深淵へと交わるオカリナの旋律   作:龍羽

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メガネの大佐にしてやられました。


6, 素性  < トラベラーフロムアナザー >

 

 

 

 最初は、ただ森に『帰って』来たんだと思った。

 

 けれど、すぐに違うような感じがした。

 故郷の森はいつも白い霧で覆われていて、夜は———たとえ月夜だったとしても うっすらと白く霞んでいたから。

 その違和感は、最初の魔物と遭遇したときに確かなものになって。なんとか森を出る方法を探しだした。

 彼女が間違えたなんて考えにくかったけど、ここはオレがいた国とは違う場所に違いないと思った。

 

 剣は、魔物と遭遇したとき初めて失くなっていたことに気づいた。

 仕方がないから弓矢で応戦してた———でも今まで弓メインでなんて戦った事がなかったからか、使いすぎで弦が切れてしまった。急いで張り替えようとしたけど、魔物は次から次へと湧いてくる。とにかく振り切ろうと崖から飛び降りて———はじめてヒトに出逢った。

 

 月の色に似た白い茶色の長い髪のヒトと。

 夕焼けの空のような朱色の髪のヒト。

 オレとは違う民族だと一目で判る。

 

 やっぱりここは、故郷の国じゃない。

 遠くはなれた別の国。

 どうやらおカネも違うみたいだ。

 国を離れるとこう言うこともあるのかと、その時は納得したけれど。馬車でおしゃべりしていると、それもなんだか違うと感じ始めた。

 

 お城のような大きな乗り物。

 空に浮かぶ石。

 聞いたこともない国の名前。

 譲ってもらった地図を開いて、頭の中が真っ白になった。

 まさか 文字まで読めないなんて。

 カンネンするしかない。

 

 ここは ちがう『世界』だと———

 

 いったいどうして こうなったかなんて分からない。

 でも、オレだけじゃ何にも良い方法なんて浮かんでこない。

 

 だから、いつの間にかいなくなっていた相棒探しをすることにした。

 彼女に送られる瞬間、オレと一緒にいた相棒も、もしかしたらこの『世界』に来ているかもしれないと思ったから。それももしかしたら違うかもしれないけど。

 でも万が一相棒も一緒にこの『世界』に来ていたら?

 知らずに置いて帰ってしまったら?

 そんなこと、考えたくない。

 

 相棒を置いて 帰れるワケないだろ?

 

 幸いこの『世界』にも豊かな森はあると言うから、その場所を回って行けば会えるかもしれない。

 あの旅の途中で、『彼』と話した———この旅が終わったら。

 だったら、この『世界』を旅するのも楽しそうだ。 もう、急がなくてもいい旅なんだから。

 

 そう考えて訪れた森で、故郷の『ヒト』のような樹に出会った。

 もう会えないその『ヒト』や故郷を思い出していると、何やらトラブルができたらしい。樹の中に住む聖なる魔物の案内で、森の危機を解決するためにさらに奥へ向かった。思った通り戦闘になったけど。

 

「なんか 後味悪ィな・・・」

 

 驚いた。

 この『世界』で初めて逢ったそのヒトは、オレが今まで考えてもみなかった事をさらりと言ってしまうヒトだった。

 

 がむしゃらすぎて忘れていたコト。

 故郷の誰かさんを思い出す、素直じゃない性格には笑ったけど。

 一緒にいて楽しいヒトだ。

 

 森で助けたヒトが言った通り、やさしい と思う。 どちらかといえば照れ屋なのかな。

 

 このヒトたちと出会えてよかった。

 もう少しこのヒトたちと一緒にいたい。

 このヒトたちと旅をして、この『世界』のことが知りたい。

 

 そうと決まればやっぱり兵士に捕まるのはマズい。

 このヒトたちはこの国のヒトにとって敵だって言ってたから、このおじさん(?)から離れた方がいいのかもしれない。 助けてもらったからちょっと気が引けるけど。

 

 

