「さて、と」
太陽は既に傾き始めており、その頃の建物の進行状況はというと、未だ、四方を囲む壁のうち一方向が塞がったのみだ。
川内と俺は別々の壁を担当しており、俺より早く終わった川内はまたもや水を飲んでいる。
なんで俺のほうが先に始めたのに、川内の方が早く終わるんだよ!と心の中で文句を叫びつつ、集中の続かない自分を悔いる。
集中が続かない理由として考えられるのは、やはり、空腹からだと思う。
2日間何も食べなければ、割と空腹感は抜けるものだと思っていたが、その感覚は日に日に強くなっている。
体が変わったことが原因なのか、活発に動いていることが原因なのか、まあどちらにせよ、そろそろ食事が欲しくなってきた。
「川内、釣りに行こう」
「サンマはもう少し先だよ?」
秋刀魚?何言ってんだ?
確かに秋刀魚は海で取れるのだろうが、別に他の魚でも良いだろう。そこまで固執するものでもないと思う。
「秋刀魚じゃなくても、食えるものはあるだろ。おそらく」
「へ?食べちゃうの?」
川内が、こいつ何言ってんだって顔で見てくる。いやいや、聞きたいのは俺の方である。なんで、釣っても食べないんだよ。食べるだろう、普通。
「…あぁ!食べるのね!そっか、提督は人間だもんね」
なんかもうよく分からないので無視でいいだろう。
と、時間がないのだった。釣りというのは時間がかかるため、少しでも多く時間を取っておきたい。
そのため、川内に艤装を使い、一緒に海に出てもらうよう頼む。
「えぇー、川内ちゃんはオレンジ疲労だよう。疲れたぁ」
「さっき、休憩したろ」
ヤバい、イライラしてきた。
頼んでいる立場で急かすような事を言うのはどうかと思う。だけれども、そういう最低限のルールすら守れないほど、単純な思考になってきている。
お腹が減ると怒りやすいってのは、こういうことなのだろう。
よし、クールに、なるべく無感情でいこう。
「…仕方ないなぁ。提督がどうしてもって言うんなら、夜戦、してあげてもいいよ?」
「だから、夜戦はしねぇって」
全く、こいつは何を言っているんだ。夜戦にそれほどの価値はないだろうに。あれはただ暗いだけではないか。むしろ明るいうちのほうが戦いやすいだろう。
川内は不貞腐れたように頬を膨らまし、やーせーん、やーせーん、とうるさく騒いでいる。
「夜までに帰るから。夜戦とかあり得ないから」
「夜になったら夜戦していいの!?やったー!」
いや、夜になる前に帰ると言っているだろう。
もし、夜になるとしたら、それは魚が釣れなかったときだろう。
だが、α少尉の説明では、人間が海で魚を取らない分、魚の量は増えているそうだ。そのため、魚が普段よりも取りやすい、と言っていた。
まあ、それでも、万が一、時間がかかることがあるとするならば、夜に帰らざるを得なくなる。
とは言っても、夜戦の怖さというのは二日目の夜と五日目の夜で嫌というほど思い知らされたので、夜戦には持ち込ませない。
「夜戦はなしだ。深海棲艦に遭遇したら、逃げる」
「ちぇー、次は夜戦、してよね」
「それは、さっきの多数決を取ってからだろう」
「うん、もっちろん」
そう言って川内は快活に笑う。
川内は黙っていれば美人というか、可愛いと綺麗を足して二で割ったような感じだ。
というか、知っている艦娘は皆整った顔をしている。
しかし、今の俺が少女であることが関係するのか、不思議と全く興奮とか、緊張とかしない。
「というかさ、提督はどうやって釣りすんの?」
妖精製の釣り竿を用意している川内がそう問いてくる。
ははは、そんなもの決まっているじゃないか。
「川内に運んでもらうんだよ」
「エッ」