がたん がた ごとん
体の揺れとともに聞えてくる、不定期的なリズムを刻む音にルークはぼんやりと目を覚ました。
「ようやくお目覚めのようね」
正面からの少女の声。寝ぼけていた焦点が瞬く間に合っていく。
目の前に見えたのは亜麻色の髪の少女、ティア。
「よく眠れた?」
杖を傍に立てかけ、両手を膝の上に揃えてこちらを冷めたかんじの目で見たまま、少しトゲのあるような感じでティアが聞いてくる。
「ぜーんぜん! 揺れるし、硬いし もう最悪!」
気分がおもむくままに文句を言ってみせた。
実際は太陽が昇ってずいぶん経つ時間 ぐっすり眠っていた、という方がしっくりするくらいだ。
ティアはそっとため息をついた。
それとは対照的に、無邪気な笑い声。
「ルークはオレよりねぼすけなんだな?」
からかうような声にルークは不機嫌そうに隣をにらんだ。
こちらは金色の髪にミドリの服の青年、リンク。窓枠に片腕をひっかけて、いたずらっぽく笑いかけてきている。
ふたりとは昨晩森の中で出会ったばかり。目的が一致したから今は一緒に辻馬車に乗っているのだった。
「あ、ルーク 海だ!」
出し抜けに『海』という言葉を聞いて、ついリンクのいる方の窓に目が移る。その瞬間窓の外の緑が一転し、一瞬白に染まる。程なくして馬車の中に響く車輪の音が『ゴトン、ゴトン』という等間隔の低い音に変わった。
目が慣れて窓越しに見えたのはどこまでも続く青。音が変わったのは橋にさしかかったからだった。
「オレ、海初めて見るんだよ。夜の海も良かったけど、昼の海もキラキラ光ってキレイだなぁ!」
リンクがそう言ってこっちに振り向く。
同じことを思っただなんて素直に言えずに、ふいっと反対側の窓の外を見る。長い橋がもうすぐ終わるところだった。
「待ってリンク、貴方もなの?」
ティアの声が聞こえる。
「何が?」
「昨日、ルークも海を初めて見たなんて言ってたから 海ってそんなに珍しいものでもないでしょう?それとも貴方もどこかに軟禁されてたの?」
軟禁
その言葉に反応してリンクを見る。
ルークは「身の安全のため」だとして、自らの屋敷に7年間ものあいだ軟禁状態にあっていた。
さらに追い討ちをかけるように、軟禁前のことを全く覚えていない『記憶喪失』 目が覚めて、前の日のことを振り返って確認することが習慣となっているのはこのためだ。
「まさかお前も記憶喪失とかなのかよ?」
ぎゅっと眉をひそめて思ったことを口にする。
「記憶喪失とは違うよ」
リンクは軽く慌てて否定した。
「海を見たことがなかったのは、オレが生まれたところが海からはなれた国だったから。前に見た世界地図で、そんなハナシをナビィとしてさ。いつか見たいねってふたりで話したことがあるんだ」
そうして楽しそうに笑う。
そうなのか、とルークがほんのりと顔を伏せたその対面側で、「あら?」というティアの不思議そうな声の方へと顔を向ける。
「いま国って言ったわね 貴方、どこの生まれなの?」
ティアは頭の中にこの世界 オールドラントの地図を描くが、海に面さない国に心当たりはなかった。
「オレは 」
リンクが答えようと口を開いた、まさにその時だった。
ッドォオオオン・・・!
