工廠に向かっていると、何人かの艦娘が話しかけてきた。口を揃えて、あの話を聞きに行かなくていいのか、と問うているが、面識があるらしい川内と神通は、大丈夫、の一点張りで返答している。
「そんなに大事なら聞いてきたほうがいいんじゃないか?」
冷静な意見を口にすると、提督も同じ艦隊じゃん、と知的で冷静な意見で返されてしまった。そういえば、俺も、由良さんや朝潮のように囲まれていないが、時雨たちと動向をともにしたのだった。
「そういえばなんか、避けられているように感じるんだけど、わかるか?」
なぜか、川内や神通には話しかけるが、陽気そうな艦娘でも俺を見た途端に目を逸らしている。
思い返せば、話しかけた川内も居心地悪そうにしていたような気がする。その時、囲いの艦娘たちも遠巻きにこちらをチラ見していたような気もする。
「へぇ、提督にもそういう感情あったんだ」
「そりゃ、あれだけの人数に見られたら気づくだろ」
「だって、私たちと孤島にいたときも、ずっとその服を恥ずかしげもなく着てたじゃん。今更恥ずかしがらなくてもよくない?」
服?確かに俺は無頓着な方だが、そんな変な服ではないと思うのだが。
全身真っ白で、元々男物で繕えたからだろうか、肩幅があっておらず若干はだけている。丈も長く、ズボンに至っては何枚か内側に折り込んでいる……。あれ、確かにだいぶ変だな。
「……なるほど」
「姉さん、提督をからかってはいけません。提督、皆が提督に注目しているのは、普通、その見た目でその服は着ないからです」
ん……?同じことでは?
「ちょっと神通、その言い方じゃ提督が、ん……?同じことでは?って顔してるじゃん。ちゃんというと、艦娘が提督を偽るのはタブーだから、ルールを破った無法者として白い目で見られてただけだよ、って言わないと」
「分かりました姉さん。提督、先の発言を改めさせて頂きます。提督は無法者なので、白い目で見られていただけです」
無法者無法者って、そんなに罵らなくていいだろ。そもそも艦娘じゃないし。
しかし、ずっと白い目で見られるというのは気になるので、服を着替えようかと思ったが、着替える服の持ち合わせがない。どこかで見繕わなければならないのだが、ここらではそれらしきものは見当たらない。内陸に行けばなにかあるだろうか。
「なぁ神通」
「何でしょう、提督」
服ってどこで売ってる?と聞こうと神通の服を見て、どこか言葉が突っかかり、止める。後の言葉を待つ神通を尻目に、服を見るともなしに見て突っかかりを解消しようと試みる。
神通の服は、当たり前だが、提督服ではない。橙色を基調としたセーラー服である。姉の川内も同じものを着ている。しかし、ここに来て話しかけた川内はアイドルのような朱色の服を着ていた。ということは、艦娘毎に決まった服はないのではなかろうか。
確か、一時期、白露が水着を着ていたことから、おそらく気分で替えられるものなのだろう。何か諸々説明していた気がしなくもないが、あまり覚えていない。
つまり、服は気分で着替えられる程度には持ち合わせがあり、毎日海風に当たることから着替えないわけがない。なので、白露にも着替えがあるはずである。孤島では見かけたことなかったが、多分偶然見ていなかっただけだろう。
「白露の着替えって……」
「えっ」
俺は、言いかけて気づき、悔やんだ。単に、着替えたいから服はないか、と聞けば良いものを、サイズが合うから白露の普段服ではない何かしらを貸してもらえれば良いと思ってしまった。
だが、それでも言い方というものがある。言い方以前に事実が変態的ではあるのだが、誤解によって必要以上に変態的と認識されてしまうだろう。
しかも、誤解させる前に全部言い切ってしまえばいいのにも関わらず、途中で区切ってしまったのも最悪である。これから何を言おうとも、結局『白露の服が着たいだけ』という誤解を生みかねない。
実際、神通は今、少女の使った服に手をかける変態、だとでも思っているに違いない。
そして、実際着たいというのも性質が悪い。そちらの方が目立たないし、一々提督だと説明する手間も省ける。必要に応じて伝えればいいだけになる。まさに一石二鳥なのだ。
しかし、ここからどう弁明したものか。神通の目はみるみるうちに蔑む目をしていく。こうなると、必死な弁明は滑稽さが増して、更に軽蔑されるだけだろう。
こういうときは第三者を頼るのが吉である。当人の弁明は聞かないが、信頼の置ける第三者の言葉には耳を貸すものだ。この場合川内である。
時をも止めるかのような冷たい目を注がれながら、俺の目は一発逆転の目である川内に向けられた。むしろ時が止まってほしいものだが、背中をたどる冷や汗がその幻想を完全に否定する。
早く気づいてくれ、川内……!
