街の運営に関する書類仕事に追われてしまい気が付けば既に夜更けだ。市役所に残っているのは自分と自分の秘書だけで、市役所の中は静かなものだ。それにしても北九州鎮守府に葛原提督が着任してからというもの、驚くくらいに順調に事が進んでいる。前任者の平川市長が失脚して謀殺され、市長選挙に立候補すれば葛原提督からの支持を得る事に成功した。久藤提督との繋がりもしっかり確保出来ている。他の候補者である源さんは勝手に暴走して久藤提督の不興を買って脱落し、東雲さんは葛原提督が私を支持する事が報じられると、葛原提督の意思を尊重したいと言って市長選挙から辞退した。候補者が私一人になったのだからあとは信任投票だけで、流石にこれで落選は無いだろう。
「綾瀬様、お疲れ様です。本日はそろそろお休みになりますか?」
「そうですね。仕事が順調に進んでいる時にどんどん進めておきたいところではありますが、無理をし過ぎて体調を崩しては元も子もありませんね。派閥の構築は順調ですか?」
「はい、概ね順調です。源さんの派閥は源さんが葛原提督と対立した時点でこちらに流れて来ていましたし、今回の一件で完全にこちら側に付きました。東雲さんの派閥は派閥ごとこちらの傘下に入っています。こちらはまだまだ派閥としての力はありますので、ある程度の権益は持っていかれますが、大きく対立する事はないと思われます。それよりも問題は・・・」
「オークションでのやり取りで疑心暗鬼に陥る者達が多い件ですか・・・」
「はい・・・派閥内でも探り合っている状態で・・・こちらにも綾瀬さんが購入した絵画について、何か問題はなかったのかとか、高値で買い取らせて欲しいなどと問い合わせが多くて・・・」
存在しない汚職の証拠に踊らされる人のなんと多い事か・・・あんな嘘にここまで騙されるとは・・・冷静に考えれば証拠品など残して販売なんてするわけないでしょうに・・・
「そうですか・・・葛原提督のイタズラにも困ったものですね・・・」
「あれをイタズラで済ませるのですか?」
「あの程度の嘘で騙される方が悪いですよ。馬鹿から金を巻き上げようとしたら、思ったよりも馬鹿が多かっただけですよ。」
「それはそうかも知れませんが・・・」
「しばらく放っておけば次第に落ち着きを取り戻すでしょう。葛原提督に騙されたと反感を抱く人も多いでしょうが、それはそれで私にとっては都合が良い。葛原提督と関わりを持つ人間は少ないほうがやりやすい。」
「そうですね。綾瀬様が葛原提督とやり取りが出来る数少ない窓口となれば、双方に恩を売る事もやりやすくなるでしょう。」
「ええ、葛原提督とは上手く付き合いたいものです。彼には北九州の防衛に専念して頂いて、美味しいところは私達で頂きましょう。」
計画が順調に進んでいる事を喜びながらも、少しばかり疲労が溜まっているのを感じる。ですが政務を疎かにすれば懐に入るお金も減ってしまいますからねぇ。この北九州という街はもっともっと大きく出来るはずだ。そんな事を考えていたら執務室の電話が夜の静けさを壊して鳴り響く。こんな時間にいったい誰でしょう?秘書が電話対応をしてくれているが、どうにもただ事では無い雰囲気ですね。
「綾瀬様、艦娘新教司祭の神林様から大至急取り次いで欲しいとの事ですが・・・かなり気が動転しているご様子です・・・」
ふむ、神林さんですか。あの方はそこそこの地位にいるにも関わらず小心者ですからねぇ。逆に言えばあの臆病さがあってこそ無事に司祭の地位までなれたとも言えますが・・・あとあの人は臆病なわりには欲深いのも不思議なところです。臆病であれば影でコソコソしていれば良いものを、強気に出られる相手だと思えばすぐに調子に乗りますからねぇ。
「分かりました。代わりましょう。・・・もしもし、綾瀬ですがどうされましたか?」
「た、助けて下さい!!このままではあの狂犬に殺されてしまう!!」
「穏やかな話ではありませんね・・・まずは落ち着いて状況を教えて貰えますか?」
「あの狂犬提督が今度は私を狙っているのです!!このままだと平川元市長や源さんや大森前提督のご遺族のように私も消されてしまいます!!」
どうやら葛原提督と何かあったようですね。葛原提督の性格であれば余計なちょっかいを出さなければ、わざわざ関わってくるとは思えませんが・・・
「葛原提督がですか・・・神林さんから何か手出しをしたのですか?」
