殆ど全くなかった」
「そうだね。まぁあの時はどちらが目の前の深海棲艦を沈めるのかの競い合いだったから、交流を深めるだとか連携を取るだとか、協力なんてのはなかったんだけどね」
「そして、その競い合いは段々と過激になっていき、兎にも角にも、戦績を上げることだけを考えた結果、ドロップ艦をデコイにすればいいという考えにシフトした。作戦前までは反対していたのに、結局、最も戦績を稼げる方法をこれしか知らなかったんだ」
「その時の艦娘内の標語のようなものがさっきの言葉さ。誰が言ったのかは今となっては定かではないけれど、どこかの海で誰かを見捨てた娘にかけた言葉なんだろうね」
「逆に言えば、この言葉通りにできない艦娘は皆沈んでいった……。本来ならば、彼女らこそが正義だったんだろうな。その正義も口数が減ってしまってはどうしようもないが」