上下左右そして重力すら無視して、様々な建築物の部屋や床、襖等が出鱈目に継ぎ接ぎされたものが漆黒の空間に広がっていた。
そこは鬼の首魁である鬼舞辻無惨の居城『無限城』。
その一角。床張りの広間で一人の人物が拳術の型を打っていた。
大きな音を立て床を踏み込み、突き出された右拳は空を打つ。すかさず左拳と連撃。振り向きざま上段蹴りを放つ。
そうして流れるような動作でもって型を打ち続ける。
鬼の身体は疲労することはない。数日そうしていることも少なくはなかった。
その人物は鬼舞辻無惨配下『上弦ノ参』である猗窩座。
『拳鬼』と異名を持つ彼は鬼となってもその拳術を更なる高みの強さにするためにそうして日々鍛錬を重ねているのだった。
常は無心でそれを行うのだが、その時の彼は珍しくそうではなかった。
先日獣の槍回収を命じられた際、鬼殺隊員と出会い。それからなんとなく心がすっきりとしなかったのだった。
あの時。よくわからない成り行きで技を寸止めにする試合をした。闘いとは命を懸けた死合いでなければならない。そんな模擬試合なぞ児戯にも等しいと唾棄していた猗窩座であったが、気づけば夜明け近くまでそうしていたのだ。
なぜだか。……楽しかったのだ。
この俺が?あんなおままごとのようなやりとりを?まったく訳が分からなかった。だが……。
――いまのはなかなかよかったぞ?
そう声を掛けて、逆行で顔が陰となった、胴着を着た大柄な人物の大きな掌が差し伸ばされる。
負けた悔しさと。その人物から褒められた嬉しさと。背中に感じる視線の気恥ずかしさと……。
そうした記憶が断片的に脳裏に浮かぶのだ。
「ちっ!」
舌打ちをこぼしつつ、強く床を踏み型を続ける。
鬼になって今まで思いだしたことなぞなかったのだが、人の頃の記憶だろう。つまり鬼の俺には必要のないものだ。それを振り払うように拳を打つ。
「猗窩座殿」
そうしているとふいに呼びかける声。視線を向けると。少し離れた座敷に胡坐をかき右手で顔を支えるといった、だらしがない恰好の『上弦ノ弐』童磨がいたのだった。
「……」
猗窩座は無言で型を打ち続ける。
「やれやれ、猗窩座殿。つれないね」
童磨はこれみよがしに溜息をつきながら嘆く。
「猗窩座殿に聞きたいことがあってきたんだよ」
知らんふりの猗窩座に構わず童磨は言葉は続ける。
「獣の槍回収の任の際。所持する鬼殺隊員と会ったのだろう?それは黄金の妖を連れた美しい花柱の娘だったんじゃないかな?」
そう問いかけながら童磨は目を細めた。
「無惨様にご報告もしたが俺は黄金の妖なぞみてはいない」
猗窩座は型打ちを続けながら答える。
「それと俺が出会った鬼殺隊員は花柱などではない」
「えっ。そうなのかい?」
猗窩座の返答に童磨が声を上げた。
「たしか……。鰻の呼吸だ」
「鰻?」
「ああ。ぬるぬるとよく避ける剣術の使い手だった」
驚きに童磨は目を瞬かせ。暫し後。溜息をついた。
「ああ。それはとても残念だ」
「うん?」
童磨の反応におもわず猗窩座は視線を向けてしまう。
「猗窩座殿も聞いているだろう?件の槍は所持者の魂を削る呪槍だそうだよ。所有者が代わっているということは。俺の見た花柱の娘は死に、その鰻の呼吸に所有権が移ったのであろうさ。はあ。そんな槍やら妖に食わすには惜しい極上な娘だったのになぁ。まったくもって残念だよ」
「……」
――私の一本ですね!
猗窩座は刀は寸止めにして微笑む娘を記憶に浮かべる。なかなかに美しい娘ではあったがそれよりもっと……。いや。ともかく。そしてあの鰻の呼吸の娘もそうして喰われてしまうのだろうか。槍に?妖に?それとも女を喰うことに執着している目の前の鬼に?
