深淵へと交わるオカリナの旋律   作:龍羽

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開幕。


1, 邂逅  < ファーストインプレッション >

 

 

「   ク  ル・・・ ルーク! おきて 」

 

 誰かの声がきこえる。

 誰の声だっけ

 記憶を手繰りながら、ゆっくりと目を開く。

 ぼやける視界。

「よかった 気がついたみたいね」

 ゆっくりと焦点が定まっていく。

「どこか怪我はない?」

 アイスブルーの瞳が近づく。きれいな女だ。

「・・・・・・ここは?」

 ゆっくりと上体を起こしつつ、周囲を見渡し   そこで、彼は息をのんだ。

 闇夜に仄かなヒカリの香る白い花が咲き乱れた草原だった。どこかで水の音もする。空には満点の星が輝き、幻想的な風景を創り上げている。

 その美しい光景に見入りながらも、見覚えのない場所にいる理由を求めて、彼は自らの記憶を手繰り始めた。

 彼の名は、ルーク・フォン・ファブレ。

 キムラスカ王国ファブレ公爵家の一人息子だ。

 腰まで届くほどの長さの、先端へ行くにつれ金色に変わっていく夕陽のような朱い髪。半袖の裾が長い白いコートは前が大きく開くようになっていて、割れた腹筋が露になっている。黒いズボンは足下がたっぷりとしたもので、言われなければ、とても彼が公爵子息だなんて思わないだろう。

 

 その公爵家の子息が何故こんなところにいるのか。

 そもそも彼   ルークは、久しぶりに彼の屋敷を訪れた剣術の師匠、ヴァン・グランツに稽古を付けてもらっていたはずだった。この世界の宗教を担う『ローレライ教団』。その教団が組織する『神託の盾(オラクル)騎士団』。ヴァンは、それを束ねる首席総長の地位にいた。故に有事の際はその采配を揮って騎士団をまとめなくてはならない立場にいる。

 そして今、その有事が起きており、それを解決するまでしばらく屋敷に訪れることができなくなるということらしかった。

 ルークはそれを聞いてそれはもう機嫌を損ねた。しかし、「今日の稽古はいつもより多く時間を取る」というヴァンの言葉に、ちゃっかり機嫌を直したルークは、嬉々として剣術の稽古に取り組んだ。

 だが、その時間もあっさりと幕を降ろす。

 屋敷に侵入者が現れたのだ。その侵入者こそが   

「そうだ、お前   師匠(せんせい)を・・・!」

 

