恥ずかしくて逃げてしまった。
「護衛する船は三隻か……俺は真ん中にいればいいのか?」
「そうだよ。通信機器も片耳につけてね」
孤島にいたときは、こういう作戦に関わる会話には無理矢理にでも入っていたが、なんだか入る気分になれない。きっと、謝ってもらえれば、いつも通り振る舞えるのだろうけど。
孤島で最後となる提督との会話、というか喧嘩別れは、未だに自分の中でも決着がついていない。川内さんたちにとっては、さっさと仲直りして欲しいそうだが、直接的に仲裁しないあたり、川内さんたちも立ち位置を決めかねているのだろう。
決着はついていないにしても、あたしが何に怒っているのか、あたしなりに纏めてみた。それは、艦娘だから提督を護らなければならないのに、あたしが護れなかったこと、それを伝えたのに優先してくれなかったこと、そして何だかんだ生き残ってしまい艦娘の価値が低くなっていそうなこと。……挙げてみてわかったが、あたしの性格はだいぶ悪いらしい。
考えてみれば、あたしは提督を思っているほど大事に思っていなかったらしい。当然だ。たった二週間である。今回の喧嘩だって、初めは危険だからと心配を押し付けていたが、纏めてみれば、艦娘だからが枕詞につく一般論である。
だから、川内さんたちもあたしの意見には半ば賛成なため提督の味方はできないのだろう。逆に川内さんたちは、生まれが提督だから、提督の感情が理解できてあたしの味方もできず、傍観しているしかないのだと思う。
提督と別れて、α大尉に従ってこの島に来て、そんなことを日々考えていたけれど、いざ提督に会ってみると言葉が出なかった。
言葉が出なくて、気持ちを吐き出せなくて、恥ずかったり気まずかったり、そんな思いが心を巡り、何をぶつけたかったのか分からなくなって逃げてしまった。有り体で言えば、後回しにしたわけである。
神州丸さんが呼びかける声を背中越しに聞きながら走って、走って走って、頭が冷えてようやく理解できた。そして急に立ち止まったら、神州丸さんの柔らかいものが頭で跳ねた。
あたしが考え抜いた結論は、つまるところ、頼られないのが寂しくて不安でどうしようもないから、提督には何もしないで欲しい、と言っているに過ぎない。こんなこと、提督は面倒だというし、了承しないだろう。
そんな不甲斐ないことを結論としてぶつけようとしていた自分が恥ずかしくて、でも同時にそれを言わなくてホッとして、神州丸さんの胸の中で顔を赤らめていると、α大尉が一緒に提督のところへ行かないかと誘ってきた。
当然もう喧嘩を解消する手段はなく、会っても気まずいだけなのだが、作戦の話となると艦娘として参加しないわけにはいかないため誘いに乗った。
……嘘。ほんの少しだけ、提督に期待していた。彼は分からないことだらけでもなんとか考えて、一応その場を乗り切れる程度の解決策を提示できる。それが、傍目には綱渡りすぎて、はらはらとさせられるのだ。ふふっ、あの夜なんて酷いもので……。
まぁ、そんなところはあたしにはない良いものを持っていると思うから、何かあたしには考えつかない奇想天外な解決策を講じてくれると期待していた。
こんな調子で、作戦会議となっても身が入らず、偶に名前を呼ばれる度に焦った。そのくらいには頭の回らないあたしも、考えていたというわけである。
これ以上は微塵も出ないとばかりに考えたのだから、もういいだろう。取り敢えず、またあたしが怒ったときに解消するとして、今回は仲直りしてしまおう。と、身も蓋もない我儘な結論に傾きかけると、タイミングが良いことに船の出港時刻になった。
提督と並走するように、会話できそうでできなさそうな微妙な距離感で護衛する。あたしも気まずいが、提督も気まずそうだ。
