カナエととら   作:ぶんた

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飛騨にて・重

「ずいぶんと急ぐのだな。世話になった。また遊びにきてくれ」

 

 朝日の中。任務を終え帰還するカナエに、十郎は優しく微笑みかけた。

 

「ふ、ふん。あんたは弱っちい人間だからね。また稽古をつけてあげるわ」

 

 そっぽを向いてブツブツ呟くかがりに、雷信は笑いをこらえる。

 

「お世話になりました」

 

 カナエは深く一礼し、山を後にする。

 

「十郎。おまえはいつも人間とうまくやっていきたいといっていたな」

「ああ、雷信兄さん。人間も悪いやつばかりでは、ないだろう?」

 

 雷信の問いかけに、十郎は微笑みつつ答えた。

 

 

*****

 

 

「ごめんください……」

 

 山の麓に構える屋敷。藤の家紋の描かれた門の前に、カナエは立っていた。

 あまりにお世話になってばかりではと鎌鼬の屋敷を逃げるように出立したカナエだったが、疲れからの眠気が限界でふらふらと立ち寄ったのだった。

 

「あ、貴女はっ!」

 

 門から出てきた男は、カナエを確認し仰天する。

 

「鬼殺隊の方ですか?」

「はい。胡蝶カナエと申します……」

「は、はしらだとッ!?おおい!お柱様がいらっしゃったぞ!」

 

 藤の花の家紋。かつて鬼殺隊に助けられ、協力を約束してくれている一族の証だ。鬼殺隊最高戦力である柱の訪問という、彼らにとってあまりに名誉なことに屋敷中が騒然となった!

 

「ささ、お柱様!こちらに!」

「……は、はい」

 

 問い掛けに対しうつろな返事をしつつ、カナエの記憶はそこで途切れた。

 

 

*****

 

 

 その日夕刻。鎌鼬の屋敷は多くの妖で騒然としていた。

 

「雷信!妖を食うとかいう、はぐれの話なんだがな」

「ああ。それなら十郎と客が討伐したと聞いている」

「なら別件か?蛙どもが湖を占拠しているぞ?」

「なんだと?!」

 

 大木のような妖の言葉に雷信が目を見開く。

 

「あのままやつらがのさばれば、湖が腐り、とんでもないことになる」

「そうなりゃ夜叉姫様の逆鱗に触れるかもしれんぞ?」

 

 妖達の言葉に、鎌鼬達は眉をよせる。

 夜叉姫は水を司る土地神だ。飛騨も彼女の領域なのだ。

 

「兄さんちょっと見てくる」

「おい、十郎!」

 

 怒りの表情の十郎を先頭に、数体の妖が湖に向け跳んだ。

 

 

*****

 

 

 げえぇこ!げえぇこ!

 

 夜。湖にはけたたましい蛙の鳴き声が響き渡っていた。牛のような大きさの蛙妖。無数のそれが視界一杯に蠢き、頬を膨らませながら鳴いていたのだった。

 

「なっ……」

「こりゃひどくなってんぞ……」

 

 あまりのことに十郎は目を見開く。

 蛙妖は知能は低く獣のようなものだが、群れることのない大人しい妖だ。岩のようにじっとしていて、邪気や悪霊を食う。人間からはありがたがられるような妖だった。それが……。体表が毒々しい紫に染まり、背中のイボから瘴気をまき散らし、あたりを腐らせていた。

 

「くそっ!」

 

 ざざん!

 

 十郎の鎌が閃き、範囲内の十数体が一瞬で細切れとなり、びしゃりと崩れ落ちた。全てを斬り捨ててやりたいが、どろどろと紫色の粘液の漂う湖に入りたくはない。とりあえず、水辺から届く蛙は瞬殺する。

 

「しっ!」

 

 十郎は腕を振ると、生えていて鎌が腕を離れ輪の形となって飛び、その進行上の蛙どもの首を跳ね飛ばした。

 さらに掲げた手の指の動きによって、その鎌を操り視界の蛙全てを斬り殺す!

 

「さすがは鎌鼬斬り役よ……」

 

 まわりの妖は息を呑む。

 鎌鼬は三位一体。人を転がし、斬り、癒す。それぞれの役割に特化している。斬る役割の十郎の破壊力は、まさにすさまじいものだった。

 

 切り刻まれた蛙の破片の浮かぶどろどろと腐った紫色の粘液に、ちゃぽりと波紋が広がる。それはもりもりと盛り上がり始めたのだ。

 目を見開く十郎達の前で、それは男の姿となった。

 

「よお。お前は見たことあんな」

 

 男は十郎をねめつけつつ、不機嫌そうにいった。

 

「なっ」

 

 十郎は驚きに目を見開く。こいつはカナエが斬り捨てたはずだ。

 

「いったろうがよ。俺は泥なのよ。俺の分体一つ斬ろうが無駄だっての」

「くっ!」

 

 不機嫌そうに勝ち誇る血泥に、十郎は顔を歪ませる。

 

「まあなんだ。お前らはまだ生かしてやる。あの女を連れてこいよ」

 

 血泥はぐずぐずと崩れ、ちゃぽりと沈みその場から去った。水面に波紋が広がる……。

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