 これまでの経緯を思い出したルークは、がばっと身を起こして少女の肩を掴む。

 そうだ、侵入してきたこの少女は、あろうことかルークの敬愛するヴァンに刃を向けたのだ。

 師匠のピンチに黙っていられるルークではない。

 彼は稽古に使っていた木刀を構え、振り下ろし、少女もまた、ルークが向かってきたことに気がついて、自らの杖で彼の木刀を受け止めた   その瞬間。

 眩い閃光と耳をつんざくような激しい音が鳴り響き、そして気がつけばここにいた、という訳だった。

 少女は自分の肩に置かれたルークの手をすげなく払いのけ、淡々とした口調で話し始めた。

「わたしはティア。どうやら貴方とわたしの間に超振動が発生したようね」

「ちょう、しん どう・・・?」

 『初めて』聞く単語を繰り返す。何を言っているのかさっぱり『わからない』。

「迂闊だったわ・・・第七音素譜術師(セブンスフォニマー)だから公爵家に匿われていたのね」

 戸惑うルークにかまわず、少女   ティアというらしい   は、ひとり何かに納得したようだった。

 『知らない』単語の連発にキレて、わけも分からずいつものように癇癪を起こすも、「あきれた」といって取りつく島もない。さっさと先に行こうとする背に慌てて駆け寄った。

 どんなにいけ好かなくても、こんなわけの分からないところにひとり残されることの方がごめんだった。

「貴方を屋敷まで送り届けるわ   こんなことになったのはわたしの責任だもの」

 彼女がなぜ後ろめたそうなのかも、わけが分からない。

「んーなの当たり前だっつーの。つか、どーやったらこの森を抜けられるかわかるのかよ?」

 さらには今の状況だ。森になど、それも夜の森に『初めて』入ったルークには不可能な問題に思えた。

 すっとティアの腕が上がり、つられてそちらを向けば、涼やかな音を立てて流れる小川が目に止まる。

「あの川沿いに下って、後ろに見える海を目指しましょう。川づてに歩けばきっと街に辿り着くはずよ」

「海・・・?」

 言われて、ルークは振り返り、初めて『今いるところから遠い場所』をしっかりと認識した。

 

 両側を高い崖に挟まれた高い場所だった。抜けるように開けた草原いっぱいに、淡く浮かび上がる白い花が咲き乱れる。

 両脇の崖からはいくつかの滝が飛沫を上げている。あたり一面の白い花弁は幻想的に夜空を舞った。空には満月。

 やわらかな光に照らし出され、一望するそれはまさしく   

   あれが、 『海』なのか・・・?」

 

 ルークは、この日『初めて』海を見た。

 

 

 

 

   * * *

 

 

 

 

 沢沿いの獣道をルークとティアは降りていく。

 時折襲い来る魔物は、ルークが木刀で沈めた。ティアは後衛で、ルークの至らない所を譜術で補っていく。

 初陣にしては、彼は筋が良い。さすが神託の盾(オラクル)の主席総長に剣を仰いでいただけはあると、ティアはここまでの短い道程で起こった戦闘で感じていた。この先もまだこうして戦うことがあるだろう。ならばどこかの街できちんとした武器を調達した方が良いかもしれない。

「おい、まだ森抜けらんねーのかよ」

   口や態度が悪いのは玉に瑕だが。

「もう少しよ」

 このやり取りはもう何度目になるだろう。ティアの口から深いため息が出る。彼女自身が引き起こした状況とはいえ、こう何度も続けば正直頭が痛くなる。

 

 ルークはルークで、頭にきていた。

 久しぶりの楽しい時間をぶち壊されたあげく、気がつけばどこだか知らない森の中。魔物はいるし、暗いし、靴は汚れるし、おまけに大好きな師匠(せんせい)を襲おうとした根暗ないけ好かない女と一緒にいなきゃならないなんて   イライラせずにはいられない。

 こんなところはさっさと抜けて屋敷に戻りたかった。屋敷にいた時は、あれほど出たくてたまらなかった、憧れもあった『外』の世界。でも今は一刻も早くこの森を出て帰りたかった。

 

「止まって」

 不意にティアが声を上げる。

「なんだよ、俺に命令すんな」

 いら立つルークは気分に任せてティアにあたる。ティアは構うことなく続けた。

「静かに   何かが近付いて来てる」

「へ?」

 ルークが呆然としている間に、遠くの方から草を踏む音が聞こえてきた。いや、草を踏むというよりこれは   駆け抜ける音だ。それも複数。

 

「また魔物かよ」

「そのようね、しかもひとつじゃない」

 ティアが杖を構える。

「また何匹も出んのかよ」

 ルークも木刀を構える。岩壁を背にしたティアの前に立ち、周囲に意識を向ける。

 音が近づく。

「来るわ   上!」

 

ザザッ!

 

 頭上でひときわ大きな音。

 ふり仰ぐルーク。

 高さ数メートルといった高さから飛び出してきたのは、緑色の大きな塊   いや違う。ミドリの服を着た『人』だった。

「へっ?」

 思わず間抜けな声が出る。

 それは飛び出してきた人物にとっても同じこと。ルークと目が合うや否や、彼を避けようと身をよじるも間に合わない。

 青年はそのままルークのいる場所に落下した。

 ルークの悲鳴が響く。

「ごめん!ヒトがいるなんて思わなかったから   大丈夫か!?」

「ヤロゥ・・・」

 青年はすぐにルークから退いてくれたが、イライラの頂点にあったルークはキレる寸前である。

「おれをだれだと思って   

「ちょっと、喧嘩はあとにして頂戴!」

 ティアの叱責でハッと我に帰る。

 

