カナエととら   作:ぶんた

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飛騨にて・重 其ノ伍

「!!!!!」

 

 優雅に飛来していた龍が狂ったように暴れだす!

 

「お、おい!夜叉!しっかりせい!」

 

 宿儺が声を掛けるものの。

 

「っは!制圧完了っ」

 

 龍の眉間からもりもりと血泥の上半身が生え不機嫌そうにつぶやく。

 

「くそっ!まずいぞ!」

「えっ?」

 

 ひとり慌てる宿儺に、カナエは首を傾げる。

 

「頭の弱い貴様にもわかりやすく教えてやる。あの龍は水を司る土地神よ。つまり……」

 

 ざあああぁーッ!

 

 突如わいた黒雲により、大振りの雨が降り出したのだ。火妖らは力を失い、泥の範囲が増すこととなる。

 いたるとこからもりもりと泥が盛り上がり蛙妖となって、逃げ遅れた妖に襲い掛かる!

 

「こ、これは……」

 

 その阿鼻叫喚の状況に、カナエは息を呑んだ。

 

「夜叉にとりついたあれをなんとかするしかない。いくぞ」

「は、はい!」

「おまえもだ!飛べるだろ?この人間を運べ!」

「ああ?わしゃ、そんな面倒事はまっぴらよ!」

 

 宿儺の要請にバケモノはそっぽをむく。

 

「ならばおれがいこう」

「私がいくわ!」

「ふむ。私でもいいぞ?」

「こいつは戦争だ!」

 

 鎌鼬をはじめ、わいわいと立候補の手があがる。

 

「おれの鎌は一番するどいぞ?」

「いざとなったら、癒すことができるわ!」

「速さには自信がある!」

「特典じゃだれにも負けん!」

 

 お互いの有利さを主張しだしたのだった。

 

「バケモノ様。バケモノ様だと、どうですか?」

 

 カナエは首を傾げバケモノにささやいた。

 

「はぁ?どれもわしが一番にきまっているだろうがよ!」

「じゃあ、おねがいします」

「なっ!」

 

 言い争っていた妖達は、どうぞどうぞとバケモノに権利を譲る。

 

「さぁ、いきましょう!」

「ケッ!」

 

 カナエを乗せたバケモノが空を飛んだ。

 

 

*****

 

 

 カナエを背に乗せバケモノはふわりと飛翔する。

 

「ふあー!」

 

 視界に広がる上空からの世界に、なびく髪を押さえつつ、カナエは目を見開く。

 

「おい!」

「す、すいません!でも、ありがとうございます!」

 

 有事なのだ。観光気分でいてはまずい。とりあえずの感動は、バケモノをぎゅうと抱きしめることで感情を押さえ、切り替える。

 そうこうしているうちに、速さの優るバケモノは龍に追いついた。

 

「さて」

 

 龍の眉間に生えた血泥と、カナエの視線が交わる。

 

「ヘッ!」

 

 龍が大きな口を開け突進してくるのを、バケモノはひらりと避け後ろをとった。

 

 びしゃん!

 

 すかさず特大の雷をお見舞いするが、鱗に分散される。

 

「ちっ。雷はだめか」

「操られてる龍様にむやみに攻撃するのはよくなくありませんか?」

「けっ!正気を取り戻させるにゃ、手っ取り早かろうよ」

「夜叉!夜叉ー!」

 

 毒づくバケモノの横で、宿儺が呼び掛け続けるものの、反応はない。

 

「うーん。どうしたものか」

 

 カナエは首を傾げる。

 

「あっは!もうどうにもならんぞ!」

 

 得意絶頂で血泥が叫ぶ。

 

「バケモノ様。奴の上辺りに行けませんか?」

「ああ?わしの方が速いからな。余裕よ」

「では、おねがいします」

 

 バケモノは速度を上げて急上昇し、龍の上に位置どる。

 

「それでどうするのよ」

「では、ちょっといってきますので、あとはよろしくお願いしますね」

 

 カナエはひょいとバケモノから降り、血泥向けて跳んだのだ。

 

「なにぃ!」

「おお?!降参だからって無茶すんな!」

「ありえません」

「なっ?」

 

 髪をなびかせ落下するカナエは、そのまま血泥の横を通り過ぎる。

 すれ違ったその瞬間。カナエには、その一瞬で十分だった。

 

「花の呼吸。漆ノ型 寒椿」

 

 かちり。

 

 小さな鞘鳴りとともに、必殺の居合によって斬られていた血泥の首が跳ぶ。そして体はどろりと崩れた。

 

「お、おい。このまま落ちてどうするのだ?」

「えーと……」

 

 宿儺の詰問に落下を続けるカナエは視線を逸らす。

 

「おい!考え無しか?!」

「そんなことないです、よ?」

 

 そうして落下するカナエが、ぐんと引き戻された。

 

「おい」

「バケモノ様!」

 

 苦虫を噛み潰した表情でカナエの首根っこを抓むバケモノに、ぶら下がってるカナエは視線を向ける。

 

「人間は飛べんのだろ?なにやってんのよ」 

「なんとかしてもらえると、信じてましたから」

 

 カナエはにっこり微笑んだ。 

 

「これで終わったんでしょうか?」

「あれが本体だといいがな」

 

 口元に手を当て首を傾げるカナエに、宿儺は肩をすくめた。

 

 

*****

 

 

「くっそ、あのアマ!毎回毎回やってくれるぜ」

 

 血泥は緊急用に隠していた分体に意識を戻した。はずだった。

 