 彼の勘は正しくも、遅かった。

 気付いた時には抵抗する術を失い、あっという間に連行されてしまったのだから。

 

 

 

 

   * * *

 

 

 

 

ゴウン ゴウン

 

 壁や床の向こうから低い音がする。ほのかに光る石———譜石と言うらしい———に照らされた鉄の壁の室内。外は、扉とは反対の壁の、顔より高い位置に等間隔で並んだ丸い窓からかろうじて見える。その景色から判断するに、今はどうやら移動中らしい———壁を背にして座っているせいで今は見えないけど。

 ティア、ルーク、そしてリンクの3人は、そんな部屋のほぼ中央に据えられたテーブルの長椅子に、壁を背にして座っていた。 すでに縄は解かれ、今はもう縛られてはいない。

 しかし、テーブルを挟んだ向こう側にある出入り口側には、メガネの軍人———ジェイドが立っており、出入り口横の壁際にはアニスとイオンの姿がある。あとは兜を被り武器を携えた青色のマルクト兵が2、3人と言ったところだろうか。

 ルークは椅子の真ん中で腕を組んでむくれていた。リンクも眉を寄せ口を尖らせているものの、居住まいは手を膝の上にと不機嫌が隠れていない表情はともかく意外と行儀は良い。

 

 ジェイドは、その視線を素敵に受け流し、話を始めた。

「———第七音素(セブンスフォニム)の超振動は、キムラスカ・ランバルディア王国、王都方面から発生。マルクト帝国領土、タタル渓谷付近にて収束しました」

 そこでジェイドは一度メガネを直し、腕を組んで改めて3人を見渡した。

「超振動の発生源が貴方方なら、不正に国境を越え、侵入してきた事になりますね」

「ネチネチとイヤミなオッサンだな」

「ヒトもハメるしな」

 不貞腐れたルークの言葉に、リンクも追随する。

 アニスは甘く鼻につく声を上げた。

「へへ〜 イヤミだって 大佐♡」

「ついでに嵌めてしまったようですよ。いやぁ 傷付きました」

 振り返ってその『悪ふざけ』の後を引き継ぐジェイド。どちらともどう見ても傷付いたようには見えない。

案の定「ま、 冗談はさておき」と、何事も無かったように話を再開した。

 

「ティアが神託の盾(オラクル)騎士団の一員である事はイオン様から聞きました。ではルーク———あなたのフルネームは?」

 

「ルーク・フォン・ファブレ———お前らが誘拐に失敗したルーク様だよ」

 リンクの視線を横目の端で感じた。アニスとイオンも目を丸くし、驚いているようだ。

「キムラスカ王室と姻戚関係にある、あのファブレ公爵のご子息というわけですか・・・」

 ジェイドもメガネを正していた。表情は分からないが驚かせられたって事でいいんだよな。 その後ろのアニスって奴が何やらクネクネし始めたのは訳が分からないが。

「コウシャクってええと———え!? ルークって偉い奴なのか!?」

 リンクがワンテンポ遅れてガバッと振り向いてきた。

「これがコウシャク・・・見えないな」

「うっるせ!」

 

———何だってそんな独特な驚き方してんだよ。

 

 ルークが内心舌打ちしている側で、ティアもまた内心でこっそりリンクと同じ意見なのは胸にしまっておく。

「なぜマルクト帝国へ? それも誘拐などと・・・穏やかではありませんね」

「カーティス大佐!」

 しかしジェイドの詰問のような問いにハッと我に帰ったティアは反射的に立ち上がった。部屋の隅でカタリと金属の音が聞こえて続く勢いを飲み込む。ひと息間を置いて彼女はゆっくりと言葉を選んだ。

