「船の準備はできたか」
重々しい声で隣にいるα中尉に声をかける。α中尉は敬礼をして、一言一句間違えないように冷や汗を垂らしながら答える。
「はっ、港に着き次第、出港できるとのことです」
「うむ、下がれ」
「はっ失礼します」
少し早足でα中尉は先程少尉が出ていった扉から出ていく。完全に扉が閉まったことを確認して、友人に電話をする。
2回ほど鳴り、冷たい声のする女性が電話に出る。
《はい、こちらη島鎮守府の執務室です》
《おい、そっちの提督と変われ》
《…流石に頭にきました。お言葉ですが、私は一航戦の加賀です。おい、と呼ばれる筋合いもなければ、面識のない人に命令される筋合いもないです。しかも…》
《じゃあSFと伝えろ》
そう言うとくぐもった声で、冷やかしですかと言って、紙の捲る音がする。
《SFが何かは存じ上げませんが、こちらも暇できゃっ》
奥でなにかものが崩れる音がして、男の声が入る。
《悪いなθ中将こっちもちょっと忙しくてな》
《なに、気にするなη少将》
《本当に悪かったって、加賀には後でお前のこと知らせておくから》
《冗談だ》
《それで、無礼不遜な態度誠に申し訳しようがございませぬが》
芝居がかった言葉で話をしていく。
《加賀がさ、お前が中将だって分かったら青ざめて仕事が手につかなくてさ。ちょっとフォロー入れるから待ってくれ》
《ああ、わかった》
そう言うとη少将は電話を片手で塞ぎ、加賀に話し始める。しばらくすると電話の持ち主が変わった。
《先程の失言、申し訳ありませんでした。θ中将に対する傲慢な態度、重ねてお詫び申し上げます》
そう言い残してη少将に受話器を渡してから駆けていったのが電話越しでもわかる。
《うちの加賀、かわいいだろ。クールビューティーな感じから実は…みたいな》
《お前の性癖は聞いていない。…で、こっからはあれについての会話だ。秘書官が帰ってきたりしないだろうな》
《性癖ってほどではないと思うんだが…まあいいや、あれは赤城のところ行ってるんじゃないかな。一応鍵は閉めておくよ》
《あと青葉も危険だ》
《知ってるだろ?俺のところには重巡がいないんだよ》
《それもそうだな》
《それで、船の用意はできていると伝言は伝わっていないのか?》
《いやそれは確認した。まず船の件感謝する》
《相変わらず堅いな。なに、お前にはでかい借りがあるからな、まあ今回もだいぶでかいが。これで借りは返せたな》
《ああ、そこで、だ。船が帰ってきたあと、適当に深海棲艦をあの島に送ってくれ》
《…なるほど。分かったやってみよう》
《必要なら艦娘を送るが》
《いや、大丈夫だ。こちらで可能だ》
《貸一つ、だな》
《赤城とうまく行かなかった時よく助けてくれたじゃないか》
《あれは同期の好だ》
《じゃあこれも同期の好だ》
《ふっ、では頼んだぞ》
《ご期待に応えられるよう、尽力いたしますよ》
最後に演技をして電話が切れる。相変わらず自由に生きてるいい友人だ。まあ自由に行き過ぎて痛い目を見る典型的なやつでもある。
(さて、あとはウチの白露を運ぶだけか)
夕立や時雨と違い、あまり活躍の場がない他の白露型のうち、改二が実装されている4人の練度を上げようと思った矢先に捨てることになるとは思いもしなかった。
外出許可を渡して事故に関わるものだから、揉み消すのが少し難しく上から目をつけられている。今は大人しくしていたほうが良さそうだ。
それはともかく、白露が急にいなくなったら白露型が騒ぎ出すだろう。白露は少々出難いため、新しくθ鎮守府に来るのはいつだろうか。
いなくなったら騒ぎ、新しく建造されたら受け入れる。そんな艦娘に最初は戸惑っていたが、慣れてしまえばどうとでもなる。
白露を持ち上げ人気のないところを通ってから車に向かう。シートベルトを締め運転手に発車するよう命令する。
港につくとη少将と秘書官加賀と目が虚ろな艦娘が並んでいた。η少将はやぁ、と手を挙げ、それに控える形で加賀が後ろにいる。
