「だから、三年前まではデコイがいたのは知ってのとおりだよ。艦娘はその方針を割り切れる艦しか生き残らないし、提督もそれでノルマを達成できるなら、態々無理をしてまで変える意味はないだろうからね」
「そうだな……」
矢矧は話を区切って目線を上げた。その先には大きな港が広がっている。港には数多くの船が並んでおり、人の行き来も盛んである。
どうやら第2到達ポイントに到着したようだ。
「ところで、提督。私と時雨は指令通り、これより南にある作戦基地に赴かなければならないが、提督には特に指令が出ていないはずだ」
「あぁ。何も言われていないと思う」
「ならば、提督には私達と同行するか、この港で待機するか、の二択があるが、どうする?」
つまり、作戦基地に行くか否か、か。
作戦基地が何か知らないが、字面から作戦に関わるものなのだろう。例えば、複数の提督がいて会議をしていたり、複数の艦娘が出撃や入渠に使ったり、兎に角、作戦の中核を担うような基地なのだと予想できる。
だとすると、提督という肩書上、俺は行くべきだろう。肩書がなければただの一般人なので、行っても骨折り損になるのは百も承知だが。
それに、この作戦には俺も戦力として組み込まれている。δ少将は時雨についていけばいい、と仰っていたが、どうやら夜戦では別行動らしいので、そこの真偽も確認せねばなるまい。
「……同行しよう。たぶんそっちの方が良い」
「いや、だめでしょ」
「え?」
なぜ?
本職の提督たちの話についていけないのは分かりきっているが、議論はどうあれ自分が何をすべきか程度は理解できると思う。無論、それしか解らないのなら、時雨か矢矧かのどちらかに作戦を共有して貰えば良いのだが、やはり提督たるもの、いつまでも解らないというのは許されないだろう。
と、反論に対する応えを練っていると、思わぬところを指摘された。時雨が言うには俺の立場上行くべきではないらしい。矢矧もそれに同意するように頷いている。
「立場上、という話なら提督なのだから行くべきでは?」
「ちがうちがう。黒露には黒露たらしめる特徴があるじゃないか」
「ナニソレ」
「え、それだよそれ。その体」
時雨に体を指差されたので、改めて自分の体を見回す。細長い腕、張り出した胸、水飛沫で見えない足、視界の端に垂れ下がる橙がかった髪。栄養不足で若干痩せこけているが、白露の体だ。
「特に変には見えないが?」
「変とかじゃなくて……もしかして説明されてない?」
「説明?」
説明とはなんだろうか。この体に関することで説明が必要なものと言えば"憑依"が真っ先に思いつくが、それ以外に何かあっただろうか。
あまり腑に落ちていないという表情を見せると、時雨は信じられないものを見たような目を向けた。
「うそ……どこまで知らないでここに?」
「"憑依"くらいは知ってるが――」
「――ちょっ、そっちは機密!」
時雨は慌てて俺の口を手で塞いだ。素早く矢矧に目を向けると、矢矧は意を汲んだようで、一つ頷いた。
「由良、朝潮、今聞いた言葉は一切の他言無用だ。同じ鎮守府の仲間にも、作戦を共にする仲間にも、勿論提督にさえ口にするな」
「「はいっ!」」
え、そんなに重要なことなのか、これ。α中尉は簡単に話していたが……。
時雨は口を塞いでいた手を退かし、代わりに顔を近づけ波にかき消されそうなほどの小声で囁いた。
「いいかい。……黒露、君は海軍全体に狙われているんだ」
「え?」
ね、狙われている?俺になんの価値があって……って機密というぐらいだから、憑依に関するものか?だとしたらば、憑依って並の人間が知って良いものじゃないんじゃ……。だが、α中尉が知っていたくらいだし……うーん、憑依の機密さ加減が分からん。
でも、俺が白露に憑依していることと、海軍に狙われることが繋がっているのだとしたら、俺はなぜ孤島にいたのだろうか。狙っているのなら、孤島で死にかけるような状況を作るより、手元に置いた方が良いはずだ。
ということは、俺を孤島へ送った張本人であるθ中将は、俺を狙っていないのだろう。いやむしろ、逃がしたとも取れる。死にかけたけど。
だとするならば、時雨は海軍全体と言っていたが、θ中将のように助けてくれる味方もいるようだ。もしかしたら、このような作戦を練ったδ少将も味方側かもしれない。
「その様子だと本当に知らないみたいだね……。取り敢えず、一つ言えるのは今までは運が良かった。いくらでも死ぬことはできたのに、そうならなかったに過ぎない。そして、作戦基地に行けばどうあっても生きて帰れないだろう」
時雨が真剣な眼差しでこちらを見据える。似たような目をどこかで見た気がした。俺の左頬を叩いたときの、あの目に似ている。思えば、白露と時雨は性格に差はあれど、どこか顔立ちが似ている。特に、意識しなければならないような横髪の外跳ね具合なんて、瓜二つである。
あの時、俺がしたことを間違いだとは思わないが、もう叩かれるのは御免被る。もし、相手が白露なら、また気絶する程引っ叩かれるだろう。
あの夜は俺がネ級を食い止めねば全滅必至の状況だったので、気絶程度は受け入れられるが、今回はそういうわけでもない。殴られるくらいなら受け入れたほうが良いだろう。