「今回の件は私と彼の間で偶然発生した第七音素(セブンスフォニム)の超振動によるものです。ファブレ公爵家によるマルクト帝国への敵対行為ではありません」

「ジェイド。ティアの言うとおりでしょう。彼らにそのような類の敵意は感じられません」

 微かに震えてしまったティアの言葉。それはイオンの静かな声音で肯定され、彼女の肩から知らず力が抜けていった。

「———まあ そのようですね。 温室育ちのようですから、世界情勢には疎いようですし」

「馬鹿にしやがって・・・」

 茶化したようなジェイドの口調に腹の中が読めない。

「そっか。 ルークはハコイリって奴なんだな」

 ポン、と納得するように手を打つリンク。ルークが「けっ」と悪態をついた。

 

———リンクも 何を考えているのかしら・・・。

 

 この空気の中、こんな態度でいられるなんてある意味大物だ。

 

 ジェイドのメガネが光る。

「ではリンク———あなたのフルネームは?」

 メガネのフレーム越しにジェイドが見たのは、きょとんと目を丸くするやけに幼い顔。続くにっこりとした微笑みに興味を抱いた。

 

「オレはリンク。 実はオレ、その ふぁみりーねーむ?って奴は知らないんだ ———物心つく前に死んじゃったみたいだから」

 後ろから「うわ・・・」とアニスの引きつった声が幽かに聞こえた。言動から己の事は知らないだろうと当たりを付けていたとは言え、ルークとはまた違った意味でなかなか肝の据わった青年だとジェイドは思った。

 

———お手並み拝見といきましょうか。

 

 我知らず 口角が上がる。

 腹の探り合いだ。

 

「戦で、かしら。 15年前の」

 再び席に着いたティアの気遣わしげな問いに「そうかも」と眉をハの字に下げてリンクが俯く。

 

 おそらくこれは本当の事。少なくとも家は不明。

 ただ、戦火を逃れた孤児と言うには、その境遇の者がまとう荒んだ空気が彼には無い。

 

「確かあなた方は、エンゲーブへの馬車で知り合ったと言っていましたね。その前はどちらに?」

「ルークとティアと同じ、そのタタル渓谷ってトコだよ」

 淀みなくリンクが答える。

「オレはあちこち旅をして回ってるんだ。 本当は相棒と一緒だったんだけど、逸れちゃってさ。とにかく魔物を振り切ろうと思って森の外を目指してたら、偶然ルークたちと会ったんだ———だから ふたりと出会ったのも正確にはその場所だよ」

 ふーん そうだったのか。と、ルークは特に疑いもせずに納得した。

 

 一方でジェイドもまた本当の話であると一応は納得する。ころころと変わる表情が演技でなければ、と普通なら考えるが、彼の隣には当事者がいる。ティアはともかく、先ほどリンクがからかった通り、箱入りルークの態度がそれを是と物語っている。

 あくまで、ふたりと出会った経緯は本当であると確認した。

「言い忘れましたが」

 だがここでジェイドは最初のカードを切る。

 

「タタル渓谷で発生した超振動は二つです。ひとつは確かにキムラスカ・ランバルディア王国・王都を発生源としていますが、もうひとつの方は発生源が判っていません———貴方じゃ無いですかぁ?」

にやりと笑みを浮かべて両の掌を上に。ついでに肩をすくめて見せる。

 

 観測された超振動の情報開示。

 

 彼はどう出るだろうか。

 丸くなった空色の目。しかしそれは再びにっこりと笑顔を結んだ。

「それが本当でも、オレがそれに乗って来たとは限らないじゃないか。それにオレ、その超振動の原因になるモノなんて持ってないし」

 

 ティアは眉をひそめてリンクの顔を窺った。

 なぜだろう。 何かがおかしい、と思う。

 言葉にできない違和感があるような・・・でもそれを彼女ははっきりと言葉にできない。

 

 ジェイドは口元に手を添えた。

 

———原因になるモノ、ですか。

 

 確かに第七音素(セブンスフォニム)を操る素養を()()()いなければ超振動は発生しませんが———『()()』、ですか。 ルークとティアの話だけを聞いていたならそう言えなくも無い。なるほど。

 リンクの返しに新鮮な感覚を覚えつつ、次の手を打つ。

 