 周囲には彼らを囲むボア型のモンスターたち。

 屋敷を離れて数時間。団体様の記録を更新した瞬間だった。

 

「いち にぃ、さん・・・    あっちゃあ、7匹かぁ   せっかく撒いたのに、また出てきちゃったな・・・」

 青年が苦笑いしながら立ち上がる。

「また出たって おまえのせいだろ!何とかしろ!」

「本当にごめんな?にーちゃん。ごめんついでに剣持ってない?実は落としちゃってサ」

「はぁ!? おまっ 丸腰かよ!?ったくしゃーねーな   邪魔だからちょっと下がってろよ   いくぞ、ティア!」

 ティアの返事を背にしてルークが走り出す。

 一番手近にいた一体に迫り、上段から弧を描くように斬りおろし、さらに飛び上がる勢いで斬り上げる   

「『双牙斬!』」

 師匠直伝の剣技『双牙斬』。覚えたばかりだったが、この数時間ですっかり十八番になった。

倒れる魔物。すかさず次の魔物へと走り出し、右へ、左へ剣を振り、1匹ずつ確実になぎ倒していく。

 

トゥエ レィ ズェ クロア リョオ トゥエ ズェ ・・・

 

 戦闘中に澄んだ歌声が響く。

 一体の魔物の足元に出現するアメジスト色の譜術の光。光に飲まれた魔物は、がくんと体勢を崩してそのままフラフラと倒れた。

 ギロリとティアを睨む魔物。術を発動させた彼女を危険だと判断したのだろう。狙いを定め、足踏みを始める。

 その隙をついてルークが一閃   そして『双牙斬』につなぐ。

 この合間を縫ってティアが移動する。ある程度距離を取り、敵の注意が全て前衛にあることを確認して、再び詠唱に入る。

   “深淵へと誘う旋律”   

 再び響く音色とアメジスト色の光。

 

 ルークが斬って、ティアが歌う   単純な繰り返しだが、二人の戦法は確実に魔物を減らしていった。

 

 

 だが、ルークが最後の一体の相手をはじめたとき、ティアの死角になった茂みから、別の一匹が姿を現した。

 

 詠唱後だった彼女は無防備。

 ルークは間に合わない。

 持っている杖をなんとか構えるティアだが、果たして防ぎきれるのか   

 

 しかし飛び出してきた魔物は、みるみるその足を緩め   やがて大きな音を立てて横倒しになる。完全に止まったのはティアがバックステップで避けた場所。間一髪だった。

 

「おい!」

 ルークが何とか最後の魔物を倒して駆け寄ってくる。横倒しになった魔物を見て、ふっと一息ついた。

「んだよ。飛び出してきたかと思ったら突然倒れやがって、出てくんなっつーの」

 ルークの悪態を聞き流しながら、倒れた魔物を見る。

 

 矢が一本刺さっていた。それも正確に、片方の目を射ち抜いている。

 

 

 

「ふぅ、 間にあった」

 

 戦闘中、意識の外に置いていた第三者の声にハッと顔を上げる。青年が草を踏み鳴らしながら近付いてくるところだった。

「おねーさん、大丈夫?」

 コトン、と音がしそうな感じで青年が首をかしげる。

「え、ええ・・・わたしは平気よ。それより   

「あーーー!!」

 話の途中でルークが声を上げる。

「おまっ、 さっきは丸腰っつってたよな!?」

 彼は青年が手に持つものを木刀で指す(正直危ない行為なので後で叱ろう) 簡素な作りの弓。魔物に刺さる矢を放ったのは、彼だということ。矢は急所を正確に射抜いていた   かなりの腕だ。

「んだよ、武器持ってんならわざわざおれが戦う必要なかったじゃねーか!何でさっさと言わねーんだよ!」

 ルークにとっては、弓矢の腕は二の次の話らしかった。凄腕の青年は頬を膨らませる。

「仕方ないだろ?弓の弦が切れちゃったんだ。張り直してたら魔物に見つかったんだよ   それに!」

 ずいっと青年に詰め寄られ、ルークがたじろぐ。

   こいつ、なんかおれより背高ぇ?