激しい地響きが馬車を襲い、ひときわ大きく揺れる。
「なんだ!?」
ティアの静止の声を無視してルークは馬車から身を乗り出した。
飛び込んできたのは巨大な白い船
『そこの辻馬車、道を開けなさい!巻き込まれますよ!』
くぐもった男の声が、前方から響いた。
次いでさっきの爆発音が何発も続く。白銀の船体に並ぶ砲塔から、次々と譜陣が現れては発動している。狙われているのはこちら側 ルークたちが今まさに渡り終わろうとしている橋の方へ疾走する別の馬車だ。
橋を渡りきると同時に辻馬車がすれ違う。
「何か落としてったよ!」
ルークの反対側の窓から見ていたリンクが叫ぶ。自分も見たくて「マジかよ!」と彼と同じ窓から身を乗り出した。
彼が見たのはほんの一瞬。しかし確かに何かを投げ出したのか、橋の上をゴロゴロ転がる荷物が見えた。
そこでガタン、と辻馬車が進路を変える。正面の巨大艦を避けるため、大きく右へ旋回したのだ。そのままギリギリのところで辻馬車は船を避けて走り抜ける。
すると巨大艦は急に減速しはじめた。土煙が上がり、船の前方に船体をすっぽり覆うほどの巨大な譜陣が展開する。そして
ゴゴォオオオン!
譜陣の向こう 橋が音を立てて爆発した。
轟音と震動で馬車が揺れる。
地面の揺れが収まるまでしばらくじっと見ていると、だんだん土煙が晴れていき、完全に停止した巨大艦の姿が見えた。
その前方は 海 橋が落ちていた。
巨大艦はやがて方向を変え、地平の彼方へ去っていった。
「すっげーーー! ドはくりょく!!」
「おおおーー!」
ルークとリンクがそろって声を上げる。
「貴方たち、そろそろ戻りなさい」
肩をぐっと引き寄せられ、ふたりはそのまま座席につく。もう少し見ていたかったのにと睨みつければ、それ以上に呆れたジト目で睨まれてしまいふたりで思わず姿勢を伸ばした。ティアが重く息を吐く。
「はは! 運がいいなあんたたち!」
が、興奮していたのは彼らだけでなかったと知らされる。御者がたいそう機嫌よく声をかけてきたからだ。
「ありゃあ、マルクト軍の陸上装甲艦タルタロスだ!きっと盗賊どもを追っかけてたんだろうさ ほら、あんたたちと間違ったあの漆黒の翼だよ!」
「「「マルクト軍?」」」
3人の声が重なった。
「なんでマルクト軍がこんなところにいるんだ?」
うろたえて真っ先に疑問を投げたのはルークだ。リンクは隣でハテナを飛ばしている。
「何でって ほら、この辺りは警備が厳重だろ?近頃じゃあキムラスカの奴らが攻めてくるかもって噂も絶えないじゃないか」
「待ってください、ここはキムラスカ王国じゃないんですか!?じゃあ今向かっているのは 」
御者の話でティアも驚愕の声を上げた。
「そうさ!ここはマルクト帝国領・西ルグニカ平野 向かうのは当然、マルクト帝国の
御者の声が誇らしげに答えた。
リンクが戸惑いがちにルークを見る。
ルークはティアを見る。
ティアは目を伏せた。
マルクト帝国領・西ルグニカ平野。
ここから彼らの目的地へ行くには、海峡にかけられたローテルロー橋を渡り、タタル渓谷沿いの街道を抜け、そのまま馬車で南下。『ケセドニア』という街があるので、その港からキムラスカ王国の
そう、つまり
「間違えたわね」
「冷静に言うな!」
落ち着き払ったすまし顔をあげたティアに、ルークがキレた。
「なんで間違えんだよ!」
「土地勘が無いからよ!貴方こそどうなの!?」
「おれは軟禁されてたんだ!場所なんてわかるか!」
屋敷を離れて一夜明け たまりにたまった鬱憤がついに爆発した瞬間だった。
「なんか おかしいなぁ・・・」