「質問を変えましょう———タタル渓谷の前はどちらに?」

「えっと、ケセドニアって町だよ」

 視線が泳いだが、『嘘を吐いた』と言うより『思い出す』方の泳ぎ方。そう言えば村ではティアが『行き先を間違えた』と言っていましたか。では———

 

「ケセドニアですか。 と言うことは貴方もキムラスカ人ですね。今の時期なら大変過ごしやすかったでしょう。平原の旅は楽しかったですか?」

 イオンとアニスが思わず「えっ」とジェイドを見上げるのをルークは見た。

 

「ああ。 相棒と一緒にね。 風も穏やかでいい所だったよ」

 ジェイドの口角が上がる。ビンゴだ。

 

 へぇ。反対側に行けてたら『平原』があったんだ、とルークは何となしに思った。

 リンクがそう言うならどんな所だったのか少し気になる。バチカルに帰るまでに立ち寄れたらいいとちょっとだけ考えた。

 

「ケセドニアの南って確か・・・砂漠じゃあ」

「へっ?」

「えっ?」

 リンクとルークがほぼ同時にアニスを見た。

 不覚にもアニスには、ふたりが小さなこどものように見えた。何でそろってこっち見ちゃうかなぁ。その反応にこっちがビックリなんですけど。

 

 一方でルークは「こいつ何言ってんだ」と思った。

 だってリンクが『良い所だった』って言ってたのに。ジェイドだって———

 

「そうそう、うっかりしてましたが」

 ジェイドはここぞとばかりに声を張り上げた。

「ケセドニアは自治区ですので、キムラスカにもマルクトにも属していません。さらに今アニスが言ったように、あの地は砂漠の入り口ですから、年間を通してなら『比較的』過ごしやすくなっているでしょうねぇ」

「なっ・・・!?」

 リンクが弾かれたように立ち上がった。マルクト兵が再び反応するが、リンクは意にも介さない。

 

「おいっ、どう言うことだよ!?」

 一方ルークは訳が分らなかった。

 ジェイドがルークを()()して話を進めていく。その態度にイライラした。

「いやぁ 見事に引っかかっていただけて助かりました。思ったより駆け引きの心得があったようで冷や冷やしましたよ。 しかし、地図くらいはしっかり読み込んでおくべきでしたねぇ」

 

 少なくとも、ジェイドが何かでリンクを貶めようとしたのは分かった。分かったけど、それはおかしい。だって———

 

「何言ってんだ。 リンクは昨日 宿で地図広げてちゃんと見てたんだ! 間違える訳ねぇだろっ!?」

 そう言い放ったルークはリンクの顔を見上げて———その顔が明らかに曇ったのを目撃した。ズキリと胸が痛む。 リンクにとって決定的に不利になる事を口走ってしまったと、ようやくルークは気が付いた。

 

「おやぁ そうすると、地図を見たのに地理が分らない、という事ですか?旅が好きだと仰っていたのにそれはおかしい———まさか文字が読めない訳でもあるまいし」

 

「そうなのか?」

 ストン、とリンクが椅子に戻る。

 隣に座っているからから、ルークからリンクの顔がちらっと見えた。あいにく前髪で目元は分からないけど、唇をぎゅっと引き結んで食いしばっているように見えた。

 その顔は、知ってる。その顔のあと、誰も彼もルークの前から消えていった。『前はあんなに聡明でいらっしゃったのに』って言って。

 リンクもいなくなるのだろうか。

 

 

「あ”〜〜〜またハメられたっ!」

 リンクが突然テーブルに突っ伏した。まるで頑張っているのに出来なかった時の癇癪のようだ。

 ルークは無意識に息を吐いた。

 

「それは誉め言葉と受け取りましょう」

 涼しい顔でジェイドが笑う。こっちは、マジムカつく。

「慣れない事なんてやるんじゃなかった・・・」

「いえいえ。なかなか上手にできていたと思いますよ。 ただ、相手が悪かったですねぇ」

「自分で言うんだ?」

 突っ伏したまま顔を上げたリンクは完全に恨みがまし気なジト目だ。

 