「オレ、丸腰だなんて一言も言ってないぞ?」

 にっ、と青年がいたずらっぽく微笑んだ。

   確かに。

 思い返せば、青年が何かを答える前に戦闘に入ってしまったのだった。彼の言うとおりルーク、否これはふたりの思い込み。

 

「でも、おかげで弦張り直せたから助かったよ。ありがとう、にーちゃん」

 寄せていた顔をコロッとはなし、今度は素直そうな笑顔で青年が礼を言う。一転ルークは顔が熱くなるのを感じた。

「べっつに お前のためじゃねーし!」

 耐えかねて彼は顔を思いっきりそらしたうえ、木刀をしまって頭の後ろに腕を回す。今が夜でなければ耳が赤くなっているのが見えただろうか。

「魔物も倒したんだからもう行くぞ。 さっさと森、抜けるんだからな!」

 大股に歩き出すルーク。

 

「ちょっとまって。森を出るならそっちじゃないよ!」

 青年がルークを呼び止める。ルークはがくん、と足を止め、不機嫌そうに青年を睨んだ。

「んだよ。お前には関係ねぇだろ?」

「待ちなさいルーク   ごめんなさい、貴方はこのあたりの人?」

「ちがうよ。でもさっきまで高いところから遠くを見てたからさ。あっちの方が明るくなってた」

 青年がルークが歩き出した方とはちがう方   ずいぶん右側だ。若干下り坂になっている   を指しながら言った。

「夜なのに明るいのって、月か街の灯りくらいだろ?だからこっちの方に下って行ったら出られると思う」

「マジで!? んじゃ、さっさと行こうぜ!」

 くるりと方向転換。さっきまでの機嫌の悪さは何処へ行ったのか。

「あ、あんまり急いだら危ないよー!」

 青年が声を上げるのもかまわず、ルークは意気揚々と坂道を下って行く。

 

「あー・・・大丈夫かな?」

 やれやれと青年が頭をかいて苦笑いしながら歩き始める。ティアも続いた。青年の顔を窺いながら口を開く。

「ずいぶん慣れているのね」

「そうかな?」

「あなたは・・・」

 

 問いかけようとした言葉は不意に上がったふたつの悲鳴で消える。今の悲鳴は前方   ルークが消えた方からだ。

 駆け出すふたり。

 

「どうしたの!?」

「あ、お前。ちょっとこいつに言ってくれよ!」

 茂みの向こうのルークに追いついて駆け寄ると、彼から少し離れたところに頭を抱えて震える男がいた。そのそばにはバケツが転がっている。

「ひと・・・?」

「あんたの仲間か!? やっぱりあんた、漆黒の翼の   

「だから、おれはその漆黒のなんたらなんかじゃねーって言ってんだろ!?」

 青年が「漆黒のなんたら?」と首をかしげるのにもかまわず、男がさらに恐慌状態で続ける。

「あんたらのことだろ!?男女3人組の盗賊団!   たのむ!命だけはとらねぇでくれ! すぐそこに俺の辻馬車があって、金ならそこにーー!!」

「え、オマエたち盗賊なのか?」

 青年がハッとルークとティアを見る。

 なぜ、自分を除外したのかしら。

「違うっつーの!おれをケチな盗賊なんかと一緒にすんな!」

「でも赤い髪?だし」

「どんな理屈だよ!」

「お腹出してるし?」

「好きで出してんだからいーだろ!?」

「でも、変わった格好だよね」

「そりゃお前がだろ」

 もはや漫才の類である。本人たちがいたって本気のようなので毒気を抜かれてしまう。

 

 だが、ルークの言うとおり、青年はあまり見ない格好をしていた。

 ティアが纏うのはローレライ教団の制服だ。

 ダークブラウンを基調とし、中心に五線譜を思わせるような白線の入ったノースリーブのワンピース。同系色で二の腕までの長さがあるグローブをしている。彼女の亜麻色の髪によくなじむ色合いをしている。