訝しむ声でハッと我に返るふたり。リンクはうつむきがちに顔を伏せ、何やら考え込んでいてこちらに意識を向けていなかった。
「あんたら、本当にマルクト人か? まさかキムラスカ人じゃあ 」
「私たちはマルクト人です! 訳あってキムラスカに行くつもりだったの!」
御者を遮るようにティアが声を上げた。その手はルークの口を塞いでいる。ルークの視線が「何するんだ」と語っているが、この様子だと後先考えず正直に「キムラスカ人だ」と答えてしまっていただろうことは簡単に想像できた。ここがキムラスカだったなら良い。けれどマルクトは彼にとって敵国 正直に答えるのは危険すぎる。
「そうかい、わざわざ敵国へ行こうなんざ、難儀なことだねぇ」
幸い御者はなんとか納得してくれたようだ。しかし、それならそれで問題ができてしまった。
「キムラスカへ行くんなら逆方向だったねぇ 橋を渡らず、
「マジかよ!」
ルークがティアを振り切って声を上げた。
ティアは唇をキュッと結ぶ。
御者の言うとおり、ケセドニアに行くための橋はたった今落ちてしまった。これでは街で船に乗るどころか海峡を渡ることもできない。
「俺はこの先のエンゲーブを経由してグランコクマに行くが あんたらはどうする?」
気づかわしげな声色でこちらに声をかけてくれる。
「さすがにグランコクマまで行くと遠くなるわ。エンゲーブまで行って降ろしてもらいましょう それとも、ここで降りる?」
「冗談!エンゲーブまで乗せてくれ! 歩くのたりーし」
ルークの返事を聞いてティアはひとまず一息ついた。ここで降りるなんて言われてその通りにしていたら、道中でまたごね出すのは目に見えていたからだ。
「もうひとりの兄ちゃんはどうする?」
御者が今度はリンクに声をかけた。ルークが彼に目を向ける。リンクはさっきからずっと手を口元に当てて何やら考え込んでいるようだったが、声をかけられたことでゆっくりと顔を上げた。さっきまでとは違う、大人びた顔だった。
「おじさん、この辺に大きな森、ある?」
「森? ・・・そうだな この辺りなら、チーグルの森とテオルの森だろうなぁ」
思案しながらという素振りで御者が答える。
「じゃあ近いのは?」
「チーグルの森だねぇ エンゲーブのすぐ北にあるよ」
エンゲーブの北、とリンクが口の中で復唱するのを、ルークは見た。
「じゃあオレもそのエンゲーブって町までお願いします」
リンクが答える。さっきまでの大人びた光は消え失せていた。
「それじゃ、 3人ともエンゲーブまでだね」
御者はそう言って正面方向に向き直り、手綱を握りなおす。掛け声とともに馬を急かす音といななきの声が聞こえた。
「お前、せっかく町に戻れるっつーのに、また森になんか行きたいのかよ?」
馬車が方向を変えて幾許か。ルークは窓枠に頬杖をつきつつ不思議なものを見るようにリンクに話しかけた。
到着までの時間潰しがてらだったが、リンクが口にした目的地が気になったのも本当だ。彼のミドリづくめの服装といい、行きたいところもミドリの場所とは ルークにとって訳がわからないことだらけだった。
「うん、オレがはぐれた『ヒト』が、そこにいないかなって思ってさ」
「ひょっとしてさっき言ってたナビィって人のこと?」
「うん」
「へえ、どんな奴なんだ?」
「ナビィは」
リンクは一度目を閉じて、大切そうに、嬉しそうにほほえんで答えた。
「やさしくて 強くて 真白くて、 ふわふわしてるんだ」
彼は笑顔で言いきった。それはもう眩しいくらいに。
反対に聞き手のふたりの頭の中はハテナだらけになる。
優しくて強い?
白いのはともかく、え ふわふわって?
つよいのにふわふわ?