「ではボロが出たところで改めて。もう一度伺います———何処からやってきましたか?」

 ジェイドは声のトーンを少しばかり落として迫った。「今度は誤魔化さないでくださいよ?」と、念を押すのも忘れない。

 

 リンクは目元を片手で覆い、長く 息を吐いた。そうしてゆっくりと手を下ろしながら———静かに口を開く。

「オマエみたいなヤツが相手だと、まともに取りあわないって言われた———ナンクセ付けるのが目的だからって。 だから、そういう時は———」

 下りていく手がテーブルに着く———その瞬間。

 

「強行突破 しろってサ」

 

ぞろり

 

 ルークは思わず居住まいを正した。

 ティアの背筋を冷たいモノが下りていく。

 部屋にいる兵士たちの鎧ががしゃりと音を立てる。

 アニスは思わず隣に立つイオンの袖をつかんだ。

 

 部屋の空気ががらりと変わった。

 これから戦闘でも始まりかねない———強烈な雰囲気。

 

「この期に及んでまだ逃げられると? 往生際が悪いですねぇ」

 メガネを押し上げたジェイドだけが呑まれずに平然としている。

「オマエが何度もハメるからだろ」

 まるで無邪気なこどもがイタズラに成功した時のような顔。

 部屋を占める、この威圧さえなければ。

 

「まともに話も出来ない謎の人物なんて、怪しくて逆に気になるじゃありませんか。正直に事情を明かしていただけないと、こちらも牢屋にブチ込まないといけないものですから」

「物騒だなぁ」

「ちゃあんと潔白が証明されれば開放いたしますよ」

 

 両者とも一見笑顔だが、目が笑っていなかった。

 

———こっ 怖えッ・・・!!

 

 とても居心地が悪い。

 リンクの隣にいるルークには、リンクとジェイド双方のにらみ合いが直に見えてしまう。一刻も早くこの場を離れたいのに、周りにマルクト兵はいるし、扉の前にジェイドがいるし、そもそもルークが座っているのは長椅子の真ん中だし———何で端に座らなかったんだと思っても後の祭りだった。

「信じられない話だから、それらしく別の言い訳を考えたんだけどな」

「では、その信じられないお話を我々にお聞かせ願えませんかねぇ?」

 小首を傾げるジェイド。

 そのジェイドから目を逸らさないリンク。

 その手が何かを探るように手を振ろうと———

 

「ああ、もし逃げようとする場合はそちらのふたりから———」

「わぁ——! 話す! 話すよ!」

 

 リンクは慌てて白状した。

 勝者、ジェイド。

 こちらに向けられる満足げな色に変わった笑顔が恨めしい。

 

「たいへんよろしい。 素直が一番です」

「ホントに慣れない事するんじゃなかった・・・」

「その努力には及第点を差し上げますよ」

「別にうれしくない・・・」

 ガシガシと頭を掻いて、リンクがため息をつく。空気が少しだけ和らいだのは気のせいだろうか。

 少なくともルークは、空気が和らいだと感じた。

 だからそれに負けないように声を張り上げたのだ。

 

「おいおっさん! あんまりリンクをいじめんじゃねーよ!」

 

 赤と空の色の視線がルークに集まった。

 

「・・・なんだよ」

「いえいえ。優しいな〜と思いまして」

 ジェイドが人を喰ったような調子で返事をした。それにルークは思わず腰を浮かせかけるが、ふと隣から袖を引かれているのに気付いてそちらを向く。ジェイドとは正反対の、優しげな微笑みにドキリとした。

「ありがとう ルーク」

「べっ 別に! あいつむかついただけだし」

 ふいっとリンクから顔を背けて口をとがらせた。

 耳が熱くなるのを感じる。

 ちょっと母上を思い出さなくもない眼差し。

 色彩は完全にガイだけど。

 