「こ、ここは?」

 

 見覚えのない円い木の台の上で、血泥はきょろきょろと周り見回す。

 

「やれやれ、やっとひとつとなったか。めんどくさいやつだ。そこはロクロさ。泥がのるのに丁度よかろう?」

 

 血泥を見下ろすように佇んでいた、カナエに輪入道と名乗った巨大な禿げた老人がそう言い放ち、ぐるぐる回りだすロクロの上の血泥をこねくり回す。

 

「お、おい!やめろ!」

「お前はそういわれてやめたことがあったのか?」

「ぐおおおッ!」

「お前はこうして、お前が踏みつけた人間に呪われ、地獄におちるのだ」

 

 輪入道は絶叫する血泥を冷ややかに見つめ、そう言い放つのだった。

 

 

 ――血泥は無限にも思われる時間ぐるぐるとこね続けられ、なんだか怪しい壺になっていた。

 そんな血泥を長い黒髪と赤い瞳、和服を着た人形のような少女がじっと見つめていた。

 

「いっぺん、死んでみる?」

 

 少女の言葉を最後に、血泥の意識は途絶えた。

 

 

*****

 

 

 龍に寄生した血泥が斬られると、泥の蛙は全てぐずぐず泥に戻っていった。

 戦いの行われた湖。朝日さすその場は、水は毒で濁り、地は腐るというまさに地獄のような有様。鬼は退治できたようだったが、まだ大きな問題が残っていたのだった。

 

「のう、夜叉よ。なんとかならんか?」

「そうですねー。濁流で押し流し、毒を薄くするのが回復には早いかもですねー」

 

 正気に戻った水龍、夜叉は宿儺からの問いにそう答えた。

 

「このままならこの湖は百年はこのままでしょう。当然下流の地域もそれだけの影響を受けます。汚染範囲を広げ、薄めることによって十年にはできるかとー」

「なるほど。ではそれでいくか」

「ま、待ってください!どれだけの範囲に拡散されるんですか?」

 

 龍神と小人の間の合意に仰天したカナエが待ったをかける。

 

「そうですねー麓の村とその先。あと川の流域ですかねー」

「それが十年?!駄目に決まってるじゃないですか!」

「そうはいいますがー薄めなければ逆に、この地は長期間濃い毒に侵されますよー?」

「うむ。まぁ正直どちらでもかまわんか。百年で済むのだし」

「そ、そんな……」

「…………」

 

 亜神の時間感覚は、その地に生きる者たちと大きな溝があった。どちらにしても、麓の人間にはたまったものではない。

 鎌鼬らの表情も複雑だ。絶望に顔を歪める十郎に、泣きそうなかがりが寄り添う。恩人達の苦しみに、カナエも唇を噛む。

 

「宿儺様、龍神様!もっとこう、なんとかなりませんか?!」

「もっとこう、といわれてものう」

 

 カナエの訴えに宿儺は肩をすくめた。

 

「まあまつのじゃ。毒をなんとかすればよいのじゃろう?」

 

 ゆっくりとした口調が会話に加わった。

 

「お前は……」

 

 からん、ころん。

 

 下駄の音を鳴らしながら歩みを進める男児姿の妖の肩。そこに座る目玉に四肢のついた小人に視線が集まる。

 

「目玉か」

 

 多くの妖に博識と知られている、目玉の妖だった。

 

「土佐の白髪山に、薬物に詳しい妖がおる。やつならば毒の中和もできようし、宿儺様の頼みなら無下にはすまい」

「それでお願いします!是非!」

「よし!おいどんがいってやるばい!こっとん承知!」

 

 ひらひらと長い布のような妖が、カナエに乗るように促す。

 

「あ、結構です。では、おねがいしますね?バケモノ様!よっこいしょ」

「ああ?!」

 

 いそいそとバケモノの背に乗るカナエに、バケモノは仰天した。

 

「おい、急ぐぞ!」

「おいどん、娘を乗せたかった……」

「ささ、急ぎましょう!バケモノ様!」

「おまえらっ……」

 

 苦々しい表情のバケモノを他所に、周りがやいのやいのと急き立てる。

 男児を乗せた布の妖が物凄い速さで飛んだ。

 

「ささ、あんな布には、負けませんよね?」

「くそ!当たり前だ!」

 

 カナエを乗せたバケモノは凄まじい速さでそれを追って飛ぶ。

 

「カナエ……」

 

 震えるかがりの視界から、カナエはあっという間に小さくなって消えた。

 

 

*****

 

 

「十郎兄さん、またここに居たんだ。食事の準備ができたよ?」

「ああ、もうそんな時間か。すまないな」

 

 湖の畔。大きな岩の上で、ぼうと座っていた十郎は、呼びに来たかがりに微笑みかけた。

 

「今の季節、湖を渡る風が心地よくてな。カナエのおかげですっかり水は綺麗になった」

 

 十郎は静かに輝く水面に目を細める。

 

 あの後。半日も経たず白髪山の怪物から授かったという薬を持ってカナエは戻る。

 その薬の効果は劇的で、土地と水の汚染をみるみる浄化した。

 カナエはそれを嬉しそうに眺め、憂いのないことを確認すると任務があるからとそのまま帰っていってしまったのだ。

 

「まったく忙しい娘だ。遊びにきてくれたら、歓待せねばだな」

「ふん。私ががっつり稽古をつけてあげるわ」

 

 唇をとがらせるかがりの横顔を面白そうに見つめ、十郎は屋敷に戻るのだった。




 
 
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