「くそ!なんだってんだ一体!」
毒づきながら現場から走り去る影があった。
色素の薄い髪、釣りあがり気味の目を持つ書生然の恰好の小柄な人物は、カナエが逃がした少年だ。少年ではありえない人間離れした速さで路地裏を走る。
「ちょっとまって」
その行く手を阻むように、白い羽織の人物が舞い降りた。
「く!」
少年は足を止め、カナエを睨む。
「あなた、人じゃないわね。鬼なの?」
「う、うるさい!この醜女!」
「ぅ?」
子供から発せられる子供らしい罵倒に、カナエは目を丸くした。
「そ、そうでなく……」
「醜女に醜女といって何が悪い!醜女!醜女!」
「えええー」
とりあえず怯ませる事ができそうだと少年は激しく罵りだす!
実際カナエは怯んでいた。男の子って、どうなだめたものだろう?口元に手を当て、首を傾げる。
「えっと」
カナエが少年に声を掛けたその時。二人はびくりと肩を震わせ、圧を発する元に視線を向ける。
それは高い建物の上から、月を背に二人を見下ろしていた。背後からの光で二人からは黒い人影にしか見えないが、爛々と光る両眼には「上弦」「参」の文字。
「上弦だとっ!」
「君、鬼でしょ?あれは味方じゃないの?」
「ふざけるな!あれは敵だ!」
少年の反応にカナエは目を細める。
「……いい?あれは私が引き受けます。あなたは逃げなさい」
「なっ」
「早く!」
カナエの静かな、しかし有無を言わせない言葉に少年は背を向け走り出した。
影の人物はそれに反応し、少年に向かって跳躍する。
がいん!
人影の跳び蹴りを、カナエが手に持つ槍で防いだ。
「なんてことを」
「ああ?話の邪魔になるジャリを潰してなにがわるい」
無造作に言い放たれる言葉にカナエの表情は険しい。
「もう邪魔ではないはずです。やめてください」
「ふん」
カナエの前。紅梅色の短髪に、全身に施された紋様のような刺青の人物は、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「あなたは……」
「俺は上弦参」
その圧力にカナエは息を呑む。
「お前の持つ獣の槍とやらをもらいに来た」
「預かりものです。渡すわけにはいきません」
カナエは槍を構え、上弦参を見つめる。
「槍を渡せば許してやる。弱いお前にはそれしかないぞ?」
「私が弱い?まぁ、たしかにまだまだ未熟者ですが……」
「女だからだ」
「え?」
「お前が女だからといっている」
「………」
上弦参の言葉に、カナエは目を瞬かせた。
「……女だから、ですか?」
「そうだ」
「なるほどー」
カナエはにっこり微笑むと槍を背負う。超人化を解くと波立つ髪が抜け落ちる。そうしてカナエは桜色の日輪刀をすらりと抜く。
「いいか?女は体躯が小さいだけでなく、筋肉は弱く、骨格は脆い。女は弱いのだ。男と女は戦いにおいて違う生き物といってもいい」
「ほうほう」
「猫は猫。虎には勝てぬのだ」
得意げに話す上弦参に、カナエはにこやかに、無造作に歩み寄る。
そのカナエが上弦参の視界から、ふいと消えた。
「おしゃべりに夢中で、頸がお留守ですよ?」
「なっ!」
上弦参の後ろに回り込んだカナエがその首筋に刀の峰を止めて囁いていた。
「あらー。弱い女からの一本ですね」
「き、貴様っ!」
上弦参の顔が驚きと怒りに歪む。
「俺の頸を刎ねる千載一隅の好機を不意にするとはな……」
「ええっ!」
カナエの目が泳ぐ。そ、そういわれればそうだったかも……。しのぶ。わたし、やっちゃった?
「あ、あなたの頸を刎ねることはいつでもできますが、頸を刎ねたら発言の撤回をしてもらえませんし?」
内心だらだらの冷や汗を隠すように、カナエは悪態をついた。
「はん。じゃ格の違いを教えてやるよ」
上弦参は一足飛びにカナエの懐に入り込み、連撃を見舞う。あくまで速度は上弦参が上だが、カナエはそれを躱し、刀で捌き続ける。
攻撃を予期されているのか?上弦参は感心する。
「よく避ける!柳か?」
「!」
柳じゃないし!花だし!
反論したいカナエだが攻撃をいなすのが精一杯。一方的に攻撃を受け続ける。たまらずカナエは足捌きで距離を取ろうとするものの、上弦参はそれを許さない。一歩下がれば一歩詰め、格闘に有利な戦闘距離を維持し続ける。そこに上弦参の下から突き上げる強烈な一撃。捌ききれず、刀は上に跳ねる。
そして、がら空きにになったカナエの腹に上弦参の正拳が寸止めされた!