 背けられた若葉色に、リンクもまた色の違う素直じゃない幼なじみを思い浮かべて。

 そうして油断ならない紅玉色と対峙した。

「・・・ホントの事だからね? 」

「ぜひ♡」

 何か企んでいるようにしか見えない怪しい微笑みに、リンクは口の中で「不安だなぁ・・・」とぼやいた。

 

 駆け引きや隠し事はやっぱり苦手だ。

 こんなのやる機会なんて来ないと思ってた。

 でも実際にそんな状況になって———頑張ったけどダメだった。

 教えてもらったのに情けないとは思うけど———あの三人はすごかったんだと改めて思う。

 さてどうやって話そうかと考えて。

 脳裏に過ったのはやはり、さっき思い出した三人の内のひとりの事。

 

 最後に見送ってくれた彼女の顔だった。

 

「・・・オレは、あるヒトに見送られて、元の場所に帰るはずだったんだ」

 リンクは抽象的に話し始めた。

 一瞬『また誤魔化す気だろうか』との考えがジェイドの脳裏を過る。が、それに続いた話に『そうではない』と当たりを付けた。

「なのに、気が付いたらあの森———さっき言ってた、タタル渓谷ってところにいたんだ。暗いし、崖の上だしでビックリした。最初は反対方向に進んでたんだけど、行き止まりだったから引き返してさ。そこで魔物に遭遇して———それで、なんか違うなって」

「違う?」

「初めて見る魔物だったんだ。オレの故郷の森でも魔物は出たけど、あんなヤツはいなかった。それで———いや、うぅぅん・・・」

 リンクのその様子を観察して、ジェイドもまた考えを巡らせた。

 

———自分でも話の整理が出来ていないのか。

 

 現に彼は何やら「地図かな?」とか「いや石のハナシ?」などと悩み込み———明らかに話をまとめるのに苦戦していた。腕を組み首をゆらゆら。

 そうしてようやく考えがまとまったのか、ハッと何かに気付いたように顔を上げた。

 

「・・・その、ルークとティアが乗ってた『ちょうしんどう』?ってさ、もうひとつの方はどこから来たのか分かんなかったって、さっき言ってただろ?」

 正面から空色の瞳が揺らぎなくジェイドと対峙する。

 

「それ、別の世界から来たから分からなかったんだと思う」

 

「別の世界!?」

 金縛りのような雰囲気からすっかり脱したルークが声を上げた。ティアもルークに釣られて詰めていた息を今はほどいている。ジェイドはその様子を視界にとどめてふむ、と一考した。

 おそらくティアとルークが感じたのは余波だったのだろう。現にイオンは平然としているのに、その隣に立つアニスの顔色はまだ青い。短時間ではあったが、イオンはチーグルの森で彼らと行動を共にしていた。 道中で体が弱いのを知ったのだろう———だから敵意を向けなかった。案外器用だ。

 

「つまりは異世界、と言う事ですか———確かに俄には信じられませんねぇ」

 それはさておきリンクの話だ。確かに突拍子もない。

 

 ティアも、なんの前触れも無くそんな話をされていたら信じられなかっただろう。けれど幸いな事に彼女には心当たりがあった。

「そういえば貴方、お金の事は知っていたのに、ガルドの事は知らなかったわね。それに音譜帯や譜石も、まるで初めて目にしたみたいだった」

 

 最初に渓谷で会った頃の会話。

 村での買い物。

 空に浮かぶ音譜帯の譜石の話。

 ああそう言えば、森では譜術の事も不思議そうにしていた。

 

「それは本当ですか」

 こくり、とリンクが頷いた。

「よその国に行ったらおカネが使えない事もあるって聞いてたから、最初はそれかと思ったんだ。 けど、空に石は浮いてるし、馬車のおじさんにもらった地図が前に見たのと違ってたし———それに・・・」