そんな俺の思いを知ってか知らずか、川内はこちらに振り返った。
「着いたよ……って神通どうしたの?」
「いえ、提督が白露の服を着たいと仰ったものですから、どうしたものかと悩んでいただけです」
「そこまでは言ってない」
一旦、事実を伝える。この誤解は結局、俺がどう思っているかに依存しているため、誤解されそうな情報を漏らさずに順序を追って話せば丸く収まるはずだ。
「あー、その服を着替えたいってこと?まぁ着替えられるなら着替えたいよね」
流石川内だ。何も言わずとも察してくれる。俺の中の川内の株が少し上がった。
「でもそれで白露の服をってのは、ちょっと男の子出てるねー」
全くもって図星である。俺の中の川内の株が少し下がった。
「でも残念だけど白露の服は着れないよ。何着もあるものではないし、殆ど脱げないからね」
え、そうなのか。てっきり着替えているものかと思ったが、違ったようだ。だがそうなると、白露が水着を着ていたのはいったい?
「そんなことより、提督。随分遠かっただろうから疲れたでしょ。この部屋で休憩しよ。積もる話もあるしさぁ」
歩いてきて辿り着いた場所は、およそ会議室といった様相の部屋だった。向かい合う長机とパイプ椅子が置かれており、奥にはホワイトボードも見える。
ささっ、と川内に促されるままにパイプ椅子に座り、血が滲み染み渡るような感覚を覚え、足に疲労が溜まっていたのだと気づく。
きっと明日には筋肉痛で痛むだろう。今のうちに揉みほぐして、多少疲労を解消しておく。
「じゃあ提督、今まで何してたか聞かせてもらっていい?」
背後に陣取る川内から淡白な質問を投げかけられる。え、怒ってらっしゃる?
白露だけでなく川内まで怒らすようなことをしていたとは思えないが……まさか白露の服の発言が逆鱗に触れたか……?
顔色を窺おうと後ろを見やると、ムスッとした表情の川内と、自然体の神通が並んでいる。何が原因かははっきりしないが、怒っているようだ。
取り敢えず、椅子は空いているのに座ろうとしない川内たちを座るよう促してみるも、大丈夫、と拒否された。どうやら顔も見たくないほど怒っているらしい。思い返せば、ここまで歩いてくるときにも川内は殆ど振り返らなかったことから、怒り心頭に違いない。
艦娘は怒らせると危険である。白露のように暴力を振るわれれば人間に勝ち目はない。川内からの問いは、慎重に言葉を選び、暴力に繋がらないよう答えていかねばなるまい。
「……今まで何してたか、というのは、孤島を離れたあとから今まで、のことだよな?」
「そうだね」
なるほど。では、船の上で目が覚めてから矢矧たちの艦隊に連れられ、体感3,4時間程かけてここに来た経緯を話せば良いのだろう。
……ん?これで全てだから、言葉を選ぶほどのものがないな?そもそも、川内が何に怒っているのかわからないのだから、慎重になったところでいつ暴力に発展するか分かったものではない。つまり、俺の生死はすべて川内に委ねられているから、祈るしかない。考えるだけ無駄である。
「船の上で目が覚めて、矢矧たちとともにここに来た。あとは知っての通りだ」
「その冒頭の前、孤島から離れてから目が覚めるまでの記憶は?」
「いや意識がなかったから、全く」
「……なるほど」
なにやら腑に落ちた様子で、腕を組み目を閉じて考える素振りを見せる。チッチッチと無音に響く時計の秒針が止まることを知らないように、川内もその姿勢のままぴくりとも動かない。
下手なことは言えないが、何も言わないのも川内に裁かれているような気がして心臓に悪いので、口を開こうとしたその時、川内は組んでいた腕を下ろし、俺に判決を下した。
「じゃあ、半分だけ許してあげる」
「半分?」
「そ、半分。私が怒っていたのは2つ。白露にさっさと謝らないのと、こんな状態で逃げ出したこと。後者は逃げ出したわけではないことがわかったから許す。でも白露にごめんなさいしないのは全然許す気はないから」
よくわからないが許されたらしい。内心ほっと一息ついたところで、神通から新たな悩みのタネが植え付けられる。
「川内姉さん、あのことは言わなくてよろしいのですか?」
「あぁ、そうなんだよね。提督、これまで以上に危なそうだから白露が来てから伝えようかと思ったけど、もう時間もないし心して聞いてね。実は、提督が攫われたのも、私たちがここに居るのも、そしてこの作戦を立てたのも、すべて――」
――α大尉の采配による。そんな会話を知ってか知らずか、当の本人が白露と太腿の艦娘を連れて姿を見せた。