 とはいえルークの服装とは違い、あくまで制服   珍しいものではない。

 

 一方の青年は、一言で言えば   ミドリ。青年がルークの服装を変わっていると言うように、彼もまた変わった格好をしていた。

 肩より下に垂れるミドリのぼうしにミドリのチュニック。木の幹を思わせる色のブーツ。髪の色は小麦色か、太陽の花を思わせる。月明かりということも相まって、きっとこんな森の中ではあっという間に彼を見失ってしまうことだろう。

 

「・・・なんか、ちがうみたいだね?」

 ティアが青年の衣装を観察している間に、疑いが晴れたらしい。いや、これは同情されてしまったのか。

「すみません。お騒がせして」

 でも疑いは晴れたみたいだし、良しとしようかしら・・・

 ほっと心の中で一息つく。そうして男が喋っていたことを思い出した。

「そう言えば先ほど辻馬車とおっしゃっていたようですが」

 落ち着きを取り戻した男に訊ねる。

「ああ、俺は馭者だよ。ちょっと水を汲みに沢に来たんだ」

「馬車は首都へも行きますか?」

「ああ、終点は首都だよ」

「助かった!」

 男の言葉にティアは思わず声を上げる。ルークがこちらに寄ってきた。

「何が助かったんだ?」

「ルーク、馬車があるみたいよ」

「マジか!?ヤリィ!   もう山道はうんざりだぜ!」

 ティアの答えに諸手を挙げて喜ぶルーク。すっかり機嫌を直してくれたようだ。

「あなたはどうする?」

 青年に声をかける。彼は「そうだなあ・・・」と曖昧に返事をしたあと、少しばかり名残惜しそうにこちらに振り返った。

「この辺、まだ魔物がいるみたいだし、一度出なおしたいからオレもついていくよ   ここには、いないかもしれないし」

「誰かを探しているの?」

 青年の答えにおやと思う。ずっと単独だと思っていたが、どうやら同行者がいたようだ。

「さがしてるって言うか、『はぐれた』かな   剣と一緒に」

 とても気まずそうに声を落とした答えだった。

「剣失くすって バカだな」

「ルーク」

 ティアがたしなめるとルークは悪ぶることなくそっぽを向いてしまった。

「暗いから仕方ないよ。とにかくここを離れよう?」

 青年も一緒に出発することを決めたようだ。

「決まりね」

「じゃあ 3人だね」

 話がまとまったとみて、御者の男がほがらかに告げる。

 

「1人 1万2千ガルド   3人だと 3万6千ガルドになるよ」

 

 とてもいい笑顔だった。

 さっきまで怯えていたとは思えないほどの。とても活き活きしている。

 

 そしてその笑顔とは反対にティアは青くなった。

「高い・・・!」

 思いもよらぬ金額。彼女の手持ちでは全然足りない。

 

「そうか? 安いだろ」

 対照的にルークは何でもないと言う顔だ。

「屋敷に着いたら父上が払うからさ、乗せてくれよ!」

「だめだめ!うちは前金制だよ」

 だが、対する御者の男はすげなくはねのける。

「んだよ。さっきはふるえ上がってたクセに!」

 

   ルークに頼ることはできなさそうね。

 御者と言い争いを始めるルークを見て、ティアは早々に見切りをつけた。

 

 ふと、となりに目を移すと、小さな袋を握りしめたまま動かない青年に気がついた。心なしか涙目に見える。

「・・・貴方は?」

 イヤな予感を抱きつつ、声をかけると彼は「おねーさん」という弱々しい声でとんでもないことを口にした。

「がるどってなに・・・!?」

 その予想外の問いに気が遠くなるようだった。

 

 この世に、ガルドを知らない人間がいるなんて・・・!