「地図に書かれている文字が、初めて見る物だった、と?」

 再びリンクが頷くのを見て、ジェイドはふむと口元に手を置いた。

 オールドラントでは、通貨はガルドで統一されている。使われている文字もマルクト・キムラスカ両国とも同じフォニック文字だ。たとえ読めなかったとしても、見た事が無いのは確かに可笑しい。

「それでご自分が異世界に来たと確信を得られたのですね。しかし自らそれを明かすのは憚られた———そういう所でしょうか」

 リンクは三度頷いた。

「時を超えたとかそう言うのって、普通は信じてもらえないモノなんだろ?」

「なるほど。賢明な判断です」

 こんな荒唐無稽な話、信じてくれと言われてもすんなり受け入れる事は難しい。何の証言も無いまっさらな状況だったなら。

 

「ジェイド」

 眼鏡を直すジェイドに、静かな声がかけられた。これまでの状況を見守っていたイオンだ。

「やっぱり僕にはリンクが嘘を吐いているようには見えません。彼が異世界からやってきた事は真実だと思いますよ」

「信じがたい話ですが、今はそれ以外考えられませんね」

 

 ティアの証言。

 イオンの後押し。

 ジェイド自身もリンクの発言に納得のいかない点は見当たらない。

 それになにより目に見える証もある———

 

「まぁそれ以前に超振動を乗り物と勘違いしてましたし、聴覚器官が我々と大きく異なっているようですから、異世界から来たと言われた方がむしろスッキリすると言うものです」

 

 朗らかに、あるいは開き直ったジェイドに、リンクは肩透かしを喰らった。

「今までのハナシ何だったんだよ」

「形式美と言うヤツです。貴方のお話が認められた事は保証いたしますよ」

「えええ・・・」

 こんなに厄介だと感じるヒトは初めてだ。これならライガクイーンとサシで戦う方がマシだったとリンクは思った。

 

 リンクが膨れるその横で、ルークはジェイドが言った台詞に引っ掛かりを覚えていた。何だか耳慣れない単語があったような気がしたのだ。

 

 ちょうかくきかん。

 聴覚器官。

 耳のことか。

 

 隣のリンクを見る。顔の横から飛び出した、今は何だか垂れているように見えるとがった三角のモノが目に入る。 とても掴みやすそうな。

「そういや、お前のこれって何なんだ?」

 誰もが止める間もなく、ルークはそれをぐいっと掴んで引っ張ってみた。

 

「い”っ だだだだッッ!!?」

 

「へっ?」

 途端に上がるリンクの悲鳴に目が丸くなる。いったい何が起こったのか。

「それ耳だから! 引っ張るな!!」

 ぺしんと音を立てて手まで振り払われた。

 そこでようやく何を引っ掴んだのか理解する。理解すると同時に信じられなくて目を剥いた。

 

「それが耳ぃ!? てっきり飾りかなんかが飛び出てんのかと思ってた!」

「そんな訳ないじゃん! ってー なぁもう・・・」

 リンクはルークが掴んでいた部分をさする。その手の隙間から見える彼曰く耳の一部が、さっきより心なしか赤みが差しているように見えた。

 

 この出来事に便乗して、ここぞとジェイドは口角を上げる。

「おや まさか本物だったとは。 私もてっきりただの飾りだと思っていましたよ———ねぇ アニス?」

 そう言って振り返ると、未だ青い顔をするアニスの肩がビクリと揺れるのをばっちり見た。

「そ そうですね・・・」

 消え入りそうな声だ。無理もない。リンクはまだ威圧の手を緩めていないのだ。

 しかし そろそろ終わりにしてもらわなければ———この場にいるのが部下たちだけなら、今後の為にも知らぬ存ぜぬを貫きたい所だったが、アニスの方が限界だ。導師守護役(フォンマスターガーディアン)とはいえ、まだ若い少女———こんな事で今後の仕事に支障を来されたら困る。

「ふむ 元気がありませんねぇ———誰かさんの威嚇のせいでしょうか」

 そうして視線をリンクに流す。すると彼は面白いくらい慌てて居住まいを正した。

「ご ゴメンナサイ・・・」

 消え入りそうな声でそう唱えたリンクの肩を落とす姿は小さくなって見えた。

 