「そこまで言うなら、ここで待ってる」
話しているうちに、もう人が識別できるほど港に近づいた。艤装を回収しようと垂れ下がるクレーンがいくつか見える。返答に満足したのか、時雨と矢矧は港に入らず俺たちと別れて作戦基地に行くようだ。俺がなぜ海軍に狙われているのか理由くらいは聞きたかったが、港に入れば人目につくのであまり話せないのだろう。
由良さんか朝潮にでも聞けばよいのだが、生憎と艦娘内ではビッグネームな時雨と矢矧と動向を共にした事もあって、港にいた多くの艦娘に囲まれている。そのため、聞くに聞けない状態だ。
因みに、俺も囲まれているのかというとそんなことはなかった。解せぬ。
そんな折に、見知った顔を見かけた。
「……川内?」
囲みの外側にいた艦娘に声をかける。いつもの橙色の制服のような服装ではなく、フリルに縁取られたアイドルのような服装を着ているが、たぶん川内だろう。
「ん……?えっと、ごめん、どこの白露だっけ?」
暫定川内は惚けたようなことを言う。初対面の艦娘にはよく言われる文句だが、2度も聞かれることはない。大抵、白露だよね?白露じゃなくて提督?わぁびっくり、といった調子で、それ以降は提督と呼ばれるのが常だ。時雨のように黒露と呼ぶ例外はいるが。
正確には、川内とはそういったやり取りをせず俺を白露じゃないと認識していたようだから、こうやって聞かれるのは初めてである。
「いや、俺は提督らしい」
こういったやり取りは何度もしたので、ほぼ定型句になりつつある。
「おれ?……んー、前に会った時もその変なキャラなら覚えてるはずなんだけどなぁ」
「変?」
「あ、触れちゃいけない感じだった?やー、悪いね。アハハ!」
川内は居心地悪そうな様子で笑い飛ばした。昨日まで共に島で過ごしたとは思えない距離感である。
「たぶんなんだけど、白露の知っている川内は私じゃあないかな。一応ここにはもう一隻川内がいるけど、ドロップしてまだ一週間程しか経ってないらしいし、この部隊にはいないかも」
川内がもう一隻?どういうことだ?川内というのは名字のようなもので、それぞれ名前があるのだろうか?それとも、複製体が多数いるから、それらをまとめて川内と呼んでいるのか。
居心地悪そうな様子や、孤島の記憶がなさそうな素振りから後者も筋は通るが、本当にあり得るだろうか。若干不気味である。
「じゃ、私、もう行くから」
川内は捲し立てるようにして、由良さんの囲いの中へ去っていった。時雨や矢矧についての話というのはそんなに聞きたいものなのか。
よく見ればその囲いを構成する艦娘たちにも同じ容姿のものは複数いて、朝潮なんて3人もいる。まだ三つ子で済む範囲であるが、数十人ともなってくると、きっとヘタなホラー映画より不気味だろう。まぁ、全て俺の想像でしかないが。
しかし、暫定川内の話が事実なのだとしたら、囲いの中に見える白露も俺が知らない白露の可能性がある。隣に川内や神通の姿も見えるし、後ろにはフードを目深に被った艦娘もいる。彼女の名前は……確か、しん、何だっけ?
名前を思い出そうと無意識に凝視していると、その手前にいた白露と、ふと目が合った。
その瞬間、あっ、と言って――正確には囲いの声が騒がしいため聞こえはしなかった――手を振り上げようとしたが、肩より上には上がらず、何を思ったのか囲いの奥の、さらに内陸側へと走り出した。
3人は白露が走り出したことで遅れて俺に気づき、フードの艦娘を白露の方へ走らせ、川内と神通は俺の方へ駆け寄ってきた。
「あの……提督、お久しぶりです」
「久々だね。なんでこんなとこに?」
どうやら、この川内と神通は孤島にいた川内と神通らしい。ということはあの白露も俺の知っている白露だろう。
「たぶん同じ作戦に参加するんだと思う。それより、白露は何しに行ったんだ?」
「何しにって、えぇ……覚えてないの?」
何かあっただろうか。生憎と全く身に覚えがない。
白露が内陸側に走っていった理由……うーむ、全くもって引っかかるものすらない。
「……はぁ、相変わらずね。取り敢えず、謝ってきなよ。私は提督と白露には仲良くやってほしいし」
謝れとさも簡単かのように言うが、当人に否がないと思っている以上謝る内容がない。まぁ強いて言えば、白露が要求しているのは俺が危険な行動をしないことで、俺が提案したのが危険を犯して全員を生存させることだったので、要求を満たすような解決策を挙げられなかった、という点について謝れと言うのならば謝るが、まさかそこまで求めてるわけではなかろう。流石に理想的すぎる。
とはいえ、不完全燃焼のまま燻っているのも良くないので、近いうちに互いに水に流しておくべきだろう。
「……姉さん、提督、謝る気がなさそうです」
「まぁ、そうだよねー」
川内は知っていたとばかりに諦めた様子で肩を竦めた。その言い方だとまるで、俺が謝ることを知らない非人道的人物かのように形容されているが、心外である。俺は、自らに否があれば勧んで謝り、他者に否があれば責め立てない聖人君子である。
そんな聖人君子を非人道的と称した川内は、取り敢えずどこかで集まろうよ。積もる話もあるしさー、と工廠へと向かったので、俺と神通も後を追う形で歩を進めた。