結局。カナエの準備が整った時にはとっぷり夜になっていた。
「ずいぶん疲れているようだが、準備はできたのか?」
「す、すいません……。任務に支障はありません」
鬼殺隊の正装のカナエの前の十郎は、和服を着た人の姿だった。
のんびりとした十郎に、カナエは小さくなる。
「さて。昼のうちに見回っている。それらしいところを回ってみるか」
「あっ!すいませんっ……」
事前調査をさぼっていた事に気付き、カナエは真っ赤になって頭を下げた。
「いや。かがりと立ち合いをしたのだろう?礼をいわせてくれ」
「えっ?」
「我らはずいぶん兄弟だけで過ごしているからな。かがりには、そうしてじゃれ合う相手も居なかったのだ。ずいぶん機嫌もよさそうだった」
「……いえ。こちらこそ、とてもためになりました」
「そうか」
頭を下げるカナエを、十郎は優しく見やる。
「さて。いこう」
カナエは小さく頷いた。
*****
「おまえが、はぐれか?」
うろうろと山をさ迷う血泥に声が掛けられた。
「あ、あ?」
その不機嫌そうな男の視線の先には、二人の人物。端正な顔の和服を纏った男と、やはり美貌の白い羽織の女。
「んん?」
血泥は眉をひそめる。白い羽織の下は黒い詰襟に、帯刀。背中の槍はともかく、鬼殺隊に間違いなさそうだ。
「あー。おれの名は血泥っていうのさ。できれば名を聞かせてくれ」
おとなしく名乗る血泥に、十郎とカナエは視線を交わす。
「オレは十郎。この山の主よ」
「私は胡蝶カナエ。あなたのような鬼を狩るものです」
礼儀正しい二人は、名乗り返した。その返答に血泥が目を見開く。
「お、おい!そっちの女!お前、鬼殺隊かよ?!」
「はい。花柱となります」
「ま、まじかよっ……!」
夢にまで見たご馳走の出現に、血泥は震えた!
「はっ!ははっ!ははははは!」
体をのけ反らせ哄笑する男をどうしたものかと、二人は視線を交わし首を傾げる。
「あーいや。悪い悪い。なんかずいぶん運がいいようでな!」
まさかの夢想していた柱出現の棚ぼたに、血泥の笑いは止まらない。
「ふうん、よかったな。では死ね」
十郎の手から生えた鎌が、さくり!と血泥を切断。どしゃりと体は崩れ去る。
だが。
「あっは!無駄よ!俺は泥なのよ!」
崩れ落ちた肉塊から、どろどろと血泥は得意絶頂に再生した。
眉をよせた十郎が、手を動かす。
ぎょぎょん!
一瞬の出来事。縦横無尽に切り裂かれ、血泥は再びどしゃりと崩れ落ちるものの、またもりもりと復活を果たす。
「!」
それだけではない。十郎の鎌に付着した泥が、めりめりと増殖し、その鎌を汚染しだしたのだ。
かきん!
甲高い音を立て、汚染された鎌が十郎から切断され、中を舞う。
カナエの一刀によるものだった。
「やっかいな相手のようです。私が代わります」
カナエが十郎に静かに声を掛け、すすすと前に出た。
「おまえが鬼殺隊、女の柱かよう!会いたかったぜぇ!」
血泥は顔をゆがめて哄笑した!
「……」
対峙するカナエは無表情。日輪刀を鞘に納め、無防備にするすると血泥に近寄る。
「おまえを食って、十二鬼月に俺はなる!」
欲望満面に血泥は、近寄るカナエに躍りかかり。止まった。
「ごめんなさい。それはかないません」
かちりと小さな鍔鳴り。カナエは血泥に背を向ける。
ずるり。
血泥の首が横にずれ、そのままどしゃりと落ちた。
カナエが抜刀からの一閃で鬼の頸を斬り捨てたのだった。
「花の呼吸。漆ノ型 寒椿」
カナエは静に呟く。
十郎とバケモノは、その見事な居合に目を見開いた。
「……おい」
「はい。なんでしょう?」
バケモノがカナエに声を掛けた。カナエは首を傾げる。
「今の奴は、おまえの敵だよな?」
「はい」
「どうみてもクズだった」
「そ、そうですね」
「死んでもしかたないやつだったな」
「え、ええ……」
バケモノの問いかけに、カナエは視線を下げる。
「じゃあ、なんでおまえはかなしんでいるのよ」
「!」
金色のバケモノの問いかけに、カナエは顔を歪めた。
日中の稽古では、戦闘行動にそれはもう活き活きとしていた。
それが、なぜ?バケモノは気になったのだ。
あの時。本気のコイツなら、鬣を跳び越すこともなかったはずだ。わざわざリスクをとって飛び込んできた。
鎌鼬の娘とも、よっぽど楽しそうに稽古をしていた。そういった戦闘狂なのかと思ったのだが……。
「い、いえ。なんでもありません。ですが……」
「?」
「……もう!ほんとに、敵わない方ですね!」
隠していたはずの心情を見透かされ、気恥ずかしさに頬を染める。涙目のカナエは唇を震わせ、バケモノを睨む。
「?」
――わからん。
バケモノはカナエをまじまじと見つめた。