「今日はγ鎮守府への視察でしたね。それまでの道は我々η鎮守府の名を持って、確実に中将に傷をつけるような真似は致しません」
少し芝居っ気の足りない言葉の羅列。というよりギリギリ意味が伝わる程度の文章。あまりη少将らしくない。怪訝な顔をしていると、察したのか笑って答える。
「悪いな、少し船酔いしたんだ。まあこれを理由に加賀に面倒見てもらうから別にいいんだけどな」
本人の前でそんなことを口走るので、後ろに怒ったような恥ずかしいような微妙な顔をしている現秘書官がいる。
「さて、立ち話はなんだ。そろそろ船に乗ろうじゃないか」
そう言ってθ中将の斜め後ろにつき、船に向かう。そうすると並んでいた艦娘らが一斉に敬礼をする。まさかまたあれを使ったのだろうか。
「次はどうにもできないぞ」
「…こうでもしないとこの仕事は回らないものでね。今回が初めてだし、大して問題にならないだろう。それよりも俺はお前の心配をしているのだが」
少し後ろの加賀が急に青ざめる。
(お前、なんて中将に言うなんて流石に無礼だと思うのだけれど。でも提督同士の会話に首を出せるわけでもないし…。赤城さん、助けてください)
みたいなことを考えているに違いない。η少将はとても楽しそうである。
「迷惑をかけすぎるなよ」
「そこら辺は弁えている」
船に乗り込むと丁度よいぐらいに空調が管理されていることが分かる。艦娘らは乗ったことを確認すると、この船を囲むように連携を取る。
そうして出港してから中に入ると、η少将がうめき出した。全然弁えてないじゃないか。
「うぐぐ、船酔いが悪化したようだッ。こ、これはクールビューティーな人に助けてもらわなければならないと心が叫んでいるっ」
船酔いしてるとは思えない名演技で、大きく手を振り舞っている。そんなη少将を見て加賀はとても冷たい目で見ている。その反応であっているのだが、本心が追いついていない。
(あああ、ど、どうすればいいのかしら。えっと、えっと、η提督を休憩室に連れていく方がいいのだけれど、中将がお見えになっている手前、先に案内するべきでもあるはず。赤城さんならどうしますか)
と考えていることが手にとって分かる、らしい。η少将はついでに、最上階に憲兵がいる部屋がθ中将の部屋であることを言った。
「ガアアッ、栄光の一航戦のかの付く方の手がなければ助からないだろうッ」
そう言って船内をのたうち回る。うわぁ流石に引く。というかいい大人がよくそこまでやるよ。ここまでくると加賀が可哀想なので、目配せして奇行を止めるよう加賀に伝える。
「η提督、起き上がってください。とりあえず休憩室へ向かいましょう」
「加賀は気が利くね。ありがとう」
そう言ってこちらを睨む。やりすぎだと口パクをして、最上階を目指す。エレベーターを使い最上階を押そうとしたところで、その一つ下の階にずらす。
「なるほど、そういうことか」
η少将があの奇行にはしった理由、それは憲兵を下の階に集めるため。つまり、最上階に声が届かないにしてもこれはη少将の船のため、近くの憲兵はη少将のもとへ向かう。
そうすると彼の使う部屋が開くことになるので、ここまで運んできた白露をそこに置くことができる。荷物用エレベーターを使い白露をこの階まで上げ、彼の部屋をノックして入る。
「やあ少尉くん元気にしているかい。って寝ているのか。では」
わざわざにこやかに入ったが、少尉が寝ているため意味がなくなってしまった。普通ならば尉官を剥奪し、艦娘の記憶を消して、一般人としていたところだが、どうせ消える運命だと思い不問にする。
無言で白露をベッドの上に乗せ、カーテンで仕切り開けるなの紙を貼る。こうすれば、憲兵も開けないだろうし少尉とは話すなと命令しているため、白露がいると知られることはないだろう。
そして、特別何もなかったかのようにエレベーターに乗り、最上階の客室に行く。
「よし、これであとは手筈通りに行けば、奴らの耳に入らずに消せる」
ニタァとした笑みを浮かべた。