もやもやとしたものを胸に、猗窩座は型打ちを続ける。
「それにしても鰻の呼吸ねえ」
童磨はそんな猗窩座を見つつ顎を撫でた。
(うむ。こんなに熱心に稽古するほどその鰻の呼吸との闘いが良かったのかぁ。猗窩座殿には珍しいほどの執着様……。猗窩座殿は女を喰わぬどころか殺さない故、やっぱり男なのだろうな。んー。鰻の呼吸の男かあ……)
――丸刈りに平たい顔。両端に配置された小さな丸い目。唇の厚いおちょぼ口という魚面。長身長で細身ながら鍛えられた筋肉質な身体。上半身裸で魚の腹のように白い肌は滴る汗でぬるぬると光る。上半身だけゆるゆると揺らし。無駄に口だけぱくぱくしながら瞬きをしない目でこちらをじっと見つめる……。
そうして脳内に浮かんだ鰻の呼吸の使い手の姿に童磨は眉を寄せ。
(なんだか玉壺殿に似ている気もするけれど花柱の娘とはえらい違いだなぁ。まあ猗窩座殿とは似た者同士なのかもしれないね。うん。ともかく楽しそうでなによりさ)
童磨はそんな半裸の二人が対峙する風景を想像し溜息を吐いた。
「猗窩座殿。俺はいろいろと興が削がれてしまったよ。なので獣の槍とその妖探索は猗窩座殿に任せようと思う」
「なに?」
「俺は探索事は苦手だし?そうして出会ったことのある猗窩座殿の方が適任だろう?」
「まあ……な」
童磨はなんだか安堵の息を吐く猗窩座を眺めつつ(猗窩座殿の楽しみを奪うような野暮じゃあないさ)などと思いつつ言葉を続ける。
「それと無惨様から聞いているだろう?上弦六鬼がこうして無限城に召集された意味を」
「ああ。その獣の槍と妖探索の定時報告をせよとのことだろう?」
「それもだけれど。護衛として幾人かは残るようにされたいのさ」
「なに?」
怪訝な表情の猗窩座を童磨は楽しそうに見つめた。
「その黄金の妖は中国から渡ってきたかなりの大妖だそうでね。下弦と無惨様の『繋がり』を感知したそうなのさ」
鬼舞辻無惨は血を与えて配下とする。そしてその血が多ければその分強い鬼となるわけだが『繋がり』も強くなるのだ。そしてその『繋がり』からは鬼舞辻無惨の悪意が常時垂れ流されることになる。その精神汚染により記憶は蝕まれ人格は変わり。魂から配下の鬼と成り果てるのだ。そしてその繋がりから鬼舞辻無惨は配下の思考や感情、記憶どころかその存在すら掌握し絶対的支配のもと君臨していたのだった。
「そして。その『繋がり』を辿って居場所を突き止められて襲撃されることを警戒されているようだよ。その可能性はかなり低いとは思うけれど無惨様は慎重なお方だからね。だから妖を見かけたとしても早まってはいけないよ?実際あの妖は猗窩座殿でも手に負えないだろうからね」
「なにっ!」
童磨の言葉に猗窩座の眉が跳ねる。
「俺は妖を見ているからね。それに無惨様がそれだけ警戒する相手なのだよ?」
「くっ……」
自分の言葉だけでは納得しないだろうから主の名を引き合いにして囁く。
「俺はね。上弦が欠けて無惨様が失望するようなことが無いようにと思っているんだ。とくに猗窩座殿がやられてしまっては無惨様が悲しむだろうからね。自覚は無いかもだけれど無惨様はことのほか猗窩座殿を気に入っていると思うよ?だからお節介とは思いつつも無理をしないようにといっているのさ」
「ちっ……」
舌打ちをする猗窩座を見つつ童磨は溜息を吐く。
(やれやれ。逆効果になってしまったかな。困ったなぁ。人を超えたとはいえ所詮は武術の強さ。鬼殺隊相手ならそれでよいだろうけれど、あの人外に通用するかは甚だ疑問だよ。とまあそれにすら気づかない時点で駄目なのだけれど。その点、俺の血気術は大したものだからね。あの妖すらなんとかできるだろうけどさ)
「ともかく。無理はしないでおくれよ」
そう囁きつつ、童磨は猗窩座の近くを離れ視線を下げ。
「ふーむ。なるほどねっ☆」
一人頷き納得する。
『繋がり』が細くなったぶん影響力が弱くなるというのは本当のことらしい。童磨自身は自覚は無かったため、こうして猗窩座の様子を見て納得したのだった。
無惨が繋がりを細くした影響で、猗窩座は人間の時の記憶を思い出しかなり困惑しているようだ。影響力の差こそあれ他の鬼もそうした状態に違いない。
――『繋がり』が細くなった分、『影響力』は弱くなり。当然『支配力』も細くなっているのですよ。
ソレが童磨に囁いたことはどうやら本当のことのようだ。
(ふむ。わざわざ俺にそれを知らせる目的はしらないが。いや。どうせよからぬ思惑なのだろうけれど。だが生憎、俺はちゃんと無惨様への忠誠があるのだけれどもね。とはいえ……)
「さて。どうしたものかな」
口角がによによと伸びた童磨はそう独り言ちつつ。無限城の奥へと消えた……。
*****
「くしゅん!」
口元を押さえたカナエが大きなくしゃみをした。
「風邪でもひいたのか?まったくお前はどこでも寝るからな。どうせそこらへんでへそでも出して眠り呆けていたのだろ?」
「えええっ!ひ、ひどいですっ!」
想い人である妖からの呆れたあんまりな言葉に、カナエは羞恥に身を震わせ涙目で妖を見つめつつ全力で抗議するのだった!
*****
――薄暗い洞窟。
「…………」
女は不審げな視線をソレに向け。
「なにを企んでいるのです?」
静かに詰問した。
――お前がそうしている間。我はなにもできぬのであろ?
目の前のソレがそう応えた。
「…………」
確かにそうだ。そうのはずだ。女は太い眉を寄せる。
――ただ……。もう暫し我慢がいるとはいえ、相手がお前だけとは退屈この上もなし。
「どういうことですか?」
――さて。どういうことかなぁ。
そうとぼけつつ。ソレはふと思い出した玩具でどう遊ぼうかと思案を巡らせていたのだった。そして隠し事があるのではないかと不審に見つめてくる女からの視線もじつに愉快。
――くふふふっ。
ソレは嬉しそうに目を細めた……。
アニメが良すぎて漫画読んで、しのぶさんのアレ見て。酔っぱらってなんだかこれ投入してったってのが始まりだったのに。アニメに追いつかれたっていう……。
月日の流れは早いすなぁ……。
なんだかんだで観に行けてないんすけどね。(しょんぼり
童磨とか超憎しだったんだけど宮野さんボイスのせいでこんな感じ(笑)。