 これが、『世間知らず』   

 

 未だ御者の男を相手に騒いでいるルークと、彼女のとなりでひとり衝撃を受けて途方にくれる青年を見比べ、彼女は深く、それはもう深くため息をついた。

「仕方 ないか・・・」

 ティアはおもむろに自らのうなじに手をまわし、首にかかっていたそれを引き上げた。

 取り出したそれを大事そうに手で包み、御者の前に歩み寄る。

「これで どうかしら」

 

 差し出されたものは、中心に石のはまったペンダントだった。美しい装飾が施されている   ルークが見ても、良いものと分かるほどの。

 

「ほう、こいつはいい品だ   いいよ、3人 乗って行きな」

 御者は嬉しそうに受け取ったものを懐に収めると、「水を汲んだら出発だ」と言い残し、茂みに放り投げてしまっていたバケツを拾うと、そばを流れる沢に水を汲みに行った。

「お前 いいもん持ってんな   これで靴を汚さずにすむわ」

 これで解決、よかったなーとばかりに、ルークはティアに話しかけた。

 途端に彼女の表情がかすかにゆがむ。

 驚いて彼女の顔をもう一度見るが、瞬きひとつの間にそれは消え、何事もなかったように凛とした冷たい表情に戻っていた。

 

   あれ 気のせい、か?

 

「おねーさん、ありがとう・・・」

 青年がなぜか済まなそうに謝ると、彼女は「いいの」と返した。

 

 そのやりとりを見て、ルークの中に何やらもやもやとした気持ちが生まれる。

「なあ! お前、さっきからおれらのこと、年上みたいに呼んでっけど!」

 ルークは、その「おもしろくない」という気持ちのまま、ずいっと青年の前に身を乗り出した。

「お前、歳いくつ?」

 そして気づく。というか、確信する。

   こいつ、やっぱおれよりちょっとでかい!

 口調からだとそうは思えないが、青年はルークと同じか、ちょっと高いくらいだった。認めたくないことに。

「えと   じゅっ う・・・なな?」

 青年は、なぜかつまずくように答えた。

「はあ!? おまっ 同じ歳かよ!?」

 ルークが驚くのも当然。彼の言動はこどものようで、彼は完全に年下だと判断していたのだから。

 

 そしてそれは、ふたりののやりとりを見ていたティアも同様   そして悩む。

   わたし、そんなに老けてる?

 彼女は、16歳だった。

 

「はは、 にぎやかだねえ」

 いつの間にか水を汲みおわって戻ってきた御者の言葉に、彼女は思わず苦笑いをした。

 

「じゃ、馬車はこっちだ   着いといで」

 御者の案内で、3人も歩き出す。が、幾許もせずに「そうだ」と、ルークが青年に声をかけた。

「お前 なんつーんだ?」

 藪から棒である。今度は何なのだろう。

 青年も首をかしげる。

「名前だよ な ま え!」

 そう言われて初めて、青年には名乗っていなかったのを思い出した。

 

「おれはルーク   おまえは?」

 青年は、ぱちくりと瞬きすると、ふわっとほほえんで答えた。

「オレは   リンク」

 答えた瞬間鼻を鳴らしたルークは、もう用はないとばかりに先に進んでいく。

 

 あっけにとられたのは一瞬。青年がクスクス笑うのにつられてティアも微笑んだ。

 

 巻き込んでしまった、朱毛の彼。

 傍若無人でおよそ気遣いから縁遠い人物だと思っていた。ここまでの短い道のりでだって、彼女は何度ため息をついただろう。頭が痛くなるような言動に、自分が悪いのだからと引け目を感じつつ、屋敷に送り届けるまではと我慢していた。

 そんな彼が意外なことに、ささやかな   それでいて大事なことに気がつかせてくれた。

 

「私はティアよ。よろしく」

 名乗って、手を差し出す。

 青年は、ティアが差し出した手を見てとっさに左手を上げようとし、慌てて右手に持っていた弓を出しかけた左手に持ち替えて握手に応じる。

「こちらこそ よろしく!」

 

 それは、月明かりの中でも眩しいほどの屈託のない笑顔だった。

 

 

 




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