頭を上げたα大尉は切り替えるように手を叩いて、いつの間にかそこにいた白露に指示を出した。
白露はそれを受けて、壁の奥にいるらしい人に声をかけ、部屋の中へと招き入れる。
「紹介しよう。こちらは護送する船の艦長を務める自衛官。少尉くんには、彼らの指示に従い護送してもらう。作戦前に顔合わせと最終確認をしてもらうために呼んだ」
紹介された男たち4人は対面の席に座り、よろしく、と挨拶されたので、慌てて、お願いします、とお辞儀した。初対面の、それも作戦に重要な人と顔合わせするのなら、先に話しておいて欲しいものだ。
自衛官たちは、珍しいのか川内やら神通やらを代わる代わる見て、ほう、やら、へぇ、やらと呟いている。
そんな中、席順で言えば一番奥に座った男が口を開いた。
「α大尉さん。そこの、席に座ってる娘は艦娘じゃないのか?てっきり、艦娘に指示を出せるのは提督だけだから、α大尉が間に入ってくれるのかと思ったよ」
……また、勘違いされたようだ。
訂正しようと思い声に出そうとした瞬間、被せるようにしてα大尉が俺を制して言った。
「あぁ、彼女はまだ生まれたばかりで、そういった慣習を知らないんですよ。戦闘経験もあまりないので、なるべく具体的な指示をお願いします」
男は、承知した、と頷き、壁際に立つ白露に目を向ける。
「ところで、そこの……えぇと」
「彼女は白露です」
「白露、というと白露型の1番艦か。ふむ、そこの二隻の艦娘は瓜二つだが、姉妹艦なのか?幸運艦の異名を持つ時雨だとか?」
「いえ、時雨さんは黒髪の大人しい見た目をしています。彼女は白露さんと同じですよ」
それを聞き自衛官たちはどよめいた。白露が二人もいるというのは、やはり受け入れ難いらしい。
「もしや、翔鶴や瑞鶴といった空母や、潜水艦を何隻も所有しているのか!?」
男は興奮したように大きな声を出した。翔鶴や瑞鶴といった艦娘はいまだ知らないが、大きな戦力にでもなるのだろうか。
「いえ、空母や潜水艦の数は多くありません。ただ、今回の作戦の司令長官を務めるη少将は空母の運用に長け、また、日本最大の空母保有数を誇りますから、制空権の確保は堅いものになるでしょう」
おぉ!と感嘆の声が上がる。制空権というのはそこまで戦況に差を生むのだろうか。
「だが、我々は夜間の闇に紛れて船を進める。その活躍を見れないのは残念だ。……して、空母をほとんど動かせない夜に、戦力は十分なのか?」
「無論、正面から戦うわけではありませんから、戦力は最低限です。しかし、時雨と矢矧を筆頭とした精鋭が島の反対で敵艦隊と衝突する作戦ですので、敵はそちらに注力するしかないはず。万が一にも対応できるよう、精鋭の潜水艦が後を追っています。危険はありません」
そうなのか。知らなかったが、これで一安心である。万が一、戦闘にでもなると、俺にできることは少ない。特に精鋭が集っているとなれば、俺はむしろ足手まといだろう。
つまり、俺が今回の作戦でやることは戦闘でも護衛でもなく、ただ民間船についていくだけ、それだけである。
「うむ、問題なさそうだ。では頼んだぞ、白露」
……?
白露と言った男はこちらに手を差し出した。なんだろう、この手は。まるで握手を求めているようだ。だが、俺は白露ではない。
件の白露は壁際に立っている。白露も白露と呼ばれて、少し挙動不審気味に俺と自衛官を見て、困っているようだ。
男は少し待っても手を握らない俺に気まずそうな目を向ける。成り行き上、なぜか手を伸ばされているのは俺なので応じようか。そう思って、手を握ろうと机の下から出した時、男はなぜか手を引いた。
「いや、嫌ならいいんだ。でも指示は聞いてくれよ?」
嫌というわけでは……まあ、態々弁明するまでもないだろうから、口にはしないが。むしろ、そんなことに時間を使って話の腰を折るほうが無意味だろう。
「……兎も角、戦力の余裕はないのだから、我々は最短距離で安全圏へ向かう。その間の護衛は彼女らが請け負う。これが成功すれば、遂に艦娘の存在を明らかにし、国民からの艦娘への信頼は盤石なものになる。くれぐれも……くれぐれも、だ」
……え、明らかにするの?
くれぐれも、くれぐれも、と男は念押しして、席を立ち、他3人を引き連れて部屋の外へ出た。α大尉は、分かっています、と言ってその姿を見送った。
「……じゃあ、少尉くん。僕たちも港に向かおうか。もう何分もしないうちに――」
α大尉がそう言いかけたところ、ザッ……ザッ……という異音が聞こえ、一旦言葉を切った。
『1950、護送作戦に参加する艦娘は各々所定の位置に着き、2000の作戦決行に備えよ。繰り返す、護送……』
「少尉くん、聞いてのとおりだ。行こうか」
α大尉がそう言って歩き出したので、俺も腰を上げて着いていく。
「さっきの話なんだが、艦娘の存在を明らかにするってのは、日本に報道するってことなのか?」
「その通りだよ」
「じゃあ、この作戦は成功したほうがいい。その方が艦娘に対する心象が良くなる。それぐらいは分かる」
そう、いくら俺でも、護送が成功したところで実際の戦力が弱いなら、報道されても信頼が得られないどころか、むしろ不安感を募らせるだろう、ってのは想像に難くない。
そして、その最たる例である俺は作戦から外した方が良いにきまっている。
「なんとか俺を日本に帰そうとしてくれるのはありがたいんだが、それより、この作戦の成功のほうが大事じゃないか?だから、悪いんだが、矢矧とか時雨とか、もっと適任な艦娘に替えてほしい」
尤もらしい事を言っているが、要は迷惑をかけたくない、責任を感じたくない、というだけである。そんな、今後の命運を左右するような作戦に素人を呼ばないでほしい。
そんな俺の切なる願いを聞き、α大尉は言い放った。
「却下だ」
「……俺を日本に帰そうと腐心してくれたのは承知の上で、またの機会にしよう、と言ってる。面目ないと思ってるし、不甲斐ないとも思ってる」
「却下だ。というか、少尉くん。さっきも言ったが、戦力に関しては潜水艦たちが補ってくれる。そこは心配しなくて良い。その上で、言っておくが、報道自体はこの作戦の成否に問わない。上層部はそこを重要視しているようだけど、本来、報道による心象は二の次さ」
俺の熱弁は空振り、無念にも却下されてしまった。しかし、心象が二の次とはどういうことだろう。艦娘を報道するメリットなんて、心象のためか、美少女集団なのを活かして海自の就職率を上げるくらいしかなさそうだが……。
「本来の目的を言うと、また働きたくないと言い始める気もするが……まぁ、簡単なことさ。僕らのような妖精が見える人間を探す。これが本来の目的だね」
「なるほど」
妖精が見える人間?俺は人間のときに見えた記憶がないが、そういう人間もいるのか。
まぁ、成否を気にしなくても良く、潜水艦たちのおかげで安全は保証されている。なんとかなるのではないだろうか。
そんな期待を持って、俺は広い海へと踏み出した。