 そうしてようやく室内の空気が平常を取り戻す。

 鎧の音が艦の震動音に紛れて聞こえてくる。

 兵士たちの肩の力が目に見えて抜けていく。即座に威圧を解けるのに垂れ流したままにも出来るとは———器用なのか不器用なのか判断が分からない所だ。

 とりあえず兵士たちには強化訓練でも施すべきと、当人たちが聞いたら『鬼畜の所業だ』と悲鳴を上げそうな事をジェイドは考えた。

 

「いやはや強い殺気に私も足が震えて立っているのがやっとでした。 まだ若いのに大したものです」

「笑い事じゃないでるよ〜ぅ 大佐ぁ・・・。 もうわたし、くたくたですぅ〜・・・」

 さすがにこの場で座り込みはしないものの、アニスはようやく息を吐けたと脱力した。

 始めは隣のルークと同じようにちょろい部類の人だと思っていたのに、蓋を開ければ正反対。なんだあの重力譜術(グラビティ)を喰らった時のような迫力(プレッシャー)は。

 ジェイドほどではないけれど、彼女はリンクを『ルークとは別の意味で敵に回すべきではない相手だ』と認識を改めた。

 

 一方リンクの威圧の余波を受けただけのルークは、アニスの言動に首を傾げる。別にそんなに強い威圧だと思わなかったし、ティアだって平然としている。なよなよと弱そうだし、実はそんなに強くないのかもしれないと思ってしまっていた。

 とはいえ短い期間とはいえこれまでの言動から、ジェイドの方は嘘だとはっきり判った。隣のリンクがぽろりと「全然そうは見えない」と呟くのが聞こえたのにも頷ける。まったくその通りなんだよな、あのメガネ。

 

「出来れば貴方の性格と釣り合いのとれない迫力を得るに至った経歴などもお聞かせ願いたい所ですが」

 そのジェイドが 興味津々を装って過去の話を突いていく。

「ただちょっと魔物と戦う事が多かっただけだよ。詳しく話すのは———あんまり面白いハナシじゃないから、今はイヤだけど」

 

 垣間見えたのは、嫌悪よりも『憂い』に見えた。

 こういう表情は歳相応以上だと感じる。

 性格や態度に見合わぬ、迫力、表情。

 さらにライガクイーンとの戦闘の事もある。

 興味は増すばかりだ。

 

「ジェイド、そろそろ良いのではありませんか」

 それも暴いてみようかなどと野暮な事を考え始めた所で、イオンが前に進み出てきた。そのままテーブル脇まで移動していく。

 

 彼の言った通り、確かに薮を突きすぎているのは否定できないか。ここでリンクの———いえルークの機嫌を損ねるのは得策ではない。現在の作戦を考えれば、これ以上は追々としても良いだろう———彼の存在による実害の有無を見極めるのは。

 ジェイドはふっと息を吐いてメガネを正すと、導師イオンの言動を見守る事にした。

 

「僕は彼らを信じます。それに———ここはむしろ 協力をお願いしませんか?」

 

 

 

 

 

 

 




ジェイドにさえ納得してもらえればクリアできると思うですの。

ルークの本質は短髪になった後の方にあるけど、それまでは『自分』を見てもらえない無自覚な苛立ちから傍若無人な態度になってたんじゃないかな、と書いていて思う今日この頃。
目の前で、あるいは陰で、大きなため息を吐かれたりしてたら、たまったものじゃなかったと思う。幼いルークなりに周りの人たちの顔色は窺っていただろうし。
マイナス方面の的外れで余計な勘繰りとか、してしまう事もあったんじゃないかな。


そして今回のリンクの交渉などの処世術や強かさは、例によってハイスペック☆乳母様及び赤毛の女義賊に教えられました。
当初 あまりの彼の状態に天を仰いだ彼女たちの姿が目撃されたトカ、されなかったトカ…


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