「そんなわけありません!!あんな狂犬に手出しをするなど恐ろしい!!なにもしていないのにあの狂犬は横須賀の艦娘を連れて艦娘新教の北九州支部を訪問すると言ったのです!!」
「横須賀の艦娘を連れてですか?これはまたどうしてそんな事を?」
「表向きは横須賀の艦娘が軍艦防波堤を見たいからと言っていました・・・しかしこちらが歩み寄りの姿勢を見せた途端に牙を剥いたのです!!球磨から真実を聞いている。こちらに手を出せばどうなるか分かるなと!!あれはきっと横須賀の力を盾にして、私を潰しに来ているに違いありません!!」
ふむ・・・おそらくは歩み寄りの姿勢を見せたのが原因でしょうね。葛原提督にとって我々のような人間が友好的な態度を取る事は、敵対行動と似たようなものですからね。それと横須賀の力を借りて潰しにきたというのも違うでしょう。横須賀の力は強大ですが、政治的な話には絡んで来ないでしょう。余計な事さえしなければ問題無いとは思いますが・・・せっかくなので恩を売っておきますか。艦娘新教側に恩を売っておくのは悪くありません。
「少し落ち着いて下さい。葛原提督は関わろうとしなければ、そうそう荒事は起こさないはずです。」
「そんな馬鹿な!?あの狂犬は久藤提督の権威を無視して平川元市長を謀殺したばかりか、源さんを深海棲艦のエサにしようとしたり、そのまま海上を引き摺り回した奴ですよ!?大森前提督の御子息も顔面を徹底的に殴られたそうですし、噂では暗殺者を素手で殴り殺したとも聞きます!!そんな奴が荒事を厭うだなんて信じられません!!」
うーん・・・どうにも悪いイメージが先行しているようですね・・・葛原提督はそこまで野蛮な方ではないと思うのですが・・・これはこれで都合が良いかもしれませんね。
「私は葛原提督から支持を貰えるくらいには仲が良いです。私が仲裁に入れば葛原提督も矛を収めてくれるでしょう。」
「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!!ありがとうございます!!」
「その代わりこちらの指示に従って頂きますよ?葛原提督は気難しい方です。我々の感覚で親しくなろうとすれば怒らせるだけです。神林さんが余計な真似をして、これ以上葛原提督の反感を買ってしまえば、私としては今後の事を考えて手を引くしかなくなります。」
「わ、分かりました。それで私はどうしたら良いのですか?」
「まず当面の目標として、極力関わらずにやり過ごす事が一番です。葛原提督は嵐のようなものです。下手に手を出そうとしても怪我をするだけです。大人しくやり過ごすのが一番安全です。」
「何を言っているのですか!?私はもう既に目をつけられているのですよ!?」
「逆に言えばまだ目をつけられただけです。大人しく距離を取ろうとすれば彼は興味を失います。葛原提督は面倒事を嫌いますから、干渉さえしなければ攻撃してくる事は無いでしょう。」
「そ、そう言われれば・・・艦娘新教と関わりたくないと言われましたね・・・こちらが干渉しなければ干渉しないとも言っていましたが・・・あの言葉は信用出来るのでしょうか?」
そこまで言われていたのに殺されると考えていたのですか・・・いや、まあ、そんな話を鵜呑みにするのもどうかとは思いますが・・・
「おそらく本心でしょう。ちなみに葛原提督はいつ軍艦防波堤に来ると言っていましたか?」
「明日の朝とだけ・・・はっきりと時間は聞いておりません・・・」
「そうですか・・・まあ良いです。もし宜しければ横須賀の艦娘が軍艦防波堤を訪れる際に、私もご一緒しましょうか?私が神林さんと葛原提督の間に入れば、葛原提督もそうそう揉め事は起こさないでしょう。後はそのまま葛原提督と関わらなければ、そのままやり過ごす事が出来るはずです。」
「本当ですか!?ありがとうございます!!ありがとうございます!!」
「では具体的に葛原提督を迎える為に何をするべきか話を詰めましょう。」
これで神林さんに大きな恩を売ることが出来ました。後は葛原提督を怒らせ無いように神林さんの動きをコントロールすれば良い。人の顔色を伺うのは私の得意分野です。上手く立ち回って、しっかり利益を頂くとしましょう。
葛原提督は身内からだけではなく、外部の人間からもヤバい奴と認識されているようです。悪い噂というのは尾ひれがついてすぐに広まりますからね・・・