嘘をついてるようには見えないけど・・・
「・・・やっぱお前、変わってるわ」
なんだかどっと疲れてきた。リンクはきょとんとして不思議そうにこちらを見ている。
いや、なんでそんな不思議なものを見るような目でこっち見てんだ。こっちがわけわかんねーっつーの。
「見えてきたよ あれがエンゲーブだ」
しばらくして御者が声をかけてきた。ゆっくりと顔を窓の向こう 辻馬車がゆく先。平原にできた道の先に、建物の影が見え始めていた。
「あれ?」
リンクの声が聞こえた。
「ルーク、空に浮かんでる・・・石か? あれ何だ?」
「何って」
視線を前方から上空に移す。
空の向こうに青白くかすんで見える大小さまざまな形の石の列が、地平線の向こうから天上をまっすぐ突き抜けて反対側の向こうへ消えているのが見えた。
出られない屋敷から、いつも空を見上げて眺めていたもの だから答えられる。
「『音譜帯』だろ?」
「おんぷたい?」
「『譜石』でできた空に浮かぶ石のことだろ」
「ふせき」
「『譜石』ってのは・・・」
そこでルークは口をつぐんだ。家庭教師に教わった気もするが、それが何だったのかちっとも思い出せない。思い出そうとすればするほど、教師たちの耳障りなため息と人を馬鹿にしたような声が聞こえてくるようだった。
「だぁーーー! もういいだろ?そういうもんなんだよ!」
モヤモヤした嫌な気分と、わからないことのせいでイライラしてきた。
「ふーん・・・落ちてきたりしないのか?」
「知らねーよ!」
もう答えるのも嫌だ。何でそんなのおれに聞くんだよ。
「地表の音素に引かれて、破片が時折落下することはあるみたいね」
ティアが答えたのでリンクがそちらに注目する。ルークは窓の外を見るふりをして聞き耳を立てた。
「でも大抵のものは大気圏に突入した時に燃え尽きてしまうらしいわ。ごく稀に地上で発見されることもあるけど、その時の大きさは大体小指の先ほどの小さなものが多いの。大きくても手のひらくらいまでが普通かしら」
「へぇー・・・」
リンクの楽しそうな声がなぜだか耳についた。
「あんなの、空見りゃいつでも見れるじゃねーか」
だから面白くない気持ちのまま思ったことを口にする。
ティアは一瞬だけリンクが目を丸くするのを見た気がした。
「・・・故郷が霧ばっかりなところだったからさ 空を眺めるのってあんまりなかったんだよ」
「げっ!?お前の故郷って、空もまともに見れなかったのかよ?最悪だな」
ルークは思わず彼を凝視するほどびっくりした。
見られないところがあるのか。退屈しのぎに見上げるあの空ですら?
しかしリンクはなぜかむっと睨んできた。頭の後ろで腕を組み、わざとらしく体をそらして声色を強くしていく。
「でも一日じゅうホタルがいて 霧の中に浮かんでるのはすごくキレイなんだぞ! あーあ、見せられないのが残念だなぁ!」
「なんだと!?」
カチンと頭にきて、リンクの胸ぐらを掴んでやる。じっとこちらを見るリンクの空色の瞳と目があった。
「ちょっと、馬車の中で喧嘩しないで頂戴」
地の底から湧くような声でティアがが叱る。「あ、ごめん」と素直に謝るリンクを、ルークは乱暴に開放して窓の外を眺めるのに戻った。その様子をじとっと睨むリンク。
ティアはそれを見て深くため息をついた。
小さな子供がふたりもいるみたい。
彼女の中の男性像が、どんどんこどもじみた方向に修正されていくようだった。
こうしてあらゆる不安(?)を抱きながら、彼らの乗った辻馬車は目的地の村『エンゲーブ』の門をくぐって行ったのである。
battleship:戦艦
ジェイドと仲間たちの艦橋シーンは削除されました。
ノベライズ版を読んだ思いつきで、音譜帯のシーンを追加しました。
譜石落下のくだりは隕石のことをアビス用にもじった適当です。真に受けてはいけません。
ナビィさんはつよいんです。