「なっ!」
「っは!お前、今ので死んでたぜ!」
「…………」
得意絶頂の上弦参の視線の先。カナエは興奮に目を見開いて大きな息を吐いた。
「……素晴らしい技の高みですね。ですが、こちらもまだまだこれからです」
カナエは深く長い呼吸を繰り返す。
「全集中 華の呼吸」
呼吸は静かなものになっていた。
カナエは無表情。目は半眼となり、長い睫毛のかぶさる瞳はぼやりとしたものになる。
身体から力が抜けたように、無防備にゆらりと揺れる。
上弦参は探るように隙のない拳撃を放つ。次の瞬間。カナエはするりとそれを躱しつつ一瞬で懐に入り込み、腹に刀を寸止めにした。
「なにっ!」
上弦参は驚愕する。上弦参は間合い内の相手の闘気を感知して迎撃することを得意としていたからだ。その自分の拳術がこの女には機能していない。
「ちっ。術式展開 羅針!」
上弦参の足元に雪の結晶のような魔法陣が展開され、光り輝く。周囲からの敵意感知能力を上昇させる、上弦参特有の血鬼術だ。
この女、どうやら闘気がないわけではない。ただ限りなく希薄なのだ。これはやりづらい。
そうなると女の攻撃を感知することは難しい。逆にこちらの攻撃はことごとく感知されている。光を失った双眸はどこを見ているのかわからない。いや、どこも見ていないのだ。ふわりと花のように佇み、迫る気配を全身で感じ。そして無意識に反撃を繰り出しているのだろう。
「この女……」
これは上弦参が求めていた”至高の領域”である”無我の境地”にかなり近いものだ。
だが破壊と先制攻撃を追求した自分の拳術に対し、回避と反撃特化というまさに正反対のもの。
「おもしろい」
上弦参は高まる感情に口を歪めた。
現状、相性的な不利は否めない。とりあえず速度を生かしての連撃で押しつぶす。
「いくぞ」
ゆらりと立つカナエに反撃を許さない速度重視の連撃を叩き続ける。
カナエは全ての攻撃を避け、いなす。だが反撃にうつれない。守るだけで精一杯。
「おいおい、ほんと逃げるのは得意だな。柳は!」
無表情だったのカナエの眉がはね、隙が生まれる。すかさず急所に打撃が寸止めされる。
「はっ!おまえのそれ、まだまだだな!」
「…………」
カナエは返事なく、ゆらゆらと上弦参に対峙するのだった。
*****
「かふっ!」
カナエは崩れ落ち、激しく肩を上下させる。
「なんだ?もう終わりか?」
苦し気に呼吸するカナエを上弦参は見下ろした。
「なかなかのもんだと思ったが、ぜんぜん完成されてないじゃないか」
激しい呼吸のため、カナエは返事もできない。
「まあ、いい。もうじき日の出だ。今日は見逃してやるが次はないぞ」
その言葉に呼吸に苦しんでいたカナエの表情は暗くなる。
上弦参は歪んでいた。だがその歪みの奥。剣戟を交えて、不器用で実直な彼を感じたのだ。やはり殺し合わねばならないのだろうか。
「…………じゅっ……たぃ……なな……」
激しく呼吸しながらカナエは上弦参を上目に見やる。
「なにっ!」
次回カナエを殺しての決着となっても、十対七+一で勝ち星は上との主張を理解し、上弦参は苦虫を潰す。
だが真意はそうでないのだろう。その瞳は複雑な光を帯び揺れていた。
この瞳は見覚えがある……。
激しく咳き込んでそれどころではなかろうに、自分を思いやる視線……。
「……くそ。なにからなにまで気に食わん女だ」
沸き上がる記憶の欠片を上弦参は押し込んだ。
「次はないぞ?柳の呼吸!」
霞む視界から跳び去る上弦参の小さくなる背を見つつ「はな……だし……」と、言葉にならないつぶやきをこぼし、カナエは意識を失った。
*****
「おい。おまえはほんと、どこでも寝るやつだな」
明け方。路地裏で倒れているカナエのそばに金色のバケモノがふわりと舞い降りた。
「人間は外で寝るといかんのだろ?さすがにあれだ。おまえはあのうるさいのに叱られたほうがいいぞ?」
バケモノはカナエの首根っこを抓みぶら下げ、ぶつぶつと愚痴りながら蝶屋敷へと飛ぶのだった。
『編末おたのしみ!珠世と愈史郎の(カナとら浅草編からの)コソコソ!大なぞなぞコーナー!』
珠世「私の出番があると聞いていたのですがこのありさま。折角なので、こちらを担当することになりました。よろしくお願いしますね!」
愈史郎「珠世様。怒ってます?」
珠世「怒ってませんよ?」
愈史郎「出番が無くなって、怒ってます?」
珠世「全然?怒ってませんよ?」
愈史郎「……」
珠世「……」
愈史郎「わかったか?お前ら!とにかく!珠世様に感謝しろよ!」
珠世「では、いきますよ!」
【1】お祈りをするカナエの前に現れた人物は?
A.夢幻魔実也 B.無限ババーン C.胸毛ギャランドゥ
【2】どうあやそうかとカナエを困らせた人物はだれ?
A.愈史郎 B.珠世のしもべ C.男児(35歳)
【3】突然カナエを襲った強敵はだれ?
A.ヒーローババーン B.溝呂木 C.富士鷹ジュビロ
《正解》
【1】A 【2】全て 【3】D
愈史郎「珠世様……?」
珠世「文字だけの大なぞなぞコーナーですからね。問題を工夫してみました!」フンス!
愈史郎(お茶目に自慢げな珠世様っ!まさに至宝!)
愈史郎「さすが珠世様っ!お前ら、裸土下座して喜べよ!」
珠世「次は本編でお会いしましょう!」ニッコリ