ぬっ、と会議室に顔を出した高身長三白眼の爽やか系優男ことα大尉は、その足で俺の隣の空いてる席に腰を下ろし、川内を見据えた。
「さて、川内さん。続きをお聞かせ願おうか」
「……ッ」
口調とは裏腹に、さしもの川内をも圧倒する鋭い目に射抜かれ、緊張が走る。気圧された川内は横目に俺のことを見た。表情はまるで、助け舟を望んでいるようである。
おそらく、α大尉の目論見を本人の前で解き明かしていいのか、判断を仰いでいるのだろう。基本的には無問題だが、そいつを知ったら生きて帰れねぇぜ、ってされる可能性もあるため、下手なことはいえまい。
だが、どこがα大尉の地雷かわからないのも事実。下手なことは言えないが、ヘタを打たないことも至極困難である。
地雷を踏まない方法はまずない。そもそも、上手く事が進んだとしても、知られている可能性が残るならそれごと隠蔽したほうがいい、と考えるかもしれない。そう考えると、知っていることを隠そうとしても、生き残る可能性はゼロに近く、詳らかに説明して生き残る可能性の方が高い。むしろ、できるだけ隠していると疑われる余地を排除したほうがいい。
「……本人の前で言うものではないが、敢えて言わせてもらう。川内、α大尉に疑われる余地がないよう、事細かに話してくれ」
「おっけぃ。じゃあ、目論見を暴かせてもらうよ」
まず、川内が提示した事実は三つ。
一つ、孤島で俺が攫われた後、朝潮から声をかけられてδ少将の艦隊へ勧誘を受けたが、これを突っ撥ね、α大尉所属の下、ブルネイ泊地に異動したこと。
「ってことは、川内の提督はα大尉になるのか?」
「今はその通りだが、実質的な権限は少尉くんにあるし、折を見て帰すよ」
一つ、本来ありふれた輸送作戦の中継だったこの泊地を、主力を結集させて守りを固める籠城へと、舵を切り替えたこと。そして、その戦力の中に俺がいること。
「確かに俺が戦力として換算されるのは不自然だと思ったな」
「そこは僕の及び知らぬところさ……」
一つ、作戦立案のη少将は過去にα大尉と関わりがあり、また俺を孤島に送った張本人たるθ中将とも旧知の仲であること。
「つまり、俺が提督だということを知っていながら戦力として数えたってことか?」
「……」
α大尉の顔が険しくなった。どうにもここが彼の地雷だったらしい。まぁ、誰にだって知られたくない過去はあるだろう。俺にも黒歴史は覚えがある。
「で、ここからは推測だけど、提督は実はθ中将にとって足の裏の米粒のようなものなんじゃないかな。ここに来ていろんな艦娘から聞いて回ったけど、艦娘と提督というのはあまり互いに好印象じゃないらしいじゃん。中にはケッコンカッコカリなんてものをしている娘もいるらしいけど、殆どが未だにしこりを残している」
そういえば、由良さんは始めからやたらとあたりが強かった。本来はあれが自然だとすると、例の囲いの大半が由良さんのような思想を秘めているかもしれない。
「そんな足踏みが揃わない関係が長く続き、何がきっかけで3年前の事件を繰り返さないかと胃を痛めている中舞い込んだ提督という存在。艦娘よりも更に人間らしい艦娘として海軍の希望になり得る可能性があったけど、θ中将には扱いが難しかった。なんで扱い難かったかは分からないけれど、きっと扱い難いんだろうと予想はできる。だって、そうじゃなければあんな島に提督を置き去りになんてしない」
「川内さん、それは提督としての経験を積ませるという……」
「それは建前に過ぎないよ。テイトクカッコカリは原則として現提督の補佐として暫く勤める必要があるし、なにより最前線にテイトクカッコカリを送るメリットなんてない」
川内、レスバ強いな。感心してみるが、他人事じゃなかったと身を正す。
「まるで腐いものには蓋をするように、逃げ道のない無人島へ提督を置いていったけど、運良く提督は生き続け、今はこの泊地にいる。というより来させられたと言うべきかな、θ中将の失脚を狙うものによって」
「それが僕だと言うのかい?」
「その通り。提督の存在を知っているのはα大尉とθ中将のみ……もちろんβ中佐やその関わりがある人たちに伝えている可能性はあるけど、実際に会っているのはその二人のみなのに、δ少将が提督を攫った。おそらくこの誘拐の裏にはα大尉がいる」
「それはまた……なぜ?」
「δ少将はθ中将と派閥が違うのと、提督の扱いに困らなかったんだろうね。普通は、無人島に送らなきゃいけないほど手間のかかる存在にはならない。だから、α大尉はそんなδ少将に目をつけて唆したんだ。"とある人間の艦娘を御存知ですか"ってね。あとはδ少将が提督を攫って、研究し、人間らしい艦娘の生産方法を確立すれば、δ少将は新たな戦力開発の功労者として一躍発言力を増し、逆にそれをふいにしかけたθ中将は失脚する。そういう算段だったんだというのが、私の予想」
川内の説明が終わり、無言の時間が流れる。というより、無言のα大尉が何か言い出すのを窺っている。説明が長かったが、要するに俺はα大尉に良いように使われていたということだ。海軍内の荒れた権力争いの渦中にいるのは少々面倒だが、いずれ権力者が治めてくれるだろう。
「……川内さん、それならば少尉くんをこの作戦に参加させる意味がない。内地に戻ってから順当に戦果を上げていけば良い。なのにどうして、輸送作戦を防衛作戦に変える必要がある?その理由が僕にメリットのあるものなら、今の話の筋は通るがそうじゃなければ全てが無意味になる。勿論、そんな訳はないから、理由もなければ今の話は全て妄想になるけれど」
「うっ……それは確かに理由はないけど、これだけの艦娘を集めるにはそれ相応の説得力がある脅威がここに来るということ。δ少将はそこに目をつけて、それだけの脅威から民間船を護送すれば泊がつくと踏んで、α大尉を経由してその作戦に参加させた、のかも……」
川内は尻すぼみになり、自信なさげに言う。α大尉に、元々輸送作戦だったのだから、予想を大きく上回る深海棲艦の艦隊を見逃すはずがない、だとか、作戦に参加中の一提督であるα大尉がそう易易と泊地と孤島を往復できない、だとか、痛いところを突かれ、さらに川内は縮こまっていく。
更に何個か指摘して、指摘する部分がなくなったのか、α大尉が一呼吸おいたところで気になっていたことを口にする。
「……α大尉、そうやって指摘しないってことは、誘拐犯はα大尉でいいのか?」
正味、私的にはこれが最も気になるポイントだった。
川内の言う目論見はα大尉に殆ど論破されてしまったが、誘拐の話については一切触れなかった。また、作戦については全く分からないが、誘拐し昏睡状態で椅子に縛った犯人だと言うのなら、これからもそういう利用のされ方をするだろう。唯一、警戒しなくて良い人だと思っていたが、認識を改めねばなるまい。
「その通りだが、これは君のためでもあるんだ。孤島より日本の方が居心地が良いだろう。だが、ただ日本に帰すと、θ中将がいつか気づかれる危険を孕む。そうなる前に障害となり得るものは排除しておいたほうが良い。そして僕も同じ気持ちだった。利害の一致ってやつさ。多少乱暴に扱ったのは僕がその場にいなかった落ち度だ。謝るよ」
そう言って深々と頭を下げる姿は、あの爽やかなα大尉の面影がなかった。