夜に紛れて、というわりには早い8時からの出港。まだ夕焼けがあたしたちの髪を染め上げ、輪郭がはっきりしない頃合い。特に、提督からはあたしが丁度夕陽と重なって、直視できないだろう。都合がいい。きっとこれから、恥ずかしいことを言わなければならないだろうから。
互いに気まずくて会話にならないが、チラチラと提督を見ると、孤島の頃から見ないうちに少し変わったように思えた。
あの艤装の使い方もままならない提督が、今では自然にあたしの横を進んでいる。普通の艦娘の白露といわれても、服装を除けば遜色ないほどだ。
彼も成長しているようだ。母親、いやお姉ちゃん的視点から少し感動を覚えた。もう一つ、心が傷む気がした。
やはりあたしは、何もできない提督を望んでいるらしい。それは、白露としての感覚なのだろうか、建造してくれた名前も忘れた提督の感情なのだろうか、それとも、あたしの生い立ちのせいだろうか。
あたしは生まれてから三年前の事件が起こるまで、男性の性欲の捌け口として生きていた。今では生理現象など艦の頃に何度も見てきただろう、と冷たいことを言えるが、当時は辛かったように思う。
そして、その後の3年間はθ中将の下、休養という名の雑用に従事し、艦娘として提督と会話できる程度には回復を図った。そんな経緯のあたしを、何故θ中将が提督に秘書艦として推薦し、孤島に送ったのか――要は捨てたのか、少し恨んだりも……おっと、話がズレた。
閑話休題。つまり、力を持つとあたしが脅かされかねないから、何もできない提督を望んでいるの、かも?もう考えるのは面倒だから、そういうことにしよう。
でも、こんなことを言い出しても、提督はきっと、そんなもの白露が強くなればいいじゃん、と言い始めるに違いない。
では、遠くに行ってしまうようで寂しいから、何もしなくて良いと懐柔してみようか。もしかしたら、提督には泣き落としが効くかもしれない。……って、ああ!ダメだ!もう説得じゃなくて、負けを認めた上で配慮を願っていることになる。それに、提督は冷徹で冷酷だから、きっと泣き落としは効かないだろう。
もう、衝動的に殴ってごめんなさいしようかな……。提督はきっと許してくれる。謝るだけ謝れば、元の関係には戻るのだ。それでいいだろう。
「ご……」
また、言葉が声に乗らなかった。代わりに目から涙が流れてきた。涙はあたしの気持ちを代弁するようだったが、提督には言葉にしないと伝わらないだろう。あたしの蚊の鳴くような声を聞き取って振り向いた提督に、海水が目に入っただけと誤魔化す。
あたしが涙を拭き取る仕草を怪訝な面持で見つめてくる。どうやら、夕陽はもう沈んでしまったらしい。
恥ずかしい、恥ずかしい、と心の中で復唱する。言語化できないのも、喋れないのも、それで泣いてしまうのも、すべて提督にとっては不可解で、勝手に感情が昂っているように映る。
「……性格悪いね」
やはり、提督から謝ってもらわなければ、次の言葉は出てこないらしい。謝るということには勇気がいるらしいが、結果的に今のようなことなのだろう。自分から謝らないと決めてしまえば、涙も止まる。これを勇気と呼ぶかは、些か議論の余地がある。
落ち着いたので提督を見ると、あたしを真っ直ぐ見て固まっていた。これはあれだ、考えているとき提督はよくこうなる。心の中で考えていることを書き連ねているから、同時に他のことができないのだろう。なんたるシングルタスク。こういうところは変わらない。
こういうときは提督が考えていることを想像するのが楽しい。きっと提督はどう慰めたものかと考えているのだろう。その努力に免じて、どのような言葉をかけられても、満足気にしてあげよう。
「今更言うまでもないだろう」
……予想外の言葉が返ってきた。彼我の距離を詰め寄る。あたしの顔は孤島以来、いちばんの熱を放っているだろう。
「提督がいっちばん悪かった!」
ようやく、言葉が出てきた。